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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある魔族の平穏な日常

毒舌侍女の平穏な日常~そもそも、私が美しすぎるのが、すべての元凶なのです~

作者: 古酒

「新任大公の平穏な日常」の番外編です。

本文にて説明不足のため、容貌を補足。

■アレスディア→馬の後ろ足で立ち、人の手を四本そなえ、犬の乳が目立つ毛深い体躯をし、舌の長い蛇の顔と、背には蝙蝠の羽。

■ヴォーグリム大公→鼠顔。

■マーミル→金髪に赤い瞳の美少女。

■ジャーイル→金髪に赤金の瞳の正統派王子様。

 私は生まれた時からそれはもう美しい赤子でした。

 周りを取り囲んでいた者たちがみな、見た瞬間息をするのも忘れて酸素不足になり、次々と倒れていってしまったほどの美しさをもって、私は生まれてきたのです。

 あまりに美しくて小さなころからみんなにちやほやされるものですから、私はとくに自分の能力を磨いて爵位を得ようとはおもっておりませんでした。

 父はしがない男爵で、私は多産のデヴィル族には珍しい一人娘として、それは大切に育てられたのです。

 そもそも、私が一人娘であるのは、それもやはり私の美しさに嫉妬し、おそれをなしたお母様が、美しい子供が次々産まれることに対して危機感を抱いたからだと聞いております。

 成人近くなると、近隣男性の誰もが私を妻にもらいたいと、申し出てまいりました。それもやむを得ません。

 ですが父はたった一人の娘である私を、手放したくはなかったのです。それで縁談はすべてお断りしていたのですが、所詮は力ない男爵……どうしても私を手に入れたいと思われた、力のある伯爵によって、私の父母は殺害されてしまったのです。

 そして私はその伯爵のもとに拐かされました。これが初めての、誘拐です。

 そして、あわや初夜を……という時を迎えたのですが、その時、悪徳伯爵の爵位に挑戦する者が現れたのです。


 そうです、それが、ジャーイル様とマーミル様のお父上、エージャン様だったのです。

 エージャン様が悪徳伯爵を無事倒されたため、すんでのところで身を汚されずにすんだ私は、この方を主君と仰ごうと決意したのでした。

 そのころ、ジャーイル様は成人なさってすぐで、まだご両親と同居なさっておられましたし、マーミルお嬢様はまだ生まれてもおりませんでした。

 この一家がデヴィル族であれば、おそらく私はそのままジャーイル様に嫁がされたことでしょう。年齢も釣り合いましたし、なんといったって、私の美貌は自分でもおそれをなすほどのものだったのですから。


 ですが、幸いにもこちらの一家はデーモン族で、故に私は無理な結婚を迫られることもなく、侍女として仕えることになったのです。

 ジャーイル様が男爵として独り立ちなされ、百年をすこし経たころ、マーミルお嬢様がお生まれになられました。そして私はその目付役としてつくことになったのです。

 少しして旦那様と奥様は爵位の挑戦を受けて亡くなられ、マーミル様はジャーイル様の元に身をよせることとなりました。通常ならば私は城付きの侍女としてその伯爵家に残るべきだったのですが、なにせ私を愛して止まない幼いマーミルお嬢様が強く同行を望まれたため、共にジャーイル様のお屋敷へと引っ越すことになったのです。


