少しの嫉妬と陰謀
「〜〜悠人をたぶらかしてどういうつもりなんですかー?」
冷ややかな声が聞こえる。
「いや、こ、これはだな……ええと……」
とっさの言い訳が思いつかず、どもってしまう。
「悠人はピュアなの分かってますから大丈夫です。こういう事になり易いってのも分かってますので色々そうならないように私が監視していたのですが……まさかサーシャさんが悠人を狙うなんて……迂闊でした」
となぜか悠人へのお咎めは一切なく、サーシャへ矛先が一本に向かっている。
「でも、決めるのは悠人なのよ。あなたがどうこうして悠人の隣を決めるなんて可笑しいわ。……しかもこれまで悠人に近づこうとした女生徒を片っ端からなぎ倒しているとかなんとか……。そういう情報が寄せられているわ」
「うそっ、気づかれていたの⁉︎ 分からないように後日呼び出して痛めつけたのに……」
アーニャは歯軋りをする勢いで悔しがる。
まじかよ……俺の知らないところで闇が広がっていたなんて……。
悠人は驚きに目を見開いている。
いや、正確に言えば目は開いているが焦点は合っていないような感じであった。戸惑いでさえ見える。
「あら、本当だったのね。さっき私は別に《アーニャ(あなた)》が、なんて言ってないわよ」
終始冷静なサーシャ学園長。
顔色一つ変えず、アーニャに正対している。
私は間違ってないとでも言いたげな感じだ。
俺から言わせてもらえれば、どちらにも非があると思うのだが………。
それを口にする事は悠人には出来なかった。
「ムキー! ほんっとサーシャさんは小悪魔よね。昔っから」
「それは悪い事なのかしら?」
「悪いわよ!」
アーニャが間髪入れず答える。それこそ、サーシャが述べ終えた瞬間コンマ何秒の世界であったと感じる。
「ててて、ていうか悠人から離れなさいよ!この!」
アーニャが詰め寄り、無理やり離す。そこにサーシャの抵抗は無かった。
悠人はアーニャの横に引っ張られる。
さりげなく腕に手を回されているが……これはこれでアリなのだろうか?と、サーシャに言ってみたかったが、ここからまた事態が悪くなるだけと口には出なかった。
「さあ悠人、帰りましょう」
そのまま引っ張られる悠人。悠人的にはここで抵抗してもはたまた自主的に部屋から出ようともどちらかに加担する事になるのを分かっているのでわざとアーニャに引きずられるような格好をとる。
そこにサーシャの抵抗は無かった。
「《例の件》、お願いしますね」
しかし、最後に爆弾を投げられる。
これに悠人は答えるしかない。たとえ、アーニャに睨まれようとも。
「えぇ、分かりました」
悠人は短く答えて学園長室から引きずられていった。
「はぁ………」
風がよく吹く屋上でラネイシャはため息をつく。
ラネイシャの心では彼の頭が浮かんでは消えていた。
突如目の前に現れた青年。颯爽と現れ、私の心とプライドをかっさらっていった。
ラネイシャは右手を見つめる。
そこには傷などなく、女性らしい綺麗な手が見えるだけである。
しかし、彼女の手には確実に傷ついていた。
あの事故により、こちらの手からは魔法は発動できなくなっていた。
出るのは僅かな青い煙だ。
これは魔法に成り代わる前の魔法因子だと思ってもらって構わない。
実際には魔法因子は目に捉える事など出来ないが、魔法因子の少しだけ固まったものが先程の煙だ。
これを吸ったとしても、人体に影響はない、とは言えないが、大した影響はない。少なくとも自分の出したものをもろに吸っても身体への害は皆無だ。
それは魔法はいわゆる血そのものと同義であるからである。
枯渇すれば間違いなく死に至る。そんなところが、血液と魔法との共通点である。
ただし、すべて同じというわけではない。確かに無ければ死に至る。だが、血液と異なるところは無くなっても少しの時間であれば生きられるところにある。
ある実験により、それが証明されている。
けれども、それはある人の犠牲によって成されたものであるが……。
「ふぅ……」
息をつくラネイシャ。
こんな事を考えているとゆ、あいつの事を考えなくて済んだ。
「なんだか、麻薬みたいで怖いわね………」
口では怖いと言いながらも口の端が上がっている。
自嘲気味になっているのだろうか。
あたりの景色は夕方の茜色した空が映り、ただ雲が流れていく。それほどの変化しかない。たがしかし、これほど黙って見ていられるのは何故だろうかと思えるほど見入っていた。
後ろから、屋上の扉を開けられる重く鈍い音がした。
当然、誰が入ってきたのか判断するために後ろを振り向く。
「やぁ、ラネイシャ」
「何の用だ。私をからかいに来たのか?」
すでにランクから名目上外れた事により、ラネイシャは悠人と交代であの特待生組クラスからは外されていた。
それによりラネイシャへの好感度はガタ落ちし、悪い噂が一人歩きしていた。
ただ、悠人といるとそんな噂は何故か聞こえてこない。
おそらく悠人に対してはなんらかの恐怖を生徒が感じているみたいであった。
ありていに言えば悠人が嫌ったのだろう。
そういう意味でスライトがからかいに来た事はあった。かつ、彼は、というよりも彼ら特待生組は私の異変にも気づいているはずであった。
「いや、そんな事ないよ。僕に今回の事をからかうとか、慰めるとか、そういう事できる立場にはないからと思っているからね」
そんな事を言いながらラネイシャの前に立つ。
「じゃあ何? 悪いけど一人にして欲しいんだけど」
突き放すように言い、再び外を見る。
「僕の力でそれを治せると言ったらどうする?」
