久々の再会
「お、お前は⁉︎ 」
一人の男子生徒が、対面しているヒトを見た瞬間引きつった顔をを見せ、後ずさりする。
そんな男にゆっくりと近づくヒト。男か女かも判断が出来ない。黒いオーラを纏い、黒いマントを被り、そして今の時間帯が日が暮れようかということも相成ってそのヒトに絶妙な恐怖感を纏わせている。
ここは廊下なのに二人しかいないのか、自分の足音しか聞こえない雰囲気が対している者への畏怖をさらに増長させる材料となる。
男子生徒からは、走っていないはずなのにもかかわらず大量の汗が顔から手にまでかいていた。
「くっ………ッ!」
その雰囲気に耐えきれなくなった男子生徒が一目散に逃げる。
一刻も早くここから脱出したい、誰か自分と同じヒトを見つけ、安心したい。焦る気持ちがその行動からひしひしと伝わる。
男子生徒は階段を降り、校舎へと駆けていく。 渡り廊下を抜け、時折後ろを確認しながら逃げる。
「はっ………はっ……はー」
校舎について下駄箱を開けることもなく、駆け抜けていく。
そのまま、校門を抜ける。
「えっ………」
抜けたと思った瞬間、景色の違いに唖然とする。
いや、確かに校門を抜ければ、のどかな田園風景を上から見下ろすような景色の筈なのだが、ここはそうではない。
「………戻っ……た?………ひっ!」
男子生徒が先程の場所だと判断した瞬間、目の前に奴がいた。
「ぎゃああああああああああああああ⁉︎」
男子生徒の叫び声が響き渡った。
季節は夏らしい。
というのも、そこまで暑いと感じていない俺がいるからだ。別に疑っているわけじゃない。まえに学園に行った時の合同授業に混じったときに暑がっていたカレンに「暑くないだろ?」と言ったところ、「うえええええっ⁉︎」と驚かれて「ってか本当に夏なの?」と言ってやったら、放課後に研究科の教室から持ってきたという温度計を渡されて見ると確かに夏だということがわかった。
ちなみにその時の温度はちょうど三十度。暑く感じないのはやはり鍛えたお陰かもしれないと思い始める悠人であった。
ということをアーニャに言ったら、今この状況に至る。
「ここから動いちゃダメなんですからね。い・い・で・す・か?」
「いや、だから無理とかなんかしてないから。本当になんともないんだって」
アーニャに熱だと疑われて、今自分のベッドから動けない状態にされた。金縛りにでもあったかのように動けない。
「ダメです。ただえさえいろいろあったんです。そろそろガタが来る頃だと思ってましたが、案の定きました。良かったです。早めに気づけて、昔っから病気とか隠そうとするんですから」
なんだか、俺の悪口を言っているようであるが、あまり聞き取りづらかったので無視。
(まぁ、学園に行かなくてもいい身だから……いいんだけどさ)
地球での生活であれば、無理にでも学校に行ったかもしれない。病気でもう既に休んだならともかく、皆勤賞がかかってれば行くだろう。 それが普通の人間の唯一といってもいい賞なのだから。
皆、誰しも表彰されたいと思ったことはあるだろうし、悠人自身ももちろんその気持ちは十分にある。だが、別に何か秀でていない悠人にとって毎日登校したという何気ないことで表彰されることは当たり前であり、かつちょっぴり嬉しかったりするのだ。
(だが、まぁ、そんな気持ちも薄れちゃったけどな……)
今のクラスは特進クラス。 出席もとらない、授業も気まぐれで受けていいといったまじ、学園か?と首を傾げたくなるようなクラスである。今でこそ慣れたが、その時はそわそわしたっけ。
「アーニャ、とりあえずマイン先生を連れてきたわ」
アーニャとは別の声が聞こえてそちらの方へ首を向ける。普通にバインドされているので、身体は仰向けになったままだ。
そちらは向けると、ラネイシャとさっきの言葉通りマイン先生がいた。
マイン先生は面倒そうにダラダラと歩み寄って来る。すみませんねこんなのに付き合わせて。
心の中で誤った。
「わざわざすみませんマイン先生。学園で倒れたわけでもないのにこちらにまで来てくださって」
マインは悠人が寝ているベッドの上に座る。
「いいや、これも仕事のうちなんでね。 私、この辺り一帯の医師も兼任してるんだよ。 だから、謝ることないよ。 さぁ、ちゃっちゃっと済ませちゃおうか」
マインは悠人に向き直って診察を始めた。
その診察によれば特に問題はなし、とのこと。 ただ、魔法関係となると専門外だからと魔法研究科を訪ねることを勧めてくれた。
「そうと決まればロビンさんを呼んで来ますね」
それを聞くやいなや真っ先に飛び出して行くアーニャ。嬉しいのだけれども、あれだけ尽くされると逆に申し訳ないという気持ちの方が先にきてしまうみたいだった。
今も、アーニャが出ていった瞬間少し罪悪感のようなものを感じてしまっている悠人がいた。
「あっ、それとこれは解除しておくよ」
と言って、マインが悠人の方に手を触れると金縛りが一瞬で解けた。
「これくらいできなきゃダメだめよ」
やんわりと釘を刺され、肩をポンっと叩かれる。
奥の方を見るとラネイシャも肩をすくめて手を挙げていた。口から『心配して損した』と言っているように見えた。
悠人の方も、頭後ろに手を当てて恥ずかしそうにしていた。
ということでアーニャを迎えに行くことにした。ラネイシャもついてくれている。