 そうしてジャーイル様を旦那様とあおいで数十年がたち、マーミルお嬢様もこましゃくれた子供に成長したある日、二度目の誘拐事件が発生。

 この私の美しさに一目惚れをした大公ヴォーグリムが、またも私を強引に連れて行こうと、私の腕を強くつかむのでした。


「離しなさい、この汚いドブネズミがっ!」

 そう言って手をはじこうとしましたが、やつはぬるついた手を離そうとしません。このままでは私の華奢な腕は折れてしまいます。あと、ものすごく気持ち悪く臭いです。

「お嬢様! なにをボーッとしているのです、止めなさい!」

「は、はい!」

 マーミルお嬢様も参戦、ドブネズミの腕に食らいつきます。が、しかし、さすがは大公。か弱い私たち二人がいくら抵抗しようと、ピクリともしません。

「余は気の強いおなごは大好きじゃ。かわいがってやるで、我が城へこい」

 灰色の薄汚いその口からは、今にも涎がたれそうです。気持ち悪い。

「黙れこのドブネズミ! とっととこの手をお離し! 玉の肌に傷がついたらどうするというのです! お嬢様もっとがんばって!」

「はなしてー! アレスディアをはなしてー」

「あなたたちもなにをぼうっとしているのです! 仕える主が半狂乱でか弱い乙女をさらおうとしているのですよ! 死にものぐるいで止めたらどうなのです、この役立たずどもが!」

 私は大公の周りの家臣団にもハッパをかけましたが、誰一人として動こうとはしません。まったく情けないことです!

「優しくしていればつけあがりやがって!」

「きゃああ」

 ネズミ大公は、マーミルお嬢様を泥の中に弾き飛ばし、私の頬を打ちました。そうして強引に私の腰を抱え込み、私の抵抗などものともせずに抱き上げたのです。

「お嬢様、お嬢サマー!」

「アレスディア!」

 泥の中から涙と鼻水にまみれたお嬢様が顔をあげます。

「お嬢様では役に立ちませーーーん! とっとと旦那様を助けによこしてくださーーーい!」

「だまれこのどくぜつじじょー!」

 私とお嬢様はこうして愛のある言葉を交わしている最中に、強引に引き離されてしまったのでした。


 ネズミ大公が性急な性格でなかったのは幸いでした。そうでなければ、この美しい私の貞操は、さらわれた日のうちに、奪われていたでしょうから。

 おそらくお年もあって、これだけ抵抗のきつい女を、さらってきたその日のうちに調教する気にはならなかったのでしょう。夜は別の女の元へいったとのことでした。

 私はもともと美しい体を磨かれ、私が着るには見劣りするドレスを着せられ、その夜は平和に過ごせたのでした。


 そして翌朝。

 旦那様が大公閣下を訪ねてこられました。

 もちろん、私の返却を申し出るためです。

 まったく、昨日のうちに来なさいというのです。もし昨晩のうちにいたされていたとしたら、どうしてくれるのですか!

 私は旦那様とネズミ大公の話し合いの場に連れて行かれました。

「さて、そなたはこの娘が自分の所有物だといいはるが、いったいどこにその証拠があるのか?」

 ふっかふかの椅子に深く腰掛けたネズミ大公は、いやらしい手つきで私の腰を抱き寄せます。

「ちょ……やめなさい! 汚い涎をせっかくのドレスにつけないで!」

 私はネズミ顔をぐいぐいと押します。

 それを見て、ネズミ男の正面の、粗末な木の椅子に腰掛けた旦那様が脳天気にほほえまれました。

「大丈夫みたいだね、アレスディア」

「どこが大丈夫ですか、旦那様の目は曇っておいでです!」

 私も普段なら大恩あるエージャン様のご子息であるジャーイル様には、こんな口をきかないものなのですが、今はムカついているのでしかたありません。

「とっとと私からこのいやらしいネズミを引き離して、お屋敷に連れ帰ってください! ジャーイル様!」

「あー、このように申してますが、ヴォーグリム大公」

 しかしネズミ大公は、私たちの言葉を聞いて、より一層いやらしいにやつき浮かべました。

「イヤよイヤよも好きのうち、とな」

「バカですか! イヤはイヤで、他の意味はありません!!」

 ネズミのとがった口が、私の顔に近づいてきます。

 ぎゃあああああああ!


「ヴォーグリム大公、そういうのはちょっと……人前ですることではないと思うんですが」

 なに暢気に言ってるのです、旦那様! そんな落ち着いている場合ですか!

