序章、変わるための選択
「‼︎」
俺は目を見張ってヤツを見た。まさか顔が狐の顔をしているが二本の足で立っている。しかも身体は人間と全く変わらないと思える。
(おいおい、どうなってるんだ。)
俺は一歩後ずさる。ヤツから放たれるなんとも言えない威圧感に気圧されている。今までは何も感じなかったのに。
「おや、これはまた失礼しました。どうにも力の制御ができなくて…、大変見苦しいところをお見せしまいました」
するとたちまちある種の威圧感が何事もなかったかのように消え、ひっそりとした真っ白な空間に静寂が再び訪れる。
「それでお答えはどうなさいますか、悠人様?」
「ッ!、なんで俺の名前まで知ってる?教えた覚えはないが…?」
「そうですか…、やっぱりきれいさっぱり忘れられてしまってるのですね。わかってはいましたが、やはり残念な気がします」
狐顔のヤツがため息まじりに言う。
(ンなモン俺に言われたって。)
「まぁそれは置いといて、どうされますか?」
「どうするって聞かれても何も知らないのにこないかと言われてホイホイいくやつがあるか?」
「それもそうですね。今悠人様には私たちとの記憶がありませんからそう警戒されても仕方ないですね」
「では何から話しましょうか」
少し考えた様子で顎に手をつけている。
「では今の状況について軽く説明しましょう。これは私が悠人様に教えていただいたものです。これを悠人様は魔法だとおっしゃっていました。そしてあなたの執事として仕えていました。しかし、あの時の貴方はあまりにも幼すぎた。能力はあれどまだその幼い身ゆえにこの“人間界”で育てることにしました」
「じゃあ俺は人間じゃないのか?でも確かに人間だとー」
「そうなのです。貴方は人間だったのです。私たちは知らなかった。あのお方が、貴方が人間であったなんて。私は王に言われた。『お前らはただのクズだったな、ハッハッハ!ただの人間を主だと思い込んでいたなんて、あやつはただの人間、しかも幼い。であれば時期にお前らの記憶はすべてなくなる。なぜならば、あやつ自身は夢だと思い込んでおるのだからな!ハッハッハ!』と」
たしかに夢であるならばこのヤツのこともわからなくて当然だ。だが、そう、おれは少しだけ夢の中の自分を覚えている。
夢の中のおれは強かった。何人たりともおれに歯向い刃を向けてくる奴は一人残らず倒す。
そんなことしか覚えていない。これを見た後に起きた時は不思議に思うのだ、この俺に心落ち着かせる場所があったのだろうか、と。
「だが、貴方がいた時には私たちの場所は平和だったんです!ですが、貴方がいなくなった途端に王から粛清を喰らってその場所に住んでいた民が……死んで行きました。あの民たちは最後にこう言いました」
俺は喉を鳴らして、次の言葉を待った。
「あの方はは人間だった。だけど、我らを大切に扱ってくれていた…。我らを見捨てないでいてくれた…。そんなあの方が当主で本当に我らは幸せだった…。だからあのお方を嫌いにならないでくれ、たとえ人間だからって言いじゃないか。私らより力はあるならばそれでいいじゃないか。だから嫌いにならないでくれ。いつかあのお方が認められる時代が来るところを見たかったなぁ。と言ってくださった。民の犠牲でなんとか領地だけは守れました。そしてあなたが成長するのを待ってました。そしてお願いです。また我々をあの平和だった未来に導いてください!」
さっきまでクールなヤツだと思っていたのにこんなに俺をそんな風に扱ってくれた民にもそうだが、そこまで俺を慕ってくれていたとは考えていなかった。
(夢の中の俺ってなんかカッコいいことばっかやってたんじゃねぇ。)
幼い自分はある意味でやばかったんだなと自分に苦笑してしまう。
「今の俺は強かった?頃の自分を知らないから平和にできるとは限らないぞ」
