深い後悔とアリスフィアの助言
フィーベルとサーシャはキーシュと暗殺者と思われるフードの者との会話を100メートル先の建物の窓から伺っていた。
この場所は王都と言えども、端の端。 30キロはゆうに超えている場所である。中心部は今現在、オルドフ率いる王都直属の兵士がうろついているので暗殺者がここを選ぶのは当然ともいえよう。
といっても見ているのは、サーシャのみでフィーベルはその代わりいつでも加勢に入れるように準備をしていた。
フードは麦色の古汚いものであり、使い古された感じがモロに分かる。
フードの者はキーシュの変装に疑いもないように頷いている。
サーシャは、角度的にあちらからは死角になるように二人を見ていて、確実にこちらが不穏な物音でも立てない限り気づかれることはない。
サーシャはどうやって見ているかと言うと、ただ目の当たりで人差し指と親指で丸を作って、それを片目にあてがって見ているだけである。
普通、それだけで100メートル先の情報をこと細やかに見るなど不可能の部類だ。 しかも、吹き抜けの100メートル先とは違って建物が密集している地帯なのだ。
それでいて見えるなんてことは、よっぽどの超人だと思いたいが、この世界でその考えに行き着く前に思いつくことがある。 そう、魔法だ。
よく見ると、サーシャが手で丸を作った内側にはシャボン玉で作るような膜が出来ていた。
「二人はどんな感じなの〜?」
フィーベルは、のほほんとした口調で尋ねる。
フィーベルの手にはグローブがはめられていた。その姿は、お子様容姿のフィーベルがはめるととてもギャップがあった。
まさに、フィーベルの性格をモロに表しており、のほほんとした態度と全くの正反対の装いが逆に愛らしさを醸し出していた。これを普通の何も知らない大人達が見たら、おそらく何かのごっこ遊びだと思うのだろう。
「ん、特にキーシュが仕掛けた様子は無いわね。 というか、あれがキーシュだと思うとかなりギャップがあるわねーふふふ」
実は暗殺者に会う前に打ち合わせを行った時にキーシュとあったのだが、もうすでに変装しておりその姿にサーシャは爆笑だった。
当然、キーシュはそれに激昂したが、自分でも今は味方同士で争っている場合では無いと悟ったようで「終わったら、覚えておけよ」 と決まり台詞のような捨て台詞をサーシャに吐くだけに留まった。
「あっ、話が終わったみたい。 フィーベル、出番よ」
キーシュの前を暗殺者が横切り、別れる。ちょうど、暗殺者はキーシュに背中を向けた形になっている。
当然、キーシュは静かに構えだけ取り、実行には映さない。 感知タイプの魔法師かもしれないからだ。
フィーベルが、100メートルを一気に通過して暗殺者の前に立つ。
「ゲームは終わりだよ。 ふふっ」
「くっ……」
暗殺者は苦悶の表情を見せる。 さすがに、ここでフィーベル達の名前を知らない奴は暗殺者であってもいないようだ。 その証拠に、暗殺者には明らかに余分な汗が出ている。
暗殺者は瞬時に後ろを向く。
戦力差を考えたのだろうが、もちろんそこには変装を解いたキーシュの姿が暗殺者の目に飛び込む。
「残念だったな。 詰みだ」
暗殺者は小刻みに首を左右に動かしている。 おそらく、挟まれたことで双方に警戒しなければならないからだろう。
「ふっ」
暗殺者は、住宅の壁を魔法で破る。何らかのエネルギーの球体を手に圧縮させて放ったものであると推測できるが、それで退路を確保し、そこから離脱しようとする。
その壁を通ろうとした瞬間には胸の前にグローブの手とそれに似合わない細い腕があった。
「がはっ」
暗殺者は反対方向の開けてない方の壁に激突した。
「そんなのすることは分かってたじゃん。 はい、任務しゅーりょー」
キーシュが暗殺者の方へ近づいて、体に触れる。 暗殺者はピクリとも反応しなかった。脈も見たが、反応なかった。
「おい、やり過ぎだぞフィーベル。こいつを使えば、隣国、ナイルダルク共和国に戦争を仕掛けることだって出来たのによぉ」
「やめなさい、どのみちアリスフィアが戦線布告しなければ出来ないのよ。あの子がすると思う? 」
遅れて、サーシャが来てそう言い放つ。
「それもそうだな。 んじゃ、さっさと遺体を回収っと。 ん? 何だこれ? 点滅してるが、この装置は何だ?」
キーシュが、妙な黄色い点滅がある四角い装置を暗殺者のポケットから取り出す。
「いけない! それは」
取り出した瞬間に当たりの光景が真っ白になった。
ー。
「そろそろだな」
小声ではあるが、アーニャに話しかける。 悠人は今、暗殺者から見てとても狙われやすい窓に背を向けている。
アーニャは悠人とは向かい側に立ってもらい、外の異常がないか見張ってもらっている。
「そうですね………杞憂に終わってくれればいいのですが………」
二人とも、緊張した面持ちでたたずむ。 この瞬間だけは、その場が凍りついたようになる。
変装している中でも、窓には死角になる左手で長剣を握っている。
「あっ、あれ!」
アーニャが何かに気づいたように大声をあげる。
その後に、確かな轟音が耳に響いた。
(爆発音……だな、一体どこで? ………っ!)
