オネスティの呪いと祝福・上
◇◇◇◇プロローグ的なもの◇◇◇◇
帚木穂積という少女がいた。
身長160センチ体重55キロ。
バスト80センチ、ウエスト65センチ、ヒップ82センチ。
地元では有名なひねくれ者で、容姿もスタイルもアイドル崩れ程度でとびぬけて美人でもなかった。天邪鬼であり悪態をつくのが得意な毒舌であったりして、友人と呼べるものを何一つ持ち合わせていないような少女であり、僕――笛吹聡の幼馴染である。
彼女の口の悪さは社会に入れるかどうかというレベルで、先天性の病気的なものとしかいいようがなく、成績表のコメント欄に『協調性と素直さに著しく欠ける』と書かれるほどのひねくれものだ。
かくいう僕も耐えかねて、彼女――帚木に苦言を申したことがあったけれど、
「それはなにかしら? 自分のことを自分で把握していないとでも思っている? バイトに励んだ私なんかより、夢追って入った私立高校になじめず親の金をどぶに捨てるあなたの方がよっぽど心配ね」
なんてお小言を貰ってしまった。自分のことを棚に上げた物言いに、ずいぶんな特技をもっているなと不覚にも感心してしまった僕であるけれど、結局は「お互い様だろ、女子高生」という僕の正論と肉体言語の方が勝ってしまった。
勘違いも甚だしいのだけど、僕が私立高校に入ったのも地元で徒歩圏内にあったからだし、彼女も同じ高校で同じ学年の同じクラスにいるのだから、お互い様で同類だ。
もしくは、同じ穴のムジナというべきか。
気が付けば僕の視界の端に入り込んでいるような少女だけど、ときより見せる恥ずかしそうな顔にどんなことでも許してしまう今日の僕である。彼女の顔を見るたびに自然と笑ってしまう理由はなんだろうか?いや悩むことでもあるまい。この手の話は、どんなB級小説であろうとも腐るほど登場するくらいに明白だ。
思った瞬間に解決して消えてしまうような疑問に、どこかモヤっとした気分になる僕は、まあそのうち回復するだろうと趣味の読書に戻った。
◇◇◇◇序章的なもの◇◇◇◇
東京タワーほど大きな釘を地面へ垂直に突き立てれば、きれいに地球が割れてくれるんじゃないかと思えるくらい冷え込んだクリスマス一色な街の中。
ネオンやらイルミネーションやら看板やら赤旗やら――たくさんの明かりと装飾と膨張色で流行を雰囲気だけでも先取りしようとする街中で、一人の少女が寒い時期に見合ったため息をついた。彼女こそ、僕と腐れ縁を結ぶ帚木穂積である。重苦しくため息をついたというのにわざわざ胸を張ってみせるところが、生粋の天邪鬼と呼ばれる彼女が自身を天邪鬼たらしめていた。
目の前の自動販売機で買ったホットのブラック缶コーヒーなのにカップ酒のごとく傾ける彼女は、その様子にため息をつきながら、同じように自動販売機でブラックでないホットの缶コーヒーを買う僕をキッと睨み付けてくる。僕のため息に気付いたらしい帚木は、不機嫌そうな顔をして僕の頬をぐりっと抓った。
「いだだだだだだだだだだ!」
「あんたっていちいちそんな反応するのね、大っ嫌い」
「ふるふぁい!(※訳:うるさい!)」
「あら? 何言ってるのかまるで分らないわ、もっと抓ればわかるかしら」
「ふぃふぃふぁふぇんにふぃを!(※訳:いい加減にしろ!)」
上から目線プラス毒舌な帚木に、俺の拳がお見舞いされる。不足気味な身長を縮ませるように頭を抱えてうずくまる帚木とそれを気にせずコーヒーのプルタブを上げる僕はいつもの光景であって、その場所が人の多い商店街ちかくの交差点であっても、いつも送っている何の変哲もない日常と処理される。
むしろ、なにかしらの口論がなくてはおかしいくらいにいつものことだ。
「いつものごとく突然だな、そんなに身長を縮めたいのか?」
「うるさいわね! いつか絶対に訴えてあんたの貯金とポケットマネーをすっからかんにしてやるんだから!」
呆れた口調の僕に涙目の帚木はいつものように怒ってくる。「はいはい」と右に流しつつそのほっぺたをむにいぃと帚木のほっぺたを抓ってやる僕に、マヌケな顔にさせられる帚木は相変わらず怒っているようだった。
「訴えてほしくなかったらあんたのコーヒーよこしなさい! お礼にこのブラックコーヒーを上げるわ」
「いらないよ、カフェオレ買うような男子高生にコーヒーは強すぎる。たちまちKOだ」
「情けないわね、さすが童貞チキンだわ」
