仲直りと当日
「ん、ここか?」
女王の部屋は迷うことなく本当に真正面にあった。
他の部屋とは明らかに広さが違うのが分かる。ドアから次のドアまでの距離が断然長い。
悠人は恐る恐る近づいて、ドアに触れる。さすがに、すぐノック出来る勇気を作れていなかった。
スゥーっと息を吸って、吐き出す。
「よし」
手を握り、ドアを叩く。
「アーニャ、いるかー?」
アーニャに悠人であると知らせるために声を出す。中に女王があるならともかく、他の人しかおらず、その人にノックがかかった場合、どうすれば分からなくなるというのが通常であろう。
「ゆ、悠人?」
アーニャの力のない声が聞こえてきた。
はっきりとドア越しでも聞こえたので、ドアの前に立っているのかも知れない。
「入ってもいいか……?」
「う、うん……」
一応、了承を得てドアのノブに手を掛ける。
ドアを開くと、中の様子が見えた。
右奥には、広いベッドが置いてあり二人以上は優に寝られるだろう。
左には、社長室にあるような机がドアと向かい合うように置いてあった。 どうやら、自室兼仕事部屋なのかも知れない。
再び、見渡してみても女の子らしい部屋とは少し言い難かった。
なぜなら、ぬいぐるみなどの類が見当たらなかったからだ。 けれども、悠人は“ここ”の女の子の部屋を知らないのでぬいぐるみがあるのが常識かは分からないけれど。
一通り、ざっくりと見渡した後視線を落とす。
下を向く、アーニャが悠人の服を摘んで黙っていた。
(……何も言わない方がいいのかな……)
そんなように考えては見るが、アーニャから何も言ってこないのでこのままでいた。
「私も………」
「ん?」
アーニャがゆっくりとではあるけれども口を開く。悠人はそれを邪魔しないよう、聞く意思表示しておくのみにして耳を傾けた。
数秒の沈黙。
「私も……私も精霊ですけど、心があるんです。 そう、人工精霊だから……」
「うん」
確かにアーニャの言っていることは理解できる。 それは、精霊の中でも中の上より上のクラスでないと獲得し得ないものであると本には記してあった。 それは、暗にアーニャの能力は人工であったとしても大精霊クラスの力を持っている事を示している。
悠人は頷きながら、アーニャが本当にここで言いたい事は何なのかを考えていた。
(確かにアーニャが強くていつも助けられてばかりで申し訳ないくらいに思っている。だからこそ、アーニャに頼らなくてもなんとかなるくらいの力が欲しかった。 ………あんな俺にとって勿体無いくらい可愛い娘がそばにいるんだ。 それに甘んじてはならないと感じたんだ……)
「だからこそ、私のそばにいて欲しいんです……。ずっと……ずっと、離れないで欲しいんです……」
アーニャは俯いたまま、今にも泣きそうな声でそう訴える。
(俺はなんて馬鹿なんだろうな……どうしてこう彼女を泣かせてしまうのだろう……つくづく、俺が情けなくなるよ……)
悠人は、黙ってアーニャの頭に触れる。出来るだけ優しく、髪の弾力で戻されるくらいの力で触れ撫でる。
触れた時は、ビクッと反応を示したアーニャもそれを許し、抵抗しなかった。
「アーニャ、俺の答えは前に契約した時と変わらない。 ただ、アーニャにそう感じさせてしまったことには謝る。 ごめん」
「いえ、私こそムキになってしまって、悠人に当たってしまっていました。 ごめんなさい」
アーニャがそう言うと、悠人の胸に顔を埋めた。
「ちょ⁉︎ あ……」
一瞬、びっくりして離れようとしたが、悠人はアーニャを受け止めた。
「すぅ………すぅ………」
悠人の胸から、気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。
悠人は微笑み、頭を撫でるのを続けた。
撫でながらも、表情をキッと引き締め先を見るような目をした。
(明日……か……)
キーシュの作戦がうまくいっていれば、暗殺者の作戦は明日決行されるはずだ。別に、キーシュを信頼していないわけではなく、むしろあの場面では信用に値すると悠人の中では考えていた。
ただ、悠人には皆に言っていない、ある懸念があった。
それは……………。
