散策と事件
二限目からは特進生というより、不良のような感じで学園内をうろついていた。ただえさえだだっ広いこの学園はまだまだ、入ったことのない部屋がたくさんあった。
悠人はその中の一つの扉に手をかける。いつもは駄目元だ。前にも探検しようとした事もあったけど、考えてみれば鍵がかかってる筈だと諦めた。別にわざわざ頭下げて鍵を手に入れようとか思わなかったのでしなかったのだが。
「何せ暇だからな」
片っ端に来た事のない場所のドアを引いて回ってここが開いた。
そう、特進生は授業は自主参加。という事で座学はもちろん、実技も参加しなくて良い、らしい。
「まぁ、その代わりランクをキープしろって事だろうけど」
この点も、何か元の世界と変わらない感じがする。こう、実力主義のような、強い者は上へといった主義がここにもある気がした。実感はまだないが、ここで特進生扱いされるという事は俺はそこそこ強い部類なのだろうか? と思う一方、まだ何かの間違いだと思っている自分がいるのも確かだ。
これまでで、やっと何とかこの世界にいる俺に実感が湧いてきたところなのに、さらに追い討ちをかけるように新たなる驚きを与えられても全く順応できない。
俺は埃を被った部屋の中の椅子の埃を払い座る。
「……」
他の生徒は授業をしているためか、あるいはしばらく開けられなかったためか、時間が止まったような静けさが辺りを包む。何も音を感じることが出来ない空間。
埃だらけではあるが、この空気は好きだった。
俺は辺りを見渡す。何に使っていた部屋なのだろうか、幾つかの本が粗末に置かれている他には何もない空間だった。
「あ…こいつがあったな」
俺はそいつをポンポンと軽く叩く。座っているそれを。
また来よう。
掃除でもしようかと思ったが、実習だけは受けておこうと思ったので闘技場に向かう。
「あっまた来たの真面目だねぇー」
「別に俺はランキングに入ってるわけじゃないからな」
「えー、でも、もしやったら簡単に入っちゃうんでしょう? 悠人君なら一位も夢じゃないかもね」
「そんなのは要らないよ。ただ、出るなら勝ちたいよね」
そんな事を思いながら、特進生たちの事を考える。
そう簡単にいくもんじゃない。
クラスメイトでありながら、ほとんど会う事はないが、ほとんどは闘いあう事になるのだろうと、思って少し複雑な気分であった。ただ、あえて敵として考えた場合、彼らは、言っちゃうと失礼に当たるかもしれないが、そんじゃそこらのヒトたちではない事だけはひしひしと最初に会った時に感じた。
【緊急警報、至急学園の皆さんは所定の位置にて待機。また、特進生の皆さんは学園長室までお集りください】
「何があったんだろう?」
何かが起こった事は確かで、それでいて良くないのであろうという事まで考えられるアナウンスであった。
「さぁ、ただ、良くはなさそうだよね」
カレンも同じ様に感じた様だ。
「取り敢えず、呼ばれたから行ってくるよ」
と、小走りで闘技場を後にする。
「気をつけてねー! 死んじゃだめだよー」
その言葉に足をつまづきかけたが、立て直して再び走り出す。
「本当に大丈夫かなぁー?」
カレンは人目につかないところへ移動し、ポケットに手を入れて、この世にはあるはずの無いものを取り出す。それを耳に当てて、しばらくして。
「あっ、アーニャさん。ちょっと悠人君が心配でして、ええ。あっ、はい、お願いします。では」
会話を終えたカレンはふぅっと息を吐き、上を見上げる。
「これで大丈夫だよね……?」
まるで何かに願う様に目を瞑った。
俺は学園長室の扉の前まで来る。右手を裏にし、軽く握ってかつ中指を少し前に出す。そして、叩く。叩くのだが、強さが足りず、触れるだけになってしまう。
緊張するな……。
今まで入った事の無い部屋に加えて、他の部屋よりも明らかに敷居が高いであろう事を思わせる扉。学園長の顔は知っているがいざ面と向かって会うかとなると緊張する。
「どけ」
そう言われて反射的に道を譲ってしまった。
彼の顔は見ていないが、声だけでもイケメンさがビンビンに漂っている。
その彼はノックもせずにずかずかと扉をいとも簡単に開けてしまった。
俺はここが好機とばかりにそそくさと後に続いた。
部屋の中にはもう既にメンバーが揃っていて、俺と彼が最後という事になった。
「よし、では始めよう。昨日からこのヴィッフェルチア南東の街のクレアストでテロ事件があり、我が民が人質とされている。要求は人間の排除。数は不明だ」
そこにいたのは学園長では無く、アイナ先生だった。
「それで、私たちが出動となったのは何故ですか?」
真っ先に彼女が発言する。
そういえばまだ名前を聞いていないな。聞ければいいがその程度の人間付き合いになりそうなそんな気もした。
「ああ、ちょうど王都からだとやはり時間がかかる。なので学園の優秀な生徒たちに任せたいという事で依頼があった」
それは言い換えれば単に近いからという事にならないか?
