身体の不調、決闘当日!
………ちゅんちゅん………
小鳥の声が聞こえる。こんな魔物がいるような物騒なところでも小動物はいるようだ。
俺はベッドで仰向けになって天井に目を向けている。
(俺ってこんなに重かったっけ?)
自分自身でも首をかしげてしまう。そこまでキツイような重さでは無いが、体が中々に言うことを聞かない。
「あ、あれ?」
身体が思うように動かない。無理矢理動かすのに痛みなどは無い。
そこへ、部屋に誰かが入って来る。
(誰だ?)
俺はとてつもなく、滑らかなスローモーションで顔を起こす。
「まだ、寝てたほうが良いですよ」
と声がする。
「あ、アーニャか?」
「ええ、昨日私の分とあなた自身の魔力をかなり尋常じゃ無い量で消費しましたから、身体がダルイんですよ」
と、説明してくれる。
「そうかぁ………」
(ん、なんか忘れてる気が………?)
「あ、アーニャ。1つ頼まれてくれ」
声は初め、どもるもののなんとかいけるみたいだ。
「ん、なんでしょう?」
「…ロビンを呼んできてくれないか?」
「え、わ、分かりました」
アーニャはおそらくなんでと聞きたかったのだろう。聞いてくれても良いが、はっきり言えるほど自信もない。
「あっ」
アーニャが俺の部屋のドアを開けたときに声を上げたが、それ以上ドアを閉めたのか何も聴こえない。
………………………
「そんな……私はなんてことを……」
アーニャは肩を落として、明らかにがっかりしている。
ドアを開けたとたん、アーニャが見たのは、ロビンそのものだった。アーニャは見えないはずだが、ドアが勝手に開くわけない。
それにロビンとは面識があるのだ。
そのロビンからラネイシャとの話を聞いて、今に至る。
「どうしたら良いんでしょう……?」
トーンを落とした声でロビンに尋ねる。
「あるにはあるが……危険すぎる。それに主自身にも後に遺恨を残しかねない」
ロビンは悠人がクラスから信頼されていることは分かっていた。
故に、今更その方法でどうこうできたとしても、完璧な修復などあり得ない。
「それに…君の意思はどうなんだ? 僕の考えている方法は少し乱暴だ」
「それで、なんとかなるのであれば受け入れます。あの人の為であれば、死ぬ事でさえー」
「おっと、それは主様の前で言ってはダメだよ。今の彼は、昔以上に常に深い。逆に彼を悲しませてしまうよ」
ロビンが釘を刺しておく。
「じゃあ、僕の考えを話そう……………………」
ロビンがアーニャに話す。
その話を聞いた後のアーニャはとても真剣だった。
アーニャが帰ってくる。そして、俺が頼んだ通り、ロビンが顔を出してくれる。
「その、見苦しい姿で悪いな」
「そんな事ない。聞いたよ、昨日は相当量の魔法を使ったんだって?」
「ああ、それで…このザマだ。なんか情けないな」
今の素直な気持ちだった。結局、ここに来ても俺は何もする事が出来ないのだろうか。
ふと、窓を見ながら考えてた。
「それで、俺がロビンを呼んだのは、何か忘れている気がしたからだ。何でだろう? 何かあるか?」
率直に尋ねる。俺の中に何か、煮え切らないものがある。そう感じたからだ。
よくない事に関しては特にこういう事がある。
おそらく今回も……。
ロビンは少し目を瞑っていたが、目を開けて俺の方を向く。
「ああ、俺の知る限り“それ”はあるよ」
「教えてくれ! この煮え切らない感じ…何か、やばい事じゃ無いのか?」
ロビンは俺の問いにまたしても間をおく。その彼からは冷静さがうかがえる。
「いや、悠人が気にする事じゃ無い。すべて僕らの責任だ。だから、何も心配いらない」
ロビンは内に秘めた気持ちを悟られない表情で言う。
「………」
俺は半分、ロビンを睨む。少なからず、嘘はついてなさそうだが、正しい事も言ってないような気がした。
なぜだか、こっちに来てからますます、こういう事に敏感になっている気がした。
「悠人、大丈夫です。ロビンが信頼できる人だと知っているでしょう?」
アーニャが、ロビンの発言に説得力を増すために話に入る。
「……そう、だな。何も問題が無いなら良いんだ」
俺は笑顔を作る。この表情を身につけるのにかなり苦労したが…。なにせ、表情を作ってるんだから。
「じゃあ僕は行くよ」
ロビンが席を立つ。
「また、学園でね」
「ああ、また」
俺とアーニャの2人になる。