「そなたの言うとおりじゃな。では余とアレースデアは、寝室に引っ込むとしよう」


 ぎゃあああああああ!


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いーーー!


 ネズミ大公に横抱きされて、私の全身は鳥肌です!

 っていうか、アレースデアって誰ですか! 人の名前もろくに覚えていられない、低脳が!


「いや、だから、ヴォーグリム大公」

 ちょっとだけ、ジャーイル様の空気が変わります。私は知っております、旦那様は普段はやる気のないだらけた雰囲気を演出してらっしゃいますが、やればできる子です! あと少しがんばってください!!

「申し訳ないが、その娘は妹の大切な侍女なので、真面目にお返し願いたいのですが」

「だまれ小童が!」

 ヴォーグリムがネズミの口から臭い息を大音声と共に吐き出すと、その衝撃波で家財道具がピリピリとふるえます。

「おとなしく相手をしてやれば、つけあがりよって! 我と貴様の身分の差を鑑みるがよい! 余が欲しいと申すのだ、快く差し出すが当然であろう! 貴様のような脆弱な男爵など、指一本で滅ぼしてしまえるこの身を敬うがよい! さがれ!」

 ネズミ大公の傍若無人な言いぐさに、ちょっと旦那様がイラっとしたのがわかります。笑顔が消えてますから。

「帰らぬと言うなら力づくでも帰らせるぞ! 痛い目を見る前に、おとなしく退くがよい。これは余からの、最後の警告じゃ!」

 大公が本気で怒ってます。さすがに、私もビビらざるを得ません。やばい、このネズミ、本気で強そうです。


 が、旦那様は困った風にため息を一つ、ついただけでした。

「参ったな……このまま帰ったらマーミルにどやされるだけだしな……」

「マーミル? ああ、昨日この娘と一緒におった子豚か」

 ネズミがフンと鼻をならします。

「あれもなかなかに可愛い娘であったな」

「マーミルが、可愛い?」

 旦那様のこめかみが、ピクリとひきつります。

「ああ、こう子豚のようでの。顔をぐちゃぐちゃにして泣き喚いて、大層愛らしかったぞ。あれもそなたの世話係として、一緒に連れてくればよかったかの? のう、アレースデア」

 ぎゃああああー。顔を近づけないでーーー!

 アレスディアちゃん、危機です! やばいです、にやけた顔が近づいてきます!

 ピンチー!!

 ……は、いくら待っても訪れませんでした。


「いま、なんて言った?」


 旦那様がキレたからです。

 旦那様は椅子に座ったままなのに、その体を縛り付けられたかのように、ヴォーグリム大公が体を硬直させているのです。

 その怒気にあてられて。


「おい、クソネズミ。貴様、いまなんて言った? ああ?」

 旦那様がゆらりと立ち上がって、一歩、また一歩と歩を進めてくるにあわせ、ヴォーグリムがじりじりと後退していきます。

 ヴォーグリムが懼れている? 旦那様を?

 しかし、私も気持ちはわからないではありません。旦那様を見なくても、私の体にも震えが走るのですから。

「おい」

 ついに旦那様はヴォーグリムを壁際においつめ、両手をドンして覆い被さってきました。いわゆるあれです、壁ドンです!

 ヴォーグリムよ、私を離してください。この恐怖は一人で味わってください。旦那様、マジで怖いです!


「き……きさま、無礼」

「うるさいこのクソネズミ。なんて言った、と聞いてるんだ」

 赤金の瞳がギラリと光ります。

 危ないですよ、旦那様! そのまま顔を近づけたら、きたない鼻に旦那様の唇が触れてしまいますよ!

「言うに事欠いて、マーミルが可愛いだと? 愛らしいだと? 貴様、ふざけたことを言いやがって」

「え……」

 ヴォーグリムがやっと私を離してくれました! いまだ、このチャンスを逃すものか! 逃げるのです!

