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第24話

張譲と一刀、紫苑は謁見まで時間があったので別室で話をすることになった。


そして別室でそれぞれが座り、張譲が


「さて…『御遣い殿』、貴男たちは異国の者と聞いたが間違いないかの」


「ええ、その通りですよ。私たちはこの国の者ではありません」


張譲は一刀が躊躇なく返事したことに一瞬不満な表情を浮かべるが、それを感情に露わにすることなく一方的に質問を続ける。


「そうですか。では貴男たちは民に施しを与えた上で、涼州に移民を集っているとか」


先程璃々たちが始めた事を既に情報入手した事に一刀たちは驚いたが


「ええ、洛陽で行き場を失くしている民たちに少しでも生きる希望があればと思いまして」


「ホホホホ、『御遣い殿』は、面白い事をしますな」


「面白い事?」


張譲の言い方に一刀と紫苑はそれぞれ怪訝な表情をする。


「民など吐いて捨てる程居る。そのような者たちに施しをするなど、『御遣い殿』は心優しき者ですな」


張譲は口調こそ褒めたたえているが、言っている内容は明らかに一刀を嘲笑している。


「張譲殿は、民が国の宝と知らないみたいですね。民の暮らしがよくなれば、自然と税も増え、国が栄えると言うのに…」


「ホホホホ、漢という国があるからこそ民が生きる事ができる物。貴男たちも漢の力が回復する前に我々に頭を下げた方が長生きできますぞ」


「何か張譲殿は勘違いしているみたいですね」


「勘違いじゃと?」


「ええ、俺たちや皇帝も官というものは、民あってこそ生きていくことができるもので本来、官や皇帝は、民の“代理人”であって、本来の天下の主は皇帝ではない。数多いる民こそが、真の主ですよ」


「な、なんじゃと!陛下と民を同列にするなど不遜の極みじゃ!!」


一刀の発言に流石に張譲も顔色を変え一刀を批判する。


「別に不遜な発言をしている訳じゃないですよ。俺や紫苑、それに張譲殿の同じ人間で一つしか命が無いじゃないですか、皇帝陛下も命は一つしかないでしょう。ただ生まれ育った場所と環境が違うだけ、それ以外に何か人として違うことありますか」


「違う!皇帝陛下は漢という国を守り続けるといくという崇高な義務がある!皇帝陛下を補佐するのが我々宦官の宿命であり義務じゃ!!そして漢という国はこれからも未来永劫続く、民はそれを守る事が当然の義務じゃ!!


当然の事ながら一刀と張譲の考えは全くの正反対であり話が合わない。


そこで別の者が現れ、謁見の準備ができた事を告げる。


一刀と紫苑は部屋から出たが、部屋には不貞腐れた表情をした張譲が残った。


半刻後(約30分後)、謁見が始まり、出て来た皇帝陛下である劉宏は年齢が30歳くらいであるはずなのに普段の暴飲暴食が祟り、顔色や動作はもう60歳くらいと言ってもおかしくないくらい辛い表情をしている。


そして先程、一刀と口論した張譲も何食わぬ顔で居る。


別の文官が、粛々と一刀たちの戦功が読み上げられた後、恩賞を記した目録が手渡された。


「見ての通り、今日陛下の具合が悪いのでこの後の会談は中止と…」


その後、劉宏と一刀並びに紫苑との会談が行われようしたが、張譲が危険な思想を持っている一刀と劉宏が会談させる事に都合が悪いのと劉宏自身の体調不良が悪いのを見て会談を中止させようとしたが…


