経験の差と謎のお風呂
「く、くそ………」
相変わらず、アレ以降アイナに一杯食わせることは全くと言って出来てない。
「ふっ、まだまだだな」
先程の斬撃も一度ブラフを見せたにも関わらず、それを軽々と見送られて本命の一撃に迎え撃たれてしまった。
そう、先生との差。
それは経験値の差。
単純にそう思う。
場数が違うのだ。明らかに。
もし、さっきの攻撃を自分がどうするか想像しても必ずと言っていいほど先生のような選択にはならない。
「これは、もう経験じゃないですか?」
スポーツでいう基本的なことは教わっても実際にやるのとでは訳が違うことに似ている。
違うのはそれにより負うリスクだが……。
「ふーむ……確かにそうかも知れない。実際、さっきの選択も経験に基づいた上での選択だった。 ただ……」
「ただ?」
そこでbut……が来るとは思っておらず、先が気になって聞き返す。
「ただ、お前の魔法はまだ限界って訳じゃない。私と違っていくらでも伸ばせる。 だからこそ、それで私の経験を補って、いや、軽く追い抜いて欲しい」
先生の話にハッとなる。
まさか、まともに答えてくれるなんて……。
俺ですら、マジになって聞いていた。
「今更ですけど、あなたはラネイシャを斬った俺にとって仇のあなたがどうしでそうやすやすとアドバイスを? 」
「単純なことだ。 私は先生だ。 思いには必ず応える。 くるものは悪いことではない限り、跳ね除けたりはしない」
「………」
俺には一生理解できそうになかった。
わざわざ、殺しにくるかも知れない奴の手助けなんて……。
俺だったら真っ先に消す。
「それにな。 私は今でもあれは悪いとは思ってないんだ。 これは揺らがない」
「いいんですか? 教え子に殺されるかも知れないんですよ」
恐らく、今は悪い顔をしているのだろうと思った。
「いいさ、それは私の教え方が良かったということだろう?」
やはり、簡単には殺せそうにない。
直感的にそう感じる。
「……はぁ、かないませんよ。先生には」
「御託はこれぐらいにしていいだろ?」
「そうですね」
自分から攻撃を仕掛ける。
小細工なしの一撃を。
先生を縦に割るように剣を振り下ろす。
「はぁああっ!」
「面白い!」
アイナは避けるのではなく迎え撃つ。
両者が交差した。
「………」
「………」
瞬間の静けさ。
俺には長い長い静寂に感じた。
ざしゅ!
布が破れる音がした。
「………え?」
破れたのは俺じゃない。
と、ということは?
瞬間的に後ろを向く。
「………なぁ、悠人くん?」
「………なんでしょうか?」
「私を殺るんじゃ、なかったのか?」
先生の言いたいことはもちろん分かる。
「いえ、確かにやるつもりで剣を振りました。これは絶対です」
「………」
「………」
再び、静寂。
今度は第三者から見ても長かっただろう。
「………ふっ」
アイナが不意に表情を崩す。
「え?」
何事かと先生を見ようとして、現状アイナがどうなっているかを悟って顔を逸らす。
「私も衰えたものだな。 これでも鍛錬は怠らなかったつもりなのだがな……」
先生が独り言のように呟く。
一体、どうしたのいうのか? 悠人にはさっぱり分からなかった。
「………先生。決してやましい気はありませんでしたが、結果的にそうなってしまい申し訳ありませんでした」
悠人はゲジメだと思い、立ち上がり頭をさげる。
服を真っ二つに上から斬ってしまうなんて自分でも恥ずかしいことのように思えた。
「いや、服とはいえ私に一撃を加えられた方を評価するよ。しばらくこんな感覚はなかった。 感謝さえ覚えるよ」
「それは、先生の教えの賜物ってことじゃないですか?」
「ははっ、そうかも知れんな……だが、先ほどの一撃で直接斬られたという感覚はなかった。 ……なのに服が破れたのは何故だ?」
俺は顔を俯いて話している。
少しはデリカシーがないのか?