「わ、私も一旦失礼しますね。絶対、寝てなきゃいけませんよ。すぐ分かるんですからね」
と、グギを指される。俺は、「分かった、分かった」と生返事で返す。
「いでででで………」
頬を引っ張られる。
「分かりましたか?」
「………はい」
「よろしい! では」
「………」
遂に1人になってしまった。
「ふんっ………はぁっ………」
「やっぱり、そう簡単には治らないか」
1人で再び動いてみる。
「はぁ……くそっ。何で、やっぱりこうなるんだ」
俺は肝心なとこで詰めが甘い。
途中までは完璧、だった事なんていくらでもある。
それは勉強でもスポーツでもそうだった。
そこで、ネガティブ思考を振り払うように首をブンブン振る。
「あら、何だ心配して損しちゃったじゃ無い」
俺は声の方に顔を向ける。
「ロ、ローレラ。ど、どうしたんだ?」
俺は素直に尋ねる。
それを聞いたローレラは何か考え込むようにした。
「ん、マジでどうしたんだ?」
それで、ローレラも何か考えているのを自覚した感じで、「え、ええ……少し……」と、言ってから黙り込む。
どうやら真剣に考え込んでしまったらしい。
俺が手を振っても全く動じない。俺も次第に疲れてやめた。
しばらくして、考えは終わったのか顔を俺に向けてくる。
「これは、話して良いか分からないのだけれど……」
そんな事を切り出すので、俺は訳分からないと言った仕草をする。
「そんな事、俺にも分からないよ。取り敢えず、話してくれないか、良い悪いはそれからだ」
「いえ、それだと……」
ローレラが反論しようとするが、俺が手で止める。
「分かってる。でも、お前も俺もそれだと気持ち悪いだろ。それに…悩むんならお前の切り出しを初めからなかった事にするんだったな…もう俺も気になってしまった」
ローレラは俺の言葉にクスクスと笑う。そして、小さな声で「お人好しさんね。全く、変わってないわ」
と呟く。
「ん、何か言ったか?」
俺が尋ねるが、何でも無いと返されるだけだった。
「で、話ってのは?」
「あ、そうね…率直に言うわ。今日はあなたの決闘の日よ」
その瞬間、昨日の事のすべてがクリアになる。
「そうだ。たしか、ラネイシャに決闘を叩きつけられて……」
(だが、こんな大事な事を忘れてしまう事ってあるのか? かなり衝撃的な出来事だったはずだ。いくら、昨日が凄く濃い日だったとしても…)
そんな俺の顔を見ながら、ローレラは話を続ける。
「そう、忘れるはずは無い。そう思ってるわよね。でも、それが自然だと言ったら…?」
「……どういう事だよ?」
「魔法力の量には個人差があり、かつ身体の中である一定のリミッターがあるわ。そのリミッターは本当の意味で限界では無いわ。でも、リミッターは外せるわ。昨日、自然と外したのね」
ローレラは立ち上がり、俺のベッドに腰掛ける。
「それをする事で、一時的に魔力放出量を増やせるわ。でも、普通そんな事する必要は無いわ。魔力の根源は自然界に空気と同じように漂ってる“マキナ”よ。それを吸収して、放出する。これを繰り返すの」
「あー、悪い。何が言いたい?」
俺はローレラが何言ってるか分からなかった。ええ、これっぽっちも。
「あなたは正真正銘の“人間”ね」
「ちょっ、そんな事わかんないでしょ」
当然のように反論する。が、ローレラは首を振る。
「魔力を循環出来ないのは、人間の典型的な特徴よ」
「え…そんな…」
ローレラはそんな俺を見て微笑む。そして、小さく「やっぱり」と呟く。
「記憶が無いのなら仕方無いわ。あなた普段、何も魔力の欠片も伺えないのよ。何も見えない、何も感じない。でも、魔法を発動する一瞬だけまるであなたの後ろに巨大な獣が出てくるのよ」
「そうか…」
「まぁ、でも私もこの事を広めたりはしないわ。多分あなたは風邪とか適当な理由で休みになってると思うから」
「本当か⁉︎」
「ええ、本当」
それを聞いてとても安心した。こう胸のつかえが外れるような感覚。
「ありがとう! 感謝する」
俺はローレラの手を取って感謝する。(普通、人間は魔法ですら使えないんだけど…まぁいいわ)
「で、どうするの? もう、決闘が始まってしまうわ。私はあなたが人間だという事を言わないと言ったけど、今回の決闘に負ければあなたは人間だとされてしまうわよ」
俺はハッとなってローレラを見るが、動けなければどうしようも無いし、勝てる気も正直…ない。
俺は無言で下を向く。
