いざ、王都へ
「失礼します」
再び、悠人は呼び出されていた。呼び出されるのはもちろん悠人だけではなく、アーニャもである。
「よく来てくれました。悠人、アーニャ。早速で申し訳ないのですが、私の護衛をして下さい」
悠人の手を取り、そうお願いされる。
「ええと、構わないのですけど……護衛に理由は言えないのでしょうか。その、どこへ行くとか」
詳細を分かっていれば、楽な事もあるものだと思う。
「ああ、申し訳ありません。つい焦ってしまって」
ということは、急を要するということなのだろうか?
「いえ、もう護衛になったのですから、ついて行くのは当然のことだと思います」
そう言うと、サーシャは微笑む。
「そう言ってくださると肩の荷がおります。実は、召集が王都からかかりまして。なんでも、教育委員の会議だそうです。叔父様も毎回赴いていたそうなのですが、それが今年は早まりまして……」
なるほど、事情は大体把握できた。
「分かりました、っていってももう護衛になったのですからわざわざ頼まれなくても行きますよ」
そう答えると笑みを浮かべてくれる。
「ええ、そう言って下さると助かります」
「でも、王都なんですよね………」
王都であれば、余程のことがなければ学園長が狙われることがあっても、殺されるまではいかなそうだ。
(正直、俺の助けなんて必要なさそうだなー。 せいぜい、観光程度になっちゃうかなー)
「悠人、油断は禁物ですよ」
俺の考えを読んでいたアーニャが忠告する。
「どうしてだ? 王都ならば絶対に守りは行き届いているはずだろ? だったら……」
「王都では現在、上院議員殺しが多発しておりまして、大混乱なのです。事実、王都のアウシュベイン城に兵が一斉に集められており、都の警備は手薄となってます」
「じゃあ、検問とかやってないのか? そこで止めちゃえば、いいのに」
悠人の意見はもっともだと言うようにうんうん頷いてくれるアーニャ。
それとは反対にサーシャは苦笑いを浮かべている。事情を知っているからこその顔であると思う。
「よく考えて下さい悠人。 そう易々と誰が女王様を狙ってるかなんて分からないんです。だからこそ、なりふり構わずヒトを入れないと言うふうには出来ないのです。それに普通都とは政治の中心であり、商業の中心でもあります。経済的な意味でも王都にヒトの制限を設けるのは難しいのです」
サーシャは丁寧に悠人に説明してくれる。だが、その説明はある意味一言で完膚なきまでに粉砕できる。
「女王様がやれって言えばいいのではないですか?」
悠人のこの発言に苦笑を漏らしたのはサーシャだけではなかった。
「悠人。 女王様がそんなこと言うわけないじゃないですか。 前のクレアスト住民救出の任務を覚えていますか?」
確かに、クレアストでの任務の命令は敵味方双方死者を出さず、住民を救出することが女王陛下の勅命として下されていた。
つまり、女王様自体が争いを好まず、それでいて非情な命令を権力で出すお方でもないってことか? だとすると、城の警備の強化は解せない。
「でも、かの女王陛下でも今回の警備増強は止められなかったみたいだけど」
と、肩をすくめるサーシャ。その言葉で一応は話を飲み込むことができた。
「分かりました。 ただ、一言言わせてもらえるなら、なぜそんな時に召集があるのはおかしいと思うのですが」
「あはは、そうね。 確かに私もそう思ったわ。でも、それによる王都から反乱が起きないための抑止力にすると言われたらね」
俺にもその言葉には肩をすくめるしかなかった。
明日、出発することになり解散となった。俺とアーニャは寮に戻り、長旅の準備行った。
…………そこで当日。
「では、出発しましょうか」
学園長の机を立ち、傍による。
「はい」
そう答える。
………………。
………………。
二人の間に沈黙が訪れる。
「悠人、悠人」
沈黙を破ったのはアーニャであった。表情を見ると別に怒っている様子はない。いや、別にいやらしい目で見てたわけじゃあない、断じて!
