慰めと決意と願い
「ええ……そうですか………」
後日、目を覚ましたラネイシャは自分が障害者になったことを説明されたらしい。
「くっ」
ラネイシャが目を覚ました後でも会いには行けなかった。
もうすでにその時には学校ではなく、寮の彼女のベッドにいたにもかかわらず。
ベッドにダイブする。
頭に上るのはラネイシャをどうにかすることと、今の真実を知った彼女が考えていることだった。
過去に俺は手首を折った。
それは一時的なものであったが、その時の苦労は一生忘れない。
利き手だったためにろくに字も書けない。
さらに他の友人に怪我をさせてしまうかもしれないので運動も禁止。
かなりできることが制限されたのだ。
それでも授業のスピードは変わらない。さらに、体育だって俺のためになくなりはしない。
その時のノートはもうぐちゃぐちゃで今の俺でさえ解読不可能だった。
今思えば笑い話で済む。
だって過去のことだし、もう手首は治っているし。
だが、ラネイシャは違う。俺みたいな一時的な障害者ではなく一生その苦労と付き合っていかなければならないのだ。
最初からできない、なら少しばかり落とし所もつくかもしれない。
しかし、これまで出来たことが出来なくなる。魔法の行使が遅れたり、最悪不発の可能性があるし、なおかつ別の魔法になって自分自身を傷つけてしまうこともあるかもしれない。
その中で生きていくなんて……俺は……できない!
枕をギュッと握りしめ、涙がこぼれそうになるのを堪える。
するとドアが開く音がした。
「………ねぇ」
「!」
その声はまさしくラネイシャの声だった。
とっさに枕に顔をうずめる。
「ねぇ、あんたが来てくれないからこっちから来てやったんだ。感謝くらいないのか?」
「ああ……悪かった」
努めて平静でいる。
申し訳ない気持ちで一杯だ。
障害持ちのラネイシャにここまでさせてしまうなんて今はもう罪悪感しかない。
「えっとね、私……魔法が上手く使えなくなっちゃったみたいなの……」
「ああ……知ってる……」
ラネイシャが知った時よりも前に知った事だ。
誰にも俺が知っている事は話してないのだろうか?
「………」
「………」
あ互いの沈黙してしまう。
俺はなんて言ってやれば一番正解なのか分からなかった。
ただえさえ、落ち込んでいるはずなのに無理に元気づけや、同情の声が返って彼女の気持ちを沈ませてしまう事は十分に想像できた。
「………なんか、言ってよ……」
しびれを切らしたのか。
「ああ……その、な、なんて言ってやればいいか悩んでいたんだ。 その、ええと………」
「………ねぇ、あんた勘違いしてない?」
「え?」
肩を掴まれる。
肩が熱くなって咄嗟にラネイシャの手を離す。
「何する⁉︎」
これには驚いた。
「ほら、勘違いしてる。 私は別に魔法が使えなくなったわけじゃないわ。左手であれば魔法の詠唱は可能だし、そりゃあ右手と両方の手で発動できた方が威力もスピードも速くなるけどさ。使えなくなったわけじゃないんだよ」
「そんな事分かってるよ。でも……」
でも、不便な事は残るだろう。と言おうとしたところを止められる。
「でも……じゃないの。 私は生きてる。それでいいじゃない」
「でも……」
「あんたの気持ちなんて知らないわ。私がいいって言ってる、だったらそれでいいじゃない。何も気にすることなんてないわ」
それ以上、俺は返す言葉が見つからなかった。
彼女がいいと言うからには、おそらく普通に接して欲しい。という事なのだろう。
「でも、それだと風紀委員の仕事が……」
話題を変える事にした。
普通にしろって事だし、悠人も努めて普通に接する。
「それは、あんたにやって貰うわ。私の後釜よ……泣いて喜びなさい」
「は?」
唖然とする。
「何、口が開いたままになってるわよ」
「ごもっともな指摘です、じゃなくて、なんで俺なんだよ!」
「だってあんた、私を倒したくせに何の栄誉も無いじゃない。っていうか暇そうだし」
確かに上位十五位の者たちは皆何かしらの異名やら、役職やらで箔が付いている。
対して俺は一応、ラネイシャは倒したもののそれは非公式であったがために俺のランクは外である事に変わりはない。
「そんじゃそこらの雑魚ならいいけど、自分よりも上は絶対に無理だ。だったら手伝いが必要だ。しかも、ただの手伝いではなく、腕がいいやつじゃないとダメだ」
