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ジ・アナザー  作者: sularis
第十章 それぞれの旅
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第十章 第三話 ~レックを捜して2~

 ユフォルを出て4日目。

 ユフォルの冒険者ギルドに馬車を預けた蒼い月の一行は、前にレックを捜すのを諦めた地点にまで戻ってきていた。

 が、

「あっちぃなー……」

「あー……川に入りたいわ……」

 森の中というそれなりに涼しい場所を歩いてきたにもかかわらず、夏の暑さにやられた何人かがばて気味となっていた。

 そんな仲間達を見下ろすリリー。

「だらしないな~、もう」

 一人だけ汗すらかいていないその姿に、マージンが恨めしげな視線を送る。

「リリーはずるしてるやん……」

「ずるじゃないもん!」

 リリーはマージンにそう言い返したが、他の仲間達は明らかにマージンの味方だったりする。

 最近すっかり水の精霊魔術に慣れてきたリリーは、戦闘で使いこなしているかは兎に角、少量の水なら無意識のうちに操作できるようになりつつあった。この暑さの中、それを生かして常に身体の何カ所かに水を当てて涼をとっていたのである。

 一人だけそんなことをやっているのだから、他の仲間達から羨ましがられないわけがない。

 尤も、リリーが他の仲間にもやってあげようとしなかったわけではない。だが、水を身体にまとわりつかせるという事は、リリーにその感触が直接伝わってしまうという事である。加えて操作ミスがあれば腕の骨の一本や二本、簡単に折れてしまう事もあり、リリー本人にしか使えない涼の取り方となっていた。――ちなみに、マージンが実験台になったときは、いろいろあった結果として本当にマージンの骨が数本折れる事故が起きた。

 それはさておき。

「ここから、だな」

 少し休んだグランスが立ち上がり、もはや谷川と呼ぶには随分と水面が近くなった川面を、その遙か下流を眺めた。

「そう……ですね」

「ああ。こっからだ」

 仲間達も思い思いの姿勢のまま、グランスに同意する。

 キングダムからずっとレックと連絡が付かないかという形で探しては来た。だが、レックが落ちたあの後に諦めてしまったこの場所は、やはり1つの区切りなのだった。

 その思いがあるのか、グランスたちはしばらく下流を眺めていたが、

「そろそろ行くか」

 そのグランスの言葉に仲間達も立ち上がり、一歩ずつ歩き始めた。



 そして3日が過ぎた。

 途中、川沿いの崖――当然のように滝もあって、仲間達はレックの無事を随分と心配した――があったりして遠回りを余儀なくされたりもしたが、それでもグランスたち蒼い月は随分と下流の方まで歩いてきていた。既に周囲の地形は山だの谷だのはどこにもなく、ゆったりとした平野にさしかかっていた。

 だが、いっこうにレックは見つからなかった。連絡が付く気配すらない。

「河口まであとどのくらいだと思う?」

 焚き火に枯れ枝を放り込みながらグランスが訊く。

「……この先の地形次第ですが……100km……無いと思います」

 グランスの質問の意図を正確に理解したミネアは、河口までかかる時間ではなく距離、それも直線距離を答えた。

 だが、その答えは実に良くないものだった。

「100kmもないか……」

 何となく分かっていた答えではあるが、聞きたくない答えでもあった。河口まで100kmを切ったのにレックと連絡が付かないという事は、レックがこの川の下流域にいないという事を意味するからである。

 そんなグランスとは逆に、楽観的な仲間もいる。

「まあ、無事なんは分かっとるんや。流域におらんでも、探し続けるだけやろ」

 そう言いながら、マージンは焼き上がったばかりの肉に齧り付いた。

 その横ではリリーが、

「だよね~」

 と言いながら、皿に載せた肉をナイフで切っている。

 ちなみに彼らが食べているこの肉、携帯食ではない。昼過ぎに襲ってきたエネミーの肉だったりする。

 エネミーを倒した後、「携帯食は飽き飽きした!」と曰ったマージンにクライストとディアナ、ついでにリリーが同調し、民主主義的数の暴力でエネミーの肉が今夜のメインディッシュとなったのである。

