「@グズグズとして決まらない」
うちの旦那は寝つきが悪い。
我が家は1LDKのマンション。もちろん、寝室は別々なわけがない。ダブルベッドに仲良く二人で寝ている。
母が買ってくれた高級羽毛布団。本来なら私たちでは手の届かないようなその一品は、私たちを優しく包み込んで、安眠を提供してくれる。それに私は寝つきはすこぶるいい方で、横になって幾ばくかすればたいてい意識がなくなっている。それに一度寝てしまえば朝まで起きない。それが普通だと思っていた。
だが旦那はそうではないらしい。
旦那はベッドに入ってから凄く「もじもじ」するのだ。それも尋常じゃないくらいに。足をごそごそと動かしたと思ったら、人の体の上に足を置いたり、少しジッとしたと思ったらまた「もじもじ」し始めたりする。しかも足が落ち着くと今度は、腕、肩、頭となぜか落ち着かづに動き回っている。最初は痙攣しているのかと心配になったものだ。
前々から疑問に思っていたのだが、一度寝る前に聞いてみることにした。
「あんらくしいを探してる」
目を閉じてもぞもぞとしながら、旦那がボソッと何か呪文のようなことを言い出した。
「安楽死? 死ぬの?」
そう私が聞くと、目を開けこいつアホだなという顔をされた。
「いやいや、違うよ安楽姿位だよ」
「何それ?」
腹が立ったので寝ながら足で蹴ってやった。旦那がすごくめんどくさそうな顔をして、口を開いた。
「人間の骨っていうのは、幹と頭があって、それぞれが少し捻じれてるのがあってだな。肩の上腕骨と股関節の大腿骨が特に顕著で……」
「長い、細かい、めんどくさい」
うちの旦那は医療従事者である。骨とか筋肉とかに詳しいが、妙に理屈臭い。
「……」
旦那が今までに見たことのない顔をしてきた。眠いのと怒りと呆れがそれぞれ混ざった感じだろうか。しかし、説明したがり屋の旦那は、私の文句にも屈せず、説明を続けだした。
「捻じれがあるってことは、重力で勝手に回転力がかかって関節を牽引するんだよ。その感触が僕は好きじゃないから、安定する位置を探してる」
思ってたのより、凄くめんどくさかった。聞いて損した。
「あんた、寝るときにいちいちそんな小難しいこと考えてるの?」
だから、眠れないんじゃないか、と言ってやった。そんなこと考えたことないし、関節が引っ張られる? そんな感触感じたことがなかった。少し神経質の気はあると思っていたが、まさかここまでだとは思わなかった。
「体がフィットする位置じゃないと体が痛くなるんだよ!」
「夏くんは老人か!」
不服そうに言ってきた旦那に、私は思わず突っ込んでしまった。
そして旦那はその後無言でしばらくもじもじした後、その安楽姿位とやらが見つかったのか、ピクリとも動かなくなった。寝息が聞こえた。
――こいつ、寝やがった……
旦那は一度ポジションが決まると驚くほど寝つきが良い。つまり、安楽姿位が見つかるまでが長いのだ。
「関節が引っ張られる……ね」
寝る前に小難しいことを言われたからか、妙に頭に残ってしまった。せっかく眠かったのに、頭がさえてしまっている。もう、夏くんのバカ。私は頭を空っぽにして目を閉じた。寝よう、寝よう。
「……」
数分経過した。
――やばい、眠れない
いつも通りに横になっているのだが、眠れない。なぜか両肩や肘に違和感があるのだ。これが旦那の言った、関節の引っ張られる感じというやつなのだろうか?
「う、うう」
なんだか、すごく弱いけど、ずっと関節技をかけられているかのように、肩の前側の皮膚や、その奥の肉が引っ張られているような感じがするのだ。肩がすごく重く感じ、背中のほうに引っ張られているかのように感じる。今まで今っこんなこと感じたことがなかったのに、一度気になると、そのことしか考えられなくなってしまった。これが凄く、生理的に嫌な感触であることには間違いがなかった。
――夏くんのバカ、バカ、バカ!
旦那が変なことを言い出すから、私も気になってしまったじゃないか。私は体をもじもじさせてはその牽引される感触のない位置を探した。
――もじもじ
私はベッドの上で身体を動かし続ける。何度か動かしたが、なかなかその感触が消える位置がなかった。
――もじもじ
「あっ、あった」
しばらくもじもじしていると、急にその牽引を感じない位置があった。すごく楽で、その位置以外寝る位置がないんじゃないかと思えるほど快適であった。なるほど、これが安楽姿位か。これでようやく眠れる……。
「で、今何時だ?」
旦那と話したあと、眠れなくなって、その後もじもじしたから結構な時間がたっているはずである。私は腕を伸ばして、枕元にある携帯電話を取った。
「えっ……」
『0:38』
思いのほか、時間が経過していた。旦那と床に就いたのが十一時ちょっと過ぎ。小一時間ほど格闘していたことになる。やばい、だいぶ起きていてしまった。早く寝なければ、と私は携帯電話を枕元に戻して、再び布団に体を預けた。そして、じっとしてから気が付いた。
――しまった……
せっかく安楽姿位を見つけて後は寝るだけだったのに、携帯電話を取ったが為にそのポジションがずれてしまったではないか。諦めて目をつむろうかとも考えたが、じわじわとあの牽引される感触がよみがえってくる。
「ええ……」
また最初からやり直しである。明日は絶対に寝不足確定である。隣で気持ちよく寝ている旦那に、妙な苛立ちを感じた。明日、いや今日の朝起きたら、絶対に一発ぶってやる。私はそう心に誓って、また安楽姿位を求めてもじもじし始めた。
《番外編》
夏 「ふあぁ~、おはよう」
れな「おはよう。あれ、夏くん寝不足?昨日は私たち早く寝たじゃん」
夏 「うん。けど、夜中に急に目が覚めちゃった」
れな「あれ、どうしたの?」
夏 「夢の中でネタが急に思いついて、そのまま起きたから携帯にメモしてたら一時間くらいたってた。そのあと寝ようとしたんだけど、眠れなくなった」
れな「は?」
夏 「なんで、夢の中では面白いと思ってメモしたのに、朝改めてみるとすごくくだらなく見えたりするんだろう?」
れな「ちなみに何時まで起きてたの?」
夏 「朝五時」
れな「五時って、ついさっきじゃん。あほちん!」
【読了後に関して】
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