主は従者のために従者は主のために 後編
「どうすれば、中に入れるんですかね?」
俺は誰とも言わず問いかける。
「さぁな自分で考えろ」
アイナ先生はそっけなく返す。
「擬似空間に後入れなんてやったこと無いからな、まじで知らん」
どうやら答えを知っていてあの返しでは無かったようだ。
「観客はもう、あいつが見えていないしな。ラネイシャも混乱してるぞ、たぶん」
控え室と舞台の狭間のところからそぉっと覗くとアーニャが泣き崩れていて、それを見ているラネイシャも目が泳いでいる。
「おそらく、人間だと毛嫌いしてる奴がまさか精霊だなんてと知って、今までの行いを後悔してるんじゃ無いか?」
その言葉にさぁとしか返せなかった。
自分としては微妙に複雑だった。
ラネイシャの今思っていることが、先生の言っていることだとして、勘違いで自分が人間だとバレ無いことはいいのかもしれないが、自分は本当は人間だという事をさらに隠すことになり、自分の嘘を突き通すことが、罪悪感を生んでいた。
「そういえば。よく、この決闘が成立しましたね?
俺がいないのに」
「いや、お前はいたよ。 あそこに」
先生は顎で舞台を指差す。
「それはどういう?」
「今はあんな姿でべそかいてるけど、戦ってる時はめちゃくちゃ必死そうな目をしてたぞ」
「……」
もう一度舞台を覗く。詳しくは地べたに女の子座りで肩を落としている精霊を。
「そうですか……」
俺の後ろで見上げているアイナ先生を見ずにそう答える。
どうすればいいんだろう?
真剣にそれに悩んでいた。何せあそこは擬似空間なのだ。俺には分からないような複雑すぎる仕組みがあるはずだ。
それはアイナ先生との特訓で嫌ほど知っている。
なんど、刺されて死んだことか。
危うく、それに快楽を覚えてしまうほどだったぞと振り返ってみて自分でも苦笑してしまう。
「ん、何を笑ってるんだ? まさか、この状況に笑えてしまうくらいになってしまったなんて……とんだMだな!」
「ちっがうでしょ! 恐ろしいけど、仲間を助けたいって言う葛藤を紛らわすためにー」
アイナ先生の方に振り向いて当然のツッコミを入れようと途中までいったところで肩に手が乗る。
「お前の全力をアレにぶつけてみな。そうすればきっと……いけるさ」
「………」
さっきの会話を無視できないと俺が言ってるが、そうも言ってられない状況が目の前にある。
俺は再び、淡青の半球を見つめる。
「怖いか?」
「いえ……やるだけやって見ましょう。あと、どっちの事にその質問をしてるのか聞いてみたかったですね」
言い捨てて走り出す。
ブレーキする必要はない今の俺の全力をぶつける。それだけ考えろ。
魔法による身体能力強化で新幹線並みの速さを出して淡青の壁に向かう。観客の声など聞こえない。
壁にぶつかる瞬間、全力の魔力を剣に注ぎ、散々練習してきた技を使う。
「燕返し!」
高速で振りかざした剣を瞬時にベクトル変換で逆方向に振り抜く。魔法を使ってる分、はたから見ればそれは同時に見える。ましては身体強化によって正しく見えたものはほぼいないだろう。
「うっ!」
真っ直ぐぶつかる事も御構い無しに突っ込んだ為、当然ブレーキなど考えて無かった俺は反対側の壁にぶつかる。
少し、間を空けて目を開けると真後ろに少しひんやりとした感触で淡青の壁がある。
行けたな……。
正直、ダメで当然と思っていた俺にとってまたと無い幸運だった。
ふと、前を向くと俺が切ったような跡がだんだんと塞がっていっていた。完璧に塞がるとまずやるべき事は………。
「アーニャ! 大丈夫か?」
へたっと地べたに座っている少女に向かう。
少女は俺の方を向き、再び涙を流す。
「ごめん、なさい…っ、倒すことが出来なくて……っ」
「お前が謝ること無い。俺の為によくやってくれたありがとう。こんなになってまで自分の身を削って………」
俺は魔力をアーニャに送る。
かといって、俺もさっきかなり使ったので満タンとはいかないが…そもそも満タンなんてあるのだろうか?