 私は必死に旦那様とヴォーグリムの間から、這うようにして逃れました。と、思ったら!

「ぎゃ!」

 ネズミ大公が私を踏みつけて逃走!

「まてこのクソネズミ!」

 手を伸ばす旦那様!


「衛兵! であえ、であえー!!」

 ヴォーグリムが必死に走って逃げます。

 その逃げ足たるや、早い早い!

 あっという間に小さくなってしまいました。

「軍団長! 軍団長を召集せよ! 余を守るのじゃーー!」

 男爵一人から逃げるとは、それでも大公ですか!

 大公と言えば、魔族においてたった七人しかいない強者じゃないですか。なのに、たった一人の男爵の前に泡をくって逃走とは、どういうことなのでしょう。

「旦那様、一体どう……」

 私はボキボキと指を鳴らす旦那様に、勇気をだして問いました。

「あのクソネズミは許しておかん。駆除する」

 そう言って、旦那様はネズミを追いかけていったのです。


 その時、大公城にはかなりの軍団長がいたと聞いております。

 たまたま、報告会か何かがあって、集まっていたのだとか。

 五十ある軍団の、半数ぐらいでしょうか?

 その軍団長が、ヴォーグリムの一声によって召集され、大公城の前の荒れ地で対峙しております。

 旦那様VS軍団長+ヴォーグリム大公です。

 どう見ても、旦那様には勝ち目はありません。


 ヴォーグリムはさっきの恐れはどこへやら、胸を張って軍団長の後ろにふんぞり返っております。

「余が相手をするまでもない。貴様等、全員でかかってこの無礼者を滅ぼしてやるのじゃ」

 そのせりふを聞いた旦那様が、ちっと舌打ちをされました。

「貴様の大公位はお飾りか。こそこそ後ろに隠れてないで、正々堂々戦ったらどうだ。お前らも、こんな情けない阿呆の言うことを聞いていないで、退いたらどうだ。この場を去るならなにも言わん。が、やるというなら容赦はせんぞ」

 軍団長たちの幾人かは顔を見合わせています。しかし、「じゃあ抜けた」とは誰もいいません。

「ええい、たった一人、格下の男爵に脅されて、貴様ら逃げ出すつもりか! 恥知らずどもが! やれ、とっととこいつを余の前から消してしまうのじゃ!」

 その言葉を合図に、軍団長たちは旦那様に一斉に襲いかかってきました。

「手加減せんと言ったぞ」


 壮観でした。

 軍団長と言えば、少なくとも伯爵、上は侯爵もおります。

 その十数人があちこちから旦那様に襲いかかるのです。それぞれ手に武器をもち、幾重もの術式を発動させて。

 赤・青・黒・白・緑・黄……様々な色の術式が展開され、炎をまき散らして飛び、あるいは氷を尖らせて襲いかかり、雷撃が走る。肌を切る疾風が吹き荒れ、大地がうねる。鋭い刃の剣が、槍が、矢が、あちこちから旦那様を標的と定めてくるのです。

 

