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第7話

衆議場に向かう碧の足は重かった。


碧の当初の考えは、一刀たちの「天の御遣い」の名を使い、漢王朝の再生を考えていた。


現在の朝廷内では、十常侍派と何進将軍派との内部抗争に明け暮れており、誰の目から見ても漢王朝の弱体化は明らかで、このまま衰えて行く漢を立て直すには一刀たちの力は不可欠だと思っていた。


その前にまずは「天の御遣い」としての虚名では無く、まず実績を作り上げる先決だと思い、碧は様々な面で一刀たちの力を試した。


更に碧の中では、中央の人間がまさか辺境の地に「天の御遣い」なんぞ落ちてくる訳がない、所詮噂だけしかない等、片田舎でもある涼州に「天の御遣い」の事を聞いてもしばらくは噂として無視される可能性が高いという自ら希望的予測を出してしまい、情報流失に配意しなかった点が見事に裏目に出てしまった。


その結果、一刀たちは政戦共に予想以上の実績を上げた事が評判となり、馬騰の勢力拡大を恐れた韓遂の嫉妬を買い、更なる馬騰や一刀の台頭を恐れた韓遂は、『天』と名乗っている一刀を不敬罪として朝廷に一刀たちの事を訴え出たのであった。


一刀たちの事は何れ発覚するとは思っていたが、これだけ早々に発覚するとは、碧も予想外な事であり、そして皇帝の使者を送り返した事は既に謀反の疑いありと言われても仕方が無い状態に追い込まれた。


しかしあの場で一刀たちを差し出した場合、西涼の為に力を尽くしてきた「天の御遣い」を自分たちが助かる為に見殺しにしたと言われることとなり、これも武人として名高い碧に耐えがたい屈辱であり、武門の面子を賭けてもそのような事ができるはずが無かった。


そして碧は一刀の身代わりとして洛陽に出頭して、一刀たちを助けて、この窮地を乗り切ろうと考えていた。


そう考えながら碧が部屋に入ると既に全員集まっていたが、渚から話を聞いた翠が血相を変えて碧に詰め寄る。


「お母様、どういう事だよ!朝廷に喧嘩を売る気つもりか!?」


「煩いね。少しは落ち着きなさい」


「取り敢えず、今から全て話すから、まずは座りな」


碧は翠を宥めて、先程の事を皆に説明するが事の重大性に改めて気づいたのか、さっきまで騒いでいた翠も黙っている。


そして今まで黙っていた一刀が静かに言葉を出す。


「話は聞いて分かったよ、碧さん。なら答えは一つだ、俺を捕え洛陽に送ってくれ。そしてその代わりに紫苑と璃々を守って欲しい」


「何だって!」


「ご主人様!」


「何、言っているのご主人様!」


碧、紫苑、璃々の三者は驚きの声を上げ、他の者も驚きの声を上げる。


「馬鹿な事言うんじゃないよ!一刀、アンタが洛陽に行けばどうなるか、ちょっと考えれば分かるだろう!そんな事をさせるくらいだったら、私が洛陽に行くよ!」


碧は一刀の身代わりとして洛陽に行く事を宣言するが、一刀は表情を変えず


「碧さんが行って俺たちの身代わりになったとしても、残された翠たちが代わりに追及の手が伸びてしまい、何れ討伐される可能性がある。だからその前に「天の御遣い」である俺の命を差し出せば、碧さんや涼州に住む民は少なくとも戦火に晒されることがないし、それに紫苑や璃々の追跡も緩むだろう」


「……」


「それは死ぬのは怖いけど、でも碧さんを死ねば、翠や○、蒼に蒲公英は皆、悲しむだろうし、短い間だったけど、俺はここに住む人たちに愛着があるんだ。ただ紫苑と璃々には申し訳ないが…」


一刀の説明を聞いて、碧たちは返す言葉が無かった。一刀を洛陽に送れば取り敢えず朝廷に従ったとして逆賊の汚名を被る事はないだろうし、行き成り攻められる理由もない。


もし一刀は、自分が君主であれば紫苑と璃々を守る為に戦いを決断したかもしれない。だが今回は馬家に世話になっている身、自分たちの為に馬家に迷惑を掛けられない。一刀は自分の身を捨てて、皆を守ることを一刀は決断したのであった。