つまらなさそうに唇を尖らせる帚木はもはやネタ缶と成り下がったおしるこ缶を新しく買うと、先程封を切ったばかりのブラックコーヒーを道路の脇に鎮座する祠へ供える。帚木が気に入らないものばかり供える祠に住まうお地蔵様は心なしか苦笑していた。そんなお地蔵様にかなりのシンパシーをもつ僕は、大企業に添加物をたっぷり仕込まれた赤い砂糖水を堪能する帚木に代わって丁寧に手を合わせる。
手を合わせ終えた僕が後ろを向くと、帚木はいつの間にか呆れた表情でこちらを見ていた。
「あんたって相変わらず信心深いわね。年寄りの匂いがするわ」
「信心深くて何が悪い。信心深いのがお年寄りだけとは限らないだろう。撤回するなら今のうちだぜ」
「いいじゃない、どうせ撤回してもあんたの爺臭いところは変わらないわよ。その顔に免じて私も手を合わせてやるわ」
むっとする僕にわざとらしく肩を透かして見せる帚木は一応と瞬きするくらいの間ほど手を合わせる。いつもの帚木ならそこで
「はいはい、これで一応の敬意を表してやったんだから文句はないでしょ」
なんて言ってからさっさと帰路につきそうなものだけど、今日ばかりは少し様子が違った。
どことなしか、足元がおぼつかない。
右に左にと揺れた帚木はついにふらりと倒れ掛かる。僕は慌てて帚木を抱きとめると、帚木は力なくひざを折ってずるずるとへたり込んでしまう。両目はぴっちり閉じていた。
「帚木! どうしたんだよ帚木!」
僕はなかなか出すことのない大声で帚木に呼びかけてから口元に自分の耳を持っていく。刑事ドラマで見たシーンを気付かないうちに実践する僕は、息をしていることにほっと胸を撫でおろした。
しかし、あたりを見るとそうも言えない。教科書が詰まって重いカバンが二人分に少女の体が一人分。どこぞのかっこかわいい漫画の男主人公ならば軽々と運んでみせるのだろうけど、性別しか共通しない僕にはできても骨が折れる作業に違いなかった。改めて当たりを見回すと、最近できたばかりのコンビニが目に入る。かなりの名案を思い付いた僕は帚木を適当に放置してそのコンビニまで走った。
◇◇◇◇ようやく始まった本編的なもの◇◇◇◇
突然倒れてしまった帚木は、帚木穂積を含む帚木一家の住む一軒家の私室で寝かされていた。その横には、なぜか僕の姿である。
親切なコンビニの店員さんにかろうじて顔がわかるくらい遠くに倒れた帚木を指差しながら事情を説明した僕は荷物用の台車だけを借りて、ガラガラと車輪をうるさく回しながら帚木を徒歩十分ほどの距離にある家に送り届けたのだった。
帚木と帚木のカバンを今いる部屋に――正確には目の前にあるベットの上に放置して書置きを作り、十分な配慮をしたうえですぐそこに見える自宅に帰ろうとした僕だったのだけど、玄関で靴を履いていたところに夕食の準備をしていたエプロン姿の帚木母がやってきて
「穂積ちゃんに何かあったら心配だし、愛しのさとしくんがすぐそばにいたら起きたときかなり驚くでしょうから一緒にあげてね☆」
なんて、お玉片手にラブコール的口調で八割方嫌がらせな頼みごとをされてしまったのだ。
正直自宅のリビングでくつろぎたい気分だった僕は迷ったのだけど、一旦荷物を置いたり着替えたりするために家に帰り自転車で台車をコンビニへ菓子折りとともに返して来てからならば大丈夫だろうと計画し、実行することとなった。結果見事に成功し帚木の私室で無期限の待機となった僕は、元より荒れている女子高生の部屋をさらに荒らすことなくただ帚木秘蔵の少女漫画を読み漁っている。
変わった愛ながらしっかりと成就させた主人公とヒロインに関心する僕は、読み終わったそれを読了となった少女漫画の山へまた一つコミックを積み上げた。
「ふぁああ……帚木はまだ起きないのか」
帚木を送り届けてから一時間三十九分三十二秒。あ、いま三十五妙。
ショッキングピンク一色の乙女を通り過ぎた部屋の中でそれだけの時間を過ごす僕はとことん場違いだったのだけど、僕はそんなことを旅の恥レベルで扱っている。黙っていれば美人な帚木の顔をぷにぷにと持て遊ぶ僕は固まった体を伸ばすと、あきれたようにため息をついて学習机についてくるような椅子に座った。新しく手を伸ばしたコミックがすべて読み終わろうというところで、ベットの上から生々しい喘ぎ声が聞こえてくる。色気のかけらもないそれに気が付いた僕がそちらへ振り向くと、丁度帚木がのそっと体を起こすところだった。
「なんだ帚木、やっと起きたか」
「ふぇ! さ、ささ、さささ、さとし君!?」
頼みごとを完遂したことにほっと息をつく僕は、帚木に軽く笑いかけてみせる。僕の方を見てピキリと固まった帚木は、かなり取り乱してざざざっ!とベットの一番奥まで後退していった。
