白雪の足
「私は、きらきらした星になるの」
彼女がそういうので、驚いた男は抱えていた鞄を落としそうになった。慌てて腕の中の鞄を抱え直した男は、降り積もる雪の中で困ったように彼女を見つめた。
彼女はいつでも強情で頑固で意固地に自分の意見を貫き通して来た。それが正しかろうと間違っていようとも、彼女にとっては自分の意志や考えを守るということそのものが重要なのだろう。男はそんな彼女を愛してはいたが、衝突することは何度もあった。どちらも一歩も譲らない物事に関しては、互いに干渉しないことでどうにかその場その場を凌いで来た。それでもどうにもならない出来事もあった。しかし、どうにかここまでうまくやってきた。いつも喧嘩ばかりだった。だが、彼女の強い意志は馬鹿に出来るようなものでは決してなく、彼女は正しいと思う物事を絶対に曲げたくないだけなのだ。だから、そんなことを言われた男はほとほと困り果ててしまった。
雪はしんしんと積もるばかりで、彼女がもし本当に爪先から雪になっていって、それから氷になって、砕けて、夜空にとっちらかって、きらきらした星の仲間になってしまったらどうしようかと、男は必死に考えた。
「本当に星になるのか?」
「なるわ。だから、私が星になったら、その星に名前をつけてくれる?」
彼女は嬉しそうに言った。男には言葉が見つけられない。彼女はきっとてこでも動かない。無理矢理連れて行こうとすれば、きっと意地になってしまうだろう。男は彼女との会話の間に全身が冷えきってしまって、暖かいスープを飲みたくてたまらなかった。彼女もきっとそうだろう。もしかしたら、美味しそうな臭いのするスープを彼女のところへ持って行けば、彼女の全身が凍ってしまうのを防げるかもしれない。男はそう思って彼女に話しかける。
「今度、スープを持って来るよ。凍るまで、寒いだろう」
「寒くなんかないわ」
「僕は寒いよ」
「もっと厚着をしたらどうかしら」
彼女は優しくそう言った。雪に埋もれた彼女の足下はもう見えない。彼女はこのまま雪になってしまうのだろうか。まさか本当に。明日の朝ここを訪れて、彼女が綺麗な氷像になっていたらどうしたら良いのだろう? 男はうつむいてしまう。彼女は首を傾げた。
「寒いなら、家にいた方が良いわ。風邪を引くかも」
「君は大丈夫なのか」
「星は風邪を引かないもの」
彼女はまだ星ではなかったが、そう言って微笑んだ。男はスープを持ってこようと思って家に帰ることにした。
だが、もしも彼が家に戻ってスープを暖めて彼女のところへ戻る間に、彼女が雪になってしまっていたら、どうすれば良いのだろう? そんな彼女を暖めたら、彼女は死んでしまうだろうか? 彼女がもしも溶けてしまったら、彼女は星になれるのだろうか? それに、もし彼女が砕ける前に春が来てしまったら? 春になったら、雪になった彼女も溶けてしまうのだろうか?
男は鞄を抱きしめて雪の道を歩いて行く。雪は降り続いている。