「……ははっ、お前が? 冗談は辞めてくれ。マイン先生でもダメだったんだ。無理に決まってる」
「そんな事はないよ。必ず、出来る。少なくともどうせ失敗に終わるんだったら、どのみち同じだろう? 実は医療で再生医療、っていうのがあってね、それで……」
と、長々と続く《再生医療》とやらの説明をしてくれる。私も馬鹿ではない。その説明を聞きながらそれに興味がわいた。
「分かった。やりたいわ。でもタダって訳じゃあ無いのでしょう」
「ええ、私も見返りなしでは生きてはいけませんので」
「内心はそうしたいのですが……」と、呟いているが、こいつがやると演技のように見えて仕方が無い。
「で、それはなんだ」
強い口調は変わらず、ラネイシャは答えを要求する。
「それは………ですね………」
スライトの顔がみるみる悪い顔になっていく。
あ、あれ? 急に焦点が合わなくなって………。
ラネイシャがふらついて倒れそうになるところをスライトが抱きとめる。
「ごめんよ。悠人君。君は僕にとって敵みたいだ」
二人はその場から消え失せた。
その時のスライトの顔は酷く歪んでいた。
………………………
………
「えっと、大会の本部は………っとここだ」
悠人は開催中のランキング戦で対戦相手を指名するために大会本部である闘技場へやってくる。
「これはこれはいらっしゃい、悠人君」
と、かなりフランクリーな口調で話しかけてくれるのはカレンだった。
「こんにちは、ええとカレンはどしてここに?」
明らかにカウンターの向こうにカレンは立っていたので何かのお仕事をしているのは最低限分かったが、なぜそこに至った経緯については見当もつかなかった。
「あっ、そっか特待生には入らないもんね実行委員」
「実行委員」
「そう、フィアルテーレ学園魔法科内ランキング戦。それの実行を行うのは学生なのよ。実行委員はこうやって闘技場の空きを調べてそこに生徒を入れる。そして、ランキングの決定をするわ。っといってももし挑戦者側が勝てばその順位を入れ替えるだけだけどね」
両の手の平を上に上げて、苦笑するカレン。
確かにそれだけを聞けば単純に思える。
「でもね、このランキングは重要でね。将来もこのランキングによって格付けされるのよ」
「へー、それだと配属されてからの昇格はほぼ無いって事?」
単純に気になったので聞く。自分的には出来るだけ上に出れた方がいいのかもしれないと思ったからだ。
「うーん、そこからの事はあたしもよく分からないけど多分そんな事は無いと思うよ」
悠人の質問は結局謎に終わりそうであった。
まぁ、入ってみたらわかるかと頭を切り替える。
「で、挑戦したいんだけど……」
「うん、いいよー。やっぱ無難に次かな?」
「いや、今のランク一位を指名するよ」
「え? ほほう、さすが期待の編入生、一位をいきなりご指名なんて大胆だね。というか悠人君の性格では考えられないよ、一体どういう変化?」
「まぁ、実力を試したい、からかな?」
流石にここで学園長の護衛になる為、とか、この国を変える為という事を言うのは恥ずかしいものがあったので濁しておく。
「ふーん、まぁ、いいけど。でも、そんなあっさりといけるような相手じゃ無いから覚悟しておいた方がいいよー。何せ、今の一位はスライト君だから……」
そうなのか、と思ったが、スライトの実力は任務に行った時もあまり見られなかったので正直よく分からない。だが、カレンがそう言うからには強いのだろう。
悠人はその後、手続きを終えて寮に戻った。ランキング戦の時は午前中しか闘技場を使えないし、今日は学園長に呼び出された事もあって特訓はやらなかったが、帰ってから少し体を動かそうと思って筋トレしていた。
日時は来週の同じ時間だと言われたのでその日まで身体を壊すような事があってはいけない。ましてや、怠けさせるのももってのほかであろう。
しかしながら、過度の自分の体格に合わない肉付きにはするなと言われているので悠人はそれを維持するようなトレーニングしかしていない。
「ふぅー」
一通りのトレーニングを終えて、一息つく。トレーニングを終えた後の、小さな達成感は悠人の心を心地よいものにしてくれた。
その時、ガチャリとドアが開く音がしてそちらの方へ向く。
そんな事するヒトは一人しかいない。
「アーニャか?」
分かっていながらも確かめるように尋ねる。なぜ分かっていながら尋ねた?と問われても自分ではよく分からないのが、謎なのだが。
「はい」
アーニャは大きくもなく小さくも無い返事で、答えてくれる。その所作は美しいと言われても過言では無いだろうと思う。
実は呼び出したのも悠人だった。おそらく、コンタクトした時に少し真剣風を装って(サーシャの後という事もあり)言ったからであろう。アーニャはもしかしたら怒られる事を覚悟してここへ来ているのかもしれない。その方が、緊張感があっていいと言うヒトもいるのかも知れないが、悠人的にはそれを見逃す事はできなかった。
「もし、お説教だと思ってるのだったら安心してくれ、今回呼び出したのはそのことじゃあ無いんだ。実は………」
「お断りします。悠人」
「え………?」
いつも読んでいただきありがとうございます。
現在、台風関係で立て込んでおりまして、更新報告をすっかり忘れてしまいまして、申し訳有りませんでした!
本来ならば、少し柔らかなお話をしたいところですが、皆さんに早く提供したいので、ここまでとしておきます。
次回は………
「悠人…………」
「これが現実なのです。………それでも悠人は殺れますか?」
小椋鉄平