いつもとは違う、まるで純情な乙女ともとれる言動に首をかしげる僕だが、わずかな疑問をしまいこんでいつものように薄ら笑いを作って対応する。
「帚木のお母さんに頼まれて様子を見てたが、もう問題はないみたいだな」
「えっ!? わざわざいてくれたなんて……嬉しい」
顔をぽっと赤く染めてもじもじとする帚木に、僕は不覚にもかわいいと思ってしまった。思わされてしまった。一瞬入れ替わりを疑ったが、ほぼ僕が張り付いていたのでそれはない。毛布を抱き込んで顔を隠す帚木に、僕は面白半分に定番の手を試してみることにした。
「ん? 帚木、顔が赤いけど熱でもあるのか?」
「さ、さとしくん……ちょっと……」
内心恥ずかしいのだけど、それを押し殺して右手を自分のおでこに、左手を帚木のおでこに当てる。必死に隠していた顔が前髪とともに上がって丸見えになって、帚木の涙をためた目でくる上目づかいに射抜かれた僕はにやける顔を必死に抑えた。そのかわいさについ抱きしめてみたい衝動に襲われる。
「ま、まあ、特に問題はなさそうだな。心配だったら病院行けよ」
「あ、ありがとう……嬉しい」
不純な衝動を抑えてそっけない態度をとるよう努める僕がくるっと踵を返すが、左手だけがついてこない。おでこに充てていた僕の手を両手でつかみギュッと胸に抱く帚木は、恥ずかしさ一杯な顔でこちらを見つめてくる。つい手を握り返してしまう僕は、そっと手を離して「じゃあな」と帚木の部屋から出ていく。
台所にたつ帚木母へ軽く挨拶をして自宅へ向かう僕の足は、まるで地面をとらえていなかった。
時間も飛んで翌朝。玄関を閉める僕は、昨日と同じくらい重いカバンを持って学校に向かっていた。昨日もさんざん考えたが、いまだおかしな様子だった帚木のことで頭が埋まっている。
帚木が僕の名前を呼ぶことも、思ったことを素直に言うことも、お礼を言うことも、過去皆無。前例のないことばかりが続いたせいで、僕は初めて帚木を女子と認識してしまっていた。これでは肉体言語が扱えなくなってしまう。以前のように暴言が飛んでこないことだけを願う僕は、ついに帚木の家の前まで来てしまっていた。
昨日通ったばかりの玄関がガチャリと開いて帚木がいつものように出てくる。ただ帚木はずっと俯いていて、切りそろえてある黒髪には見たことのないヘアピン。珍しく化粧っ気のある帚木は僕を見つけるとぱあっと嬉しそうに表情を明るくするも、すぐ恥ずかしそうに俯いてしまう。
ノータッチ主義の僕は、いつものように挨拶をした。
「帚木、おはよう」
「お、おはよう、さとし君……」
もじもじとしおらしい帚木に、僕はどうしようもないかわいさと違和を覚える。がっかり美人だった帚木が僕の名前をまともに呼んだことも一般的な挨拶を返してくれたことすらなかったのだ。
色んな意味でショックを受けた僕は若干混乱するが、何とか平然とした態度に努める。
「それじゃ行こうか」と言って歩き出すのが、今の僕の精一杯だった。
いつも通り平坦で代わり映えのしない通学路。多少の緑が添えられた程度のそれがいやに明るく見える。もじもじと恥ずかしそうに何も言わない帚木も新鮮だが、爺臭いと言われ続けた僕がこんなに青臭い気持ちになるとは思いもしなかった。結局学校につくまでそれは続いて、いつものように下駄箱で靴を履きかえる。
本格的にどうしようかと考えるも手詰まりな僕に「あ、あの!」と顔を真っ赤にした帚木は声をかけてきた。無駄に声がでかい。
ふと数人から視線を集めてしまい恥ずかしそうな帚木は、慌てて僕の近くに寄ってきた。
「きょ、今日は、予定ある?」
「ん? 特にないけど、急にどうした」
今にも消えてしまいそうなほど小さな声の帚木に、自称気配り上手僕は普段のように答えてやる。自称ながら気配り上手な僕のおもてなしが効いてくれたのか、帚木の顔は再びぱあっと明るくなった。
「せ、せっかくだし、遊びにいかない? いい場所、知ってるから」
「ああ、いいよ。お小遣いも入ったばかりだし」
「そ、そうよね! 放課後、しっかりと頼むわよ!」
嬉しそうな口調の帚木は、先に駆け足で教室の方へ走っていく。ほかの生徒に紛れて見えなくなるのにそう時間はかからない。
おろしていたカバンを抱え直す僕は、教室での接し方を考えながら少しだけゆっくりと階段を上っていく。熱くなった頬が、僕が帚木を意識していることをかなり強調していた。
「何がせっかくだよ、帚木の奴。露骨過ぎてバレバレだろうが」
今日は12月24日水曜。いわゆるクリスマスイブだった。
遅くなりました。即日投稿です。
後編はこれから書きます。間に合いますように。