逆に俺が言っていいセリフではないように思えてその思いには口をつぐむ。
「ええ、恐らくは魔法を使ったんだと思います」
「ふむ……確かに魔法の気配は感じたが、それはずっと感じていた。先程までずっと魔法を常時使っていたのではないのか?」
「いいえ、アーニャによれば俺の魔力はだだ漏れなんだそうです。それで先生は魔法を常時使っていると感じたのでしょう」
「………お前、それでよく死なないな」
それは、循環しているからと言おうとしたがそれくらいはいくらでも分かるだろうと思い省略する。
「さっきの攻撃は間違いなく魔法を使いました。 と言っても、まだ魔法というものがどんなものなのか分からないのである意味、魔法とはいえないかも知れませんが」
「ほぅ……言ってみろ」
まず、順序良く説明するためにどうするかを頭の中で整理する。
「ええ、先生もご存知の通り、俺の固有魔法は創造です。 だからこそ、どんな現象を起こすかを想像によって頭の中に描いたものを現実に創造させます。そこで、自分は未来を想像することにしました」
「………」
続きを促すように、先生は黙っている。
俺は、喉を潤すのと汗を拭くために一旦、時間をおく。
「それで未来の先生の状態を想像してそれを斬撃によってなったと創造させようとしました」
「けど、そうなったと」
先生は、自分の状態を恥ずかしいともなんとも思ってないのか隠そうとしない。むしろ、オープンにしてくる。
「少しは隠してください。 俺、男ですよ」
「おお、そうだったな……悪ぃ」
「今、気づいたんかい⁉︎」
思わず突っ込んでしまった。
それはそれで少し、ショックだった。
「まぁ、私も一応女だと思ってくれて嬉しいよ。それで……」
「はい、それでなると思ったんですけど、どうやら完璧には出来ないようですね」
「うむ……」
アイナが考え込むようにする。
未来を創造する。自分でも悪くない想像だと思ったのだが、何が悪かったのかさえ分からない。
ふと、思ったことがあるとすれば……。
「先生、さっき斬られた感覚はなかったとおっしゃいましたか?」
「あぁ、確かに言ったな。 それは本当だ。斬られた感覚はしなかったよ」
ということは、斬撃にからの服の破れにはつながらない。先生の言ったことは、斬った衝撃により、服が破れた、という説を切り捨てられる一つの証拠だ。
では、もう一つ。魔法による服の破れ、であるが。
「そうなると、魔法以外でその……服が破れた、ということはありえなさそうですね」
「そのようだな……」
ということは、俺の魔法である創造による未来を想像することによる現実への創造は半分は成功で半分は失敗であったと考えるのが妥当であった。
「しかし……未来を創り出すとは考えたものだな。もしそれが確実に出来ていたとすれば君は神同然、ということになるな……」
ハッハッハッ……と先生は終始顔を崩している。
しかし、そこで失敗した理由がぼんやりと頭の中に浮かぶ。
そう……。
俺は、神ではない。ということだ。
先生の服が破けてしまったので今日の鍛錬はここまでとなった。
………………………………………………
………………………
…………
「はぁ……」
帰宅してすぐさま寮のベッドにダイブし、ため息をこぼす。
考えているのは、思いつきではあるが使ってみた魔法についてであった。
魔法。
俺にとってはそれ自体が、異界のもの、おとぎ話の産物、不可能、などと思っていたもの。
今では、自分ですら使える。正確に言えば、使えないのかも知れないが、それでもこれで地球にもどり魔法を使ったらすぐさま人外扱いで抹殺される事だろう。
だが、それも使い方次第だろうとその論議を終了させる。
「悠人ー? あっ、また帰ったらすぐにベッドに横になってー、誰が洗ってると思ってるんですか?」
「はいはい、寮のおばちゃんですよねー」
「いいえ、私です」
ここの事は寮を手伝ってくれるおばちゃん達がいる。その人達がやっているはずだと聞いていたのだが?