「なんだ?」
出来るだけ平静を繕って返事する。
「あのー、えーとサーシャのところへ行くんですよ」
言いにくそうにしたと思ったら、アーニャは悠人の背中を押してサーシャの方へ近づけようとする。
(え⁉︎ アーニャ、どう言うつもりだ⁉︎ お前たちは仲良くなかっただろう⁉︎)
焦る悠人。アーニャが悠人の考えを読めても、悠人からはアーニャの考えを読むことは出来ない。
ふと、学園長を見るととてつもなく苦笑いだ。 さっきまでとは違い、明らかに苦笑いだとわかる。
徐々に悠人と学園長の距離が近づく。
(な、何これ。 え? まさかはめられたとか⁉︎ )
理由がわからない& 信頼できる人達ということで無闇に抵抗出来ない。
ついに目の前にサーシャが見えるところまで来てしまう。
反射的に目を瞑ってしまう。
サーシャは悠人の手をとった。
「さぁ、行きましょうか」
辺りが真っ白になる。 それも一瞬のことで、周りには別の景色が広がっていた。
それで悠人は納得して、今まで考えていたことを思い出して顔を伏せてしまった。
「うふふ、まさか王都に馬車でとか思ってました? 悠人」
「………はぃ、思ってました……」
二人揃って笑われてしまった。
やっとの事で顔を上げると、一瞬で目を奪われた。
ヒトが賑わっている。それに建物が風情を感じる街並み。まるでヨーロッパのレンガ造りの家を連想させた。
実際には見たことはないが、少なくとも日本では見れることはないと思う。
「おとぎ話の世界に迷い込んだみたいだよ」
「あなたのところにはこういうのはないのですか?」
「ええ、少なくとも自分がいたところの周りには……」
レンガ造りの家と人々の営みという題の絵でも見ているような気分になって、嬉しくもあり、それがいけないのではないかという気持ちにもなっておかしくなってしまう。
「俺がいた街は、どういったらいいものか。 とにかくこんなレンガで積み重ねられて造られている家とは違い、そう、コンクリートと鉄骨とか木でできている家なんです」
伝わらないなと思いつつも、自分なりに伝えて見るが予想通りの反応だった。
「へ、へぇそうなんですか……」
「ふーん」
サーシャは努めて悪い印象を与えないようにしてくれる一方でアーニャは態度によく出ている。
「いえ、お気遣いありがとうございます。 と、ごめんなさい。 俺もうまく説明できないんです」
「いいえ、構いません。 さぁ、では会議場へ参りましょうか」
「はい」
三人はサーシャを先頭に会議が行われる場所に行くことにした。
歩いていると王都の今の実態が手に取るように分かった。
人々の構成は商売人、平民、兵士といった大きく分けた三分割になっている。もちろん見ただけなので細かい商売の違いとかはあるかもしれないが、そのような風に見えた。
しかし、どの世界でも格差は存在するらしく、少し裏路地を覗けばボロボロの服を着ている子供たちやそれを見守る親などが目に映る。
「………あの者たちが気になりますか?」
「ええ、まぁ」
どうやらよくよく見てしまっていたようだ。
「……王都は今、悠人が見てきたような貧困層がここの三分の一を占めています。 しかし最近は現女王様が即位したことにより、義務教育といった形であの形にも分け隔て無く教えを説いています。ですが、やはり未だ身分というのは取ることは出来ず、せいぜい兵士になることが多いというのが現状です」
悠人は予想通りだという表情をする。
(だから俺くらいの奴らがいないのか)
悠人と同じくらいの背の男でボロボロの服を着ている人を見なかった。だから、そうではないかと思っていたが、当たりだったようだ。
「その義務教育で魔法を教えるのですか?」
魔法学校に所属している身そういうことをしているのかなと思い尋ねる。
だが、サーシャは首を振る。
「それは違います。 彼らには生活に必要な最低限の魔法しか教えることはありませんし、教えたところで私たちのような魔法は使えません。 それは遺伝子上定められた運命ということなのでしょう」
魔法学園に名家の人たちが集まってくるのはそういう事だからと聞いた事があった。確かに、学園ではそういう貴族とかそういう感じのものばかりが漂っていた。
「だから、悠人は特別なんですよ。 名家の出でもないのにすごい魔法が使えるんだから」
アーニャがニコニコして誇らしげに語る。まるで自分のことのように話すので少し、笑みがこぼれる。
だが、そういうことであれば、突然変異で俺みたいな者が出てきてもなんらおかしなことはない。はずだ。
たとえ、確率は十万分の一だとしてもないことはないはず。
「残念ながら、ここ百年でそういった話は聞いておりません。 おそらく、そういったものはあっても悠人クラスの魔法使いにはなっていないからでしょう。 せいぜい、魔法研究科クラスの魔法しか使えないと思いますよ」
悠人の疑問に答えたのはアーニャであった。 口には出してないので当然ではあるが。
となると、平民が持つ魔法エネルギーは俺たち魔法が使えるものたちからすればほぼほぼゼロに近いこととなる。それでは格差は埋まらない。当たり前だ」
(俺が悩むことじゃないか…………)
悠人達は歩みを進めた。そして………。
「ここが、ヴィッフェルチア王国、王都にある、アウシュベイン城です!」