「ご主人さま…私たちを庇う言葉は嬉しいですが、その言葉に従う訳にはいきませんわ。洛陽には私も付いて行きます」


「紫苑!」


一刀の言葉を聞いた紫苑は、残される事は心外とばかりに同行することを宣言する。


「私はこの身も心も必要であれば屍も思うがまま、自由に使って下さいとご主人様の前で誓った身、私はご主人様に身代わりをして貰ってまで生きたいと思いませんわ。それと璃々、貴女は残りなさい。貴女は生きて、何時の日か私たちの代わりに「天の御遣い」をやって貰うわ」


「そんな!」


紫苑の言葉には、昔、一刀の前で宣言した誓いを今こそ果たす時と思っていた。


そして紫苑は一刀に付いて行くと宣言する一方で、璃々には同行を許さず残留する様に告げる。これは母として璃々には生きて欲しいという願いがあった。


「璃々、璃々が付いて行きたい気持ちはよく分かる。だけど、璃々まで死なせる訳には行かない。頼む、分かって欲しい」


一刀は紫苑の決意が固い事で説得を諦め、璃々を説得する。一刀も璃々を死地に送りたくないので何とか説得をする。


璃々は一刀や紫苑の言っている事は分かるが、感情では納得できる状態ではなかったので、返事をせずに、今の辛い顔を誰にも見られたくないと俯いた状態であった。


そして場が静まり返っていると


「……そんなのおかしいよ。何でお兄さんが「天の御遣い」と名乗って悪いのよ」


「蒼、お前何言ってるのか、分かっているのか!?」


蒼の行き成りの皇帝批判に流石の碧も驚く。


「それくらい馬鹿な蒼だって分かるよ。じゃお母様、聞くけど、今まで皇帝陛下は何か私たちに何かしてくれたの?私たちから税を取るだけ取って何もしてくれなかったじゃない!」


「そうだよ!私たちがこの国の為に思い、五胡の連中と戦ってきたのに中央の奴等は私たちを使い捨ての塵の様に扱ってきたんだよ!それだったら蒲公英、そんな『天』はいらない!だったらお兄様が今の『天』と代わればいいんだよ!!」


「……お前たちその言葉覚悟して、言ってるのかい?」


蒼と蒲公英の過激な発言に碧は険しい表情して質問をする。そして下手な返事をしたら斬る様な姿勢を見せるが


「そうだよ」


「こんな言葉、覚悟しないと言えないよ!」


蒼や蒲公英も目を見据え反論する。


「碧様、蒼様や蒲公英様の言っている事は間違ってはいません。今まで中央が私たちに対して行ってきた仕打ち、碧様ならお分かりでしょう」


「渚、お前まで…」


流石に側近の渚まで蒼と蒲公英に同調したことに碧は驚きを隠せない。


「お母様、これ見て欲しいの」


そして鶸が二人の援護射撃をするかの様に部屋の窓を開け、碧に窓の外を見る様に促す。


街を見れば、民達が城へ押し寄せている。


「馬騰様―!西涼を素晴らしく発展させた天の御遣い様を差し出しては、西涼人の義に背きますぞ――――!」


「西涼に降臨して、我らに恵みを与えられた天の御遣い様を決して手放してはなりませぬぞ―――!」


それはかなりの人数が声を上げながら、大声を出している。それも聞こえる声は嘆願の声だ。


これには理由があった。使者に来ていた韓遂や供の者が先手必勝とばかりに


“天の御遣いを差し出さなければ武威の街を焼き払われる”


“恐れ多くも『天』と名乗ったので、死刑は免れない”


噂を流し混乱させようとした。だがこれは逆効果であった、住民たちは漢の悪政には既にうんざりしていたが、一刀たちが来てから、自分たちに何もしてくれない『天』より身近で親しみやすい一刀たちの本当の『天』だと信じるようになっていた。


これを聞いた街の有力者や住民が、一刀たちを差し出してしまうのか城に押しかけたが、これを鶸が何とか宥め、その結果を城門で待っている状態であった。


「お母様、もしお兄様たちを差し出して漢への忠義を通したら、私たち忽ち西涼中の反感を買ってしまうよ。良くて追放、最悪は反乱を起こされて私たち一族郎党皆殺しにされてしまう可能性もあるよ」