「にしても、こいつ旨いな」

 マージン同様に肉汁したたる焼き肉にかぶりついていたクライストが満足そうに言った。

「喰えそうな外見じゃったしのう」

 そう言ったディアナも満足そうである。

 今食卓に上っているエネミーは、ついさっきまでは巨大な牛の姿をしていた。これが熊やオオカミといった肉食獣やらはたまたは虫類の姿をしていれば、おそらく誰も食べようとは言い出さなかっただろう。

 ちなみにミネアはと言うと、自分の分だけでなくグランスの分までせっせと切り分けていたりする。いつもの事なので今更誰も何も言わないが、それを見たリリーがちらちらとマージンに視線を送っているのは、微笑ましいと言うべきだろう。

「んで、旦那。河口まで行っても見つからへんかったら、その後どうするんや?」

 食事も終え仲間達が一服している中、誰もが口に出そうとしていなかったそのことをマージンが切り出した。

「……このタイミングで来るか」

 グランスは苦々しい顔をしながら、それでもいい機会だと答える事にした。先延ばしにしてもあと数日が限界だった事も大きな理由である。

 全員の視線が集まる中、グランスは口を開いた。

「ここまで来てもレックと連絡が付かないなら、レックが流域を離れている可能性を考えなくてはならん。海にまで流された可能性もあるが……」

「それやと海で魚の餌やな。生きとる以上、考えんでええ可能性やろ」

 グランスの視線を受け、マージンはレックが海までながされた可能性を否定した。

「同様に、ここより下流も可能性はかなり低くなってくる」

 そう言いながら、グランスは側を流れる河へと視線をやった。

 グランスたちがここ数日辿ってきたその河は、幾つもの支流と合流し、今では川幅が十数mもあった。当然深さもそれに見合うものになりつつある。そしてここから更に下流に行けば、その川幅も深さも更にスケールアップするのは目に見えていた。

 それはつまり、

「ここより下流になると、流れておる最中に魚の餌……ということじゃな?」

 ディアナの言葉にグランスは頷いた。

「一応河口までは行ってみるつもりだが、おそらく生きて流れ着けるのは明日の昼頃歩く辺りまでだろう。だから、河口まで歩いた後はこの近辺の町で聞き込みを行っていこうと思う」

「この辺りですと……ナスカスがあります……」

 地図を調べていたミネアが口にした町の名前に、仲間達は懐かしさを覚えた。

「ナスカスっていうと、『魔王降臨』の前にちょっといたよね」

「それ、サーカスやろ」

「そーだっけ?」

 マージンに間違いを指摘され、リリーが首を傾げた。

「マージンの言うとおりじゃな。じゃが、確かにあの頃少し立ち寄った町ではあるのう」

「あれはどんくらい前だった?」

「そうじゃな、もう2年近く前になるかのう」

「そっか。あれからもう2年か」

 ディアナの答えを聞き、感慨深げにクライストがそう呟いた。そこに、あの頃見られていたような焦りは見られない。内心は早く帰りたいと思っているのだろうが、それは表には出ていなかった。

「ナスカスか。まだ放棄されてないはずだが……人は減っていそうだな」

「そーやな。ユフォルとは事情がちゃうやろけど、ここまでキングダムから遠いとなぁ。流通とかの問題で住みづらいやろうしな。そこにユフォルの話が伝わっとったりしたら……ゴーストタウンになっとっても驚かへんな」

