初任務の弊害
「君達には反省文を書いて頂きます。この事は既に女王陛下のお耳に入っております。とてもお怒りだった様子で、あなたはいずれ裁判にかけられる事でしょう。どうされますか?」
と、学園長? いや、学園長にしてはやけにちっちゃくてそれでいてとても可愛いが……?
俺は帰って早々、学園長に先生と一緒に呼び出された。
「……待って下さい別に悠人は何の理由も無くヒトを殺した訳ではありません。私ども努力しましたが…誰一人殺さずに任務を進めるのには限界があっただけなんです」
アイナ先生が弁明する。少し、誇張されている部分もあるが概ね合っている。しかも、あの状況で野放しにして置いても再び同じような事件が起きる事は明白だった。そういう意味でもここで食い止めて置く意味はあったのでは無いかと思う。
「確かにそうですが…まぁ良いでしょう。さっきのは嘘です。裁判にかけられる事も反省文もありません」
「そ、そうですが…」
それは何か、ホッとして良いのか悩む答えだ。
「実はもう責任を取ったヒトがいまして…だから私がここにいるわけですけど…」
「では、学園長が…?」
「そうです。学園長が責任を取って辞任されました。普通なら悠人を退学にすれば済むような話でしたのにお爺様は何でこのような事をしたのですかね」
新学園長が呆れたようなため息をつく。
「そうだな……あの人は。 私にも何考えてるのか分からなかったよ」
アイナ先生は回想するように口を開く。
「ここの学園の長をやってて…あまつさえいつ暗殺されてもおかしく無い事ばかりする。そして、こんな私でも先生に引き入れてくれた。私にとっては命の恩人だ」
「そうでしたね。なぜか、人間にとことん寛容な方でしたね。 意味も無くこの国での人間への人権を女王陛下に認めさせたのもお爺様の数ある功績の一つですね。それでいて権力には一切興味を示さず、学園長という身分に留まっていましたから私には少し、不満もあるお方です」
俺は黙って、学園長のお話を聞いていたが…学園長なんて偉いヒトにあった事が無いなと思った。いや、見てはいるが話していなければどんなヒトなんて分からないものだ。
「悠人はどう思った?」
アイナ先生が俺に問う。
「どういう事ですか?」
「さっきの話でお前はどう思ったのか? それを聞きたい」
「私としては、お爺様を失脚に追いやった原因は貴方なのですから。 今すぐに退学処分にしたい気分です」
あの可愛い顔からとんでもない言葉が発せられる。いや、まぁ親類を惨めにされた原因は俺にあるから無理も無いな。
もし、そうであれば遅かれ早かれ覚悟していた。別に学園に通う事が俺の目的では無いのだから。
「しかし、それでは責任を被った学園長が浮かばれませんし。それに特進生ですから、そうやすやすと手放せるヒトでもありません」
「……」
それは前に言っていた。特進生の性質だからだろう。危険な奴を集めるという隔離の場とも言っていた。という事はそう簡単には学園から追放できないという事だろう。
「それで? 何を思った?」
アイナ先生が再び話を戻す。
「俺は、その学園長に会いたいです。自分の為にそこまでしてくれて感謝というのもありますが、それ以上に疑問です」
「しかし、それは特進生だからだと言ったはずー」
「いいえ、もしそうだとしても裁判で裁かれれば良い事だったのです。それをせずに庇うのはー」
「よほどの理由があると?」
俺は新学園長の質問に頷く。
新学園長はしばらく、考えるような仕草をした後。
「分かりました。 ただし、一応学園としては罰として一週間の謹慎を貴方に課します。その間、魔法の使用、および寮から出る事は許されません。お爺様とは謹慎が解けたその日に会わせます。 それで良いですね?」
「はい……」
それで、寮に帰る事にした。
俺はあまり、話を聞けなかった。というのも、俺はまだあの光景を反芻していたからだ。あの人を殺す感覚。無我夢中でやった事にせよ。また、相手がどんな重い罪を犯していたにせよ、俺が裁きを下しても良かったのだろうか……?
未だに自問自答している。
自分の手を見る。今は、何も傷など無い至って健康な手だ。でもその時は、手が血に染まっていた。
あの後、考えてしまう。
昔の俺はこんな事があっても平気だったのだろうか?と。
今でさえ、殺したという感触が殺しという行為を身体に染み込ませてしまったように次も次もとだんだん殺す事に罪悪感を持たなくなってしまうのでは無いか?