サーシャが、手でその場所を示す。 その大きさに声も出ない。
まるで、ヨーロッパの城をイメージさせた。先はとんがった帽子のような塔が複数、高さも違うように並べられていて、とても城とは思えない。
(俺は本当におとぎ話の世界に来てしまったのかもしれない)
平民の俺が、こんな大層な城に来られるようになってお姫様に見初められて………なんて、まぁ実際とは逆ですけど……。
二人は悠人の反応に満足のようだ。
「さぁ、中もとても良いんですよ。行きましょう」
サーシャが中に案内してくれる。
と案の定というべきか、警護兵に止められる。
「失礼ですが、ここからは許可されたものしか入る事ができません。 何か、証明出来るものはお持ちでしょうか?」
「これでどうかしら?」
サーシャは一枚の紙を手渡す。
それはA4程の紙で、裏からは何が書いてあるのかよく分からない。
しばらく、兵は俯瞰した後、サーシャにその紙を返す。
「存じております。新フィアルテーレ魔法学園学園長、サーシャ様ですね。 今、私はここの警護で手が離せないので、少々お待ちいただけますか」
「あっ、それは結構よ。 私はここにくるのが初めてというわけではないから」
兵が、仲間を呼びに行こうとしたところでサーシャが止める。
「左様ですか、では申し訳ありませんが、そうしていただけると有り難く思います。……ところで、そちらのお方は?」
兵は悠人を見て問う。
アーニャはさすがに見えてないみたいだった。
「ええ、私の護衛よ」
サーシャはあっさりした口調で答える。しかし、兵はその答えに慌てた。
「この者は学生ではないですか。 其奴があなた様の警護など務まりますまい。 やはり、兵を呼んできます」
その言葉に、眉間のシワを寄せたのは悠人ではなく、アーニャとサーシャであった。
「それは実力が無いからと仰りたいのでしょう」
なんとか、口調までは抑えているものの表情は固く、怖い。
『悠人、増幅器に触れてください!』
「あ、ああ分かった」
悠人は言われた通り、左ポケットに入れてある増幅器に手を触れる。
「……………こ、これは⁉︎ 龍だと⁉︎うぐっ、あっ」
突然、兵士が悠人を見てというよりも悠人の頭上を見て後ずさっていた。尻餅までついていた。
『もういいです。悠人』
「ああ」
手を離す。
すると、先ほどまで死にそうなくらいの青ざめた兵士がホッと胸を撫で下していた。
サーシャがその兵士に近づく。
「これで………分かって頂けましたか?」
兵士の手を取り、立ち上がらせる。
「ええ、それは………もう、十分なくらいに……」
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるサーシャ。
悠人は何が起こっているのか、自分のことなのに自分が除け者の気分を味わっている。
サーシャは兵士にお辞儀をしてお城の中へと入って行く。悠人もそれに続く。
「おお……」
中は、宮殿のような煌びやか装飾で溢れており、とてもお高そうな絵画がガラスに描かれていたり、下もわざわざカーペットが敷かれており、歩くのも憚れるような作りになっていた。
「どうですか……と、聞くまでもなかったようですね」
「ええ、ただ綺麗だけではいい表す事ができないくらい見惚れています」
「うふふ、悠人はジゴロなんですね」
「む〜、そうなのですか。悠人」
え、どゆこと?
何故か責められてるんですけど……。
アーニャがジト目で追求してくる。悠人は頭に??しか浮かばない。
「今度こそは言い逃れできませんよ。悠人………」
ゴゴゴと空気が振動しているかのような、威圧感を感じる。
「ま、待ってくれ、本当にじ、自覚がないんだ」
「黙りなさーーい」
「ごふっ」
頬を殴られ、数メートル先まで吹っ飛ばされる。
「きゃ」
「え?」
飛んだ先に誰かいたようだ。悠人はその人とぶつかってしまう。
背中とお腹に酷い、痛みが伝う。先に、背中で次に腹部に衝撃がきた。
「いつつ………あっ、だ、大丈夫ですか?」
「え? は、はい大丈夫です」
そのお方は、この城にいるのには似合わない。濃い色のした服を着ており、かつその服は何処か容姿と似合っておらず、顔は色白で目もぱちっとしているのに服がそれに似合っていない。
取り敢えず、彼女が立ち上がるのを手伝う。
「お怪我はありませんか?」
「あ、はい。 問題ないです」
「あのー、もしよければお名前はー」
「あー、悠人。 その女の人は誰なんですかー」
「アーニャさん。ここで乱暴は……って」
サーシャとアーニャが駆け寄ってくる。 今思うと、俺、どんだけ飛ばされたんだよ。
と思ったのは束の間だった。
「ひ、姫様⁉︎」
サーシャが驚いてそう告げる。
「え、ええーーー!」
いつも呼んでいただきありがとうございます!
今回は予告通りとはいきませんでしたが、近いところまでのお話でした。
最近は、本当に寒くなってきて気づかないうちに長袖を着てましたね。
さて、今回も違う作品を弄っていたら、ギリギリになってしまい、また、止めどころが決められず長くなっている次第です。
今更ながらに、文で変なことに気づいてしまったんですけど、改稿するかはまだ決めかねています。
ではでは、また来週。
小椋 鉄平