生粒を飲んだ。
「それが俺という訳……なのか」
「そう、悔しいけど、今はそれを認めるしかないわ」
と、ラネイシャは首を見せびらかすようにさする。
「くっ!」
悔しいが、上手く乗せられているようだ。
そして、それを俺は受けざるをえない……。
「どう、引き受けてくれる?」
少し甘い声でラネイシャが尋ねる。
くそっ、こういう時だけ女っぽくなる。
だから女は怖い。
「分かったよ。なんか癪だが引き受ける」
「助かるよ。じゃあさっそく……」
「だが、事務処理はしない。あくまで戦闘要員なだけだ」
釘を刺しておく。
絶対に何もかも任せるつもりだったからな。
「ちっ、仕方ない」
「別に周りに報告もしなくていい。あくまで俺は最終手段だ。分かったな?」
「はいはい、分かりましたよ」
とぼとぼと出て行く。
「待て」
呼び止める。
「ん?」
「お前が眠ってる時に見舞いに行ってやらなかった事は悪かった。申し訳ないと思ってる」
頭をさげる。
そう、けじめだけはちゃんとつけておきたい。
親しい間柄にも礼儀あり、というようにきっちりするとこはしておかなければ関係性の悪化になりかねない。
「別に、気にしてない。 全部アーニャから聞いたからな」
何だ、聞いてたのか……。
安堵した。
会いに行くのが不安だったというのは言い訳になると思って口に出さなかったのだ。
「でも、お前は駆け付けてくれただろ。最初に」
「いや、それはーー」
「私はそれだけでも嬉しかったんだ」
「そう……か……」
逆に俺が励まされている気がして申し訳ない。
「もう、暗い顔はやめろ。精神の状態が悪くても、魔法には良くないんだぞ。 私みたいになりたいのか?」
「分かった」
下を向いていた顔を上げ、真っ直ぐにラネイシャを見て言う。
いや、今ここで誓ったと言っていい。
そして、俺は再び願う。
もっと強くなりたいと。
誰かを傷つける力ではなく、誰かを守れるような力を。
俺には治せる能力がないから誰かと何不自由なく笑いあいたいと思うならば未然に障害を無くすしかない。
今度こそ、ラネイシャは俺の部屋を出て行った。
「そうと決まれば早速特訓だ」
俺も部屋を出て行くことにした。
「………全く、世話の焼ける……。 なぁ、ラネイシャ」
ドアを出ると見知らぬ女が立っていた。
「ええ、そうね。こんなものは私にかかれば全てなかったことにできるのにね……」
ラネイシャが呟く。
そして、首の傷跡に手を当て、それを離した時には首の跡は綺麗さっぱり無くなっていた。
「勘違いしてはいけないわ。その能力は私がいてこそ発動できるものなのよ」
淡々と女が抗議の声を上げる。大きい声ではなく、二人がギリギリ聞こえるくらいの大きさで。
「そうね……」
ラネイシャは女を横目に通り過ぎていく。
「次はないわ。 覚悟しておいて。 私はあなたの精霊ではないのだから」
「分かっているわ。私が裏切らない限り、でしよ?」
ラネイシャは一度振り向いてそう話した。
そこには彼女の姿は無かった。
「ん、んんん〜〜〜」
悠人は伸びをした。
窓の方へ行き、勢い良くカーテンを開ける。
空は相変わらず、晴れていて眩しいくらいの光の線が俺の部屋に降り注ぐ。
起きた時のこのつかえているものがないこの感覚は久しく感じていなかった感覚だった。
「よし」
立ち上がり、今日も強くなるため学園へ赴く。
「今日もお願いします」
ラネイシャが倒れた次の日、悠人はやはりこの人の所をを訪れた。
「ほう…昨日あんなことがあったのにここへ来るとは……」
「別に自分の考えが間違っているとは思っていません。しかし、それを実現するためには強くならなくてはならない……だからこそ来た」
アイナの方を睨んで答える。
「なら、覚悟を持て。人を守りたいと思うなら、同時に人を屠る事にもなる。お前が大事な人を守れるのと引き換えに他の人の大事な人の命を奪う事になる。そうなれば、恨まれることもあり、かつ復讐心に燃えるやつだって現れるだろう。……それでも、守るためになら出来るのか?」
「………」
押し黙ってしまう。
正直、まだそこまでの事を考えることは出来ない。
だけど、守りたい。 これ以上、失う事がないように。
決意を新たに再び、鍛錬に励むのだった。
………その頃
「……あの方は⁉︎」