「クソッ……俺は……何を……」
俺はベッドに倒れる様に眠った。
「(君はその程度の人間だったのかい?)」
「お前は!」
目の前にいる全身真っ白な光を放つヒトの形をした何か。俺がこいつに会うのは初めてでは無い。初めて決闘の時に現れた奴だ。
身長は子供だ。俺の三分の二しかない。
「(良いじゃ無いか、君は。 こうして、自由に動けて、救世主何てチヤホヤされて)」
「俺はそんなんじゃー」
「じゃあ何? 自分は救世主なんかじゃ無いって? だったらその人を殺さなくったって君には何もなかったんじゃ無い? 別に咎められるわけでもなくさ。でも一方で君が殺さなければまた別のヒト達が殺されてたかもしれないよ?)」
「それは……」
俺も出来るならそういう考え方をしたかった。俺がそいつを殺した事が悪いんじゃなくて、俺がそいつを殺した事でその他大勢を救った……と。
頭の中と腹の中がドロドロとした感情が疼く。
「悠人さん……悠人さん……起きて、起きてっ!」
「だっ! はぁっ、はあっ、はあっ……」
俺はベッドから飛び起きる。
俺は悪い夢でも見ていたのだろうか、やけに汗をかいていた。
「あ……良かったです……」
胸を撫で下ろすアーニャ。俺はどうしたんだろうか? やけに汗をかいている以外には特に何もなさそうだが……。
「アーニャ? どうしたんだ? 」
「悠人……とてもうなされている様だったので。私は心配でたまらなかったんです。 それに増幅器に触れても無いのに私に魔力が流れてきました」
うなされていたのは恐らく合ってるだろう。あんまり思い出せないが、汗をかいてることから想像がつく。だが、もう一つは俺にもさっぱり分からなかった。
「……んー。 ごめん、それについては俺にもわからない」
そう言うと、アーニャは首を横に振る。
「いいえ、悠人が無事であれば何もいりませんから」
アーニャはとても満面の笑みで恥ずかしい事を言ってくれる。俺にはもったい無い言葉だと。 嬉しい半分、そう思ってしまった。
「それで、アーニャが来たのはそれを感じたからか?」
「はい……私は、悠人が殺害したというリーダーの根元を追っていました」
「根元? って事はあいつはリーダーじゃないってこと?」
アーニャは「はい」と、頷き教えてくれる。
ことによると、その組織はこの国の端、隣国クリミジンとの国境付近にあるらしい。俺はまだここの地理がよくわかってないためよく理解できないが、何故そこにあると良いのか?という理由があるのだろううが今は分からない。
「それで、何故国は潰さない? ヴィッフェルチアにしてみれば、見過ごせない反乱分子だろう?」
「いや、そうなんですけど…ん〜と。 女王陛下が平和的解決を仰っていて、協議によってやろうって言ってるんです」
俺は考え込む。
どうやらヴィッフェルチアの女王は案外優しい人なんだなと考えを改めていた。しかし、それでは国の臣民は納得できないだろう話し合って解決するにしても女王自体人間の権利を認めている以上表向きではもう既に解決してしまっているはずだ。
では、相手が本当に臨むことは何か? と考えた時にあのリーダーの言っていたことが頭に浮かぶ。簡単に言えば『人間だけの世の中を』という感じの主張だった。確かに俺たちが思うほど簡単に差別意識が変わる事はなく、今でもそれは根強く残っている筈だ。ましてや、俺とアイナ先生みたいな人間の中でも魔法が使える事でうまく誤魔化している俺たちも彼らを苦しめているようにも感じた。
かと言って、では『人間だけの世の中を』というのをはいそうですかと許せる事では無い。これは絶対に言えることだ。
ここでふと思い至った。ハッとなって顔を上げる。
アーニャは?という感じとどこか痛みのようなものが出たのかと心配の表情をしている。
ここで、女王が言っている話し合いに繋がる。もしかしたら今言ったような理由だからお互いに妥協点を見つけようという狙いで協議をしょうと言っているのだと考えた。いや、確信でまちがいないだろう。俺の見立て通りの女王ならな。
「なぁ、アーニャ。 女王の性格とか知らないか? どこか聞いた事でもいいから」
俺はアーニャに尋ねる。ここで俺の確信をムダに信用するわけにはいかなかった。もし、女王が俺の想像通りのお方なのであれば、本当に協議。何だろうけど……。
「いえ。 悠人の考えているような性格ではありませんよ」
「って事は……っと、そうか……」
俺は再び顔を伏せる。俺の想像はアニメの見過ぎだとアーニャの言葉を聞いた後で思った。アニメで身分の高い人は口調は…ともかく、根は優しいと決まっていた……のか?
