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第5話

碧たちが出陣して2日後の夕方近く、漸く敵から10里(約5キロ、1里約500メートルで計算)離れたところで陣を構えた。


敵は3万、馬騰軍は1万5千で数の上で不利は否めない状況であった。


そして少しでも敵の情勢を知ろうと偵察隊を放ち、偵察隊は貴重な情報を持ち帰ってきた。


敵は馬騰軍に気付かず、既に休息しているとの事であった。


これを聞いた翠が開口一番


「お母様、夜襲行おう!」


「待ちな、翠。夜襲を咎めるつもりはないけど、まともな夜襲じゃ、こちらの損害も出る」


「じゃ、どうするつもり何だよ」


碧は翠の問いに答えず、一刀たちの方を見る。


「三人の意見を聞きたい、何かいい案があるか?」


「ちょっと待って下さい」


一刀と紫苑が机に広がっているこの周辺の簡易地図を見て、敵陣横にある印に気付く。


「碧さん、敵陣の横にある印は何ですか?」


「ああ、沼地だよ」


その沼は規模が結構大きい沼地で、敵もそれを考え沼地を利用して、防御として充てている。


一刀と紫苑はもう一度、地図をじっくりと見て小声で話し合うが、璃々は今回初陣であるため、何も言わずに黙っている。


「碧さん、もし夜襲をするなら沼からの夜襲にしましょう」


「一刀様、沼からの夜襲は確かに効果があるかもしれません。しかし沼だと範囲も狭い為、動かす手勢も少数しか連れていけませんよ」


渚が一刀の意見に一理あると思うが、それでは不十分であると危惧する。


「その間、夜襲部隊で敵を引き付けておきますので、その後に時間差で本隊全軍において強行夜襲を行うのです」


一刀の意見を聞いて、皆、頭の中でそれぞれ想定する。


成功する可能性は大いにあるが、しかし夜襲部隊が相当危険で下手をすれば全滅の恐れも含んでいる。もし実行するのであれば、そのような危険な部隊が誰を率いるのか。


「……そうね。一刀さんたち三人がその夜襲部隊を率いる覚悟あるかしら?もし率いる覚悟が無ければこの作戦は無しよ」


碧の答えを聞いて、皆に緊張が走った。口先では許さない、言ったからにはそれなりの責任と覚悟も持って貰うと。


「ちょっと待てよ、お母様!二人は兎も角、璃々は初陣だぞ!幾ら何でも危険すぎる!!」


「それがどうした!!」


翠の発言も碧に一蹴される。


「戦は死と隣合わせだ。璃々がここで生きていく為にも、命懸けで命を奪い合う戦というものを何時かは経験しなけりゃいけない。だからこっちもそれを考えて三人一緒にしているんだ」


