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紅椿  作者: 杉野御天
2/13

始まり

「この人痴漢です!」

江理子の大声に、車内がざわついた。

江理子は動じず毅然として、男の手を決して離そうとはしなかった。

痴漢行為をしていたオヤジは会社員のようだった。オヤジの顔は青ざめて片腕で頭を抱えている。

(いい気味だわ、このまま次の駅で警察に突き出してやる)

ふと、江理子は痴漢に遭っていた少女を見た。少女は江理子の顔を驚きの表情で見ていた。

まるで信じられないものでも見たように。

江理子は気にせず少女に話しかけた。

「この人このまま次の駅で警察に連れて行くから、あなたも一緒に降りてくれる?」

「え?....で、でも私...」

「大丈夫大丈夫。ご両親には私が説明しておくから、 ね、お願い。」

江理子は力なくうなだれている痴漢を横目に見ながらそう言った。


江理子は言った通り、嫌がる痴漢の背を押しながら次の駅で電車を降り、そのまま警察に突き出した。

男の身柄は警察に確保され、痴漢とは別の部屋に江理子と少女は案内された。

「お嬢さんが痴漢に遭われたんですね?」

少女は警察の質問に黙ったまま頷いた。

「何歳ですか?」

と、警察が質問すると、江理子はそれを遮って言った。

「今そんなことが関係ありますか?見たら分かるでしょう?高校生ですよ、それよりあの男はどうなるんでしょうか?」

少女はどこかの高校に通っているらしく、制服を着ていた。

「そうですね、失礼しました。あなたが痴漢を捕まえてくれたんですね。あの男のことはご心配なく」

「そうじゃなくてですね、私はあの男の家族に連絡をしているかどうかを聞いてるんですよ」

江理子は警察を前にしても臆さなかった。実は江理子も若い頃、痴漢被害に何度も遭って、何度も悔しい思いをしていた。そのため、このような行為が許せなかったのだ。

若い警察官は、江理子の気迫に押されタジタジだった。

「今反省文を書かせています、いずれ被疑者の家族にも連絡は行きます」

「よかった!それ聞いて安心したわ、私たちは帰っていいわよね?」

「あ、被害者の方は帰ってもいいんですが、そちらの方は少しお時間よろしいでしょうか?」

「?」


江理子が帰る頃にはもうとっくに日が暮れていた。江理子は証人ということで、住所や名前、連絡先などを聴かれていたのだ。

署を出てすぐの階段で、誰かがこちらに手を振っているのが見えた。

見るとあの少女であった。

「あら?あなた帰ったんじゃなかったの?」

先ほどは必死だったのでよく見ていなかったが、少女は前髪を眉毛の位置で揃え、綺麗な髪を肩まで伸ばしており、小柄で可愛らしい顔立ちをしていた。

「あ、あの!」

「?」

少女は目を輝かせて江理子の顔を見ていた。その頬はいくらか紅潮していた。

「助けていただいて、どうもありがとうございました!」

そう言うと少女はバッとお辞儀をした。

それを見て一瞬ぽかんとしていた江理子だったが、少女が自分にお礼を言うためだけに待っていたのかと思うと、なんとも言えず少女が可愛いらしく思えた。

「いいのいいの、あなたもこれからはあれくらいやるのよ!」

「あ、あたし、今まで誰もあんなことしてくれる人いなかったから、すごく、嬉しかったんです....痴漢に遭った時も、みんな見て見ぬふりしてたから」

「まぁ、色んな人がいるからね、あなたたまたま隣に私がいてラッキーだったわよ!」

ははは、と江理子は茶化して、照れくさいのを誤魔化した。

「あっ、そうだ!」

と、思いついたように江理子は言い、今日サンタのコスプレをした人からもらった花束を少女に差し出した。


「メリークリスマス!」


少女の目はしばらく花束と江理子の顔を行ったり来たりしていた。

「こ、これ、私に?」

「そうよ、じゃあ私はこれで行くわ、あ、そこの人ー!ちょっとこの子送ってくれる!?」

江理子は暇そうな警察官を呼んで言った。

少女は手を顔の前でぶんぶんと振った。

「い、いいですよ!私、歩いて帰れますよ!」

「ダメダメ、また同じ目に遭ったらどうするの?税金払ってるんだから、こういう時は甘えなさいって!」

しばらくすると迎えのパトカーが来て、少女の横で止まった。

「じゃ、私は行くわね」

「あ、あの!」

少女はパトカーの窓を開けて言った。

「名前、名前を教えてください!」

「名前?そう言えば言ってなかったわね。私は江理子よ、あなたは?」

「あ、あたし、ルイ...ルイっていいます」

「そう、じゃあね、ルイ!」


江理子はルイと別れ、家路を急いだ。

プレゼントを渡して、喜ぶ旦那の顔を想像しながら。クリスマスケーキに灯したロウソクの火を、二人で消すことを想像しながら。


一方、ルイは少し萎れてしまった花束を見つめていた。その紅い椿を見ていると、江理子の優しい顔と、自分の為に必死だった江理子の姿が思い浮かぶ。


「江理子、さんっていうんだ.....江理子、江理子...エリコ......」


ルイは椿を見ながら、ぶつぶつと江理子の名前をいつまでも呟いていた、いつまでも、いつまでも......





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