「そうはなっていない事を期待しよう」

 マージンの言葉に顔を顰めつつグランスはそう言い、再びミネアに視線を向けた。

「他に町はないのか?」

「人が住んでいない町ならいくつか……あります」

「そこなら一応住めるか。だが……」

「レックがそこに住む必要はないのう。大怪我などして動けないならあるやもしれぬが」

「あいつも治癒魔術があるからな。余程の大怪我じゃない限り、とっくに治ってるはずだぜ」

 ディアナとクライストの意見に、グランスがその可能性を排除しようとしたとき、マージンが口を開いた。

「怪我以外の理由で動けへん可能性もあるんちゃうか?」

「怪我以外の理由?」

「道が分からへんとか、旅に必要な物が足らへんとか」

「なるほどな。俺たちの予想外の理由でゴーストタウンにいざるを得ない可能性はあるか」

 グランスはそう言うと少し考え込み、

「どちらにしても俺たちも補給が必要だ。河口まで行ったら、一度ナスカスに向かおう。その後は馬車を受け取りにユフォルに戻ろうと思うが、どうだ?」

 そう仲間達に訊いた。

 すると早速クライストが疑問を挙げた。

「馬車な。あれば便利だが、取りに行く時間が勿体ねぇとかいう事はねぇか?」

「そのあたりはどっちがいいか分からん。あれば一日辺りの距離が稼げるが、確かに取りに行くのに数日かかるしな」

 だから皆に訊いたのだとグランスは言った。

 尤も、グランスが悩んだだけあって、誰にもいい答えは出せなかった。

「馬車があれば、移動は楽じゃがのう」

「どー考えても、ゴーストタウン巡りが遅くなるもんね~……」

 そんな感じで悩んでいる仲間達の視線は自ずとグランスへと集まった。

 それを感じたグランスはため息を付くと、「知らんぞ?」と前置きして、予定を決めた。

「ナスカスに行った後、やはりユフォルに一度戻る」

 グランスのその宣言に仲間達は頷いた。



 そして8日後。

 結局河口まで川沿いに歩いたもののレックの手がかりを一切見つけられなかった彼らは、ちょっとしたエネミーとの戦闘をこなしながら、プレイヤーの勢力圏の端とされるナスカスに着いていた。

「ここって、こんなんだったっけ?」

 久しぶりの町と言う事でほっと一息吐いていたにもかかわらず、ナスカスを見たリリーが真っ先に口にしたのはそんな言葉だった。

 だが、誰もその言葉を否定しない。

 何しろ、彼らの記憶にあるナスカスから随分と変わり果てていたからだった。

 とは言っても、流石に廃墟になっていたわけではない。尤も、廃墟一歩手前ではあったが。

 一月ほど前にレックが見たのと同じ光景がそこには広がっていた。

 町の周囲の防壁を作るために解体された幾つもの建物と、それでも完成せずに結局その大半が貧相な木の柵で代用されている防壁。町の中の空き地は畑となり、農作物が育っていた。『魔王降臨』直後は東の方から引き返してきたプレイヤー達で混雑したり、フォレストツリーが拠点を置いたりしたことを考えると、随分な零落ぶりである。

 そんな中途半端な町の中を行き来する人影はまばらだったが、不思議と活気があった。ただ、冒険者が珍しいのか、グランスたちに好奇の視線を向けてきていたが。

「よくこんなので、暮らしていけるな。襲撃くらったら、一発で終わっちまいそうだぜ?」

 クライストがそんな感想を小声であるが口にした。

 ディアナも、

「……買い物とかも期待できそうにないのう」

 と残念そうである。

「とりあえず、ギルドの場所を聞かないとな」

 グランスはそう言うと、こちらを興味津々で見てきていた町の住人と覚しき男を一人捕まえ、冒険者ギルドの場所を訊ねた。

 ついでに少し雑談をしてから戻ってきたグランスに連れられ、仲間達は冒険者ギルドへと向かった。

「ん?冒険者とは珍しいな」

 ギルドに着いた一行を迎えたのは、ギルドの入り口で日向ぼっこをしている一人の男だった。

「やはり、全然来ないのか?」

 グランスの言葉に男は首を振った。

「定期的に物資を届けてくれる商隊の護衛があるからな。月に1~2度は来るぞ。尤も、居着いてはくれないけどな」

 そう言った男の視線は、グランスたちに何かを期待している風だったが、生憎とその期待に答える事はグランスたちには出来なかった。

 男もそこまでは期待していなかったのだろう。結局、自分の望みを口に出すような真似はしなかった。尤も、本気で必要としていたわけでもないのが理由としては大きい。

「ま、そんな町だ。噂に聞く襲撃なんてものがあったら、一発でアウトだろうな……尤も、一回もやられたことはないんだがな」

「一度も?」

 その言葉にグランスたちは耳を疑った。

 あれから2年。キングダムなどは既に数回の襲撃を受けているというし、他の町も2~3回ずつ襲撃を受けているのである。その中で一度も襲撃されていないというのは、初めて聞く話だった。