「そいつは有難くないね……」


鶸の言葉を聞いて、碧は考えたくもない未来図を想像してしまう。


「お母様」


そして今まで黙っていた翠が発言する。


~翠視点~


「話は聞いて分かったよ、碧さん。なら答えは一つだ、俺を捕え洛陽に送ってくれ。そしてその代わりに紫苑と璃々を守って欲しい」


「馬鹿な事言うんじゃないよ!一刀、アンタが洛陽に行けばどうなるか、ちょっと考えれば分かるだろう!そんな事をさせるくらいだったら、私が洛陽に行くよ!」


(「えっ!どういう事だよ!!」)


翠は突然の事で頭の中で混乱していたが、


「碧さんが行って俺たちの身代わりになったとしても、残された翠たちが代わりに追及の手が伸びてしまい、何れ討伐される可能性がある。だからその前に「天の御遣い」である俺の命を差し出せば、碧さんや涼州に住む民は少なくとも戦火に晒されることがないし、それに紫苑や璃々の追跡も緩むだろう」


「それは死ぬのは怖いけど、でも碧さんを死ねば、翠や鶸、蒼に蒲公英は皆、悲しむだろうし、短い間だったけど、俺はここに住む人たちに愛着があるんだ。ただ紫苑と璃々には申し訳ないが…」


一刀の言葉を聞いて、一刀が碧や自分たちを救う為に自ら身を差し出して、西涼を守ろうとしていることに漸く気付いたが、自分にはそんな事ができるのかと思い始めていた。


翠は戦いで死ぬことについて恐れはしない、しかし謀略等の分野は翠自身、苦手な事だ。だがこの状況で洛陽に行けば、後はどうなるか翠の頭でも後の事は想像できる。


それなのに自分の命を犠牲にして多くの者を助ける一刀の意思の強さを目の当たりにして、翠は一刀の事を何時もより凛々しく、そして雄雄しく見えた。


「ご主人さま…その言葉に従う訳にはいきませんわ。洛陽には私も付いて行きます」


「紫苑!」


「私はこの身も心も必要であれば屍も思うがまま、自由に使って下さいとご主人様の前で誓った身、私はご主人様を身代わりをして貰ってまで生きたいと思いませんわ。それと璃々、貴女は残りなさい。貴女は生きて、何時の日か私たちの代わりに「天の御遣い」をやって貰うわ」


更に紫苑の覚悟を聞いて、翠は驚いた。そこまでして一刀に殉ずる覚悟あるのかと。


そして一刀と紫苑は、私たちの世話を受けて恩義があるとは言え、逃げようともせず命が捨てる様な真似ができるのか、今の翠には分からない。


ただ女として紫苑に負けていることだけは分かった。


そしてこのままでは好きだと告げずに一刀を洛陽に送られる話になる。


それに翠は普段から西涼で生きている事を誇りと思っている。


だが余所者である一刀や紫苑が、自分たちや西涼の事で命を捨ててまで守ろうとしている事に翠は軽い嫉妬を覚えずにはいられなかった。


このまま自分だけ碧や一刀たちだけで任せてしまっていいのか。


妹たちが必死になって一刀たちの為に碧に諫言している。


今、姉として、家の為、そして一刀の為に出来る事が何かないのか、この短い時間の中、頭の中で葛藤する。


そして漸く結論を出した。


~視点終了~


「お母様」


「何だ、翠」


「わ、私、一刀と一緒になる。そして一刀を洛陽には行かせないよ」


翠の短い言葉に碧は理解した。


「翠……アンタ…そうなると、もう引き返せないんだよ。それでもいいのかい?」


碧の言葉に翠は黙って頷き、碧は


「そうかい……」


碧はそう言った後、無言となり、しばらくこの状態が続いた。


碧が諦めた表情をしながら


「アンタ達、よりによって馬鹿な事を選択したね…」


「「「それはお母様の子ですから」」」


「これも叔母様の教育の結果だと思うよ」


馬三姉妹が同じ台詞を言えば、蒲公英も何を今更という顔をしながら軽口を叩く。


「それで…だ。一刀に紫苑、それに璃々」


「馬一族として翠を一刀に嫁がせて欲しいのと同時にお願いがありますわ」


碧は何らの覚悟を決めた目で一刀たちに申し出をする。


「何でしょう」


「何でしょうか?」


「何かな」


一刀たちも


「朝廷に対して戦いを起こすのはこれで決まったんだが、ただ旗印が私と言うのは正直衝撃が弱いんだよ。涼州だけなら私の名で十分だが、『天』に歯向かう大規模な戦いであれば、こちらにも本当の『天』がいるという旗印が必要なんだ」


