どこか弛緩した空気で
図書館を後にした次の目的地は決まっていた。
流石に、自分から怪我をさせておいて放っておくのは忍びなかったから、おそらく目を覚ましてはいないと分かってはいながらも保健室の方に向かうことにした。
角に差し掛かり、内側に沿って回ろうとしたところに反対側から同じようにしてくるヒトを見た。
「はっ!」
とっさに瞬間移動を使った。
悠人は瞬間移動で彼女の後ろに回った。特に座標を決めていなかったが、うまくいった。
「ひやっ!?」
一瞬、彼女は驚いてバッと素早く回って、悠人の正面を向く。
「ご、ごめんなさい! お怪我はありませんでしたか?」
そして、声と悠人の顔を認識したことで彼女は安心したように胸に手を当て、彼女は急いでいたにもかかわらず、心配そうにおずおずとこちらの方に来て頭を下げてくれた。
「いや、見ての通り大丈夫だよ」
「はぁ、良かったです。 すみません、ちょっと急いでいてあまり前を見れていなかったです」
悠人から見て見下ろすような形になる程彼女は小さかった。彼女のつむじが見えてしまうほどに。小さすぎるせいで顔をよく見ることができなかった。
言っておくが、悠人自身ちっちゃいというわけではない。日本人の平均身長程はある。
「これからは、急ぐにしても前は向いたほうがいいよ」
平気とは言いながらも、少しお小言をはさんだ。これは、次からは気をつけて欲しいというサインでもあり、そうしないとまた同じ目にあうという警告でもあった。
彼女は急いでいたらしいということは出会った瞬間から分かっていたことだ。
だからこそ、あのスピードでは普通だったら必ずといっていいほどぶつかると思ったから瞬間移動を使ったのだった。
彼女は悠人に何度も頭を下げながら「すみません」を連発して、去っていった。
「うわわっ!?」
ステン!!
今度は何もない直線の廊下で顔面からダイブしていた。
痛てて……と言いながら立ち上がる彼女を遠目で見て悠人は苦笑いするしかなかった。
「あれ? 落し物かな……?」
悠人の足元にあったパスケースのような形をしたものを拾った。
「アメリカ……特殊地帯……捜査隊、隊員……アンリエッタ・マリファナ……」
そのパスケースの中には身分をしてしてある写真付きのICカードがあり、そこにそのように記してあった。
この世界ではアメリカという国は存在しない。少なくとも、悠人が知る中では。 地名こそ全て把握しているわけではないが、恐らくないと思われる。
「これは、アイナ先生に相談してみるしかないな……」
どちらかといえば、少し嫌な予感がした。しかし、アメリカということでどこにも味方していない可能性ももちろんあるし、この世界には干渉しないのかもしれない。
とりあえず、そのパスケースを丁寧にしまって保健室へと向かった。
ガラガラと音を出して、保健室のドアを開ける。もちろんノックはしてみた。
「おう、またあんたか……」
保健室の中にはマイン先生と未だ目を覚まさないラネイシャがいた。マイン先生が何かしらの魔法をかけているようだった。
おそらく、回復を早める魔法なのだろうと思った。身体にこそはっきりとしか変化は見られなかったが、悠人はそう感じた。
「そんな、邪険にしないでくださいよ」
「保健室といっても何度も来たいと思う奴はいないと思うな」
「マイン先生に会いに来る生徒はいないんですか?」
保健医にしては、というのはいささか失礼だが、マインは男子ウケするものを持っている。
したがって、寄ってくる男子は数知れずと思っていた。
まぁ、保健医という傍らあまり目立たないというのもあると思われるけれども、それでもこの美貌に目を一瞬でも奪われない男子はいないだろう。
「君はつくづくここの者ではないと感じるよ」
悠人の質問に対する回答がそれだった。
この者、というのは悠人がこの世界出身じゃないということを意味しているのだろう。
「というと? 俺の推論は間違っていると仰ってるんですか?」
という悠人の質問にマインは首を縦に振った。
「ああ、まさしくアイナと同じ質問をくらったよ。アイナの話じゃ、私は君たちの世界が羨ましく思うよ」
(マイン先生の美貌で、男たちが群がってこないとすればここの恋愛事情はどうなってるんだ?)
