シュミレート!
「え? 何?」
サーシャは思わずアリスフィアに聞き返した。それほどまでにアリスフィアが発した言葉を間に受けることが出来なかった。
「悠人さんを退学させてくれませんか?」
改めて、ゆっくりとした口調で相手にはっきりと伝わるように言葉を発した。サーシャならばこれで聞こえないはずがない。
「退学ってことは、どういうこと?」
サーシャは勘づいていた。女王直々にそんなことを言うということは悠人に対して何か別のことをさせたいという意思なのだ。
「ええ、悠人さんの力は何度も見ております」
「ということは暗部?」
「悠人さんは身を隠さず、堂々としてもらいます。もう、民衆にも貴族ということで顔が割れてますし、その方が彼も納得しやすいかと」
王都事件の時に悠人の功績を讃えて、民衆の前で授与式をしたので民衆の目にはどうしてもとまる。
「ということは、アリスの元に付かせるってこと?」
「ええ、そうなります。ただ、いきなり私直属の魔法師なんて反対されるでしょうから、しばらくは普通の兵士として過ごしてもらうでしょうね」
サーシャの質問に淡々と返すアリス。さすがのサーシャもこういうことになるといくら友人といえども、慎重にならざるおえなかった。
例え、特進クラスの実力の伴ったものだとしても、暗部だ。秘密裏にこの国に牙を剥く可能性のある者を始末する。ある意味汚れ仕事だ。でもって、光が当たらないという意味で達成感がないかもしれない。
そんな危惧がサーシャの中にはあった。
加えて、常に死と隣り合わせというのもサーシャが慎重になる理由になっていた。
(あまりにも報われない……)
それがサーシャから見た暗部の印象だった。
「…………」
「サーシャ………」
サーシャは決断に迷っていた。悠人に関しては綺麗な言葉を並べれば了承するだろう。
あの子は正義というものに対して過剰に反応する。人を助ける行為だとでも言えばいい。ある意味それも間違っていないからだ。
「本人に私から聞いてみます」
サーシャが苦し紛れに出した答えがこれだった。
「私も頑張ったのよ。暗部との会議でなぜかあの長は悠人を入れさせたいと言ったのをこのような形だけれども防いだ。あの子にはまだ闇を知るには幼すぎるから……」
「ええ……」
悠人に闇を語るのにはまだ十二分に早すぎると二人は考えていた。それほどまでに彼の正義への考え方には幼いものがあった。
そうして、そのような形での話を渋々ではあるけれどもサーシャは了承した。
まずはアーニャにこのことを伝えた。いきなり悠人に半ば強引な決定のような話ができるほどにサーシャは学園長らしくなってはいなかった。無論、そういうことが学園長の絶対条件ではないとサーシャは思っている。優しい学園長がいてもいいと思っているし、また逆に冷酷な学園長…というのもまた一つの学園長という名にふさわしい姿なのだと思う。
「私的には悠人がいるところならどこまでもついて行きますから全く問題ないんですけれど…本人がどのように思うか……私には全く見当がつきません」
「アーニャ的にはどう思う?」
サーシャはアーニャに問う。結局、そこが怖かったのだ。
「うーん、そうですね……なんとなく断りそうな気もしますし……でも、救世主になろうと……いえ、彼の目的はこの国の平和ですから、そういう意味ではあっさり受け入れるかもしれません」
結局のところ、やってみなきゃわからないというのが、アーニャとしてもサーシャとしても同じ予想だった。
「なぜ、サーシャはそんなに恐れているのですか? 学園長なんですから、バーンと退学ダァー!!……とか言っちゃえばいいと思いますが」
アーニャももっともであると思う。学園長にはそれほどの権利が実際にある。しかし、それも絶対的ではなく、本人が反対しかつ教師陣がさらに反対すれば逆にこちらが学園を追い出されることだってある。
であるから、本人が納得できる形で退学を命じなければならない。
「悠人に反対されると私の立場まで追いやられそうだ……」
「あ……」
その一言でさっきまでのことをアーニャは読み取って申し訳なさそうにしている。