「ああ。だから、こんな人数でも潰れずにやっていけるんだ。襲撃の噂は聞いていても、結局どこか他人事って感じでな。じゃなきゃ、まともに戦えるヤツが残ってないここはとっくに無くなってるさ」

「ああ、なるほどな」

 男の言葉にグランスは頷いた。少し前に寄ったユフォルを見ていたからか、すとんと納得できたのである。

「ま、ここを離れるには、危険なフィールドに出ないといけないからってのも大きいんだけどな」

「どういうことだ?」

 首を傾げたグランスたちの様子に、男は苦笑した。

「ああ、冒険者なんかやってるおまえらには分からないか。でもな、考えて見ろ。ここは2年前のあのときまで割と今で言う冒険者たちで賑わってたんだぜ?むしろ、冒険者しかいなかったな。なのに、今じゃ誰も戦えない。どういう事か分かるだろう?」

 その言葉に考える事数秒。ディアナには分かったらしく、口を開いた。

「ふむ。臆病者ばかりが残っておるということじゃな?」

「ご名答。スペックはそこそこあるのに、死ぬのが怖くて安全な町に引きこもってる連中だ。そんな連中にとっちゃ、あるかどうかも分からない襲撃とやらより、確実にフィールドを彷徨いてるエネミーの方が怖いのさ」

 そんな男もその臆病の一人なのかとグランスは訊きそうになったが、止めておく事にした。人の弱いところをえぐっても得られるモノなどないのだ。

 そんなグランスの内心に気づいたわけでもないだろうが、

「そーいや、おまえら。ギルドに何の用だ?」

 不意に男がそう訊いてきた。

「ああ、宿泊サービスはしているのか確認に来た」

「やっぱ宿泊客か。護衛の連中を除けば一月ぶりだな」

「一月ぶり?俺たちの前にも誰か来たのか?」

 男の言葉にひょっとしたらとグランスは期待を抱いた。だが、その期待はすぐに萎んでしまった。

「ああ。でこぼこコンビの二人組だったな。旅の途中だったみたいで、一泊だけしたらさっさと出て行ったけどな」

 二人組と言われた時点で、レックではないと思ってしまったのである。だから、グランスはそのでこぼこコンビとやらの風体を訊かなかったのだった。――尤も、聞いたからといって意味はなかっただろうが。

