真っ暗な空間と活路
悠人は周りを見渡す。
その空間はまさに混沌という言葉が相応わしい空間で自分以外に他の者であったり何かブツもあるわけじゃない。
(何なんだ……それにすごく心がざわつく)
この空間の所為なのか、よく分からないがとにかくこの状況におぞましく感じる。
とりあえず、周りを一周してみる。
足も手も動くのは先ほどやって見て問題なかった。
(やっぱり何もないか……)
何も変わらない空間を黙々と進んでみる。もうどっちに向かうのが正解かも分からない。
「……………………」
どこまで進んだであろうか、もう元いた場所でさえ分からなくなっていた。
不安が徐々に大きくなっていく。
それと同時にここがどんな場所であるかについて考え始めた。
(ここは、死後の世界なのか? そもそも俺は何で死んだ? ………分からない)
顎に手を当てて考えるもののどうして死んだのか思い出せない。 確かに背中に斬撃を受けたのは覚えてるけども、それは死ぬ程の致命傷じゃあなかったし、それからトドメを刺された可能性があるのは間違いないけれども、それを受けた覚えはない。
まぁ、自分が死んだ理由なんて覚えてないことが多いらしいし、こんなものなのかなとこの世界を死の世界と断定した。
再び歩みを進める。 自分が死んだと頭の中では断定できても、完全には呑み込めていないみたいであった。
その証拠に不安が拭われる事はない。この変化しない景色に不安しか起きない。
それでも一縷の望みを持って足を前へと進める。何か変化がある事を願って………。
「悠人…………」
アーニャが保健室のベッドで仰向けになっている悠人を見下ろしながら呟く。
あの事件からもうかれこれ一週間はたったであろうか。ずっと目を覚ますのを待っているアーニャにとってもう時間の経過など些細な問題になりつつあった。
「はぁ……」
それを少し離れた位置で見ているマインがため息をもらす。何とかしてやりたいという気持ちと医療の限界との渦に苛まれてのため息であった。
もうすでに悠人の背中に刻まれた傷はとうに塞がれている。魔法医療ならそれほどの程度朝飯前といった部類に入る。
それで目覚めるだろうと思われていた悠人は一向に目を覚まさない。
これが悠人のみならず、男子生徒二人が消されたといった理由だ。身体は全く機能しているし呼吸もしていて、これで死とは絶対に認められない。しかし、意識だけが戻らない。
これこそが魔法医療の限界である。
体の本体は治すことができる…が、精神までは魔法ではどうすることも出来ない。
事実、精神に干渉する魔法はあるのだが、それのほとんどは兵器としての精神干渉魔法でありそれにより治すなんてものはない。
それに精神に干渉すること自体、いいことであるとは限らないことが多い。最悪、生きたまま死に至る。
「マイン先生、やっぱりどうにかなりませんか?」
マイン先生にどうにもならないと言われていた。 アーニャもそれに憤りをあらわにしたがマイン先生の悔しそうな顔を見て押し黙った。
それを踏まえてなお藁にもすがる思いで尋ねる。
「………ごめんよ」
マイン先生は力なくそう答えた。
「………」
アーニャは押し黙ったまま何も答えず沈黙が続く。
それを破ったのはマインだった。
「……ただ、その噂の黒マントをどうにかすれば悠人は目を覚ますかもしれない」
「それはもちろん頭にありました。でも……サーシャさんが禁止したんです。 さらなる犠牲者を増やさないために」
昨日の事件から一日経って三人目にしてようやく学園側が動いて学生の早めの帰宅を命令した。
本来ならば、学園が命令することなどできる事はない。あくまでも推奨に過ぎない。しかし、事態が重いだけに命令という強い扱いになっている。先生も例外ではなかった。
そろそろ日も落ちてきて期限の時間に差し掛かる。
「さ、学園の命令となっちゃあ私も逆らえないから、今日は帰ろ?」
マインはアーニャに言い聞かせるように椅子から立ち上がってそう告げるが、アーニャは黙りこくって悠人の隣を動かない。
「……大丈夫、ここには鍵をかけて誰にも入らないようにしてるから。 何なら確認する?」
マインがアーニャの隣に歩み寄り鍵をひらひらさせる。
「………私は精霊ですから、どうぞお構いなく」
アーニャは悠人の方に目線を外さないままそう呟く。マインもそうかと口にしそうになって止める。
それ以上は何も言えず、「あまり気を張らないでね」とアーニャに言って保健室の扉を閉めた。
「悠人……戻ってきてください」
今にも消え入りそうな声でそう呟いた。
ツカツカと夕日煌く廊下を歩くサーシャ。指定された時間に例の廊下へと足を向ける。この世界でも幽霊というものはないと言われているけれども、魔法で作り出す事なら出来るということが文献にチラホラと載っている。