とか、考えたけど距離があるってのも一理あるとも思った。
「その場所で任務を遂行してもらうわけだが、お前らの任務はあくまでも人質救出だ。それ以上の事はしない様に」
と、付いてくるようにと言った後で、
「君は来なくてもいいんじゃ無い?」とスライトが言う。
先生もそれには同意だったが、来るなとも言わなかった。
どうしようか? 別に行かなくてもいいなら良いのかな? これは単なる闘いでは無く、戦場に赴くわけだから、生半可な覚悟では死んでしまうのがオチだろう。
「じゃあー」
「行きましょう! 悠人!」
急にアーニャが出て来て、驚いた。
逆にここに集まったみんなは一気に戦闘モードに切り替えていた。それも一瞬だったが……。
こんな奴らは一生敵でいてほしく無いと戦う前から思ってしまった。
「どうするんだ?」
アイナが尋ねてくる。これはため息をつくしかない。
「分かりました。お役に立てるかわかりませんがよろしくお願いします」
と頭を下げる。
と、仕切り直しで、現地へ向かう事となった。
俺は今はクレアストにいる。名前から想像できたのは水の都のようなイメージがあったが、ただの農村の集落で構成された昔で言う、弥生時代の集落っぽい感じだった。
少し離れたところに本当のクレアストがあり、それは今、テロリストによって城門が塞がれており、また周りは硬い石で固められており侵入は容易ではなさそうに見える。
それにしても、てっきり魔法陣でも使って一気にこの街まで来るのかと思ったが、普通に馬車だった。
俺がそれを問うと、「今、この学園に転移魔法を使える奴はいない」という答えがアイナから帰って来て、かつ、「それに、あれは人数が限られちゃうんだ」と、スライト。
確かにありそうなことだな、特進生でさえ18人程はいる。
少ないとは思うが、転移となると難しい人数かもしれない。
取り敢えず、騒ぎを起こさずにその城門から侵入するかだけど……。
「私に良い案がありますよー」
アーニャが元気よく答えるが、ここは戦場だ。お前のせいで見つかったらどうしてくれるんだよ!
と思い、取り敢えず口をふさぐ。
「良いか、もう少し声のトーンを落としてから喋れな」
と、話してやる。
「わ、分かりましたぁー、では誰か変装して中に入り、偵察してからというのはどうでしょうか?」
アーニャが声のトーンを落としてくれるが、何せ元の声が高いだけにあまり効果はない気がした。
まぁ良い。確かにその案は俺の頭の中にあった事だ。しかし、問題は……。
「そのあとはどうするんだ。兵士たちを皆殺しにできれば良いけど、さっきアイナ先生に止められちゃったからな」
スライトは爽やかな顔から、えげつない発言が出る。それでいて、奴らを見下している感がスゲェと本気で感心する。
「誰か中に入って転移させられれば良いのですが…」
アーニャが何故か俺をチラチラ見ながら呟く。
「そんな目で見ても無理だぞ、そんな魔法出した事ねぇぞ」
俺はアーニャに釘を刺す。
「うっ、でも魔法力を授与する事はできるでしょ?」
「それは出来るかも知れないけど、魔法の形はヒトそれぞれ違うって習ったけど?」
俺は、アイナの試験対策としてその魔法を操るものの知識を学ぶ上で出てきた項目だ。書かれていた事はこうだ。
魔法師(または魔法を使える者)が、持っている魔法の形には遺伝子の一塩基多型によって様々である。その形は血液型のような大きく四つに分類できるようなもので、それぞれα、β、γ、δに分けられる。(ただし、一塩基多型によって違う為、似ているもので分けたものが大きく四つに分けられるだけで同じ型で完璧に同じ形では無い)
これに対し、精霊は全ての魔法の型に対応するだけの力を持っているらしいと言われているだけで詳しい過程は分かっていない。
この違う魔法の型の魔法師に輸血の様な形で魔法を注入すると、魔法の。例えばα、βが結合してしまって魔法を発動できない型になってしまう為、前に俺がなった様な魔法欠乏症に陥り、動けなくなる。
「はい、でもやるのは悠人と私ですよ」
「そうか、それなら!」
前に述べたとおりで、問題は無い。
「では、いただきます」
と言って、アーニャが近づいてくる。
周りのみんなは……? どうした?何故みんな背を向ける。
と、よそ見をしていた顔をアーニャの両の手で戻され、固定されたままアーニャの顔が近づいてくる。
「ちゅっ、ちゅぱ……」
「んんっ、!!」
何故、キス?
