「イメージチェンジは運任せ」
うちの旦那は身だしなみがいい加減である。
「え?」
仕事から帰ってくると、旦那の髪の毛がなくなっていた。禿げたというわけではない。
今までの旦那の髪型は、目にかかるくらいの前髪に、耳元が隠れ、襟足がだらしなく伸びていた。髪の毛の量も多く、きれいな黒毛をしているため、家柄のいいお坊ちゃまやがり勉君に見えていた。銀行員にもいそうである。それが驚くほど髪の毛が短くなっていた。前髪はバッサリと無くなっており、おでこが出ていた。耳は全部出ているし、ワックスもつけていないのにほとんどの髪の毛が自力で立っていた。今までの面影もないほどに、短く刈り上げられていた。
「いったい、どうしたの?」
私は驚きを隠せなかった。
「イメチェン」
そう、旦那はつまらなそうに答えた。
なぜこうなったか。その理由には、少し時間を遡らなければいけない。それは先週の朝に起こった。
うちの旦那はだらしない。
「まさか、その髪で出勤するつもり?」
旦那の出勤は私服でいい。向こうに制服があるからだ。だから楽でいい。しかし、楽でいいからとはいっても、髪の毛の寝癖を水で濡らして、軽く手ですくだけのセットでいいのだろうか。寝癖のせいでなんか左右でセットが違うし、微妙に前髪が跳ねてないかい?
「うん、別にいいでしょ」
と、旦那はめんどくさそうに答える。このように髪形に無頓着なのである。いや、髪形だけではない。おしゃれというものにまったく興味がない。服だって私が注意しなければ、毎回同じのを着ていこうとする。
「せめて、髭は剃って……」
髭は薄いほうだが、肌が白い分少しでも生えていると目立つ。それに何よりも老けて見える。
「整えればかっこいいのに」
「めんどくさいもん」
独身の時は私とのデートの時くらいは整えてくれていた。当時の旦那が不慣れに髪をセットしている姿を想像すると、思わずにやけてしまう。それを知っているから、私はあまり文句を言いたくはないが、さすがに社会人としてのマナーくらい守ってほしい。
やれやれ、とため息をついたら、じっと旦那が私を見ていた。
「どしたの、夏くん?」
疑問に思って旦那に尋ねると、こう答えた。
「じゃあ、髪切ってくる」
そう言った次の休みの日、つまり今日に、宣言通り髪を切ってきたのだ。私は髪を少しすいてくるとか、ちょっと整えてくるくらいかと思っていたが、結果凄く短くなっていた。
「すごく、短くなったね」
付き合ってから初めてこんなに髪の毛の短い旦那を見た。
「多分、今までの髪の毛で一番短い」
「嘘っ!」
それは見慣れないはずである。
「じゃあ、なんでまたそんなに短くしたの? 店員さんに勧められた?」
「違う」
「じゃあどうして?」
今まで髪の毛の長さを伸ばすことはあっても、ここまで切ることはなかったのだから、何か理由があるのだろうか。私がそう尋ねると旦那は答えた。
「渡された雑誌の適当に開いた雑誌の髪型にした」
「は?」
私は意味が分からなくて、思わず聞き返してしまった。
「今回、手元に置かれた雑誌がベリーショートの特集しかなくて、まあいいかなと思って適当に目を閉じてページを開いて、目に入ったのにした」
そう言えば、付き合っていたころも髪形がたまにすごく変わった時があった気がする。
「もしかして、いつもそんなふうに決めてる?」
「うん。たいてい表紙とかで雰囲気とわかるから、好きそうな雑誌を選んでる。まあ、それでその髪型が気に入ったら、少し続けることもあるけど。今回は混んでたからベリーショートの雑誌一冊しかもらえなくて最初焦ったよ」
と、旦那は心底面白そうに言っているが、全然面白くない。どうやらうちの旦那は髪を切りに行くのもいい加減なようである。何か自分の拘りとかないのだろうか。いい加減にもほどがある。
「店員さん困ってなかった?」
「ああ、やたらと止めてきたし、何度も繰り返し似合わなくても責任とれないよって言ってた。なんか、最後のほうは店長が出てきたな」
「……」
それはそうだろう。長い髪の毛を短く切って似合わなかったら、整えるにしてもそれ以上短くするしかないのだから。その店員さんが災難すぎる。私なら絶対に客に取りたくない。心臓に悪い。
「いや~、二人分くらいの髪の毛切ったよって、店員さん最後のほうはやり切った顔してたな」
すごく困る客である。私も同じ美容院に行っているから、次行ったら謝ろう。
「で、少しはかっこよくなった?」
そう旦那はドヤ顔で言ってきた。意外と私の朝の一言を気にしていたのだろうか。意外と可愛いところがあるんだから。だから私はありのままに言った。
「それはもう。最高にかっこいいよ。短い髪形もいいね」
そう伝えてあげると、旦那は心底嬉しそうに微笑んだ。簡単な男である。けれど、褒めているのは本当である。今までがり勉君のようなまじめな印象が強かったけれど、短く刈り上げられ、オールバックでおでこを見せるようになった旦那は、さわやかな体育会系にも見えなくもなかった。これで眼鏡を辞めてコンタクトレンズにしたら、完璧である。
「眼鏡じゃなくて、コンタクトにして」
「わかったよ…。まだワンデイの残りがあるから、明日から仕事に行くときにつけるよ」
「やった!」
「なんでそんなに、れなが喜ぶんだ?」
喜ぶ私を旦那は不思議そうに見て言った。
「だって、職場の人とかにかっこいい夏くんが見せれるじゃん」
誰だって彼氏や旦那がかっこいいと思われたいものだろう。
「まあ、れながそれで良いって言うならいいけど」
「うん」
旦那はわかったようなわからないような顔でうなずくとそう言ってお風呂に向かってしまった。旦那が流し場に消えるのを見届けた後、私は満足気に微笑みながらソファーに座わった。
「ん?」
待てよ。私の頭の中に一抹の不安がよぎった。
――夏くんがかっこよくなりすぎると、職場の女の子にモテてしまうのでは?
「それは、まずい!」
お風呂から出た旦那にそう伝えると、無言で頭を叩かれた。
【読了後に関して】
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