「…仕方、ないかなこんな状態じゃあね…」
「あら、昔のあなたはこんなところで諦める人じゃなかったけど…?」
ローレラが挑発してくる。
今なら全力で乗りたいところだけど、こんなスローモーションじゃ意味ない。
「でも、本当に昔の記憶は……」
「分かってるわ。増幅器は?」
「何で、それを……って、そうだったね」
「そういう事よ」
俺は素直に増幅器を渡そうとするが、手で制される。
「普通に魔法を使える人には、絶対に触れさせてはダメよ」
「え、何かあるの?」
俺はなぜ?では無く、そう尋ねる。こういう事は大抵、悪い事に決まってるとふんでるからだ。
「それは、魔力を吸い取るものよ。本来身体の中に魔力を持っている者にとっては毒に等しいわ」
俺はこの言葉だけで、察した。
「物分かりがいいわね。そこは昔のとは違う面だわ」
と言ってきたので、「一言余分だ」と突っ込んでおく。
「何かを取り入れるイメージよ」
「………」
周りに静寂が訪れる。俺は増幅器と身体に集中する。
(空気のようなものをとりいれるいイメージ)
魔力と言われて、思いついたのが青い空気だった。
(! これは)
身体に何かが、すぅーっと入っていく感じがある。
何か、柔らかいものにそっと触れられているようで、身震いしてしまう。
それを見ているローレラは笑いをこらえている。
俺がキリッと目線を向ける。
「ごめんなさい。あなたの歳でそれを見たら笑えてきてしまって。……どんな感じだった?」
「そうだな…急に後ろから、とても柔らかいものを当てられているような感じで……って違うぞ、決してそういう意味で言ったんじゃないからな!」
「ええ、どういう事かな?」
と言いながら、ローレラは胸の下で腕を組む。
「だからそんな事…って分かってるだろ」
恥ずかしながら、指をさす。目線は外して。
「あら、どこの事を言ってるのかしら、クスクス……」
「‼︎」
不意に手にフニュという感じがあり、飛び引く。
「からかうのはやめろよ」
「そうね、その手が動く速さが戻ってきたからね」
そこで気づいて自分の体を動かしてみる。
「………」
自分でも不思議なくらい、動けるようになっていた。まるで、さっきまでの自分が演技か何かだったのかと思うくらい。
俺はベッドを出て、学園に向かおうとする。
「あら、その格好で行くの?」
よくよく考えたら、起きたら体が動かなくてジャージのままだった。
「今は急いでる。これくらい見逃してくれるだろう」
「アイナ先生でも?」
「うぐ………」
俺はローレラには勝てそうにないなと感じた。
(うん、そうに違いない。違いないけど…やっぱ悔しい)
「てか、着替えるんですけど」
「ん、何か?」
「出てってもらえませんかね?」
少し強めに言う。それを聞いてもローレラは焦る様子もない。
「あら、男の裸は見せても問題ないと誰かさんは言っていたけれど?」
「その誰かさんの事は嘘だ。俺にだって羞恥心はある」
「そう、分かったわ」
(ったく、分かんねぇやつだなー。全く性格が読めない。優しいのか、意地悪なのかはっきりしろよ)
ふて腐りながらも、着替える。
着替え終わった事を知らせて、俺は学園に行こうとする。
「送るわ。その方が早いでしょ」
「お前も出来るのか転移?」
ローレラは首を縦に振り、魔法を発動する。
「…いつも見ても信じられないわー」
一瞬、眩い光が覆った後、風景が一変した。
「そう? 私は何も思わないわ」
と返される。当然だと思う。
だって魔法がないと生きられない世界なのだから。
「…ありがとう。いつも助けてもらって悪いな」
「別に、私は厚生荘の寮長代理ですから。当然の事です」
「…そうか、でもお前のおかげで助かったんだ。本当にありがとう」
俺は闘技場へ向けて走り出す。
ローレラはその後ろ姿を見て、
「やっぱり、変わってないわね」
とつぶやいた。
いつも読んでいただいてありがとうございます!
初めての方もありがとうございます!
今回は短めに。
序盤から、意味深な出来事や、ハプニングがありました。こういうものはつきものです。
さて、そろそろ、魔法についての軽い定義をしておきたいと思いますので、次に出しときますね。
わけ分からない方は無視してもらっても全然問題ありません安心して下さい。
再テストを回避できて舞い上がりと思ったら、執筆活動に追われる。(別に辛くは無いんですけど…)
小椋鉄平