「さて、それじゃお仕事しますかね」

 男はそう言いながら立ち上がると、ギルドの扉を開けて中へと入っていった。その直前に、グランスたちにくいくいっと手で中に入るように合図するのも忘れない。

「ひょっとして、お前がここの職員なのか?」

 男の後からギルドに入ったグランスがそう訊くと、男は頷いた。

「一人だけだけどな。仕事と言っても、外部との連絡くらいだから、人数はいらないのさ」

 そう言いながら、男はカウンターの裏に回るとカウンターの裏をがさごそと漁り始めた。そしてすぐにお目当ての物を見つけると、それらをグランスたちへと放った。

「鍵?」

「泊まるんだろう?奥の宿泊用の部屋の鍵だ。食事も何もないが、寝るだけなら十分だぞ」

 そう言った後、職員の男は声を潜めて続けた。

「だが、寝るときは男女別々の部屋は止めた方がいい。ここの連中は女日照りだからな。不埒な行為に走るヤツがいないとも限らないからな」

 その言葉にグランスたちはここに来るまでの様子を思い出していた。

 確かに女性の姿をほとんど見かけなかった。

「そー言えば……なんか、イヤらしい視線で見てきてたのがいたような気がする……」

「ロリコンもおるんやな……っだだだだだ!?」

 自分の身体を抱きしめて震えたリリーにマージンが余計な事を言って、ディアナに足を踏みつけられていた。

 一方、グランスは職員の男を睨み付けていた。その後ろにはさりげなくミネアが隠れている。

「そう言うお前は大丈夫なのか?」

 警戒感むき出しの声に、しかし職員の男は笑った。

「いくらなんでも、そこまでダメな連中は少数派さ。じゃなきゃ、俺はとっくにキャラバンについてってここを見捨ててるよ」

「なるほどな。しかし、鍵をかけてもダメなのか?」

「鍵ってもな、押し入るのは難しくない。大体、窓から押し入られたらアウトだろ?」

 その言葉にグランスたちは納得せざるを得なかった。

「まあ、それはいいだろう。ところで食事を食べられる場所はあるのか?」

「あると思うか?店すらないんだぞ?」

 グランスたちは、男の言葉にがっくりと肩を落とした。

「じゃあ、食事はどうすればいい?」

「一応ここには多めに食料を蓄えてある。それを使って勝手に料理でもしてくれ」

「ふむ。厨房は貸してもらえるのじゃろうな?」

「ああ。使った後に掃除しておいてくれるなら、自由に使ってくれ」

 その言葉を聞いて、ディアナは満足そうな笑みを浮かべた。



 職員の男に挨拶をして、今夜泊まる部屋に移動したグランスたちが最初にしたのは部屋の確認だった。

「むぅ……確かにこれは防犯に不安が残るのう……」

 男に言われた窓を真っ先に調べに行ったディアナの言葉を聞き、ミネアとリリーが不安の色を顔に浮かべた。すかさずグランスがミネアの側に移動したのは流石と言うべきだろう。

「6人まとめて寝れるくらい部屋が広かったらよかったんやけどなぁ」

 マージンがそう言うが、実際にはベッドが2つしかなく、無理をしても4人しか寝れそうにない。更に言うならば、男二人が同じベッドに寝るにはいろいろと無理がありそうだった。

「とりあえず、グランスとミネアは同じ部屋でよかろう」

 決定事項としてディアナが言ったそれに、反対する者は誰もいない。もっと前なら当人達が恥ずかしながら何か言っていたところだが、二人ともすっかりそうあることに慣れてしまっていた。