「……それで『天の御遣い』である俺たちに旗印になって欲しいという訳ですか」


「ああ、私としては不本意な流れになってしまったけど、だけどここまで来たら馬一族は貴方たちと一蓮托生よ。だから一刀、いや一刀様」


突然、碧は椅子から降りると片膝を付き一刀たちに対して拱手の礼をとる。すると翠たちは慌てて碧を止めようとするが


「アンタ達も礼を取りなさい」


碧からそう言われると翠たちも言われるがまま拱手の礼をとる。


この行動に一刀や紫苑も驚くが、碧はそれを無視して言葉を続ける。


「この馬騰並びに馬一族は、これからは貴方の部下となりましょう。紫苑殿の言葉では無いですが、この身をどの様に使っていただいて結構。場合によっては翠の代わりもしますわ」


最後の一言は置いといて、碧の突然の言葉に一刀たちは驚きを隠せなかった。


「一刀様たちは何故私が、このような事を唐突に言うのか疑問でしょうが、私たちの新たな旗印となるとなれば、馬一族が新たな『天』の力で従ったという事実が必要。だからこの願い何としても聞き入れて欲しい」


碧の只ならぬ願いを聞いて、一刀は紫苑に確認する。


「このお話、引き受けるしかありませんわ。このままでは戦になるか洛陽に行って殺されるかの二者択一しかないですから。それに以前から碧様から翠ちゃんの事は色々と聞いていましたし、私自身異存はありませんわ、璃々も納得していますわ。それと正妻の座は誰にも譲る気はありませんから」


笑顔で紫苑から助言を受けると一刀は


「不肖ながら、主と成らせていただきます」


「後、皆と今まで通りの付き合いをしたいので、そんな形式ばった言い方は無しにして欲しいんだけど」


「分かったわ…でも、そうね…翠。貴女だけ一刀様の事をご主人様と呼ばなきゃ駄目よ」


「はぁ!?なななな、何でだよ!そんな恥ずかしいこと言えるわけ無いだろ!?」


「翠、これから貴女、一刀様の妻になるんだよ。妻は夫に身を捧げなければならないんだ。だからそう呼ぶのさ。これは馬家の頭領としての私の命令だ」


「こ、ここで言うのか!?」


「それ以外何処にあるんだよ」


「翠様。頑張って下さい」


「翠お姉様、私たち笑ったりしませんから」


渚と鶸は翠を励ますが


「そうだよ~私だったら、ご主人様好き~って普通に言えるよ」


「蒼ちゃん、駄目だよ。翠お姉様、恥ずかしがりさんだから、男の人に対して初心だから普通に言えないんだよ」


「お前たちな~」


蒼と蒲公英のからかいに腹を立てたが、碧が


「翠、いい加減にしな!それくらいの事、早く言いなさい!!」


碧から注意されると漸く翠も覚悟を決め


「ご、ご主人様、こんな私だけど、よろしくお願いします」


翠が恥ずかしそうに言うと一刀も


「ああ、こんな俺だけど、俺も翠のことが大好きだから、よろしく頼む」


一刀はそう言いながら、翠の体を抱き締めた。


「ば、馬鹿!は、恥ずかしいから、止めてくれよ!」


翠は一刀から抱き締められると、口では嫌そうな事を言っていたが、自ら離す気が見られなかった。


その日の夜、一刀と翠は、一刀の部屋にいた。


流石に頭領の座を翠から奪い取る形になった一刀は翠に質問する。


「翠、俺が碧さんの代わりになっていいのか?」


「ああ、ご主人様がなってくれた方が私は助かるよ、私や皆も西涼の民の幸せは願っているが、実際私は武を奮う以外、頭を使うのは苦手なんだ。だからご主人様が主になってくれた方が、私も安心して戦いに専念できるから、そっちの方が嬉しいよ」


屈託のない笑顔で翠は答える。


「そうか……それだったら何としても、皆の期待に応えていかないといけないな」


「ご主人様ならできるさ。お母様や私、それに鶸や蒼、蒲公英、渚たちもいるんだ。だから心配しなくていいよ」


「それと…ご主人様、こんな私だけど愛してくれよな」


最後に恥ずかしそうに翠が言うと


「勿論さ、翠…」


一刀もそれに応え、夜が更けていくのであった。



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