見えない方法
「あなたは!?」
アリスフィアの声が響く。そこには一見ただのサラリーマンの格好をした半ば三十代ほどの男のように見えた。
しかし、アリスフィアと麻耶の表情はとてもただのサラリーマンではないといった驚きに満ち溢れていた。
「どうしてここに来れたの!? 仕事は??」
麻耶は怒りにも似た剣幕で男に近づいた。
「どうしてって、麻耶の変化に気づかない俺じゃないよ。最近、どこかしばらく行方不明のはずの息子の部屋に出入りして可笑しいと思わないわけないじゃないか」
アリスでもこの顔は忘れようもなかった。いや、アリスでなくてもヴィッフェルチア人であれば誰しもその男のことは分かるはずであった。
その彼はユージェス・フラグメント。このヴィッフェルチアの英雄である。
二千年前のヴィッフェルチアを戦域とするタリス世界大戦において、その戦争を一人で収めたとされる。
彼はどこにも与せずただ、戦争を止めるためだけに戦ったとされるが、詳細は本人が行方不明となってしまったので不明である。
彼には数人の高い能力を持つとされる精霊たちを自在に使役していたとされ、そのものたちも同時に行方不明となっていた。
(ということは……このヒトは……?)
「あなたは精霊なのですか?」
剣を解放され、一定の距離を取りながらも警戒心は解かずに質問する。
「ご名答、私は麻耶よ」
「そして俺がー」
「あなたはさすがに分かるでしょ」
ユージェスも自己紹介しようとしたところで麻耶に遮られる。
ユージェスも自己紹介出来なくて少し残念そうだった。
「失礼しました。 私はヴィッフェルチアの王、アリスフィアです」
綺麗なお辞儀を介してアリスが自己紹介する。
「おう、随分ここも変わったということか……。いや、いい兆候だよ」
ユージェスが言っているのは私の外見について……というよりも王が女性だということであろう。
アリスがこの国初の王女であったからである。
二千年前はそんなこと考えもせずに男性が王になるということが当たり前だという歴史があったからだ。
「あなたが王だったのですか? だから、ユージェスが止めてくれたのね……」
「それもあるけどね……彼女は悪い人ではないと分かったからという部分の方が大きいかな」
「そうやって言って、また女性を落とそうとして……もう、すぐ目を離すとこうなんだから……」
麻耶はユージェスの頬をつねる。
ユージェスの実力であればそれほどの攻撃であれば避けられたはずなのに甘んじて受けているのか避ける気がなかったのか、「痛い痛い〜〜!!」ととても痛がっていた。
麻耶はアリスの方を向いて頭を下げた。
「先ほどの非礼をお許しください女王陛下」
さっきまでのとの麻耶の態度の違いにおののくアリス。頭を上げさせる。
「いえ、私もあなたが勇者の御一行様とは気づかずに敵視してしまって申し訳ありませんでした」
両者頭を下げあった事でさっきまでのいざこざは中和されたようであった。
三人はアリスの案内で個室に移動した。
その部屋は防音設備が高く備えられている部屋でそこまで広くもない部屋であった。
密談するにはうってつけの部屋だった。
そのソファに隣り合わせでユージェスと麻耶が座り、向かい合わせでアリスが座った。
「では、この国の現状ですが……あまりいいものではないように感じます」
「感じる?」
「はい。 まだ具体的に何が良くないというのは分からないのですが……国全体に良くない分子が紛れ込んでいるように思えます」
麻耶が聞き返してもアリスの方からはとても抽象的なことしか返ってこなかった。
「確かに今しがた色々なヒトの感情を見てきたが、平民にはそのような危機とした感情は感じられなかったが、中枢の奴らや魔術に関わるものたちには薄々感じ取っている者もいるようだ」
「もしや何かご存知なのですか?」
「俺も全員の感情を見てきていた訳じゃないから分からないけど、あなたの周りにいる中心人物はあなたと同じことを感じている。 そしてあなたには教えてはならないようなものもあったな」
「それはなんなのですか?」
アリスは直球で尋ねてくる。アリスの中心人物がアリスにはあえて教えていないというのにはなんらかの理由がある事は明白であることもアリス自身分かっているはず。
であるのにそのように尋ねるのは女王の覚悟があったからなのだろう。
「言ってもいいのかな? 俺がネタバラシするのもなんだけど、決して後ろめたくて隠している訳じゃないよ。 みんな君の事を思って親切心で隠している……」
「そう。 いくらあなたが女王だからといって全てを背負う事はないのよ」
「しかし、それでは前までの王と変わりありません。よくない出来事さえも知った上でいなければヒトの上に立つことなんて出来ません」
