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RED WARRIOR

作者: 鏑坂 霧鵺

 クリスマスイブ、立派によく訓練された社会人の勤めを果たさんと夜食と栄養ドリンクを仕入れてオフィスに戻るとき、これから帰ろうとする総務のオネエチャン――名前は知らない。話したことはあるくせに知らない――にとても気の毒そうな顔をされた。是非とも放っておいて欲しいものだ。クリスマスを一緒に過ごしませんか? などとお誘いの声を掛けてくれるのでなければ。

 割り切っているはずなのに、随分と腑に落ちないのは何故か。別に、彼女が恋人とディナーに行って、その後しっぽりやろうとも、クリスマスパーティと称した合コンに行って、その後しっぽりやろうとも。どうでもいいことだし、関係ないことである、はずなのに。

 俺の分まで楽しんでおいでよ、などという精一杯の負け惜しみを胸中で彼女に投げかけ、俺は自席についてもそもそと菓子パンを頬張りつつ、黙々とキーボードを叩いた。オフィスにいるのは俺だけではなく、他にも心強い歴戦の孤高の勇者たちがいた。孤高なので、お互い会話はない。やっぱり名前も知らない奴が大勢いる。

 心底の部分ではやはり気乗りがしないのか、それともたまたま今日はそういう日なだけだったのか、随分と遅くまで頑張ってみたものの対して作業は進まなかった。こんなことなら、さもこの後予定があるのでとかいう得意げな顔して見栄切ってさっさと帰ればよかったか、などとも後悔する。

 何故に、縁もゆかりもないユダヤ人のヒゲのオッサンの誕生日がためにこんな惨めな思いをせねばならないのか。愛はどこにあるのだ。アガペーは。天の国の門は、持たざる者の前に開かれるのではないのか? 持ってないぞ、俺は。何も。それもこれも、クリスマスを平日にやらせる行政が悪いのだ。祝日だなんだは平気で月曜に回して本来の意味を無視するくせに。クリスマスは毎年12月の第4日曜、とかにすればいいのに。

 晴れたらデート日よりだし、雪が降ったらホワイトなんたらだと喜ばれるし、雨だったら屋根のある場所――そう、例えばホテルであるとか――にしけこむ口実にされるし、なので俺は毎年クリスマスには中途半端に雹降れと呪いをかけることにしている。成就したことはない。

 孤独な勇者たちもその数を徐々に減らしていた。俺もいい加減諦めて帰ろうかと立ち上がると、残る猛者どもの視線が一斉に俺に注がれた。一瞬遅れて、その意味を理解する。

 オーケイ。了解だ。野郎ども、撤退だ。これは敗退ではない、戦略的撤退だ。クリスマスに最後まで残業してました、などという勲章は誰も欲しくないのだ。みんなで帰ろう。



 暖房の効いたオフィスから出ると、その冬の寒さは一層きつく感じた。雲は幾らか多いものの、時折月が覗く程度。今はちょうど隠れている。

 これから彼女と食べるんです、みたいな顔でケーキでも買って見栄を張ろうかとも思ったが、そもそも誰に見栄を張っているのか分からない上に、まともなケーキ屋はもう軒並み閉まっている時間だった。コンビニのケーキなどは、余計惨めな気がした。

 とぼとぼと背中を丸めて歩いて、カップルだらけの電車の中では更に背を丸め、最寄りの駅まで辿り着き、ようやくこの撤退作戦は成功しそうだと胸を撫で下ろした。完全な住宅地なので、カップルが吹き溜まるようなこともない、無論ちらりほらりとその姿を確認することはできるが、大した数ではない。

 しかしその分、街灯などもいささか淋しく道は一層暗かった。まあ、三十路前後の男はあまりそういった身の危険を心配する必要もないのだが。クリスマスイブにホモの強姦魔に襲われたりしたら、俺はきっともう二度と立ち直れないだろう。