悠人は特進クラスに所属している。あのクラスはどちらかというと他のクラスから疎まれているクラスである。
しかし、悠人だけは例外中の例外というようにそんなこと後回しのように生徒からの信頼は厚い。
それも、数々の武勇伝を残してきたからに他ならない。ランキング戦での功績しかり、王都での活躍そして貴族任命、ナイルダルク戦で学園を守ったことなどなど彼は転校してからというものもうその存在はここ限定の神に近いとさえ言えよう。
そんな人間を退学となれば周囲からの批判は当然学園長が受けることとなる。
そういう意味でも悠人には納得してもらう形で学園を去ってもらいたい。
「うーーん。 どうしたものねーー」
「では、一回シュミレートしてみましょう」
「そうね、その方がいいわ。やってみましょう」
というわけで、アーニャが悠人役となってシュミレートが始まった。
「失礼しまーす」
ノックの音が聞こえて、中から悠人が入ってきた。
そのせいで緊張感がます。サーシャとしてはたまったものではなかった。
「学園長が俺を呼んでいると聞いて来たのですけど……」
「ええ……そ、そうよ? 」
普段より緊張して声がうわずいてしまう。
「…………」
「…………」
二人とも黙り込んでしまう。この部屋が学園長室であることもあり、さらなるピリピリとした緊張感がこの部屋を張り巡らせていた。
「えーと? あのー。その要件とは?」
「ええ!? そそそ、そうね。それは………」
緊張のあまり、唇と足の先と手が異様に震えていた。
(落ち着け……普段は冷静でやれてるじゃない。いけるわ……)
胸に手を当てスゥーと息を吸う。
そして、目を据えていかにも冷酷な学園長を演じる。
「あなたは退学よ」
「ええ? ええ? えええええーーーーーーーーー!!」
普段はとても静かな空間である学園長室にその悲鳴にも似た声が響き渡った。
悠人はもちろん驚きだった。まさか、何かと呼ばれて退学だ、なんて言われるとはこれっぽっちも思っていなかった。
そう言われる可能性があるのならそれなりに心の準備をしていたのにいざいきなり言われて自分の耳を疑わざるおえなかった。
「ど、どうしてなんですか? 俺には何か退学になるようなことはした覚えがありません!」
右手を横にないで学園長に訴えかける。
「これは女王の命。逆らうことは許されません。ここを退学して女王の直属の護衛として女王の身辺警護をしてもらいます」
「アリスフィ……女王が、ですか……」
サーシャはしきりに胸に手を当てていた。悠人は、ん?とか疑問に思ったけれどもさして大層な理由はないと思いスルーした。
「ええ、ですから、あなたが何か粗相をしたから退学……というわけではなく、あなたは有能なので早めに人材として欲しいのです」
「有能……なのでしょうか? この俺が……」
悠人は下を向いてしまう。とても救世主には程遠い戦いしか出来ていないと思った。これまでの戦いを振り返っても悠人のそばにはいつもサポートしてくれる仲間がいた。
それがあってこそのサーシャの有能という言葉なのではないだろうかと。
「悠人は有能だ。王都での件、学園の件、裏ではあるがナイルダルクの件。どれも並みの魔法師ではとてもなし得られないことを君はもう何度も見せている……これで有能でないと言う方がどうかしている」
サーシャはずっと心臓の音を感じられるほどに焦っていた。
早く、悠人の口から了承の言葉が欲しい。
ただ、それだけのために悠人を納得させるような言葉を瞬時に思考して並べた。
だが、同時に(あれ、これ、シュミレート長くない?)とも思い始めていた。
いつも読んでいただきありがとう御座います!
今回のお話読んでいただけたでしょうか?読んだ皆さんはこれからの展開が簡単に読めると思います。
突然ですが、カクヨムで大きなコンテストがあるので、カクヨムに集中したいと言ったら皆さんはどう思われますでしょうか?
ツイッターに貼っておくので、回答していただけると、嬉しいです。
今後とも宜しくお願いします!
小椋鉄平