いや、振り返ってみると案外そうではないような気がしてならなかった。そう思うのは……。
「ただの俺の好みからくる固定概念かよ……」
「?」
アーニャはさっきから頭に?マークが出まくっている事だろう。 まぁ、でも仕方ない。
思わずにやけてしまう。それでからかわれているように感じたのだろうか、アーニャが「あー! さっきのは演技だったんですねぇー! さっきからよくわからない事ばっかり言って。 本…当に悠人はいつもそうやって私をからかうんですから〜」
そう、ブツブツとこうべを垂れるアーニャを適当になだめる。かなり、誤魔化し半分で。今のところ、タリス《あっ、地球の事ね》の事を口に出しても何も起こってない。なんて言うか、普通は元の世界の事を話したら体に不調が現れるとかあると思っていたが…。全然そうじゃなかったというか、普通にローレラ含めもう俺がこっちに来る前から現れていた人間はいた様だからそう珍しい物でもないみたいだ。
「そういえば、ローレラはどうしてるかな?」
「どうでしょうね? 学園の大学部に進学したのかそれとも成績優秀という事でもはやエリート街道を歩いているのか…とにかく目撃情報といった情報が全く入ってきていません」
「そうなんだよな」
進学のゴタゴタで俺は全く気づかなかったが、ローレラは高等部三年を卒業したみたいだ。そして同時にこの厚生荘の代理の寮長を卒業。代理の座をラネイシャに委ねて現在行方不明だ。というのももし大学部に進学していたとしても大学部は高等部と同じ所にはなく、いわゆる王都にあるらしい。
大学部はどの学園も王都に集められているらしい。俺はそんな必要ないと思うのだが、アーニャ曰く、中心を守る為らしい。
「いや、あくまでも大学生だろ? そこまでの戦力か? 俺だったら国境付近に置いて侵略が来た時の最初の歯止めにさせるぞ。 中は、実力をつけたちゃんとした部隊にやらせればいいじゃないか」
俺は至極真っ当なことを言えてると思ったのだがアーニャは首を横に振る。
「いいえ、残念ながらその逆の事が起きています。今の実力は大学部の方が強いとされています。その理由は単純に技術力です」
「意味がわからないが?」
技術力という曖昧な言葉で言われても魔法という実力なら国の部隊の方が優勢に決まってるだろう。それが逆転しているというなら、この国はおかしいだろう。今までが最弱であったという事になってしまうだろう。しかも、魔法は遺伝だ。それが起こるという事は余程の突然変異がない限りあり得ないだろう。
アーニャはそんな俺の考えを読み取ったかの様に、ぱあっと笑顔になる。
「正解です悠人。 その突然変異が起きたと考えられています。それまではヴィッフェルチアはこの大陸では最弱の大陸だと言われていました。魔法の源の精霊が少なかった事と単純に魔法量が少ない者が多い国でしたから。ここで問題です。何が原因で突然変異が起きたと思いますか?」
ええと、突然変異か…なんだろうな……?