俺が開き直って聞く。
はっきり言って今のいろいろヘタレな俺に強いと言われても信じられないのが現実だ。別に何か武道とか剣術とか戦える技術を学んだことはないのだから。
「まぁ、それはおいおいやっていけば強くなりますよ。昔の貴方もそんなこと言いながらちゃっかり敵さんを倒してくるんですから」
その頃から日本人特有の謙遜はあったらしい。その頃の俺を知って少し安心した。
「ではまず私たちの拠点に行きましょうか」
すると最初の暗い路地に戻り、俺はそいつの後についていく。
* * *
そして、着いたのはまさかのー
「保育園⁉︎」
おいおい、急に胡散臭くなったぞ。
「なぁ、まさかここがお前らの拠点って言わないよな?」
「まぁ、そう言えなくもないですね」
「何言ってんだよ!ここは保育園なんだぞ!お前ら園児たちを拉致ってるんじゃないだろうな」
「何をおっしゃいますか。そんなわけありませんよ。ただちょっとお借りすることがあるだけで…」
「何やってんだよ!まさか、借りて何してんだよ」
「あなた以外の人間の研究をしてました。人間は基本的に魔力を持ちませんが、最近の研究で約2000年前の人間は魔法のような現象でしか説明できないような偉業を達成してきました…。例えば地上絵や天気を操ること…。きわめつけは海が二つに分かれることですね」
「それで…何がわかったんだよ」
「ええ、実は!人間には元々、魔法が使えたのですが、環境適応のために退化しだのだと考えられます」
「じゃあ俺が魔法を使うのは無理じゃないか?」
俺は素直にそう思った。見た目何も持ってない俺が魔法を使えないと平和を取り戻すなどハナから無理だろう。
でも、あいつはそうはしなかった。むしろお願いしてきた。ということは、俺には普通の人間にない何かがあるのだろうと考えていた。
「ええ、そうですね。“今”の貴方ではどれほど頑張ってもムダでしょうね」
「じゃあなんでー」
「それは、魔法を使う能力を司るところが退化していればそれを蘇らせればいい…、そうは思いませんか?」
「…」
俺は何も言えなかった。そんなことが 簡単にできたらこっちでもできたんじゃないかと純粋に思ったからだ。そんな顔を見透かしてかヤツはドヤ顔をしていた。
「それでこの増幅器です。これをつければ魔法が発動できます。それは貴方がご自身で立証済みです。まぁですからその時のことを隠すために最後には夢を見ていたことにしてましたけどね」
「実験体だったのかよ!俺は!子供の頃そんなんされてマジあぶなかったじゃねぇかよ!」
「まぁまぁ落ち着いてください。ではあちらに行ったら使ってみましょうか」
そんなことを話されながら保育園を奥に進みなぜかフェンスを飛び越えた先の森の中まできた。
(なんだこの感じ…。)
まるで神聖な場所にでも来てしまったようなそんな空気が渦巻いてた。
そして、その真ん中にある大木の前で止まった。
「では、あの大樹に向かって走り抜いてください」
「え!?何言ってんの。ぶつかって痛いに決まってるだろ!」
俺は再びヤツにくってかかる。なんか、言うことなすこと信用できない。
「わかりましたよ。そんなに信用ならないならば私が先に行きましょう」
ヤツはその大樹に向かって走り出した。
俺は緊張した。そして大樹までもう目の前まで行った瞬間、息をのんだ。もうぶつかる瞬間のところでヤツは消えた。
俺は呆然として、何が起きたのか一瞬わからなくなった。
だが、これであの大樹の先が俺らのとは違う世界があるのだと証明された以上、もう今更帰るなんてことはできなかった。
「ッ‼︎」
俺はヤツが走って消えていった大樹に走っていき、あと5メートル…、3メートル…、1メートルーと近づいていき、俺が大樹とぶつかりそうになる瞬間に俺は目をつぶった。