作戦実行
ベッドから身体を起こすとまず初めにため息を漏らしてしまう。
「はぁ……なんか、ため息ばっかだな俺……」
考えているのは先ほどのアーニャの大胆な行動についてであった。
確かに自分が悪いのだろう。そう思った。
最近、いろいろ、具体的にはラネイシャのことであったが、落ち込んでばかりいたというのは誰からの目からも明らかだったようだ。
しかし……柔らかかった。
いかんいかん。
思い出しそうになって慌ててキャンセルする。
それから自分の手を見る。
魔法。
それはここではごく使われる当たり前の存在。
地球では拳銃がまだ往来しているようなものだろう。
ほぼ誰でも使うことができるという面では一緒だ。異なるところがあるとすれば、ヒトによって差が顕著に現れることと、ある程度遺伝子レベルで魔法ランクが決まる。
つまり、将来が決まると言っても過言ではない。
しかし、ヒトの突然変異を除く。これは言わなくても分かることであろう。ヒトとヒトが交配して同じヒトが生まれないように、魔法もひとへに絶対はあり得ない。
例えば俺のように……。
「? ……はーい。空いてまーす」
ノックの音がしてそう答える。もちろん鍵などついてはおらず、アーニャやラネイシャなどは勝手に入ってたりする。
だが、ノックしてくるということは少なくとも二人ではないことになる。
誰かな?
単純にそう思う。
「……え、先生?」
「……よう」
「ん? 先生、こんな朝から俺に用事でしょうか?」
不意に時計を見る。針は短針が6、長針が7と8の間を指している。まだ、学校というには早い。
「悪いが支度しろ。今日実行に移す」
真顔で先生が答えるので、本当のことだと悟る。
「分かりました。10分ください」
そう答えると、アイナは頷いて部屋を出て行く。おそらく、寮の玄関で待っていてくれているのだろう。
悠人は支度をした。自分から言っておいて待たせるわけにはいかない。
…………………………
…………
「よし」
最後に点検をして、持ち物を持って部屋を出る。
「お供します」
「ああ、よろしく頼むな」
部屋を出たところで目の前にアーニャが立っていた。ある程度予想できていたことなので驚きはしない。
「私も行くわ」
ドアを挟んで声が聞こえた。
「………ラネイシャ、お前では……」
無理だと言おうとして口をつぐむ。それを言うのはご法度のように感じたからだ。
「別に私が行っても戦力にはなるはずよ。それに……あんたにもしものことがあったら……」
最後がよく聞こえなかったが、戦力には……もちろんなるだろう。ヒトは多い方に越したことはない。
しかし、危険という面では不安な面が多い。
「リスクのほうが大きい。連れて行くことはーー」
「行きましょう!」
アーニャがラネイシャに歩み寄り、そう答える。
「だがな……」
「いや、多い方がいい。本人が行きたいと言っているならそれを尊重する」
「先生……」
そこへ先生まで現れてラネイシャ参加を賛成される。
「ただし、お前を庇うことはできない。自分の身は自分で守ってくれ……それが条件だ」
「ええ、それで構いません」
「ということで多数で決まりですね!」
「そうですね、それでなら構いません」
ため息をつきそうになってやめる。
「よし、じゃあ行くぞ」
「「おー」」
ラネイシャとアーニャは元気よく答えるが、俺は答えることは出来なかった。これからすることはヒト殺しなのだ。そんなピクニック感覚ではいられない。
♢♢♢
「大きな洞窟ですね」
そう声に漏らす。
洞窟は自分の身長を優に超え、トンネルほどの大きさをしている。
これを洞窟と言えるかどうかは俺にも分からない。
しかし、トンネルのようにコンクリで周りを固めて滑らかになっているわけでもないのでそういう意味では洞窟と言えるかもしれない。
「ここからはどうなるか分からん。……が、取り敢えず最終目標はボスを倒すことだ。今回は誰がここの親玉なのかはつかめていない。適当に引っ捕まえて探りながらの潜入になるだろう。それから……陣営は私と相馬が、前でアーニャは相馬の支援。ラネイシャは後方だ」
人数も少ないために簡単なフォーメーションとなる。いたらいたで統率的な面でややこしくなるのでこれくらいが丁度良いのかもしれない。
「よし、作戦開始!」
「「はい!」」
早速、位置について洞窟の奥へと入っていく。
「最初に出て来るのはなんですかね。キャ!」
「!」
咄嗟にそれを切りつける。
呻く声もなくその場に落ちる。
「コウモリじゃないか。驚かせないでくれ」
