悠人をめぐる思惑
あれから、また一週間が過ぎた。相変わらず、アイナ先生もアーニャも特訓に付き合ってくれている。
一週間過ぎてまた新たな発見があった。
それはこっちにも四季は存在するんだということだった。
そう、だんだんと暑くなる季節になってきた。
カンカンと鳴り響く金属音。
今、まさにアイナと悠人が剣を打ち合っている。
両者の攻防は転々と変わり、悠人が攻めていると思ったら、アイナが攻め返すといった感じにまでなっていた。
一方、ラネイシャはまだ、悠人ほどではないが、確実に剣の腕前が上がってきた。
けれども、一番辛いはずのアイナが顔色一つ変えずに二人の特訓に付き合っていることがラネイシャにとっては何よりも驚きであった。
「先生、今更なんですけど……私のまで付き合ってくれて辛くはないんですか?」
ふと、ラネイシャが尋ねる。 今更だったのは、アイナ先生が、普通とは違うということが分かっているからだろう。
「んー? いんやぁ、別にんなことはないけど……?」
とぼけた様子で答えるアイナであったが、当然そんな事ないという現れだろう。
「そうなんですかぁ? その割には、動きが……」
「そそそ、そんなわけないだろう? 私が、疲れるなどありえん」
明らかに動揺するアイナ。 適当に言ってみたつもりだったけど……。
あれ? もしかして図星?
「ももも、申し訳ありません! まさか、先生にそのような重りを背をわせてしまって!」
バッと、頭を下げるラネイシャ。
適当に言ったはずが、まさかこんな事になるなんて……。
もうどちらともがボケるというよく分からない展開になってしまった。
「そんな事はいいから、早くやるぞ!」
アイナがピシッと場の空気を引き締める。
「はい! よろしくお願いします!」
と、今日も怒涛の特訓が始まった。
その頃……。
「やっべ、タオル置いてきちゃったな……」
闘技場からの帰り。
今日も疲れたなぁ〜とノロリノロリと帰ってふと、タオルを取ろうと鞄に手を入れたところでその事に気づいた。
しかし、悠人はもう既に学校と厚生荘の中間の地点まで来ており、戻るかどうか悩んでしまう。
「はぁ……仕方ない。……行くか……悪い、アーニャ。先、帰っててくれ」
そう言って、踵を返してもと来た道を戻る悠人。
「待って下さい。学園でしたら、私の魔法で飛べます」
「おおお、そうだったな。頼めるか?」
そう言えば、アーニャは学園に転移できることをすっかり忘れていた。まぁ、ここに来て随分と時間が経ったということなのだろう。
「もちろんです‼︎」
アーニャは、魔法を唱える。もちろん声には出してないが、詠唱しているはずだ。
辺りが光に包まれる。この感覚は久しぶりだ。普通、光なら眩しくて目を開けていられないはずなのに普通にしていられる。
光から抜けた後にはもう既に見慣れた学園の校門前に来た。
ちなみに、アーニャは学園にしか転移できず、我構わず好きなところとはいかないらしい。
「ありがとう、アーニャ。ちょっと待っててくれ」
精霊とはいえ、俺には一人の女の子にしか見えない。そんな彼女に暗い道を一人で歩かせるわけにはいかないと、男ぶってはいるものの、本当は魔力さえ俺から貰えばアーニャの方が俺よりか十分強いことは分かってる。
「はい! 分かりました」
笑顔で返事されたら、まぁ、いいかなんて思ってしまう。
アーニャの為にも遅れをとるわけにはいかないと走る事にした。
「はっはっはっ………」
あれから、幾つもの私の攻撃を弾かれたことだろう。もう、あらかたの方を使い尽くしてしまった。一方、アイナ先生はまだ何が来るのか楽しんでいる。それでは尊敬する一方で苦虫を噛むように悔しい。
「もう、打ち合いはいいだろう。……全力でこい!」
と言って、手招きされる。
それは、私が遠距離の攻撃を仕掛けてこいというある意味挑発にも似た、かかってこい宣言であった。
それはそれで、イライラするけど、それで先生にいっぱい食らわせられるならそんなプライドもちっこいものであると思える。
「では、お言葉に甘えていっちゃいます!」
ラネイシャはカードを取り出して、詠唱する。
「召喚! いでよ、カオス・ド・ドラゴン!」
ドラゴンを顕現させる。
それを見ても、全く動じないアイナ。
「焼き払いなさい、焼却!」
ラネイシャが指示すると、ドラゴンの口からあり得ない量の火炎が放射される。
「くっ!」
アイナは顔をしかめる。
一方。
「なんだ、この熱さは⁉︎」
忘れ物を取りに戻って来たら、とてつもない光景を目にしてしまった。
一面、炎炎炎。 これはヤバイ!