悠人は、一瞬で振り向き剣を立てる。 立てた剣に向かって、鉛玉が飛んで来て、真っ二つに切れる。
(鉛玉……銃か何かか?)
一年前の悠人では到底こんなことすることすら出来ない。しかし、今の悠人では銃から放たれた鉛玉のスピードでも不意を突かれなければ、スローモーションに見えるほどまでになっていた。
それはアイナとの特訓の成果だと言えよう。
ドアの向こうでは、慌てている声が聞こえてきてるが、先ほどの轟音に対応するように決めたのか気配が離れていった。
敵と思わしき、顔を隠した黒軍服らしき女が窓から現れ、瞬時に銃口を悠人に向ける。
「動くな。 さもなければ命はない」
悠人との距離はわずが1メートル。 空気抵抗による初速と終速の差はほぼ無い。
さらに、この距離で狙いを外す事はほぼ無い。ここから、打たれた瞬間に動き出したとしてもどこかに致命傷にはならずともどこかに当たってしまう確率の方が高い。
「くっ………」
『私がやります!』
まだ、精霊状態のアーニャが、それを解こうとする。
『やめろ! まだ、こいつがそうだとは限らない』
目配せしてそう伝える。
「顔も目も動かすな。 死にたいのか?」
引き金を軽く引くような動作を見せ、脅す黒軍服の女。
「うっ、動かなければ殺さないのか?」
口は動かすことになってしまうが、尋ねる。
「それは今からの回答次第だ」
「それ……は……?」
悠人がその先を促す。
「質問は一つ。 女王の居場所を教えろ。この城のどこかにいるはずだ。 さぁ、答えろ。 まさか、知らないとは言わないよな?」
「…………」
真剣な眼差しで拳銃を構え直す暗殺者。
(くっ、こいつが魔法師かどうかさえわかれば、対処はいくらでもあるが……)
悠人の脳裏にあったのは、今目の前にいる暗殺者を消すこと……ではなく無力化することであった。
言葉だけでは、同じ意味に聞こえるかもしれないが、それをアリスフィアが使えば意味が違ってくる。
(ここは賭けるしかない………っ!)
アーニャに目配せしたその瞬間問答無用で拳銃の引き金を引く暗殺者。 その瞬間に時の流れが泥水にはまったかのように遅くなる。
それでもやはり銃の弾とだけあってそこまで遅くはならず、さらにこの近距離なこともあってそう感じるのだと思う。
(ここだ!)
悠人の胸を弾が当たるかと言うところで悠人は魔法を発動した。
「うっ! 」
発砲の音にコンマ一秒遅れて暗殺者の声が聞こえ、その場に倒れ伏せた。
弾は部屋の壁に小さな穴を穿ち、悠人は暗殺者が倒れたその背後で右手を手刀の形にして立っていた。
そう、もうお分かりであろうか?
無力化とはどう言うことか………を。
「悠人! お怪我はありませんか?」
「ああ、大した事はないよ。 それよりもあの爆発、間違いなく作戦を決行した場所だよね?」
「ええ、サーシャ達なら大丈夫、だとは思いますけれども心配ではありますね」
悠人は表には出さずともこの選択を取ったことに後悔の念があった。
(くそ! 何が名案だ! よくよく、考えてみれば相手が何してくるか情報もなくただ、自分たちとの戦力差ばかり考えていた。 ……なんでバカなんだ!)