しかも、なんか……力が……抜けていく……。
やっとの事で俺は解放される。
「うふふ、ごちそうさまでした☆」
俺は地べたに崩れ落ちる。がっかりして崩れ落ちたのでは無い。むしろ別。アーニャにさせるならたとえ偽りでもいいと思う。だが、そうでは無くて……。
「動けねぇ……」
くそっ、身体が石化したように動かない。一度身をもって感じてはいるが、場所が場所だけにそれから湧き上がる恐怖心がハンパじゃなかった。
「大丈夫ですか悠人? 返しましょうか? 」
「忘れてないか、魔力は自然エネルギーと自分との循環だと教えた筈だぞ」
アイナ先生が、歩み寄って来たかと思えば耳打ちで教えてくれる。
俺は目を瞑り立ち上がる。すぐでは無くゆっくりではあったが。
一気に持って行かれた為に魔力の吸収スピードが追いついて無い為だ。
すぐに普段通りの魔力量を取り戻せるわけでは無い。
ガソリンを車に入れるように何秒の速さで回復するものでも無い。魔力の回復というより、自然エネルギーから自分の使える魔法形に変形して貯蔵する過程を考えればかなりの時間がかかるのは明白だ。
さらに、その吸収のスピードはヒトによって違う。例えるなら、ストローを吸うみたいに吸う強さは違う。しかも、それを《普通》の魔法を用いる者はしてしまう為に早く出来ない。一方、ヒトはヒトでも人間はそれを意識して行わなければ魔力が身体の中に入らないのでスピードをある程度鍛えることができる。それはある意味、人間にとってメリットであるが故に人間でも魔力容量の多い人がこの世界で唯一認められている。
「で? なんでキスしてくれたんだ?」
俺は照れるのを頑張って隠しながら自分なりに気にしていない風を装って尋ねる。
「それは、効率がいいからですよ。手で繋いでも貰えるのですが、その場合綱引きになってしまうこともあるんですよ」
「ああ、そうか。って! ……まぁいいか」
少し、説教するつもりで問うたのに、納得してしまった。さらに、この危ない状況と相重なって余計口出し出来ない。
要は綱引きっていうのはさっき話した魔力の吸収の強さのことだ。相手と比べて吸引力が強い方に魔力が行きやすくなる。それでは効率が悪いので、さらに相手から効率に魔力が取れることとして抱き合うとかがあるけどその究極の形がキスだ。またさらに言えば絡めることをした方がなお良い。
もっと、キスよりも上があるのだけど、それは流石に出来ないってことでキスが究極という事になっている。それで送りたい人が直接吸えば魔力を与えられる。
「さぁ、これで準備は整いましたよ〜。早速行ってきます!」
シャキーンと敬礼ポーズをとって茂みから出て行く。俺は心配になって手を取る。
「心配には及びません! 期待してて下さい」
そう胸を張るアーニャを止める事は出来なかった。というよりも、逆に俺が励まされた気がしている。この空気の中でもあんな笑顔を見せられて思えば緊張していなかった。
「よし、では私たちも続くぞ」
アイナ先生が号令を出す。
いつも、読んでいただきありがとうございます!
私は、日々を平和に暮らしておりますが、こんな事をしているとやっぱりなんか、世間様からは少し外れている気はします。しかし、止めるつもりはさらさらありません。好きな事には変わりありませんでしたから。
さて、今回は申し訳ないですけど、中途半端になってしまってそのせいでタイトルも意味不明なひねりも無いものとなっております申し訳ありません。重ねて、今回新用語と言いますか、やや複雑な定理が多い事をメンドくさと思わずに読んで頂ければ幸いかなとも思います。
それでは、次回の予定は「魔力の暴走」です。お楽しみに〜!
今更ながらに妄想しすぎなのは病気の可能性があると知った。
小椋鉄平