という視線をアーニャに向ける。
「ここは、特別なんです。……っと、そんな事はいいですから早くそこから出て行ってください」
しっしっとはやし立てられ、部屋から追い出される。
「ここ……俺の部屋……なんですけど……」
再び、ため息をつく。
「飯にすっか……」
とぼとぼと廊下を歩く。
俺が去った後の部屋では……。
「んもぅ……」
もう既にいない部屋の主に向かって呆れる。
いつもいつも、シーツを干せるわけじゃないんだから……。
アーニャはシーツに手を伸ばし、ベッドから外す。
偶然というべきかあるいは故意にというべきか、悠人の匂いがする。
「んん……すぅーー……」
ほとんど無自覚に嗅いでしまう。
癖になる香りだが、クセになってしまった。彼から出る全ての香りが愛おしい。というよりも自分の中でいい匂いであると美化されてしまうようだ。
そんな事がわかってさえ、嗅ぐ事を止める事はできない。まるで、中毒症状のように……。
私自身、よくない事は分かっています。でも止められない。
「……はぁーー」
麻薬を吸った後のような顔をしているのだろうと自分でも分かる。
そう思うと恥ずかしくなってきた。
それを回収して、新しいものに変える。
「これでよし!」
完璧にベッドメイクしたベッドを見て満足げに頷く。
「うわー、食った食った」
と、軽い伸びをしながら寮の廊下を歩く。
さっき、飯食って戻ろうとしたら……。
と、先ほどのシーンを回想する。
「あー、入ってもいいかなー?」
ノックしようとするが、そもそもここは俺の部屋だと悟り、しないで開けた。
すると、目の前にベッドメイクした綺麗になっているベッドと、替えたシーツを大事そうに抱えるアーニャの後ろ姿があった。
「……なに、してんの?」
俺は、気無しにそうたずねるとアーニャは身体を震わせて立ち上がり
「いえ、な、何もしていませんよ」
と、いつものニコニコ顔を見せる。
よく分からんが、何かあったのかも知れないと察して「そうか」という返事にだけしてベッドに向かおうとするが、
「だーめーでーすー。 まだ、お風呂に入ってませんね!」
寸前で手を引かれて床に尻餅をつく。
「っっっ……」
なんでだよーという顔をアーニャに向けるが。
「お風呂、入ってきてください」
と、二度目の追い出し。
そして今ここに至る。
仕方なし、ではないがやる気なく風呂に向かう。
「ふぅ………」
やはり風呂はいい。
聞いたところ、風呂たるものがあるのはこの学園でも厚生荘だけらしい。
そこで気になった、あるいは気に入った生徒や先生が、わざわざここに足を運ぶ事もあるらしい。
だが、俺はあまり熱いのは好きじゃないのでいつも早めに出ている。というか、無理。
「はい、だめですよー」
すぼずぼずぼー。
沈められる。
「って、なんでアーニャがーーー」
抗議しながら、振り向くと口を開けたまま固まってしまった。
「? どうしたんですか、悠人」
アーニャは俺のフリーズの意味を理解してないのか、きょろきょろと俺を視姦する。
「な、な、な、なんで……へいき……なの?」
恐る恐る指をさしながら、恐る恐る尋ねる。もしかしたら気づいて俺にバズーカを喰らわされてしまうかも知れない。
死を覚悟した質問だ。
「へ? なんでですか? 悠人……なら……私は平気……ですから……」
少し、恥じらいを見せながらもそう答えてくれる。
男として嬉しい言葉だ。
だが、同時に危険な言葉でもある。アソコ的には……!
「ん? 今度はどうしたんですか? そんなに前かがみになっちゃってー。 そ、そんなに恥ずかしいんですか? わわわ、私も恥ずかしいんですけど頑張ってるんですよ」
もういいから黙ってー!
マジで叫びたい。だが、それは好意。つまり善意だ。善意を手のひらを返すような返しではよくない。
「……で? どうしたんだ?」
「お背中を流しに来ました♪」
ル、ルンルンに言われても……。
と、鏡の前に立たされる。
ばれないように大事なとこは隠している。
「じ、じゃあ座って」
「お、おう……」
そっちからやって置いて緊張しないでほしいです。
俺は今、出来るだけ無をなろうとしている。
目を瞑ってしまう。
「悠人はタオル派でしたよね」
「おう」
なぜ知っているんだ? という疑問も沸いたが、過去にもあったのかなとそれぐらいにしか感じなかった。
ボディソープをつけて泡立てたおっぱい(タオル)を背中につけられる。
「? タオルにしては大きいな……?」
「じ、じゃあいきますよ?」
「? お、おう」
上下に撫でるように回される感覚。だが、そこにわずかな二つの突起の感覚があった。
「?……!!!?」
「うんしょ……うんしょ……」
ちょ、ちょっとまってくれよ〜。 これはどういうことなんだ? 俺の感覚が正しければこの感覚はまさしくアレ、なんだが?
「ええと、アーニャ?」
「え? ど、どこか痛いところでもありましたか⁉︎」
「いや、そんなことはないんだけど……」
いや、こんな状況で聞けない! っていうか、き、気持ちい……。
ど、とうする? 止める? 続ける?
天使と悪魔の二択の選択を迫られている。
「…………」
「ん………ぅん……はっ……」
俺は悪魔を選んだ。
いつも読んでいただきありがとうございます!
先日は念願だった。大阪に行きまして、と言ってもオタクらしく(自分は思ってない)日本橋(にっぽんばしと読むそうです。にほんばしだと東京になる。)の電気街に行って名古屋とはまた違った雰囲気を味わいました。
さて、長いようで短かった夏休みも終わる人もいればまだエンジョイ! 、なんて人もいるかもしれませんが、とにかく今年はダラダラではなく充実した夏休みになりました。
では、次回作もお楽しみに〜。
ある新作を思いついた。(カクヨムか、なろうで発表“予定”)
小椋鉄平