 それはさておき、残るメンバーが問題である。

「同じ部屋に4人は……クライストとマージンがきつそうじゃのう……」

 流石に男女で同じベッドを使うわけにもいかない。となると4人を同じ部屋に押し込めた場合、必然的にクライストとマージンが同じベッドで寝る羽目になるのだが、

「贅沢言わせてもらうなら……」

「流石に堪忍して欲しいところやな……」

 明らかに二人は嫌がっていた。

 が、

「となると、私とリリーはクライストとマージンのどっちかと二人っきりで一夜を過ごすことになるわけじゃが……?」

 そう言われると、それはそれでまずい気がするわけで。

 尤も、ディアナあたりはこれをいい機会だと思っていたりする。

 ディアナはミネアに視線を走らせ、アイコンタクトで同意を得ると、クライストを部屋の隅にまで引きずっていった。

「ちょ、おい?」

 事態を理解できないクライストはまともに抵抗も出来ないまま、あっという間に部屋の隅に連行され、そこでディアナに何事か耳打ちされた。

「……ああ、なるほどな」

 そう言ってクライストはリリーとマージンを一瞥する。

「え?なに?」

 リリーが首を傾げるが、クライストはそれに構わずディアナとなにやら怪しげな笑みを交わし、がっしと握手した。

「……なにやっとるねん」

 その様子を見ていたマージンが呆れた表情を浮かべると、

「ふむ。早い者勝ちじゃ。安全パイのクライストは私がもらう事にした。それだけじゃな」

 そう言ってディアナが胸を張った。

「それって、わいは安全パイちゃうってことか?」

「彼女持ちのクライストと比べるとのう?」

 不満げなマージンに、ディアナはあくどい笑みを返した。

 ちなみにリリーはと言うと、思いもかけない事態に顔を真っ赤にして、酸欠の魚よろしく口をぱくぱくさせていた。

 そんなリリーに気づいているのかいないのか。グランスが確認をする。

「なら、今夜は俺とミネア。クライストとディアナ。マージンとリリーの組み合わせだな?」

 ついでに間違いを起こさないようにと言おうとして、ミネアに睨まれて思いとどまった。

 そもそも、クライストとディアナのコンビは問題が起きる事はないだろうし、マージンとリリーのコンビはリリーの様子を見ている限り、問題が起きてもそれはそれでいいらしい。なら、間違いを起こすなという一言は蛇足以外の何ものでもないのだった。



 そして、ディアナが腕をふるった夕食も終わり、各々が今夜割り当てられた部屋へと戻った。

「さて、これであの二人はどうなるのかのう?」

 にやにやと笑うディアナに、クライストが苦笑しながら答える。

「微妙だろうな。そもそも、二人っきりになったくらいで簡単に手を出すようなヤツはいねぇだろ?」

「そうですね。もしそんな人なら……わたしはマージンを……軽蔑します……よ?」

「だな」

 クライストの言葉を聞いて、何故かこっちの部屋に来ているミネアとグランスがそう言った。

「おぬしらも好きじゃのう……」

 呆れたような声音とは裏腹に、ディアナの顔はにやにやとしっぱなしである。

「いや、俺は別にだな?」

 グランスが慌てて否定するが、こうしてここにいるのは事実なので言い訳も出来ない。

「ま、リリーがどうするかだと俺は思うわけだが……」

「リリーをロリ扱いしておるからのう」

 ディアナは難しい顔をした。

 リリーは明らかにマージンに好意を寄せているのだが、マージンの方はさっぱりなのだ。それどころか、リリーに興味を持つのはロリコンであるとまで言い切っている。

「……望み薄、でしょうか?」

「ふむ。リリーに色気がないのは事実じゃが、そこまで子供体型でもないしのう。別にリリーに興味を持ったからと言って、ロリコンとまでは言えぬと思うがのう」

「なら……彼のあの態度は……興味がない事を装ってるだけ……ですか?」

「かもしれぬが……本当に興味がないのかも知れぬし、こればかりは分からぬのう」

 そう言いつつ、ディアナは先ほどマージンに告げた一言がどうなるか、楽しみにしているのだった。



 さて、各々の部屋に戻ったはずの仲間達が隣の部屋に大集合しているとも知らないリリーは、思いがけず訪れた状況にがちがちに固まっていた。

 単に二人きりという状況なら、今までも何度かあったのだが、密室で二人きりというのはやはり別である。しかも隣にはベッドまで用意されているわけで。これで緊張するなと言う方が無理なのかも知れない。

 そんなリリーの固まりっぷりは、ディアナかミネアが見れば、思わず手で顔を覆いそうなほどだった。

 かたやマージンは久しぶりに落ち着いて作業が出来ると、部屋に戻ったそうそうにアイテムボックスから金属素材と加工用の道具を取り出し、マジックアイテムの制作に勤しんでいた。

 勿論、リリーの様子に全く気づいていない。あまりと言えばあまりである。

 そんなマージンが制作しているのは、例によってアクセサリー系の小物だった。宿の部屋では設備も広さも不足していて、それ以上作れないのだが。

「まぁ、下地はこんなもんやな」

 そう言ったマージンの前に置かれていたのは指輪だった。


 さて、マージンが作っているマジックアイテムはステーブル型に限定されている。このステーブル型は下地となるアイテムを用意して、そこに術式を仕込むだけで完成する。

 実はこの下地となるアイテムは何でもいいのでわざわざマージンが作成する必要はない。だが、仕込む術式を固定するためにちょっとした細工が必要であるとか、術式の仕込み方に材質が影響するので材料から分かってるアイテムの方がやりやすいとか、そもそも下地となるアイテムを自作した方が術式が安定するので成功率が高いとかの理由で、マージンは自作を好んでいた。