「ごめんなさい」
てへっといった顔でアーニャが答える。
本当に敵だったらどうすんだよ。と、やけに普通にしているアーニャに対してそう感じる。
「もう少し、真剣になってくれ」
「……分かりました」
真顔になってそう告げると流石に分かったのか表情を引き締めてくれる。
そうしながら、歩みを進めていく。
不思議だったのはここまで来て敵らしき者に一切出くわしていないことであった。
考えてみれば、入り口に敵の見張りが数人いたとしても良かったのに誰一人としてそんな感じをした覚えはない。
おかしいな……。
違和感だ。これがただの杞憂であったと思いたい。
「待て」
アイナの号令で皆が止まる。
「……どうしました?」
俺が恐る恐る尋ねる。
「くっ……確かに予想はしていたが戦力のバランスがここまで偏ってるとは……っ」
地面が揺れる。そこまで大きい揺れではないが、何かこちらに近づいているような……。
「! 後ろだ!」
悠人が咄嗟に叫ぶ。
ここに感知系魔法師がいなかった事が仇になったかもしれない。早くも戦力のなさが露呈した結果になっている。
「おい、悠人! 後ろにばかり気に取られるな」
ふと、振り返ると俺に向かって斬りかかってくる兵士が目の前に見えた。それを抜刀と共に横に凪いで消す。
その兵士は無様に血を吹き出し倒れる。
「これが、初めてになっちゃったな……」
と、呟いてはみたもののそんな暇もなく次から次へと敵がやってくる。
「おい! 奴は爆弾を身につけている。 爆発させる前に消せ!」
見ると、胸に爆弾らしきものを身につけた兵士が隊を組んでこちらに迫ってきていた。
「アーニャ、ラネイシャ! 火力系魔法は使うな! ここが崩れるぞ!」
先生が忠告すると二人は苦虫を噛み潰したような表情になる。
何せ、雑魚だらけだったからだろう。それに数が多い上に俺たち同様、何かしらの武器は持っていてもほとんどが日本刀であった。
兵士の格好をしているからには飛道具ぐらい持っていてもおかしくないと思ったのだが……。
「これじゃあ、こいつらはただの捨て駒じゃないか」
「そんな感情は無意味だと言ったはずだぞ、悠人」
先生に注意され、黙々と斬り伏せていく。
アーニャもラネイシャも各個撃破に集中している。
「捨て駒と言っても爆弾を持っている時点で、道連れにする気ではあったはずです」
「……そうね」
そんな会話をしながらでも、殺るペースは下げない。皆が集中して撃破していく。
……………………………………………
……………………
………
「終わったか?」
あらかた、動く兵士も見えなくなり地面に倒れているものばかりになった。
「! ここから離れろ!」
爆弾に点火したものを見つけてそう叫ぶ。
「キャ!」
「うおっ!」
「くっ!」
大きな爆発音とそれによる衝撃で飛ばされた。
洞窟である為に一層辺りが暗い。
前には爆発によりできた壁。ここには仲間はいなかったはずなので大丈夫だと思った。
「おーい、無事かー」
壁の奥にまで届くように大きめの声で言う。
「私は大丈夫です」
「私もよ」
真っ先にアーニャとラネイシャの声が聞こえる。
ひとまず安心した。
「せ、先生は?」
悠人は辺りを見渡す。後ろも振り向いて、確認する。
いた!
先生は爆発の拍子で結構な距離飛ばされたようだ。
「先生! 怪我はないですか?」
と言いながら近づく。
と、いきなり剣を突きつけられる。雨星を。
「やっと奪う事ができたよ。 感謝する」
「何を言っているのですか……先生……?」
剣を突きつけられながらも、そう告げる。
「む、いや、そうか……君には言っているかもしれないと思ったのだが、そうでもないようだ」
ふふふ………。と先生は笑う。
なんだ? 先生と喋っているはずなのに会話がそうは感じない。
何か変なのは間違いない。それだけは分かる……。
しかし、いかんせんなにが起きたのか把握しかねない。だからこそどのように対処すればいいのか分かりかねない。
「どうしちゃったのですか? ……先生。とても先生と話しているようには感じないのですけど……」
剣を突きつけられている時点で何かおかしいのは明白なのだけどね……。
「はははは……。そうだねぇ……君はなぜか冷静だね……こんな状況だというのにね……君も彼女のようになりたいのかな……?」
首に剣が触れ、血がタラタラと流れる。
動いたら良くないのは分かりきってるので、血を汗のように拭うことも出来ない。
『私から説明します。悠人』
(どういうことだ……?)