まぁ、そんなこと今、気にしてる暇は無いはずだ。
対するラネイシャは俺の登場に目を見開いている。
たぶんあれは、俺がここに来れたことより、俺自身がここにいる事に驚いているのだろう。
そんなに驚かれても逆に恥ずかしいが……。
ラネイシャは本気で驚いていた。
何であいつがここにいる? 頭が混乱してきた。私は今まで“悠人”と戦っていたはずなのに、〜〜〜よく分からない。
まぁいい、倒せばいいんだ。二人とも、それでいい。
「あ、ラネイシャも起きたみたいだ。アーニャもういけるか?」
まだ実体化になっていないアーニャにそうたずねる。
「大丈夫ですよ! もう元気いっぱいアーニャちゃんです」
「そんな、お前は顔を変えたわけじゃ無いだろ」
「???」
俺は突っ込んだつもりだったが…あれ、そういうつもりで言ったわけでは無さそうだな。
素でそれを言えるのもすげぇと思うけど…。
「あなたはー」
ラネイシャの言葉を遮る。
「急で悪いけど、少し自分の身を切ってくれ」
「なな、何言ってるの⁉︎」
「違う、血が出るか確かめてくれって言ってるんだよ」
ラネイシャはカードを取り出してサッと自分の指を切る。
「出ないわ」
「よし、ならいい。付き合ってもらって悪かったな…じゃあ……」
行くぞと言おうとするが余りにも、ラネイシャが茫然と立ち尽くしているのを見て俺も止まる。
ラネイシャは顔を伏せていたが、意を決したように俺を見る。
「確認させて欲しいことがあるわ」
「……どうぞ」
「あなたとその横に居る彼女について説明して貰えるかしら」
「ああ」
よく見たらもう既に実体化していた。
「俺の契約精霊だ」
「それが、さっき迄化けて戦ってたの?」
「そう、なのか?」
「見てたんじゃ無いの⁉︎」
ラネイシャのツッコミは置いておいて、俺はアーニャを見る。
「あ、はい…。すみません、悠人に魔法で化けて戦ってました私一人で倒せるかと思ったのですけれど…ドラゴン倒すので精一杯でした」
ドラゴンを倒しただと……。それだけでもかなりの功績だと思うが…。
ってかそんなものまでここにはあるのか……。
改めてこの世界と前の世界とのギャップに気づかされる。
「いや、十分だ。称賛してもいい。後でご褒美あげるよ」
そう言っておく。アーニャはパァッと目をキラキラと輝かせて俺を見て、頭を下げてきた。
まるでそれが、俺が怒ったからの行動みたいになってたので一瞬たじろぐが、すぐに顔を上げるように促す。
アーニャが俺の耳に顔を近づける。一瞬の出来事だった。一瞬、目を見開いたがすぐに戻してラネイシャの方に向き直る。
「っということらしい。これで良いか?」
「じゃあ、人間では無いと? ヒトの型をした精霊なんて見たことも聞いたこと無いが……」
「まぁ色々あるんだよ。お前と違ってな」
名誉ある風紀委員の長であるラネイシャとその学園での知名度にそいつの幸福感が想像できたからの発言だった。
「あなたに何がわかるっての⁉︎ 苦労しないで風紀委員の長になったわけでは無いわ!」
そう、風紀委員はこの学園でも魔法科に進んだ、あるいは、進むつもりのある奴らの中で上位十五位になった者が風紀委員の長になれる権利がある。かつなった者にはそれ相応の学園の維持という責務がある。
それゆえ、その長になったからと言って1年間安泰というわけでは無い。特に風紀委員については……。先程のランキング通り、十五位以内というのを維持しなければならない。
それが苦労してないだと……。
ラネイシャはもう悠人が人間かどうかなんてどうでも良くなっていた。それ程にこいつに頭がきていた。
「じゃあ、見せて貰おうか」
悠人がわざとらしく挑発する。
ヤツはこの誘いにのる。“俺”だけを狙ってくれれば。
「いいだろう。お前の魔法如き、私の基礎魔術で十分だ」
“俺”はわざとコントロール出来ない火の魔術をスペルで発動する。
ー無常なる元素の理を持って、すべての物を燃やせ!ー
一応、やってみたが…。
「え?…………はあああああ⁉︎」
何とどういう事だろうか。
こういう時に限って一筋縄でいかないのが俺でした。
「こういう時に成功すんじゃねぇーーー‼︎」
こんな事をしている間にもラネイシャが猛スピードで俺に近付いてくる。
焚付けたぶんかなり早いし、殺る事に一切の躊躇が無い目だった。
俺の左手にちょこっと乗っている見れば可愛いくらいのゆらゆらしている塊を見る。
俺にしてみればめちゃくちゃ複雑だった。
そんな事考えてる場合じゃねぇ!
