「サンタさんは不法侵入で捕まりました」
うちの旦那はお酒が強い。
そして、再びクリスマスイブ。
シャンパンを飲み過ぎてしまった私は、ほろ酔いを少し通り過ぎたところを漂っていた。旦那のほうを見ると、私が作ったケーキを旦那は嬉しそうに頬張り、シャンパンを浴びるように飲んでいた。旦那はお酒が強く、私の倍以上の量を飲んでいるが、まったく顔には出ていなかった。ケーキにお酒。旦那の最高のシチュエーションである。ダイエットでしばらく禁止していたが、今日くらいダイエットの禁止令はおまけしてあげよう。
「で、そろそろアレやらない?」
私はこれ以上酔ったら寝落ちしてしまいそうなことを直感し、少し早いが話を切り出すことにした。
「おお、プレゼント交換だね!」
旦那が珍しくハイテンションに頷いた。そう、あれとはプレゼント交換のことである。私たち夫婦は、お互いにプレゼントを用意し、それぞれ交換し、目の前で開けてもらうのだ。もちろん中身はお互いに秘密である。だから大変なのだ。
「ほんと、れなはこういうサプライズが好きだよね」
旦那は苦笑しながら、机の引き出しからラッピングされた袋を取り出した。
そう、この案を言い出したのは私である。私は記念日とか誕生日とかはサプライズされたい人間なのだ。まあ、たいてい失敗してしまうのだが、それは別の話。
「夏くんがプレゼント買ってたの、全然気が付かなかったな」
「まあ、こっちも本気ですから」
旦那はあんまりこういうイベントごとは好きではないのだが、意外とちゃんとサプライズだけは守ってしてくれるのだ。こういう時はなおさら、愛されているのだと実感する。良い旦那である。
「じゃあ、まず夏くんのちょうだい!」
「うわっ、急に飛びついてくるなよ。重い」
プレゼントをちゃんと用意してくれていた嬉しさから、私は思わずはしゃいでしまい、旦那に飛びついてもたれかかった。
「あー、可愛い奥さんの事、重いとか言ったな~。ぶー」
「れな、おまえ酔ってるだろ」
「酔ってないよ~、だ」
本当は凄く酔っているのだが、旦那に思わず嘘をついてしまう。バレバレだろうけど。
「ならいいけど。はい、じゃあ、今年のプレゼントだよ。メリークリスマス、れな」
旦那は持っていた袋を差し出した。旦那らしくなく、赤いリボンでラッピングされていた。
「中身なんだろ~?」
私はワクワクしながらその袋を開けた。
「うわ~、マフラーだ。しかもほしかったブランドのだ!」
「れなと一緒に買い物に行ったときに欲しそうな顔してたからね」
「嘘、私そんな顔してた?」
お店に行ったときに良いな、と内心で思っていたが、顔に出てしまっていたのだろうか。嫌だ、嬉しいんだけど凄く恥ずかしい。
「気に入ってくれた?」
「うん、凄く」
私は早速買ってくれたマフラーを首に巻いた。薄い茶色の柄のマフラーは、普段の私ではあまり買わない色である。
しかし、一緒に買い物をしたあの時、
「れなは、ああいう色のマフラーも似合いそうだよね」
と言ってくれた時から、ずっと気になっていたのだ。それをきっと見透かされていたのだろう。
「どう、似合う?」
「良かった。似合ってるよ、れな」
「えへへ」
そう言われた私は少しくすぐったいような気持ちになった。きっと物凄く幸せそうにニヤついているのだろう。それを旦那に見られたくないので、巻いていたマフラーを照れ隠しに深く巻き直した。巻き直したマフラーは、心も体も凄くあたたかくしてくれた。
「じゃあ、今度は私の番ね」
そう言って私は立ち上がって押入れのほうに向かった。
「転ぶなよ、酔っ払い」
「大丈夫だよ、夏く……、うにゃっー」
立ち上がって早々にソファーに足をぶつけて盛大に躓きそうになってしまった。何が起こったのか酔った頭で理解するのに時間がかかったが、痛みだけは酔いに誤魔化されずに伝わってきた。痛い。
「今ので、少し目が覚めたぁ……」
私は気を取り直して、しまってあった紙袋を取り出した。
「はい、夏くん。プレゼントだよ」
少し大きめの紙袋に入れてあったそれを旦那に渡した。
「ううぅ」