 正直、その数多の術式を見て攻撃を判じろというのは、無理があります。

 私は旦那様の死を覚悟しました。

 あああ、マーミルお嬢様。マーミルお嬢様の小生意気なお言葉も、もう聞くことはできないのですね。

 そうして感傷にひたっていられたのもつかの間。


 あと少しで涙がホロリとこの美しい頬を飾るところでしたが、そうはなりませんでした。

 私は気づいてしまったのです。その総攻撃を受けてなお、旦那様が平然と立っておられるその事実に。

 もちろん、姿勢正しく突っ立ってとはいきませんが、それでも攻撃の中心にいる旦那様は恐ろしく平静でした。

 左手に剣を持って相手の物理攻撃を迎撃し、右手で術式をいくつも展開して防御と反撃に転じているのです。

 観察しているうちに気づいたのは、旦那様に向けられた攻撃が、途中で威力を失い、ふっと消えてしまっているという事実でした。

 そうならなかったいくらかは、旦那様を攻撃しようとするのですが、防御の術式に阻まれ、傷一つ負わせることができないようです。

「軍団長が束になってもこんなものか」

 旦那様がそうつぶやいたと思ったら、目にも止まらぬ早さで旦那様の術式が展開されていきます。

 百式です。

 四層五枚百式。


 正直、私はそれまで、その完璧な術式を目にしたことはありませんでした。しかも、一枚一枚が、他の軍団長が展開するそれより遙かに大きいのです。

 それが、五つ。つまり、百式五陣です。はっきり言って、尋常な魔力ではありません。大公は百式を操るものですが、一体誰がこれほどの術式を五陣も展開できるというのでしょう。


 そしてその瞬間、辺りは轟音と嵐につつまれ、私は地面にはいつくばり、ぎゅっと目を閉じました。とてもではありませんが、立っていられなかったのです。


 次に目を開け、立ち上がって荒野に目を移したとき、そこに立っていたのは旦那様とヴォーグリム、たった二人だけでした。軍団長はすべて地に伏していました。たとえ生きていたとして、ピクリと動くこともかなわないでしょう。

「き……きさま……貴様ーー!!」

 ヴォーグリムが吼えます。さすがのネズミも、配下を殲滅させられて、怒り心頭といった風です。

「許さん、許さんぞ!」

 ヴォーグリムは腰の剣を抜いて、旦那様に切りかかっていきました。ですが、私は知っております。旦那様が剣に関しては恐ろしいほどの強さだということを。敵うものなどこの世界のどこにもいないのではないかというほどだと。

 旦那様は左に持った剣でヴォーグリムの切っ先を受け止め、ドスの利いた声でこう言いました。

「許さんのはこっちだ。マーミルを可愛いと言ったことを後悔させてやる」

 ちょ……旦那様、ほんとにそこが怒りどころなのですか?

 お嬢様がほめられるのが、そんなに許せないのですか?

 いや、あれは褒めてはいなかったけれども。

「だまれ、この下郎が!」

 ヴォーグリムは左手で術式を展開します。さすがは大公、百式二陣です。

 ですが、それはさっき旦那様が展開したものに比べ、一回り小さいものに見えました。

 ヴォーグリムは剣を離すや、いきなり攻撃に転じました。針のように尖った氷の槍が、旦那様に襲いかかります。その数、およそ千。

 ですが、旦那様はそれを左手にもった剣一本で切り、はじき、砕いてしまわれました。

 千本すべてを狂いもなく。


「反撃させてもらうぞ」

 旦那様の赤金の瞳が、きらりと光ったのが遠方からでもわかりました。

 そうして展開される、百式二陣。さすがにあの四陣のあとでは、旦那様もお疲れなのでしょうか。さっきよりは少し小さい術式です。

 と、思ったのですが、威力はそう対して小さくはありませんでした。煮えたぎったマグマが雨となり、岩つぶてとなって、ネズミ大公に襲いかかります。

「くそっ」

 なんとかそれを防御魔術で防ぐネズミ大公。しかし、完全に防ぎきることはできないようで、じりじりと負傷していきます。

 ヴォーグリムの後退によって、戦場は荒れ地から森に移って木々を焼き、丘を回って平地にせしめ、平原にたどり着いて草を灰と散らします。

 そうしてやっと、二人は足をとめました。正確に言うと、ヴォーグリム大公が逃げるのをあきらめたのです。

 彼はここにきてようやくその実力差を少しは悟ったのでしょう。

「待て、これはただの私闘……もはや、続ける理由は……」

「なにを今更」

 ヴォーグリムは百式をいくつも展開していきますが、どういった魔術を使われているのか、旦那様が同様の大きさの術式を展開すると、それに呼応したようにネズミ大公の術式が消えていくのです。さっき、軍団長たちにも使っていた魔術のようです。