すぐ目の前にラネイシャが突っ込んでくる。
慌てて構えて、迎え撃つ。
もう足が回転してるかどうかわからないぐらい速い。
俺が壁に突っ込んだときもあんなだったんだろうか?
「くっ!」
ラネイシャが俺に向かって短剣を振ったとこに合わせて長剣を振る。ーギン!
ラネイシャのはスピードに乗っていた分、俺はずるずるとまあまあの速さで後ろに後退させられる。
まだまだといった感じで追い討ちをかけてくる。
お互いに剣を当ててギンギンという金属音が鳴る。
「くっ、なかなか粘るわね。さっきやってたのと性格は変わらないね」
「そりゃどーも」
アーニャは俺の剣さばきをただ単にコピーしていただけだと思うが…。
普通はあの速さなら俺の方が不利だとは思う。一瞬で懐に入られたら、タダでは済まない。
今はそれだけを警戒して、交わす事だけ考える。
何十回と繰り返すと不意にラネイシャが間合いを取る。
まずい、魔力不全の影響が………。
頭に血が昇って、その事に失念していた。魔力が無くなって来ると、記憶が曖昧になるというのも重ねてラネイシャにとっては不安材料だった。
くっ、これは……一撃で仕留めるしかない……!
ラネイシャは焦っていた。
何せ、相手はランキング外のルーキー。
そう思って、決闘をふっかけた事もあり、完全に舐めていた。
ふっかけるための理由はある噂を聞いて閃いた。
ー学園に人間が紛れ込んでいるとー
ここで負けたら、どうなるか分からない!
やって見せる!
「そろそろ終わりにするわ! 本当にここまで追い詰められたのは初めてだわ」
はっきり言って、悠人は自分たちが優勢だとはこれっぽっちも思っていない。ただ、相手が勝手にとはいかないけど…ある程度“俺たちの作戦”にはまっていると言っていいと思う。
そんな事考えてる間に、ラネイシャが呪文を唱え終える。
ー曇天に覆われた大地に、天上からの裁きの一閃を!ー
すると、上から無数の雷が降って来る。一気にではなく、それぞれ違うタイミングとスピードでそれが地面と衝突する。
「……マジかよ……」
「大マジだよ。くらいなさい。“サンダーフロムスカイ”!」
俺の真上に雷が落ちてくる。反射的にそれを理解して、回避する。
回避した瞬間、本来いた場所に当たるはずだと考えていた電撃が避けた俺の方に向かって、曲がる。
「……っ!……ふん」
剣は金属製だ。ならば電撃も受け流してくれるはず!
剣で電撃を受け止める。念のため、剣と地面を触れさせて、電気を逃す。
でも待てよ……これを逆手に取れば………。
「ほら、まだまだ行くよー!」
電撃が曲がりくねって常に俺の方に迫ってくる。
俺は剣でそれを受ける。今度はそのまま貯める。
わざとだ。
「ぐっ!」
手に走る痛みについ剣を放してしまう。
どうやら、手の方に流れてしまったようだ。
「もらった!」
この瞬間を逃すまいと、ラネイシャが突っ込んでくる。
向かいながら、先程の短剣を取り出し俺の胸に向かって剣を向けて………。
ーグサー
その瞬間だけまるでスローモーションを“見ている”ような感覚だった。
俺はついつい、ニヤリとしてしまう。
これじゃあ悪いやつみたいだな。確かに作戦とはいえ………。
「がはっ………な…んで…わ…すれてたんだろう……」
ラネイシャは倒れてしまう。
「そうだな……俺もなったからな…だからこそ利用させてもらった」
そう今の構造は……。
「上手く、演技……出来ましたかね? えへへ……」
短剣を胸に刺されて無理に喋ろうとしてる見た目悠人のアーニャが言う。
俺は少しバツが悪い感じを覚えて、一瞬、下を向いてしまうが。
「ああ、これが、証拠だろ?」
と、返す。
アーニャは俺の褒めているのか分からないようなセリフでもニコニコとしてくれる。
褒めてるんだけど…。
俺だったらどうだろう。
などと考えてしまうが……普通の子なら怒るかもしれない返しだと思うが…。
俺がラネイシャから、剣を抜く。
見事に俺の剣はラネイシャの急所を確実についていた。
そう、これが俺が考えた作戦だ。
ーーー
俺がアーニャを助けに行っていた時……。
不意にアーニャが俺の耳に口を近づける。
マジかよ……こんなところで……。
こんな状況で発情するような性壁の持ち主なのだろうか……?