旦那はその包装を綺麗にはがそうとしていたが、うまくいかないようであった。旦那はとても不器用である。しかし、一度びりっと裂けてしまったら最後、豪快に破き始め、中身を取り出した。
「おおっ。赤いパーカーだ」
私からの今年のプレゼントは、ワインレッドのパーカーにした。以前からアウターが少ないと嘆いていた旦那なので、持っていないであろう赤系のアウターを買ってきた。
「ふふふ、嬉しいでしょう」
「お、おう」
さぞかし喜ばれるであろうと思っていた私であったが、旦那のそんな声を聞いて旦那の顔を見た。
「……」
微妙な顔をしていた。あまりピンと来なかったのだろうか。妙な間が空いた。
「……」
私がこちらを見ていることに気が付いたのか、慌てて表情を消したが時はすでに遅い。
「……、もしかして気に入らなかった?」
「う、ううん。そんなことないよ。すごく嬉しいよ」
そう言っている旦那の目がわずかに泳いでいるのを私は見逃さないかった。やっぱりそうなったか。私は内心で大きくため息をついた。
「はい、こっちが本当のプレゼントだよ」
「え?」
私は棚から小さな長方形の箱を取り出した。小さいと言ってもぎりぎり両手に収まる程度で、見た目以上にずっしりとした重量感がある。
「なんだ、これ?」
旦那が不思議そうに包装紙をはがしていく。
「うわぁ! これ3DSじゃん!」
旦那の悲鳴のような感嘆の声が響き渡った。そう、今年の旦那のプレゼントはもう一つ用意されていて、もう一つはゲーム機にしたのだ。なんだか本当に子供にクリスマスプレゼントをあげているような気分になるが、目の前で喜んでいるのは二十歳半ばの成人男性である。これがうちの旦那である。
「うわ~、ソニー派の僕が任天堂に鞍替えするとは」
何か意味不明なことをのたまいている旦那をしり目に私は内心思った。それにしても、だ。
「どうしたの、れな?」
異変を感じたのか旦那が意識をゲーム機からこちらに向けてきた。こういう時だけカンがいい。旦那の喜ぶ姿を見ていて、ふつふつと込み上げる感情があった。
「もしかして、私が買ったパーカーより、ゲームのほうが嬉しい?」
「はっ……!」
最初に渡した服の時よりも、ゲームを見た時の顔のほうが輝いているのだ。まさに、満面の笑みである。旦那の表情はわかりやすくて正直だ。
しかし、わかっていたのだけど悔しい。ちゃんとパーカーだってお店に行って買ってきたのだ。それなりに値段はしたものである。
けれど、クリスマスが近づいてくるにつれて、「これで本当に喜んでくれるのか?」といった不安が込み上げてきたのだ。なので仕方なく保険に3DSを買ったのだ。保険にしては大枚をはたいたが、この結果から考えれば適切だったのであろう。しかし、服の時は微妙な顔をして、ゲームではあんな顔をされたのでは、嬉しいのだけれど、内心納得がいかないというものである。
「私にも買って」
だから私はとっさにその言葉がこぼれだしていた。
「え?」
「だから私にも3DS買いなさいよ! 一つじゃ一緒に遊べないでしょ。それにそれ、凄く高かったんだからね! いいわね!」
自分で言っていて理屈が破綻しているように聞こえたが、もう言った者が勝ちである。不満が酔った勢いで洪水のようにあふれ出していき、次々と旦那に言葉をぶつけていった。
「選ぶのだって、本当に大変だったんだから! いつも欲しいものは特にないってばっかり。夏くんはおじいちゃんかっ!それで一生懸命選んだ服を見てあんな表情をして、それなのに夏くんはゲームでは笑顔満開で……。私の気持ちを察してくれよ! うぅ、もう、夏くんのバカバカバカバカ~!」
「わかった、わかったから。落ち着けよ」
「ふーふー」
酔いと叫んだ酸欠で頭がクラクラして、息が荒くなる。もう毎年クリスマスのたびにこんな思いをするのは御免である。しかし、これがうちの旦那なのである。来年もこうやって私はプレゼント探しに右往左往するのだろう。
「はぁ……」
来年の私のことを思うと、ため息がこぼれた。こんなのが毎年あるなんて、サンタさんも大変だ。
【読了後に関して】
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