「待て張譲、誰が会談を中止と言ったのじゃ」


「陛下、今日は体調が優れないはず。この後にも諸侯との謁見も控えていますので…」


「黙れ、張譲!折角協の娘婿殿が来ているのじゃ!協の事を色々聞きたい、張譲、貴様それを邪魔するのか!!」


普段張譲に対してここまで怒らないはずの劉宏の一喝を受けると張譲はすごすごと引き下がる。


その後、三人は会談の場所を変え本殿から傍の庭園に向かう。


劉宏は自ら一刀たちを案内して先に席に座ると


「よっこいしょ。おおっ、遠慮することはない。二人ともそこに掛けるが良いぞ」


劉宏がそう述べると一刀と紫苑は取りあえず言われるままに椅子に腰掛ける。


「さて娘婿殿にそれに奥方殿、ここでは畏まった言葉は無用。協は元気ですか?」


劉宏は辺境の地とも言える涼州に嫁いだ白湯(劉協)の事を気に掛けていたので、どうしても最初に聞きたかった。


「ええ、白湯ちゃんは元気ですよ。最近では馬に騎乗できる様になって自ら馬の世話とかもしていますわ」


「えっ!?」


紫苑の言葉に劉宏は驚きの声を上げる。白湯を今まで令嬢として育てて来たのに行き成りそのような生活しているとは想像もしていなかった。


「ど、どういう事だ!協にそのような事をさせるとはどういうつもりだ!事と場合によっては協を取り返す為にも戦を辞さぬぞ!!」


「ちょっとお待ち下さい、陛下。これは白湯ちゃんが自らやりたいと希望された事ですわ」


「何?協が自らだと」


「ええ、白湯ちゃんは『これから涼州で生きていく限り、馬との生活が欠かせなくなる。だから私も馬に乗れる様になりたいだもん』と言っていましたわ」


「そうか協がそう言っていたか…あの子はよく宮廷を抜け出して街に出かけて朕や母親とか怒られても抜け出すのを止めようとしなかったからのう。宮廷の狭い世界より今の生活の方が余程良いかもしれぬな…」


紫苑の説明を聞いて劉宏は怒りを収め、白湯の事を思い出し涙ぐむ。


「お二方申し訳ない。みっともないところ見せて」


「いいえ、その気持ち親なら当然の事ですよ」


「そうか…」


一刀の返事に劉宏も安堵の声を上げる。


そして三人はしばらく雑談した後、劉宏が一刀に尋ねる。


「のう娘婿殿、朕に代わって帝位に就く気はないか?」


「えっ!?」


「まぁ!?」


突然劉宏の質問に驚きの声を上げる二人。


「娘婿殿の事は色々と聞いておる。涼州で善政を行っているとな」


「朕は疲れた。朕も民の為、政を行おうとしたが、あれは駄目です。これは前例にはありませんと言って悉く朕の提案は却下され、朕の周りにも味方が居なかった。だから朕は政を全て投げ出して、享楽に走ってこのザマじゃ…。朕が死んだら長女の弁が継ぐ、あれは朕よりも民を見ておらぬ。あれが跡を継げばもうこの国は終わりじゃ。そうなる前に娘婿殿にこの国を譲りたいのがどうじゃ?」


「帝位を譲るとは冗談を」


「朕は冗談を言っている訳ではないぞ」


「……陛下、今から言う事は大変失礼な事を言いますがお許し願いますでしょうか」


「許す。言ってみるが良い」


「もし私が仮に陛下のお声掛かりがあり、皇位に付くと言っても何大将軍や張譲殿たち始め宦官たちは誰一人納得しないでしょう。寧ろ陛下を暗殺してでもそのような行為をさせないでしょう。それに…」


「それに何じゃ」


「正直言って、漢という国はこのままでは後10数年持てばいい方でしょう。仮に私が皇帝になったとして今の何大将軍や宦官たちを一掃しても国としての体力が残っているか怪しいところです」


「そうか…それが娘婿殿の見立てか」


一刀の言葉に劉宏は反論することなく納得した表情を見せる。


「陛下、国は人と同じで未来永劫続く訳ではありません。約400年続いた漢王朝を仮に滅んだとしてもそれは陛下だけの責任ではありません、今までの指導者の失態が結果的に全て陛下に押し付けられているだけです」


「ふむ……娘婿殿の言葉を聞いて少し気が楽になった。だが朕も皇帝じゃ何れは失態の責任を取らないといかん。朕が死んだ時は……何でもない。それよりも協は家族の愛情というのも知らん、だから娘婿殿たちにあの子に家族の愛情を教えて朕の様になって欲しくないのじゃ。娘婿殿と奥方殿、協の事をよろしくお頼み申す」


劉宏は人目をはばかる事なく一刀と紫苑に頭を下げる。劉宏自身もう自分の寿命が残り少ない事は分かっている。だからこそ白湯の事を自分が頭を下げてでも一刀たちに託すしかないのだ。


「陛下頭を上げて下さい。例えが悪いですが仮に私たちと漢が再び戦になっても決して白湯を手放したりしない事をここで約束します」


「娘婿殿と奥方殿ありがとう。これでようやく1つ肩の荷が下りた…」


そう呟く劉宏の姿が皇帝では無く一人の父親の姿に見えた。


そして会談を終え、一刀と紫苑は何とも言えない気持ちで宿舎に戻ったのであった。



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