こうしている間にもアーニャは時間制限付きだと言わんばかりに「チッチッチッチッ…」と針が回る音を真似している。
「ヒントはあなたですよ悠人」
これは! このヒントは大ヒントじゃないか⁉︎
「アーニャ、それは大ヒントだろ…でも、これで分かったぞ。答えは俺だ! 俺が幼い頃にここへ来て何かして、この国を強くした。そうだろ?」
俺はドヤ顔で答えを饒舌に喋った。
完璧だ。間違いない。
「そうですね〜。 正解です!って言いたいところですけど、微妙に不正解です」
「ええーー⁉︎ もうそこはおまけの正解で良いんじゃないの⁉︎」
「いや、確かに悠人も関わったっちゃそうですけど直接の理由にはなっていません」
「もう良いよ。 それで正解は?」
俺はどうでも良くなって正解を促す。なんか、アーニャにヒントで裏切られたみたいだ。この借り、絶対に返してやる。
「まず、端的に言うとこの場所に隕石が落ちたのが事の始まりです。その中にある、何でしたっけ、何かあったと思うんですけど…その何かのせいでそこに住んでいた人間の遺伝子に変異が起きたとロビンさんが言っていました」
「ん、多分それは遺伝子じゃ無いと思うよ。 遺伝子に変異が起こったんじゃなくて、新しい遺伝子が共生したんだ」
あくまでも推測でしか無いけど…タリスでもそういう事があるからそういう事で魔法の増幅が可能になったんじゃ無いかと思った。
後々、これは間違いだったと悟る事になるが……。
部屋の外からけたたましい音がする。まるで誰かがこっちへダッシュしている様な……。
アーニャも何だろうみたいな顔をしている。
「ちょっと、謹慎ってどういう事よ!」
俺の部屋のドアが勢い良く、バンと開け放たれ中にずんずんと入ってくる。
入ってきたのは、というかこの学園で俺の部屋に勝手に上がり込む奴はアーニャとここにはいないローレラ…はたまにだったけど、を除いて一人しかいなかった。
「なぁ、頼むからラネイシャさん? もっと落ち着きを持ったらどう? いちいち、そんな機敏過ぎる反応を見せたら身体が持たないよ?」
「誰がそうさせてんだっての! 私は普通よ! そんな右往左往するヒトじゃないわ…って、そうじゃ無いわよ。謹慎ってどういう事よ? 」
ラネイシャが俺の今いるベッドにずんずんと寄って尋ねてくる。この表情はヤバイ。かなりご立腹の様だ。はぐらかしは通用しない様だ。
俺は諦めて。
「女王命令を無視したからだ。人を殺さずにって言われてたんだけど、殺しちまった。……この手でな……」
俺は自分の手を開いて見る。やはり何も無い。いっそ傷でもつけばいいのにと我ながらに思う。
「そ、そうだったの。 確かに公には陛下からの命令違反って事で風紀委員会の通達命令が出てたけど。そうだったんだ…」
ラネイシャも理由を聞いて俺に同情してくれているみたいだ。
ありがたいが、それでは自分が許されて、自分だけが救われている気がして嬉しいと同時に苦しかった。
「私が聞きたかったのはそれだけ。 良かったじゃ無い。 謹慎で済んで」
ラネイシャは人を殺したからなんて理由で謹慎なんて思ってなかったのだろう。むしろ、俺が謹慎なんて受けるはずが無い。そう思っていたのでは無いか、と思う。
ラネイシャはゆっくりと立ち上がり、部屋を後にしようとする。
「ラネイシャ」
俺がラネイシャを呼ぶ。
「?」
ラネイシャが振り向く。
「ありがとな。俺を信用してくれて、そして来てくれて」
「バ、バカじゃないの⁉︎ 私は悠人が何やらかしたのか聞いて風紀委員として叱ろうと来ただけよ。それだけ、じゃあね」
踵を返し、部屋を出て行く。 口調が速くなったのと、赤くなってたから、俺の考えが間違ってないと確信できた。改めて嬉しくなって、頬が緩む。
「優しいんですね〜、悠人は。ほんっとに隅に置けませんよねー、あーヤダヤダ」
「? 何の事だよ」
「そこは分からないふりですか? そこも悠人らしいですね〜」
は? 急にアーニャが不機嫌になったんだが、今の会話でどうしたらアーニャが不機嫌になるんだ?
「わ、わかんねぇな」
終始、首を横に倒したまんまだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
もう、梅雨に入りまして初めて執筆活動してから、ここまで来たんだなぁと身体で感じてるところであります。ね、ジメジメしているので。
今回は色々、選択肢があったんですけど、こういう形にしました。主人公がナイーブになっているときに誰を登場させるか。これが一番の悩みどころでしたね。ま、結局は近しい人という事になったんですけど、別にそうじゃなくても良かったんじゃ無いかなーなんて思ってます。
さて、これからはもう少しちゃんとしたというのは疑問ですけれどライトノベルらしい場面も意識的に増やしていこうかなと思っているところで次回作に期待して頂きたいと思います。
では
小椋鉄平