「とりあえず、サーシャともパスは繋がってるよね。アーニャ、やれるか?」
緊急用にお互いにどちらかに瞬時に駆けつけられるように転移魔法をそれぞれエンチャントしておいていた。
使う気はさらさらなかったけれども仕方ない。今は、こちらの方が状況が分かりきっていない状況でもまずは安全が第一であると考えたからだ。
「はい、お任せください」
光に包まれ、一瞬でその場所へ向かう。
「はあぁぁぁぁぁぁ!」
「あっ! サーシャ!」
黒い煙を剣で一閃すると周りが明るくなって、サーシャが見えた。
アーニャがサーシャの名を叫び駆け寄る。
サーシャはなんとか地面に足をついている状態だ。あの爆発の中心にいてそれだけで済んだ事はやはり学園長なのだと思われる。
アーニャはサーシャを壁にもたれさせるように座らせ、楽な体勢にした。
悠人はこの状態を見て自分の過ちをさらに悟り、深く後悔し唇を強くつぐんだ。 サーシャの元へ駆け寄るが、自分の後悔で頭の中がぐちゃぐちゃでかける言葉が見つからなかった。
ただ、一つその中でも呟いたのは、
「俺は……護衛、失格だな……」
だった。
悠人は影で顔が見えないほどに下を向き、そう呟く。
泣きたくなるほどの後悔の念が悠人に押し寄せるが、我慢した。
「サーシャ。 他のみんなは、どうしたのですか?」
アーニャが応急措置の治癒魔法をかけながら尋ねる。
サーシャは「ありがとう」と言いながら、治療を受けていた。
「ああ、二人は私が展開した防護フィールドで安全だったんだが、何しろ展開出来るフィールドの数に、限りがあって……私の分までは……出来なかったんだ。それで……爆発をもろに食らっちゃって……こんなありさまだよ」
サーシャが話し合えたところで咳き込む。
「も、もういいから……」
悠人がサーシャが喋ろうとするのを止める。が、しかし、サーシャは首を横に降る。
「ここでは……このヴィッフェルチアでは、“仲間の死は無駄にしない”っていう考えがあるんだよ。だから、キーシュもフィーベルも、それに従って行動している……。 君は……悠人はここのヒト、ではないけれど、どうか私を……たてては貰えないだろうか?」
途中、切れ切れではあるがサーシャは悠人に願いを告げる。
(それじゃあ、二人はサーシャを見捨てたって事じゃないか。 俺はまだ、信じない)
悠人は、サーシャにも分かるようにゆっくりと首を横に振る。
「そのお願いには答えられない」
アーニャは、半笑いで治療を続けながら悠人の言葉を耳にしたが、当のサーシャは驚きを隠せない表情で固まっていた。
どうやら、聞き入れてくれるものだと思ったようだ。
「ど、どうして……?」
「俺はまだ、貴方が生きる事を諦めてないからです!」
理由を尋ねるサーシャにきっぱりと言い放つ。
アーニャはその悠人のセリフにうんうんと頷いている。対するサーシャはあっけにとられたような表情でポカンとしているが、すぐにふっと表情を和らげた。
「それだと、キーシュやフィーベルの思いが報われないぞ?」
「そんなのはどうだっていいんです! アーニャ、やるぞ」
「はい!仰せのままに」
悠人は、サーシャを優しく抱えてもといた城に転移する。
アリスフィアのあの言葉が蘇る。
ー何かあれば、絶対に頼ってくださいねー
そんなニュアンスで言われた気がするが、一字一句までは覚えてない。
ドアを開ける。
「お待ちしておりました。 サーシャさん! 大丈夫ですか⁉︎」
そこには、変わらぬ顔で悠人たちを出迎えるアリスフィアとお付きの人、それに兵士が変わらず立っていた。
何があったのかは聞かないが、アリスフィアが駄々をこねたのは悠人でも想像がついたが今この瞬間になって全員がこれでよかったのだという表情をしている。
「すぐに救護班を!」
お付きの人がすぐさま行動に出る。
悠人は、安静なレッドカーペットの上にサーシャをゆっくりと降ろした。
今は、アーニャの睡眠導入魔法で眠っている。
「アリスフィア女王、ここは任せてもよろしいですか」
悠人は、アリスフィアに正対して告げる。
「何しに行くのですか? ……と言っても、何をしたいのか分かってしまいますね」
「では」
話を短く切って、この場を去ろうとする悠人。
「待ってください」
アリスフィアを横目に去ろうとしたところで静止させられる。繰り返すが、静止“させられた”のだ。
「どうして? 」
「お、お前! 幾ら何でもぶれー」
「それでは、返り討ちにあって共倒れですよ。 もっと前の会議の時のように冷静でいてください。 周りを見渡して、常に一番良い選択をするのです。 それが、今の貴方には復讐という名で片付けられてしまえるほど脆弱です」
女王自ら兵士の言葉を遮り、悠人に諭す。 アリスフィアは怒っていたわけではなく、むしろ逆の感情があって止めた。
(このままでは、どちらも助からないし、浮かばれないわ……サーシャは貴方に正しくあって欲しいと言っていたわ。 それが今の貴方には欠けている。 サーシャはそんな事絶対に望まない)
「………」
悠人は抵抗を止め、押し黙る。
自分の焦りと後悔を晴らしたいばかりにおかしくなっていたと気づいた。
「はい、深呼吸。 アーニャさんも」
「「すぅーーはあぁぁーーー」」
二人して深呼吸する。しっかり頭に血が上っていく気がした。
「うん! よろしい! アーニャさん、悠人さん、二人でチームなのですからお互いに支え合ってこそ良いパートナーと言えるのですよ」
「ありがとうございます!」
「はい!」
悠人はアリスフィアにお礼を言って走り出した。
その時には救護班も駆けつけて、サーシャ救出に乗り出していた。
(ああ、エーテル教。 かの二人に神のご加護あらん事を………)
アリスフィアは小さく天に祈りながら二人を送り出した。
いつも読んでいただきありがとうございます!
まぁ、更新報告を早くしても見られるのは明日だからいいかななんて甘い気持ちを持っていて皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちでしたので、幾分、幾分か早めの更新報告にしたく頑張った結果が午後五時でしたが、どうでしょうか?
これ以上は少し厳しいものがあるのですが、許していただけると幸いです。
さて、十二月も回りまして寒いシーズン到来です!
が、年末には大イベントが控えているのでブルブル震えて縮こまっている訳にはいかないので頑張っています。
では、次で一区切りできるか分かんないけど、一区切りさせるつもりで頑張ります!
小椋鉄平