悠人は顎に手を当てて考えてしまった。
「そんなに難しい事じゃないだろ。 ここは身分があるんだ。顔なんかより玉の輿を狙いたいだろ? それでもってなお、顔がよければよしって感じだろ」
考え込んでいた悠人にマインは助け舟を出した。確かによくよく考えれば、身分制度があることを忘れていた。
「お前なんか、典型的だろ。 貴族と任命されて、女に話しかけられない日はないだろ」
「いや、そんなことは……あ、でも、最近は……そうでもないですね」
「まさか、ここで謙遜はご法度だぞ?」
マインがイタズラ顔になりながらも悠人を叱る。ここでは、謙遜は逆に相手をも否定することとなりよくないとアイナから教わっていた。
事実、この世界で褒められた時に「いやぁ、俺なんかまだまだですよぉ〜」といった時に「君は私が嫌いなのかね」と言われたことがあった。
というようにこの世界で謙遜は相手を拒絶していると相手に思われてしまうので、気をつけなければならない。
「すみません。まだ、抜けなくて……。でも、分かりました」
まだ、この世界に来て一年ちょっとの悠人にはまだそのくせが抜けていなかった。
「うむ、よろしい。では、話を戻すが、女子にモテるんだろう? 君は」
「それに関しては、最近めっきり無くなりました。いや、会ったり、話しかれられればもちろんお話しするんですけど、その子らが言うにはあなたにはもう決まった女性がいると思われたらしくて……」
女子に話しかけられることももちろんある。一応、風紀委員の手伝いをさせられて、校内を回った時にある女子にそう言われたのだ。
しかも、その時感じたのは過剰すぎな女子の距離だった。その時はなんか泣きそうだった。
「原因はこの子かな?」
「え? ラネイシャがどんなことをしたらそうなるんですか?」
「君のその行動が、そのように女子たちにそう思わせてるんだろうな」
「それってどんな行動なんですか!? 教えてください。このまま女子に敬遠されるのは心に痛いんですよ」
「それくらい自分で考えろ」
マインはラネイシャにかけていた魔法が終わったのか立ち上がって、保健室を出て行った。
「ちょ!? 言い逃げはないですよー、マイン先生!!」
ドアの向こうでも聞こえるように少し多めに言った。ただ、返事はなかった。
はっきりと聞こえる程のため息をつき、ラネイシャの方を向く。
その姿はまるでラネイシャが植物人間になってしまったかのように感じた。
もう、別状はないとはいえ、心配なものには変わりなかった。
「こんにちはサーシャ。学園の様子はどう?」
ここは学園長室。他の部屋とは違い、少し敷居の高い作りをした部屋でアンティークや高価そうなソファとが厳かな雰囲気を醸し出しているが、サーシャはその雰囲気に少し合っていない。
サーシャは少し幼そうに見える容姿に加えて、背が小さいこともあり、学園長でありながら見た目ではそうは思えなかった。
「あのね、アリス。 あなた暇じゃないでしょうにどうしてここに来れるわけ?」
アリスが学園長室を訪れていた。
訪れるといってもアリスフィアのいる王都からフィアルテーレまでの距離は馬車で走っても丸一日かかる距離だ。
それでもアリスが訪れられるのは転移魔法によるものなのだが、普段ここを私用で利用するのは禁止なのにもかかわらず、アリスフィアはしょっちゅうここを訪れていた。
「ええ、私は女王なのよ。これくらいやらないとその地位にいる価値がないわ」
「どんな価値だよ!? そんなのはすぐに捨てろ!?」
こんな風にサーシャにだけはなぜかこんなおちゃらけた調子なのだ。
いや、やはり城の暮らしは肩が凝ってしまうのかもしれない。ただ、突っぱねるだけではダメだとサーシャは思った。
「んで? 今日はちゃんとした用事? それともいつもの?」
「いつもの! ……って言いたいところだけど今日は違うわ」
さっきまでのアリスフィアとは表情がまるっきり変わり、女王らしい厳かな雰囲気を感じさせられる適度な緊張感を孕んだような空気に早変わりした。
「何?」
この表情になるということは、だいたい良くないことであるか、サーシャにとって心苦しいことであるかの二択だった。
「悠人くんを……退学させてくれないかしら?」
いつも読んでいただいてありがとうございます!
最近は執筆に当てる時間が少なくて困っています。そのせいでカクヨムの方が全く進んでおりません!すみません!
しかし、夏休みも終わって学校が始まって軌道に乗れば少しずつ余裕が出てくると思っております。
では、悠人はどうなってしまうのか??
乞うご期待!
小椋鉄平