その幽霊を召喚し、ヒトの精神を喰らう。それは術者も例外ではなく喰われる。サーシャの頭にはそれで決着がついていた。
サーシャのシュミレーションでは、男子生徒が魔法の練習で幽霊を召喚してしまう。故意かどうかまでは分からないが。 それによって魂を喰われた。
その場に居合わせた男子生徒もその犠牲になったと……。
男子だけを狙っているという情報は判りかねていた。幽霊というのは文献によればあの世からの召喚であるから、喰らう魂もその幽霊次第だ。特に、男子だからといってより強い力が得られるとかそういうものはないはずだ。
事件現場に着いて留まる。
時は戻り………。
サーシャは今回の事件の引き金ともいえる。ロビンソン・クルーネルを呼び出した。
「さぁ、悠人に何をさせたのか聞かせてもらえるかしら。 一応、私のお気に入りの護衛だったのだから、責任は重いけど」
その言葉がロビンには凶器のように思えてならなかった。まるで、喉元に鋭い剣を向けられながら話しかけられている感覚に陥った。
「おい、ロビンは悠人と親しかったんだ。 裏切り行為はないから威圧の魔法を解除しろ」
辟易として顔面蒼白になっているロビンを見てアイナがサーシャを制する。
というか、さっきの感覚はマジだったらしい。こわっ⁉︎
「ちなみにあれを十五分受け続けたら自分から自白して自分から自殺するわ」
サーシャはニコニコしながらえげつない事を告げる。
その言葉を聞いたロビンは固まってしまった。いや、微妙にカクカク動いてはいる。
「おい、からかうのはそれぐらいにしろ! ったく止める私の身にもなれ」
「では、説明してもらえますか?」
サーシャが、表情を戻し、ロビンをまっすぐに見てそう口にする。
「最初は、男子生徒の噂を聞いての興味本位でした。 事実、魔法研究科にかなりの調査依頼が来ているみたいでした」
「それで? 悠人を使ったのはなぜ?」
「はい、まず男子生徒二人の共通点は男子とAクラスという事だけかと思ったのですが、魔法の能力的観点から見れば二人とも悠人ほどではありませんが、それでも普通より多くのキャパを持っていました。それに着目して、確信に変えたく思って魔力量が多い悠人にお願いしました」
緊張しながらも、サーシャに正直に答える。 理由もなく悠人に頼むなどあり得ない。 逆に、悠人なら。という思いがあったからこそ彼に頼んだ。
「という事は、原因は………?」
「………はぐれ精霊か?」
サーシャが悩むのをアイナが言い当てるように答える。
はぐれ精霊とは、ヒトと精霊は魔力を通貨として魔法を使用しているが、それを魔力のみをヒトから吸い上げて利用する精霊のことをそのように呼ぶ。
普通なら出来ないこの対価を支払わないことが出来る精霊は中より上と決まっているが、そのようなことをすれば排除される仕組みが精霊の中であるらしいということまで研究で分かっているようであった。
その格付けとしてアーニャは例外に当たる。強いて言えば、能力的な格付けとして中精霊に当たるのだけれども精霊の中では年数が経っていないので、下位の精霊に格付けされている。
「いえ、候補にはありましたが、断定はできません。 何せ、魔力が目的なら悠人はもう目を覚ましてもいいはずです。消すまでしないと思うんです」
「うむ……それだともう幽霊だと言わざるおえないな」
アイナがそう決定づける。
(でも、この学園の生徒に怨みを持つ生徒とその精霊が加わればこの一件に辻褄を合わせられると思うわ……)
サーシャのこの考えを言うのはやめにした。
日が沈む。
針が十二を刺したところで、現れた。情報通り、黒マントに身を包んだ正体不明のヒト型の何か。
しかし、アーニャから聞いた話とは異なり、姿が消えず、絶えず四方から殺意が飛んでくる。
サーシャはその殺意を諸共せず受ける。殺意だけだったのか、外傷は何もなかった。
黒マントの方へとさらに足を向ける。
かなりの睨みをきかせて。
黒マントもさすがにサーシャの威圧の強さに怖気付いたのか、逆にジリジリと後ずさる。
その瞬間を見逃さず、サーシャは一瞬で自己加速し、黒マントに肉迫して、詠唱する。
「領域魔法。私の空間」
サーシャがその言葉を発した途端、全ての振動が止まった。 動きと言い換えてもいい。
いつも読んでいただきありがとうございます!
はい、ということでいかがでしたでしょうか。最近、ちょっといい感じな終わり方出来てしまってるんで多分調子がいい証拠じゃないかなと思ってます。 それは、逆に言えば見てる側にとって見ればマイナスなんでしょうけどもこちら側にして見ればまだいろんな引き出しが作れるという面でホッと出来ることなんだとこっち側になってから感じてます。
では、また来週お会いしましょう。
小椋鉄平