「悪いな、来てくれて」
ラネイシャは横で黙って来てくれていたので、気まずさを感じて悠人は言葉を告げる。
「いいわ、もう慣れっこだしね」
ラネイシャは淡々とそう答える。そう言われると、余計申し訳ないんだけど……。
そうして話題も尽きて沈黙。 二人の足音だけが妙にうるさく聞こえて来る。
「………それでさ、アレスティアはどうだったの? 女王から勲章を授かって貴族扱いになったって聞いたけど……」
ラネイシャがふと悠人に質問する。
「ん? 首都ってアレスティアって名前だったのか……」
「うえ⁉︎ 今更⁉︎」
隣を歩いていたラネイシャが飛び引く。二人の足が止まる。
「あのね……仮にもヴィッフェルチアの人間なんだから、首都くらい常識のように知ってなさいよね。 貴族になったんだから尚更知っていないとハブられるわよ」
ラネイシャがそうはき捨てる。
俺にとって、貴族なんて称号どうでもいい。 それよりもあの時はあの大勢の民の笑顔を見れたことが何よりの喜びであり、安堵した瞬間だった。
そんなことを思いながら、ラネイシャにあったことを話す。うまく話せたかどうか自信はなかったが、ウンウン頷くラネイシャを見ながら喋った。
「………と、そんな感じだ」
話し終わると、ラネイシャは「ふーん、あんたっていつもそんな性格してるわよね」という感じで興味がなさそうであった。
「あ……私も行ってたらな……」
もしその状況でそばに私がいたらどうなったであろうかとラネイシャは頭を巡らせていた。悠人たちが、学園長の護衛になったことも驚きであったけれどもさらにその後、ちょっとした英雄になっている悠人ではあるが、ピンチな場面もあったと聞いて、そんなことを考えていたのだ。
(もし、その場所に私もいたら、悠人たちの助けになったのかな? それとも逆に足手まといになったのかな?)
「ん?、なんか言った?」
悠人がラネイシャに向け口を開く。
(終わったことだもの、考えても仕方ないわ)
「なんでもない。さ、行きましょう」
ツカツカと悠人を抜かして行ってしまうラネイシャ、「おいおい、待ってくれよ」と追う悠人。
自身でも気づかないうちに笑みがこぼれていた。
魔法研究科は危険な物を扱うとのことでそのブロックに入るためには厳重な扉がある。 この中のフロアに魔法研究科がある。
ラネイシャがマンションにあるようなボタンを操作している。 その隣には画面もあってどうやらインターホンのようであった。
このことからも分かるように魔法研究科の生徒にはIDパス付きの生徒証が渡され、それをかざして中に入れるシステムで、他人がむやみやたらには入れないようになっている。 それは、魔法科にも魔法医療科にもないシステムなのであった。
それだけヤバいものを扱っており、それを悪用されないためにもこのような処置となっている。
ちなみにそれを聞いたおバカな魔法科の一人が、友人の生徒証を使って入ろうとしたところ警報がなって先生たちに連行されたらしい。 アイナ先生がそう言っていたのでそのあとは……御愁傷様としか思えない。
だから、魔法研究科の生徒に用がある時はこのように呼び出さなければならない。面倒かもしれないが、そうでもしなければこの学園が崩壊してしまう事態にもなってしまいかねないのだろう。それくらいのレベルのものがあの中にあるとアイナ先生は言っていた。ちなみにそれは先生であっても同様に適用される。魔法科や魔法医療科の先生は同じように中には入れない。唯一、例外があるとすれば、学園長だけ……らしい。
ラネイシャが呼び出し機で誰かと話をしているようだった。
画面を覗くとロビンの姿が映っていた。
「それじゃ、お願い……」
ラネイシャがそう言って画面が切れる。
しばらくしてロビンが奥にあるフロアから顔をのぞかせて、出てきてくれた。
「やぁ、悠人。久しいね。いつぶりだろう? ラネイシャさん救出作戦以来かな?」
ロビンとはやはり専攻が違うので時間帯が合わない…というよりもロビンが寮に帰ってくることがほとんどないのだ。
他の魔法研究科の連中もそうらしいので深くは考えなかったけれどもすごくハードなことなのかなと感じていた。
「そうだな」
と短く答える。
久しぶり過ぎて、ちょっと気まずいというのもあった。
それにしてもロビンの表情が空元気のように感じた。
「何かあったの?」
ラネイシャも悠人と同じように感じたのか、ロビンに尋ねる。
「いや……実は最近学園の生徒が度々(たびたび)口にして言ってることがあって、それの検証に追われてたんだ。僕にとっても興味深かったんだけど……何せ全く手がかりが掴めなくて困ってたんだ」
ロビンは恥ずかしそうにしながらも、話してくれた。
「ん? なんだ。その、生徒で言われてることって?」
悠人はロビンの表情にー自分の非じゃないんだし、恥ずかしがらなくてもいいのに……ーと思いつつもロビンの『生徒が言っていること』が気になって質問した。
ラネイシャは知っていたようで呆れた顔で悠人を見ていた。
そもそもあまり生徒たちと会話しないほぼぼっち状態の悠人に今の学園のことなど分かるはずなかった。
(自分で望んでぼっち化してないのに悲しー! 俺が悪いんじゃなくて、クラスメイトが全く来ないこの制度が悪いんだ!)