そう言ってアリスフィアはユージェスを見る。その視線はとても真剣なものであった。
「分かった。……そこまでの気概だ……きっとどんな事実でも揺さぶられることなくいられるだろう……」
そしてユージェスはこの国、ヴィッフェルチアにある裏の組織と外交事情について語り出した。
「最近、ずっと本をばかり読んでるがどうしたのだ?」
悠人の隣にはアイナがいた。
ここは学園の図書館。強くなるためにラノベを読みまくっていた。
実際のところ麻耶に命じられる形で読み出したラノベだが、気づいた事は必ずバトルシーンがある本だけを厳選して持ってきていた。
故にラブコメ、日常系などの剣やなんやらで戦わないものは残らず存在しなかったのだ。
悠人自身、遊んでるんじゃないかと不安になったのが少し意味があるのかなと思い始めてきた。しかし……。
「ここで終焉か! やっぱハルト強え……」
「おい……聞いてるのか……」
「おおっ! こ、こんな世界を飲み込むほどの魔法を主人公は……ほほほう……」
「もしもーし? 」
「無駄ですよ。私でもダメでした……」
悠人はアーニャの言葉でさえ聞こえなくなってしまうほどにラノベに夢中になっていた。
『ふふふ……無駄だ。 ここで君は終わりだ……』
『お前の思い通りになんかさせるか! 茉莉花援護してくれ』
『分かった』
ハルトは敵のはるか後方へと後退し呪文を詠唱し出した。
『そんな賭けが通用するとでもおもてるのか? 』
『うわっ!?』
『ま、茉莉花!?』
茉莉花の声に反応してしまい詠唱を中断してしまうハルト。
茉莉花は吹き飛ばされて地面に叩きつけられていた。
『ふふふ……仲間が傷つくのを平気では見られまい……』
『うっ……がはっ!?』
茉莉花に蹴りを入れる敵。
『お前……許さねぇ……【終焉】……』
ハルトがその言葉を発した途端地割れが発生してその場に立っていられなくなるほどの揺れが起きる。
『うが………はぁはぁはぁ……』
急に敵が苦悶に身を悶え出す。
ハルトがその呪文を唱えただけなのに敵は苦しみ出し、口から血を吐いて死んだ。
「でも、その【終焉】が殺ったのか書かれてないんだよな……」
ハッピーエンドのシーンを見ずに本を閉じる。
「あっ、やっと戻ってきましたね悠人……」
「長かったな……おっこれはラノベか?」
背表紙を見たアイナが一目で言い当てる。
「アイナ先生、これがラノベだってよく分かりましたね」
「ああ、私の国にもあるぞ、それ」
「すげぇかっこいい絵の奴らが剣振り回すとか描かれているやつだろ? 」
「あー、それ、漫画だと思います……」
アイナがちょうど中の挿絵の部分を見て漫画と勘違いしたようだ。
「でも、こんなの…遊んでいるようにしか見えないのですけれど……これが特訓になるんですかね……?」
悠人はアイナに疑問を投げかけた。アイナならばこれが単なるお遊びだと断言してくれてなおかつもっと成長できるような指南を受けられるかもしれないと心のどこかで感じていたからだと思ったからこその問いであった。
「確かに……意味ないだろうな……お前以外は……」
「え?」
その答えは悠人にとって期待していない答えだった。
アイナは確かに無理だと言った。しかし、悠人以外とつけて……。
「ど、どうしてそう思うんですか? 」
悠人がアイナにそう問いかけると、アイナは何か納得したように「そうか……」と呟く。
アイナの目線にはもう挿絵が入っているページではなく、活字のみが羅列されたページを見ていた。
「おそらく、それも含めて気づいて欲しいのだろう……その本を読んでな……」
悠人はそれが母親の意思なのだと気づいた。しかし、それでは今のままと変わりない。
悩む悠人。
「じゃあ、大大ヒントだ。 さっき、お前にしか意味がないと言った。これは絶対だ。私がそれを読んだところで強くなるわけがない……」
「……」
「という事は……お前の固有魔法にこそその答えが導き出せるんじゃないか?」
「あっ、そういう事なのですね……」
納得した表情を見せたのは悠人ではなくアーニャであった。
「分かったのか!?」
アーニャの表情を見て悠人が答えをせがむように答える。
「これは悠人が気づいてもらわないとダメです。 闘技場へ行きましょう」
「あ、お、おい!」
アーニャは悠人の手を引いて図書館を出た。
いつも読んでいただきありがとうございます!
もうすぐテストという事でバタバタしております。
本当は絵だったり、小説だったりしたいのですが、商業作家ではないのでそうもいきません……。
さて、ここまでちょっとどちらかというと退屈シーンかとは思いますが、これも物語を進める上では必要なのでご容赦いただきたいと思います。
また、カクヨムで妹ものを六月中に更新しようと思ってます。そちらも良かったら見ていただけると嬉しいです。
ではではーー
小椋鉄平