○○○○○
次の日、ドアの前で日の光を浴びて目覚めてしまう。うつろうつろな気だるさを身体を伸ばすことで消す。
だんだんと王都を照らす光を見つめながら、悠人は今日の無事を祈った。
膝に乗っていたアーニャを起こし、無事を確認するためにドアをノックする。
あの後、監視するといったら女王に「サーシャはそんなことされなくてもそれくらい大丈夫よ」と押し切られ、新たな客の部屋に案内されそうになるのを踏みとどまり、今に至っている。
これに関しては、お金を受け取るのを出来ないと遠慮する部下と何とか、このお金を受け取って欲しい上司との無限ループみたいな感じになったので、思い出したくはない。
「はーい」
中から、サーシャの声が聞こえる。
「悠人です。 入ってもいいですか?」
「いいわよ〜」
呑気な声が聞こえてきたが返事してくれたので、中に入る。
声だけでは、本人かどうかの証明にはならないので、直接顔を見る必要があった。
「失礼します」
「おはよう。悠人、アーニャ。 あなた達の方が目覚めは悪かったでしょう。 ベッドあるから使って?」
サーシャはベッドに座って、片方の手でここにと手でポンポンしている。
「いえ、それはちょっと……」
それをするのは護衛としてどうかと思い、悠人なりにやんわりと断る。
後ろでは、アーニャがホッと息をついた。当然、その声は悠人には聞こえない。さらに、サーシャにも聞こえないが、サーシャはそのアーニャの表情は見れた。
それを見たサーシャは、目を細める。 いわゆる悪い顔だ。
「ほほう、アーニャと何かあったらしいわね……」
サーシャがそう呟くとアーニャは露骨に動揺する。
「ええ、心配をおかけしてすみませんでした」
悠人は包み隠さず、あったと答えた。それをアーニャは止めることも出来たのだが、アーニャ自身の動揺を抑えるので精一杯だった。
「まぁ、別に心配なんてしてませんよ? あなた達はパートナーですから、上手くやると思っていました」
悠人は、それを面白がって話しているのが、よく分からず、首をかしげる。
アーニャは「ぐぬぬ……」と言った感じでサーシャを睨みつけ、サーシャはそれを涼しい顔でスルーした。
「そうですか………」
悠人はどう返して良いか分からず、ぎこちない返事になる。
するとノックの音が聞こえてきた。
サーシャが「どうぞー」というと扉がゆっくりと開けられてそこからはひょこっとフィーベルが顔を覗かせた。
「サーシャ、迎えにきたよー。 一緒に行こー」
まるで今からピクニックにでも行くかのようなテンションで誘うフィーベル。
その軽々しくも見えるフィーベルのセリフにアーニャもサーシャも動じない。
「分かったわ。 それじゃ、悠人。 また、後でね」
そう答えるサーシャにフィーベルが首をかしげる。
「ん? お兄さん達はいかないん?」
「ええ、うちの護衛には何か考えがあるらしいから。それにその方が私たちにとって安全らしいわ」
悠人はサーシャに対しても曖昧なことしか伝えていない。 それは、どうなるかまだ分からないからだ。
けれどもそれが当たってしまうような予感が悠人の中にあった。
さらに、もし違ったとしても二人ならばしれっと倒してくれるという信頼がある種あったので任せてもいいように感じた。
「ふーん、なんか分からんけど分かった! あとは任せるぞ。宰相さん」
ビシッと敬礼のポーズをとって部屋を出て行くフィーベルとサーシャ。
悠人は「ご無事で」と頭を下げて見送ると「「あな(ん)たこそ」」と二人して返されて、(まぁ、当然だよな)と、二人が去った部屋で納得してしまった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
もう少し寒くなっても良い頃だと思うのですが、それは自分の思い上がりかなとも思いつつ過ごしております。
さて、いかがだったでしょうかと言いたいところですけど、こんなとこで感想求められてもえ?ってなるだけだと思うので、この章の最後にこのふりをして見るとします。
みんな育てるの早くね⁉︎ とかバイト仲間で一人だけ弱い私です。 (なんの話かはあえて言いませんが)
小椋鉄平