「くそう、これでは分が悪い。一旦、プートの城に身を寄せて……」

「駆除するといったろが」

 そうして旦那様は、あっという間に百式二陣を展開し、それはヴォーグリム大公の身に大爆発をもたらし、とうとう彼の命を奪ってしまったのでした。

 ヴォーグリム大公の骨一つ、残すことなく。

 

 戦いに決着がついたようだとはいえ、見守っていた人々も、私も、旦那様も、誰一人として暫くその場を動こうとはしませんでした。


 ようやく、一人の鳥の顔をした紳士がやってきて、「決着はついたようですね。ヴォーグリム大公の敗北を、魔王城にお知らせいたしましょう。そして、あの新しい大公閣下を迎える準備をしなければ」と、冷静におっしゃったその言葉で、私は我に返ったのでした。

 私は竜を借り、今は荒れ地と化した平原に立ち尽くす旦那様に駆け寄りました。

「旦那様、ご無事ですか……」

 ご無事もなにも、旦那様には傷一つ見受けられません。

 あれだけの戦いであったのに、恐ろしいです。

「ああ、アレスディア……」

 そうして旦那様は放心したような顔をして、私を振り返りました。

「だ……大丈夫ですか?」

「ああ……いや……」

 旦那様は急にその場にしゃがみこんでしまいました。

「しまった……やりすぎた……」

 ええええ……。

 どん引きです。

 アレスディアはどん引きです。

 やりすぎたってなんですか……今更ですか……。

「あああ……せっかく今までおとなしくしてきたのに……」

 がっくりと、両手を地につけてうなだれる始末。

「とりあえず、旦那様。マーミルお嬢様がお待ちですので、お屋敷に帰りましょう。きっと心配なさっておいでです」

「ああ、そう……そうだな……」

 私は旦那様に手をさしのべました。

 さっきまでの恐ろしい旦那様はどこへいったのか、か弱い私などの手につかまりながら、よろよろと立ち上がられます。

「けれど、旦那様、私は意外でした。旦那様がマーミル様を可愛いと評されて、あんなに怒られるなんて」

「だって不憫じゃないか……デヴィル族の目からみて可愛いだぞ。いくらうちの妹がぱっとしないからといって、あんまりだと思わないか?」

 ええっと……?

 なんだか今、我々デヴィル族の美的感覚に対して、ものすごく失礼な言葉を聞いた気がしますが気のせいでしょうか。そもそも、ネズミ大公は皮肉で可愛いと言ったのですしね……。

 まあ、細かいことは不問にいたしましょう。

 とにもかくにも、私の身と貞操の危機は去ったのですから。


 それにしても、旦那様って怒ったら怖かったのですね。正直、私は明日から自分の言動には気をつけようと思いました。

 そして、親子二代にわたって私の貞操を守ってくださったご恩を返すため、誠心誠意、マーミルお嬢様に仕えさせていただこうと、決心したのでした。


 そして私と旦那様はマーミル様のお屋敷に無事帰り着き、翌日には魔王城より旦那様の大公位就任を認める選定会議に出席するようとのお知らせがきて、私たちは大公城へ移住することになったのでした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最近になってようやっと美的感覚の違う「デヴィル族」に「お前の妹可愛いな」と言われたから怒ったんだと分かりました デーモン族の妹の事をデヴィル族が可愛いなどと称したら……そりゃ妹を可愛がってる…
[一言] そうして展開される、百式二陣。さすがにあの四陣のあとでは、旦那様もお疲れなのでしょうか。 ジャーイル展開したの五陣では?
[良い点] まさかジャーイルが大公になった経緯がそんな理由だったとは……。 なかなかの妹愛ですね! [気になる点] 誤字かと思います。 細かいですし、敢えての表現だったり、私の勘違い、間違いならすみま…
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