もしくは精霊の性質?
などと思っていたが、そんな事なかった。
「私からは相手の情報をお伝えします」
それを聞いて一瞬でその考えは消える。
「あのヒトはカードに封印した魔物を自分の眷属として、召喚できるようです。ですが…先程のドラゴンが切り札と言っていましたので、もう私たちが気にするような強いカードは持っていないと思われます」
それを皮切りに相手の情報を話してくれるが…。
「これ以上だと怪しまれます。この後は頭の中でお願いします」
と言ったので、俺は頷きラネイシャと会話した。
そして、その瞬間に後ろで、俺の陰に隠れるようにして、アーニャが俺に情報をくれる。
『後、どうするかは悠人にお任せします』
そう言ってくれる。
俺はその情報と自分の経験から考えうる最善の方法を探す。
頭の中にビジョンが浮かぶ。
勝利を引き出すための作戦を構築する。
この決闘は二体一でこっちが数的には有利。これを利用しない手はない!
『アーニャ、俺と上手くすり替わって、相手の注意を引きつつ、魔力を削いでくれ、そして……』
『はい! 悠人がためらう事はありません、何なりと…』
アーニャは二つ返事で了承してくれる。
『じゃあ、俺の身代わりに刺されてくれ』
そういう表現しか出来なかった。
とても、俺に従順でいてくれる“ヒト”に放つ言葉ではないのは重々承知している。
ここは本物の戦場ではない事を考えるとそれも利用するべきだと考えた。
俺を一瞬、透明化させてアーニャの後ろに回ってアーニャの背中に隠れる。
『あと、化けてたって事は当然俺の声もコピー出来るんだよな?』
『当然です』
『じゃあ、俺の言った事を復唱すればいい』
そして、台詞だけは俺が言った通りに俺に化けたアーニャが相手に伝えるという、まるで通訳みたいな感じでやりとりしていた。
「まぁ、火の魔法が成功するとは思ってなかったけどな」
「だってだって、創造だったら想像が出来ていれば正しく出ますよ! あの時だって、火の魔法を出せって言ってただけだったじゃないですか!」
アーニャが、俺の伝達ミスを訴えている。確かにそうだったと思う。
その時、擬似空間が解けて、俺たちのバーチャルで表現したような傷が消える。ラネイシャとアーニャは胸に赤い穴が空いていたのが無くなっていた。
アーニャも実体化をやめる。
ラネイシャはまだ、痛みだけはなんともならないため、まだ起きられない。
しかも、なんか唸ってるしな。
今の構図は、仰向けで倒れているラネイシャを真ん中にしてアーニャと俺が挟んでいる。
「これで私は屈辱の条件を受け入れなければいけないの…………そんなそんなそんなそんなそんな!」
ブツブツと言ってて聞こえない。
「ラネイシャさん、ありがとう。 立てるか?」
俺は手を差し伸べる。
首から上だけを俺の方に向けているラネイシャは俺を見つめた後、身体を俺の方に戻して、俺の手を取って立ち上がる。
「…………」
ラネイシャは黙ったままだ。
まぁ、いいかな。
「さぁ、行くか」
「はい」
俺はアーニャを連れて、舞台を離れる。
ラネイシャは……負けた事は覚えてる。
魔力不全だったが、身体には影響ないレベルだった。
去っていく、俺の後ろ姿を見つめる。
「…………私を倒したのだから、その条件を受け入れるのに異議はないわ。でも……」
正直、何をしたら良いのか分からない。
ラネイシャはじーっと俺を見て考えていた。
いつも、読んでいただいてありがとうございます!
今回はちゃっかり1週間貰っただけあって、ゆっくりと書くことができました。
最近はラノベが溜まってしまって頑張って消化しているところです。
まぁ、ここでは題名とか書けないと思いますので伏せときますが……。
自分はこういうラノベの只の字の文なのにゲラゲラと笑えてしまえるので、はたから見たら変な人かもしれません。
立ち読みしててもクスクスやってるので周りからの視線がその時に三者三様のリアクションで帰ってきます。痛い!
それでは、次回作も読んでくれると嬉しいです。
小椋 鉄平