「……」


碧の意見を聞いて、翠も黙るしかなかった


「翠お姉ちゃん、その気持ちは嬉しいけど、私も武人の端くれ。これでも密かに一番手柄を狙っているから♪」


「璃々…」


璃々は緊張した表情をしながらも、翠に敢えて心配をしないでという意志表示を見せる。


「お前たち、初陣の璃々がここまで言っているんだ!お前たち、このままじゃ手柄を璃々に持って行かれるぞ!!」


碧は璃々の言葉を使って、娘たちの士気向上を務める。


「よっしゃ!ここまで璃々に言われちゃ負けられねぇな」


「私だって負けません!」


「私も璃々様には負けないんだから♪」


「蒲公英のカッコいいところ、皆に見せつけてやるんだから」


翠たちも璃々に負けじと士気を上げる。


璃々は言葉ではああ言ったものの、まだ緊張でブルブルと震える手であったが横から一刀と紫苑が皆から見えない様にそっと璃々の手の甲に二人の手を置かれ、


心配するな。璃々には私たちが付いているから


という風に璃々を見つめる。


すると、璃々は二人に見つめられるのが恥ずかしいのか慌てて目を逸らしたが、するとさっきまで震えていた手が治まっていた。


「よし!五胡の者共に西涼の兵は全て強兵の群れである事を骨身にしみて分からせてやるぞ!!」


「「「応!!」」」


碧の檄が陣に鳴り響き、軍議は決議した。


そして陣に残ったのは碧と渚の二人で


「碧様、どうして一刀様たちにあのような事を?」


本来であれば「天の御遣い」である一刀たちをもっとも安全な本陣に居るのが当然の事であるが、何故一番危険な夜襲部隊を率いて戦わせるのか、渚の疑問はその一点にあった。


「……三人が本当の天の御遣いかどうか試してみたいのよ」


「試すとは…碧様。今まで三人がなされた事は今まで、私たちが聞いた事や見た事をして何も無かった西涼に光を与えてくれた方、それが信じられないのですか!?」


碧の言葉に渚は顔色を変えて非難しようとするが、碧はそれをゆっくりと首を振りながら否定する。


「あの三人の智と武は認めているわ。でもそれだけではまだ足りないの、後は本当にあの三人に運があるかどうか見てみたいのよ」


その日の夜中、一刀たちは草の中を這っていた。五胡の軍勢を迂回してそして完全に寝静まってから、夜襲を開始して攪乱するのが今回の役割である。


大軍であれば、敵に察知される可能性が高いので、今回与えられた兵は僅か1000であった。


この時やはり頼りになるのが歴戦の強者である紫苑で、初陣の璃々は勿論、夜襲未経験の一刀にアドバイスを送る。


「ご主人様、璃々、夜襲する時にこうやって潜んでいる間は、草や岩になりきることですわ。そうすることで敵に見つかる可能性は低くなります」


「分かったよ、紫苑。そうなるように努める」


「それが一番難しいよ」


そう言いながら1000の兵は黙々と這い続け、漸く夜襲できる位置まで敵に気付かれずに来た。


敵は若干の見張り兵だけを残し、後は皆、寝静まっている。


そして沼側にも一応、見張り兵はいるが一刀たちのいる位置からは2人しかいない様に見える。


「紫苑、このまま夜襲する?」


「いいえ、できるだけ敵に気付かれず近付きたいので、私と璃々であの二人を仕留めます」


紫苑から指名されると璃々も緊張が走る。璃々は既に人を殺める覚悟を決めているが、だがそれを実際に行おうとすると躊躇いがあった。


「璃々だけ苦しむ必要は無いよ。璃々の苦しみを俺が受け止めて上げるから」


一刀からそう言われると璃々の心は少しだけ軽くなり


「ありがとう、ご主人様。これで頑張る事ができるよ」


紫苑と璃々は弓を構え、見張り兵を難なく射殺する。


そして兵は静かに敵陣近くまで移動する。


一刀は抜刀して


「突撃!」


「うおおお――――!」


自然と声が出てしまったが、それを契機として全員大声を出して敵陣に討ち入る。


敵兵は殆ど寝ていたので、急な敵襲に対応できず、次々と倒される。


三人は必死であった。ぶつかる相手は全て敵、千対3万では数は違うが敵は混乱を来している。


そして勇を奮い、一刀や璃々も我武者羅に戦う。


「敵の大軍が来たわよ、本陣が襲われている!」


そんな中紫苑は叫んで、敵を更に混乱させようとしている。


一刀や璃々もそれに気付き、


「別の所から更に敵の大軍が来たぞ!」


「敵よ、敵!あっちにもいるわよ!!」


二人も紫苑に合わせ、大声を出して更に敵に混乱を与える。


敵陣混乱の気配は、碧たちにも見えた。


「よし!夜襲は成功したようだね!!お前たち、五胡相手なんかに遅れを取るんじゃないわよ、全軍突撃!!」


翠は暴れ馬が我慢していたかの様に先陣を切って突撃する。


「しゃっおらぁぁぁぁ!西涼騎馬軍団の恐ろしさ、その身にたっぷりと叩き込んでやるぜっ!!」


翠が混乱している敵兵にぶち当たると、敵兵は更に混乱を増し、この場に留まって戦う者や逃げ出す者など指揮系統がバラバラとなり、次々と討ち取られて行く。


そして敵本陣が手薄な状況となり、一刀たちが本陣に入ると五胡の族長たちがいた。


族長たちは咄嗟に武器を抜き、一刀たちに襲い掛かるが


「ち、ちくしょう―――!」


「そうはさせませんわ!曲張比肩の弓の味、その身にとくと味わわせてあげましょう!!」


紫苑から放たれた弓により、一刀に襲おうとした族長らは討ち取られる。


今の一刀の実力であれば、襲ってきた族長程度なら簡単に討ち取れることができるが、ここは指揮官を確実に討ち取る為、紫苑が先に族長を討ち取ったのであった。


「これから『天の御遣い』が貴男を討ち取りますわ」


紫苑が敢えて、一刀の事を「天の御遣い」と言った事には、五胡に西涼に天の御遣いありと知らしめ、そして一刀の地位を正式に確立するためでもあった。


「俺の名は北郷一刀。五胡の指揮官だな、お前を討たせてもらう」


「ふざけるな!お前のような優男に、むざむざと討たれる俺様ではないわ!」


五胡の指揮官は一刀の姿を見て侮ったのか、大刀を振りかぶり不用意に突っ込む。


一刀はそれを見て体勢を低くして大刀を避け、指揮官の空いた腹を目掛け刀で斬り掛かる。


そして指揮官は


「ば、ばかな…」


自分があっけなく斬られた事が信じられないのか、最後にそう言い残して地面に倒れ、そして死んだ。


指揮官が討ち取った事を言えば、敵に動揺を誘い、ここからは一方的な戦いになる。そう判断した一刀は


「璃々、敵将を討ち取った事を皆に告げてくれ」


「うん、分かった」


最後に仕上げを璃々に任せ、璃々も戦いに勝った事を実感したかったので、目一杯叫んだ。


「五胡の将、『天の御遣い』北郷一刀が討ち取ったぞ――!!」


その声は戦場全体に聞こえるよう、大きく勝ち名乗りを上げた。


璃々の声を聞いた五胡の兵たちは更に動揺して、撤退を始める。


「逃げようとしてもそうはいかないわよ」


それを逃がす程、碧たちは甘くは無い。


五胡の兵たちは殆ど討ち取られ、無事に撤退できたのは数百名程度であった。


そしてこの戦いにより、西涼に「天の御遣い」ありと更にその声が広まったのであった。


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