アーニャがテレパシーで話しかける。今まで、テレパシーは制御出来ていると思ったのだが、実はアーニャに対してのみ出来ていなかったという事は今は考えている余裕はなかった。
『アイナは精神干渉を受けています』
(なに?)
精神干渉という言葉だけで悠人の顔色が変わる。
「おっと、どうしたのかな? ……私を睨んで……。あぁ、さっきまでの事が分かったんだね。流石だよ。一体どんな魔法を使ったのかな、ふふふ……。君には興味深い事ばかりだよ。観察すればするほど疑問ばかり浮かぶ、ぜひ解剖分析させて欲しいな」
終始、笑顔で恐ろしい事を言う身体はアイナの見知らぬ奴。
「そうだな。俺もそれはまだ先にして欲しいかな?」
瞬間移動で敵から距離をとる。
「おっと、これまたすごい。数百年前に絶滅したと言われている魔法だ。それを君が行使できるなんて、まるで過去からやってきた人のようだね」
「御託は結構……」
瞬間で近づいて斬る。
「⁉︎っ!」
それを瞬時に見抜き剣を合わせられる。
これは?
剣の合わせ方がアイナとダブった。
見間違いか?
とも思ったが、それはないだろうと首を横に振る。
「いやー、危ないねー。一応、これは先生の身体なのだよ。殺したくは無いだろう?」
「は? なにを言ってるんだ? お前。 アイナ先生だから殺したく無いだと……? 笑わせるな!」
死角を狙っての一閃。
「⁉︎っ!」
またも同じ。
「なぁ、先生。帰ってきてくれよ!」
悠人の剣を連続で叩き込む。
剣では防ぎきれないのか、二発目からは回避の動作をしている。
予想通りだ……。 ならばっ!
剣に魔力を注ぐ。いつもの倍の速度と量で。そのせいで、剣が形態を変えた。見た目はただ、真っ黒になっただけなのだが……。
自分でも感じるほどの剣から伝わってくるオーラのような。まるで、なにもしていないのに身が切り裂かれるような空間を醸し出していた。
「これは……くっ!」
アイナには似合わない、苦悶の表情。
「……これで詰みだろ? 誰かは知らないがお敵さん?」
「…………どうしてそう、思うんだい?」
アイナの顔には汗がにじみ出ている。普段の彼女では見た事無い。
「さっきの連続で剣を振った時、二発目は避けたよな? それで分かったんだ」
「ふふふ、聞かせてもらおうか」
アイナが天星を下ろしたのを見て、悠人も剣を下す。これで不意打ちでもこれば対応できない。それはあっちも同じ事だが、少なくとも“今のアイナ”には微塵も負ける気はしなかった。
なにも根拠がなく思っているのではない。
「まず、お前は俺の攻撃に対して受け身しか取ってこない事。疑問だったよ。俺を消したいのなら最初に首を取った時にいくらでも出来たはずだ。それはお前の趣味なのだろうが……。それがお前の敗因だな」
「…………戯言は寝てから言ってもらえますか? 私とあなたでは釣り合わないのですよ」
アイナの眉が釣り上がる。怒られた事はあるが、マジなものはほとんどなかった。
「アイナではない何かである事は分かっている。ただ、攻撃した時の受け身がアイナ先生そっくりだった」
「……それがなんだと言うのだね」
「は? 自分でやってんだろ? 言わせる気か? わざわざ、恥をかかないようにしてやったのになぁ〜」
「次から次へと減らず口を……」
「おっと、まだ話は終わってないよ」
どうどうを鎮める。
「…………」
「つまり、お前は自信がないんだよ。俺と戦うのは……。 だから俺の攻撃の受け身の瞬間だけは干渉を止めるんだ。だから、俺が振り被る瞬間にお前と先生とが入れ替わる……。とっさの出来事にも見事に対応してくる先生もすごいけどな……」
「…………」
見た目アイナの敵は黙ったままだ。悠人は気にせず、口を開く。
「でもそれには大きな問題がある。違うか? 」
「…………」
見た目アイナは下に俯いたままだ。それでも、構う事はない。
「精神干渉には干渉している時は特に問題もなく相手の身体を乗っ取れたりするけど、スイッチのようにすぐにオンにしたりオフにする事はできない。 そういう説明だったはずだ」
教科書にあった事を反芻する。
「そう……一回切ったものにもう一度付け直すにはそれだけ時間がかかるはずだ。だろ?」
悠人の考察をぶつける。
「…………はははは……実に見事です。確かに一度入れても、すぐにキャンセル、再び入れるようにはならない……ですが、それだとしても私に傷を負わす事は出来るのでしょうか? 先程もそうですが、私に傷一つ付けられなかったのではなかったですか」
当たり前の反論だ。けれどもそれは今の悠人には通用しない。
俺も策士だな……。と、悪い顔でニヤリとしてしまう。
その顔を見た奴は訝しげな顔をしている。
「俺の狙いはそっちじゃない。……できるかどうかは分からないが少なくともやってみる価値はある。……それに、それさえ片付ければこの作戦も終わるからな」
「……ほう、それは楽しみですね……。それをするという事はあれだと思うんですけど……違いますでしょうか?」
「さぁね、ご想像にお任せするよ」
と、先ほどと同様に詰め寄って一閃。
「っ⁉︎」
同じ受け身。
『アーニャ、できるか?』
『それは悠人次第でしょうね。ここにハルさんがいれば良かったかもしれませんが……。でも、私は出来るって信じてます』
アーニャがファイトって言っているような格好が想像できて、苦笑してしまう。
でも、信じるって事が大事だといろんな戦いで分かったからな。うん、出来る!