心の中で言い訳する。
「まぁ、久しぶりに学園に来てる訳だし。しかもあの特進じゃ聞かないのも分かるよ」
ロビンは呆れた目線を向けるラネイシャに婉曲的にやめるよう言う。
ラネイシャも分かったのか、ため息ひとつでやめてくれた。
悠人も心の中でロビンに感謝した。目線もロビンに伝えるようにして見たがこちらは気づいてもらえなかった。
「最近、日が暮れる頃になると黒マントの怪しい者が現れるらしいの。 そいつを見たものは消されてるらしいの。しかも、人を選んでね」
「だから、知ってる奴もいる訳だな……その選別に法則性はあるのか?」
人を選ぶということは、何か消す対象には何か共通点があるはずだと睨んでいた。
「いや、今の所該当者が二人しかいないから法則性までは分からなかった。違うとすれば、全て消えたのは男子というところだけだと思う」
「そうか……」
確かにそんな少ない人数で法則性も何もなかった。いや、被害者は少ないことに越したことはないけれども。
悠人はしばらく沈黙した。 何かを考えるような仕草を見せる。
しかし、その仕草を終えると両手を広げてお手上げポーズをとる。
「さっぱりだ。 学園には、制服に身を纏えばバレることなく入ることができるし、部外者を見つけ出すのは無理に近いだろ。……というよりもこの事態に生徒会とか学園は動いてないのか?」
生徒が消えていることになぜ、問題視されないかが悠人には気になっていた。
普通なら大慌てで犯人探しに学園が賑わうところではないのか。
しかし、その疑問に答えたのはラネイシャだった。
「そうね、確かに生徒が消えたのは異例だわ。でも、死んだとは言えないからっていうのが学園側の見解みたいだわ。 生徒会はそれに准じて、生徒を早く帰宅させるように声明を出す程度にとどまっているわ」
“消えた”という言葉がやっと理解した。
よくよく考えれば外部の人間の仕業と決めつけるのも早計だということに気づいた。
もともと生徒であれば警戒されることは皆無だ。あとはその学園の中で着替えるなりなんなりして襲えばいい。そうなると愉快犯という事も視野に入れなければならない。ただ、出くわした人を片っ端から消して証拠を隠滅しているのかもしれない。
「ラネイシャ、風紀委員はどうしてる?」
「そうね。今の所、その時間になったら見回りをするようにしてるわ。それでも、魔法研究科のヒトだったりがやられてるから十分とはいえないわ」
「だから、悠人も協力してくれないかな?」
ロビンが唐突に提案してくる。 悠人としてはもうすでにそのつもりでいたので断る理由はなかった。
「ああ、もちろん」
「ありがとう!」
悠人がそう答えるとロビンの表情がぱあっと明るくなって悠人の手を握ってぶんぶん振ってくる。ロビンは悠人が手伝ってくれることがよほど嬉しいのか、「ありがとう」を連呼しまくってた。
いつまでも、振り回すので横のラネイシャに目配せで助けを求めるが、無理だと拒否されてしまった。
「あ、そういえばアーニャは?」
「あ」
悠人とラネイシャは揃って今気づいたとばかりの表情を見せた。
いつも読んでいただいてありがとうございます!
今回から、第4章として進めていきたいと思います。 これはこの序章みたいな感じでこのあとどうなるかなぁみたいな感じで読んでいただければ幸いです。
さて、明日はバレンタインデーなんですけれど、そうだったんですねー。自分は母に言われてそういえばーという感じでした。今年も変わらずロンリーです(まぁ、努力もしてませんが)。
そんな感じで、唯一もらえるのが、母からの義理というね。まぁ、いつも通りですねと言った感じですが、そこまで気にしてませんね。
ということで次回もお楽しみに!
小椋鉄平