アーニャが目を見開いて驚く。
周りは真っ暗で、映像を映し出している装置からの光でアーニャともう一人いるのが分かる。
「ええ、これはどう思う?」
もう一人が座っている椅子から首の方だけを後ろにいるアーニャの方へ向け尋ねる。
「そうですよね……。確かに不可解です……」
二人が見ているのは先日のラネイシャの事件の時の映像だった。
映像では、ラネイシャが斬られる瞬間が幾度となく繰り返して再生されている。
アイナが振り下ろした剣がラネイシャの首、側方に触れた瞬間、瞬時にアイナの手元の方へ剣を引かれている。
当然、その後に血が出るが二人の着眼点はその映像ではなく、斬った瞬間のアイナの顔だった。
「普段のアイナであれば、ブラフで終わらせるはずだ。 下手をしたとしても、首側方を軽くさすくらいのことで寸止めさせるはずだ。 でも、そうじゃ無かった」
「はい、これは外部からの精神干渉だと考えざるおえません」
アーニャが白衣の男に話す。
一旦、画面から離れて部屋全体を明るくする。
「そう、考えるのが自然だと思う」
明かりで白衣の男の顔がはっきりしてくる。
「では、その黒幕が何であるか……ですけど……ロビンさん」
「ああ、先生もそいつらを狙ってるはずだ」
「反王国組織、『ビビットボーガン』、ですね」
『ビビットボーガン』
反王国組織の一つとして私たちの間では有名なブラックリストです。
彼らの要求は、再び王を男子で構成すること。というのも、亡くなられた1代前までの王は男子で固められていた。
それが異文化交流、つまり、他世界との交流もあって現、王である女王、ミカエリスがその文化を受け入れる姿勢にあり、それに反発してできた組織である。
彼らはブラックリストに載っているとはいえ、具体的な悪の所業を行った形跡がないため容易に抹消とはいかなかった。
しかし、まさか他人の精神を奪って殺しの手伝いをさせているとは誰も考えなかったことであろう。
「ただ、安易な行動は危険だ。まずは、先生にウラをとってみよう」
「はい、いつも協力していただきありがとうございます」
ロビンさんは過去に私たち(前の悠人と私)に恩があるからといって手伝ってくれています。
それはありがたいのですが、この人を完全に信用しているわけでもありません。
私はロビンさんも何かしらの利益があって私に協力してくれている……。 そんな気がするからです。
それは、私たちと同じ目的かもしれませんし、そうかもしれません。
しかし、目的がはっきりして来ない、かつ、今のところ目立った害とは考えづらいのでこのままの関係を続けています。
「本当の黒幕はとうに知ってはいるのですが……」
「ははっ、もどかしいかい? 」
ロビンはアーニャに背中を向けながらそう答える。
そう、確かにそう出来ればこんなとてつもなく回りくどいことしなくても済む。
しかし、彼事態ではなく、彼を取り巻くものが大き過ぎる。
「とにかく、今は先生にウラを取ってから。でいいですか?」
「ああ、それで」
「分かりました。それでは私はこれで失礼します」
アーニャがロビンに会釈して部屋を出て行く。
ロビンも振り向いて手を振る。
「……僕はただ、君が笑顔でさえいればいいんだ……」
と、机の引き出しを引く。
底は二重底になっており、そこから一枚の写真を取り出す。
「それが父と僕が背負うべき罪、何だから……」
写真には仲良く三人と一人の大人が映っており、左端の女の子と右端の男の子の頭に手が置かれている。
みんなが笑顔だった。
いつも、読んでいただいてありがとうございます。
初めてコミケに行ってみましたが、逐一驚きばかりでした。
コミケならではのルールにも驚かされたし、それに対するお客の反応も素晴らしかったです。スタッフさんでさえ、この仕事に誇りを持ってやっているのが伝わってきて良かったかなと帰ってきた今でも思い返せます。
また、行きたいなと思えるイベントでした。 ありがとうございました!
それにつきまして、先週更新できなかったことには告知したとはいえ、がっかりさせてしまったかと思います。 申し訳ない!
でも、コミケというインスピレーションが湧いてくる場所に行けたおかげで再び書きたいという気にさせてくれました!
ということでこれからも続けていきます。 どうぞよろしくお願いします!
小椋 鉄平