炎の渦は緩むどころか、むしろ広がりつつある。
悠人はすぐさま剣を取る。
だが、悠人はそこで立ち止まってしまう。
くそっ、どうなってるんだ中は。
中に誰かいれば全力で助けに入らなければならない。さらには……、
「⁉︎」
ここは闘技場。なのにもかかわらず、擬似空間の青い膜が見えなかったのだ。
ここで誰かいるとすれば全身火傷では済まない。ましてや、残骸すら残らないかもしれない。
最悪のシナリオが脳裏をよぎる。
そう考えたのも、きっとアイナ先生がこの中にいるだろうということが想像出来るからだった。
悠人は一旦、炎から距離を取る。助走距離を作るためだ。
悠人はこれを擬似空間と思って前回と同じ事をやろうとしていた。
「‼︎」
意を決して走り出す。加速、加速、さらに加速。
筋肉トレーニングのお陰か、前回より倍ぐらい速い。
「うおおおおおおお!」
と、悠人は死の渦へと突っ込んだ。
さらに一方、
「はっ!」
アーニャはこの異変を感じ取っていた。精霊が蔓延っているこの世界では精霊同士の会話は多々ある。それから感じ取るのだ。
「悠人………」
「行ってはダメよ」
すぐさま、ここから闘技場へ向かおうとした瞬間呼び止められる。
「ローレラ………さん」
私は訳が分からなかった。
どうして、ここにローレラさんが? 確かに、この近くにローレラさんの反応が近頃あった。
「行ってはダメよ。アーニャ、これは悠人が自分でカタをつけるべきだわ」
ローレラには、この状況が分かっていて話している。そんなことは会話から読み取れる。
なので、アーニャも分かっている前提で話す。
「ただ、あれに突っ込んでしまうなんて無茶です。 最悪、灰にすらなりません」
「そう、だけど私は悠人をそれだけの男だとは思ってないわ。彼は幾度となく、逆境を跳ね除けてきた、そんな悠人がこんなところで終わるとは思えないわ」
「ですけど、それを手助けするのは別に構わないじゃないですか⁉︎」
アーニャが声を強める。ローレラの悠人に対する信頼がとても強いのに驚いているが、それならばこそ、手伝える時に手を貸さないのはおかしい。
「そうではないわ、様子見しろと言いたいのよ。ギリギリまで待って」
ギリギリとは危なくなるまでという事だろうか?
「何故です」
「私は彼にさらなる覚醒を望んでいるわ。彼がこういう場面に強くなる事は知っている。だからこそ、ギリギリまで待ってと言っている」
事実、アーニャと悠人が手を組んで戦った決闘では二人の分、戦術は真新しいものがあったが、悠人がそれで成長したとは言い切れなかった。
ゆえに、一人の場面において、危機的状況に陥れば陥るほど、悠人はとびとびで強くなる……。そう、確信している。
「そうまでしたいのは何故ですか」
もう、アーニャはローレラを味方と決めつけるのはやめていた。彼女の次の一言次第で、私は………。
「そんなに、警戒しないで。 別に悠人を悪い方向に持って行こうとか、そんな事は微塵も考えてないわ。だから、あなたと戦う理由はない。それに私はむしろ逆の方向に悠人を持って行こうと考えているわ」
悪いの逆であるから、良い方向なのであろうか?それにしては強引なやり方なのではないかとアーニャは思った。
「ここで、黙って見ている……事が……ですか?」
「ええ、そうよ」
ローレラはさっきから表情を変えず、淡々と答える。昔も表情を出す方ではなかったけど、少なくとも笑顔くらいは見えていた。
だけど……。
今の彼女にはその欠片すらない。
そして、他の干渉をものともしないと言わんばかりの文字通りの魔法を放っている。
「ふっ………」
だからこそ、私が笑って見せた。それは彼女に対する挑発にも取られる嘲笑であった。
「何がおかしいの?」
ローレラは首をかしげる。
それではまるで操り人形だとアーニャは思って再び笑う。
「なんでか……ですか……? それは自分の心に聞いてみたらどうですか?」
これ以上話す事はないと、ローレラに背中を見せ闘技場へ向かおうとする。
「アイシングダイス」
私の目の前に四角い、正六角形の氷の塊が突如出現した。
「これは使いたくなかったんだけど……あなたがそういう御意志なので仕方ないわ……」
「はっ、貴方こそ。悠人の事を何一つ分かっていないみたいですね」
「何を言っているの? 悠人の事を想ってその行動なのであれば即刻考えを改めた方がいいわ……」
「いいでしょう……これ以上言葉を重ねても無駄でしょうから、私たちも決闘に則りましょう」
アーニャが再び、振り向く。
お互いがお互いを睨み合う。
「創造!」
アーニャは炎の矢を顕現させ、ローレラにぶつける。ローレラに飛んだ火の矢は十六本。さらには、個々が、自律して動く。
(ストップネス)
ローレラが詠唱した途端、矢の勢いが止まり、その場に落ちる。
地面に生えていた草に引火する。
ローレラさん……さすが学園一位の実力。 基本魔法でも精度が数段違いますね
ストップネスは運動エネルギーを何かしらのエネルギーに変換して、動きを止める魔法で、誰にでも使える基本魔法の一つなのだが、普通の魔法師なら、せいぜい停められる物体は半分の八つだ。
しかし、ローレラは十六本正確に落として見せた。
仕掛けたのは間違いであったかなと今更ながらに思わなくもない。
ですが!
時間は掛けられません!
「創造」
もう一人の私を作り出す。もちろん精巧になどは作る事はできず、ところどころが本体と異なる。
「頼みましたよ」
私は生み出した自分自身の肩を叩き、先を急ぐ。
「こんなものでわたしにどうこうできると思ってるのかしら……」
ローレラはは呆れ顔だった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
はい、今回は続けても良かったんですけど、ちょっと期限が近づいてしまったこともありまして二部分に区切ることとしました。
自分自身も一気にいきたかったんですけど、まぁ、仕方ないですね。
前日になるとpvが増えてるのを見るとあそこで延期!なんて言えませんでした。
次回、「見えざる英雄の小覚醒」。
お楽しみに!
カミナリは結構好き。
小椋鉄平