 それは冗談にしても、路上強盗ならありえるかも知れないので用心に越したことはない。向かいに朧な街灯に照らされた人影を認め、一瞬どきりとしたが、その傍らに犬のシルエットもあったので夜遅くの犬の散歩かとほっとする。まあ、それは冗談にしても。冗談に、しておきたかった。

 近づくにつれて、感じたのは違和感だった。あの犬妙にでかいな、とか。でも大型犬なら、とか。それでもやっぱでかいな、とか。

 でかいはずだった。トナカイだった。正確に言うならば、赤色の、この時期お馴染みの、例の、プレゼント配って歩くジジイと、そのジジイに連れられたトナカイだった。近くで見たら合点がいった。トナカイが犬に見えるくらい、サンタの方もでかかったのだ。

「夜分失礼する」

 恐ろしく低い、ドスの利いた声を掛けられる。世紀末覇者というか、年末覇者というか、とにかく核戦争後の世界で覇権争えそうな屈強な体躯。赤い服には袖がなくそこから生える腕は多分俺のウエストくらいはありそうで、ついでに生傷だらけだった。トナカイの方も、肉やったら食いそうな目つきをしている。

「な、なんでしょうか……?」

 思わず、上ずる声。身体が震えるのは、寒さのせいではない。

「少々、お尋ねしたいことがある」

「は、はい……?」

 恐怖のあまり、むしろ頭は冴えていた。あ、ちゃんと袋持ってるんだな、とか。胸に七つの傷はないんだな、とか。

「煙突がだな、ないんじゃよ」

「……ああ、あんまりありませんね。日本には」

「……真か!? ううむ、それは困ったのう。如何してプレゼントを童らに渡すべきか」

 心底困ったように、腕を組んで苦渋の表情を浮かべるが、何かの一子相伝の暗殺拳の構えか何かにしか見えない。

「窓からとかじゃ、駄目なんですか?」

「それはイカン! 童らの夢を壊す。サンタはトナカイを従え、煙突から訪れ、プレゼントと靴下に入れていくものじゃ。童らの夢を壊すことは、断じてイカン」

「いや、そんな屈強なサンタの時点で、子供の夢もへったくれもないかと……。でも、煙突のある家なんて、ほとんどないですよ。そこにこだわると、まず家に入ることから絶望かと」

 ううむと、再びサンタは困ったようだった。

「最近の家は防犯意識高くて、大体の窓は鍵閉まっとるんじゃよな」

「中途半端に世情に詳しいじゃねえか」

「む? もしかして『世情』と『施錠』をかけたのか?」

「そういうのじゃねえよ、ジジイ」

 ううむと、三度困るサンタ。

「一応、サムターン回しとかはできるから、入れるには入れるんじゃが」

「そこまでやれて、なんでそれでもなお煙突前提なんだよ」

「その辺は、ほら、あれじゃ。童らに夢を、じゃな」

「その言葉、すげえ便利だな」

 ややあって、サンタは諦めたようだった。

「まあ、仕方がないの。童らにプレゼントを配ることが優先じゃ。手段は問うてられんわな」

「まあ、煙突は諦めろ。あと、靴下用意してない子も多いと思うから、その場合も諦めて枕元に置いておくとかしろ」

「重ね重ね、助言を感謝致す。それでは、吾輩はこれにて失礼をする。とう!」

 空高く高く、巨体が舞った。そして、駆け出したトナカイの背に跨り、途方もないスピードで空の彼方に消えてった。

「ソリじゃなくて、直乗りかよ」

 最後の最後まで、呆然としたツッコミを入れさせられる。そして、そのまま、呆然とサンタの消えていった先を眺めていると、どこからともなく声が聞こえてきた。

「忘れておった! メリークリスマス!!」

 一瞬眩い光が放たれ、それが収まると目の前に小さな包が落ちていた。中身は、子供騙しのおもちゃだったが、なんとなく俺は嬉しくなった。

 サンタって、いたんだな。想像してたのとは全然違ったけれど……。

 少し離れた場所で、パトカーのサイレンの音と、野太い笑い声がした。



――了


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