「はぁあああああああああああっ!」
「なに⁉︎」
その驚きの声はアイナの女性の声ではなく、男の低い声であった。
驚く、軍服の男に容赦なく一閃する。
確実に殺れる首を狙った。
血が噴射する。
身体に血がついたが、今は気にしない。
「さて、これで終わりかな」
ふっと、立ち上がると周りにはまるで王座のようなものと、そこに座る一人の男が目に入った。
「……残念だけど、もう一つあるみたいだ」
と、彼を見て呟く。
彼は軍服でも光り物からしてリーダーだと一目でわかる男だった。かつ、顔もいかにも歴史に出てきそうな、男らしい顔をしている。
「いや、その必要はない。自分の最期くらいは自分でつける」
「そう、じゃあ見届けるよ」
「感謝する」
「その前に一ついい?」
「ああ、構わんよ」
刀を引き抜く彼に一つ尋ねる。
「あなたはどうしてこの集団を?」
「そうであったな……。もう、かれこれ30年になるか……。ここに迷い込んだんじゃ。最初は訳が分からなかった。それでも、現地の人と出会い、交流を重ねることで徐々にここのことが分かってきた。そして、彼らの不満も分かった」
それが、魔法師重視の政治だったという事は悠人も分かっている。
「彼らのように我々も魔法とやらが使えなかった。ただ、戦いの道具はあった」
拳銃や刀などのことであろう。この者らの戦い方より想像がつく。
「教えたんだね。戦い方を」
「うむ、彼らは喜んでいた。これで解消されるぞとな。……じゃが、彼らの不満を行動に移す前にその問題は女王の命により無くなったのだ。私はこれで大丈夫だと思ったのじゃがー」
「治らなかったんだね。武器を持っているが故に……」
自体はすでに治っているはずなのに、自分の不完全なものを吐き出そうと悪の行動に移ってしまう。
「私は乗り気ではなかったが、彼らには伝えることが出来なかった。張本人がいくら否定したとしても一対多数では自分の身が危うかった」
「だからこそ出来なかったと……?」
彼は俯く。それが、可哀想な王にも見えてならなかった。
「……そんなあなたが、自分でトドメをさせるの?」
「もし出来なければ慈悲はいらん。構わずやってくれ」
彼は自分の刀を自分の腹に突きつける。その刀は小刻みに震えていた。
それからも彼が死にたくないという事はヒシヒシと伝わってくる。
「ねぇ、タリスに戻りたいとは思わない?」
「したくても出来ぬ。もうそこには私の居場所はなかったし、それに……」
「もういいよ、分かった。………手伝うよ」
刀の柄に手を添えてやる。
「かたじけない。敵ながら、良い心を持つ。……私たちが手を取り合う事は叶わなんだろうか?」
「さぁ、俺には分からないよ」
刀が身体を突き刺す。
俺は柄に手を添えていただけであった。
そっと、柄から手を離し手を合わせる。
「安らかに」
と、この場を去った。
いつも読んでいただきありがとうございます。
最近はテストがあり忙しくしております。といってもパズルみたいなことしてやるばかりなんですけどね。笑
さて、ちょっと今回はなんか、調子に乗ってバァーっと書いてしまったので、お気に召すか微妙なところです。そわそわ……。
新作はカクヨムで現在一話製作中です。まぁ、すぐにボツにするかもしれませんが長い目で見てください。
それでは〜
小椋鉄平