 それはさておき、マージンは針金と言うには太すぎる金属の棒を折り曲げ、その表面を削って作った指輪を、アイテムボックスから取り出した金属板の上に載せた。

 一片30cmほどの金属板の表面には魔方陣が彫り込まれている。これ自身もまたマジックアイテムである。その機能は中央に載せられたアイテムに術式を固着させること。つまり、ステーブル型のマジックアイテムを作成する上で必要なアイテムなのだ。

 マージンは魔方陣に軽く魔力を流し込むと、祭壇で焼き付けられた記憶に従い、マジックアイテム作成のための呪文を唱える。同時に体内の魔力を操作し、術式を編み上げる事も忘れない。


 この際重要なのが、アイテムに焼き付ける術式の構成をどこまで正確にイメージできるかである。

 魔方陣が刻まれた金属板も、祭壇で得た術式も、あくまでも術者であるマージンがイメージした術式をアイテムに固着させる補助でしかないのである。そこに術式の歪みを直したりする機能はない。

 言い換えれば、マージンのイメージが狂えば、狂ったイメージそのままの術式がアイテムに固着されてしまい、そのアイテムはマジックアイテムとしては失敗作という事になる。――尤も、ステーブル型のマジックアイテムに組み込む術式は所詮魔力で作られたものなので、何度でもやり直しが出来るのだが。


「ん。成功やな」

 術式の固着に成功し満足そうにそう言ったマージンは、そこでやっとリリーの様子に気がついた。

「ん?どないしたんや?」

 そう言ってリリーの目の前で手を振り、反応を見る。

「え?あ?な、なんでもないっ!!」

 今まで固まりながらも、視線だけはマージンに固定されていたリリーはそれでやっと正気に戻り、慌ててベッドに飛び込んだ。

 それを見たマージンはぼやいた。

「いや、明らかになんかあると思うんやけどな。ってか、なんか避けられてるみたいでショックやわ……」

「あう……そ、そんなことない……よ?」

 かろうじて毛布の中からそんな声が聞こえたが、毛布の中から出てこないのでは説得力も何も無い。

 とは言え、マージンは大して気にした様子はなかった。

(ま、いくら仲間でも異性と同じ部屋で寝るっちゅうのは、緊張もするわな)

 呑気にそんな事を考えながら、机の上に出しっぱなしにしていた道具やら素材やらをアイテムボックスに放り込んでいく。指輪を削り出す際に出た金属片も袋にまとめ、アイテムボックスに放り込んだ。

 一方、完成した指輪だけはアイテムボックスに放り込まなかった。そもそも練習を兼ねているとはいえ、目的を持って作った物なのである。

 効果は例によって雀の涙ほどの身体強化。とは言え、ロイドのところで作った物に比べれば、その効果は目に見えて上がっていた。キングダムでこれと同じ物を毎日のように作っていたのは伊達ではない。

 で、これを作った目的はというと、

「リリー、ちょっとええか?」

 指輪を指でぴんと弾きながらマージンは毛布の固まりに声をかけた。

 途端、びくんと大きく毛布が揺れた。

 その様子にそこまで警戒されるほど信用がないんかとマージンは多少凹みながら、用件を告げる。

「ちょい指輪作ったんやけど、具合見てくれへん?」

 その台詞にもう一度毛布が大きく揺れ、その端からそろそろとリリーが顔を覗かせた。

「……誰にあげるの?」

「リリーにや」

 その瞬間リリーの顔が沸騰した。既にベッドに潜り込んでいたので倒れたりはしなかったが、そうでなければ例え座っていても倒れていただろう。

 マージンの台詞には続きがあったのだが、あまりのリリーの様子にマージンは続けようと思っていた台詞よりも別の台詞を吐く事になった。

「顔が真っ赤やで?ひょっとしたら、風邪でもひいたんか?」

 首を傾げるマージンは、リリーの額へと手を当てた。

「……ちょい体温高い気はするけど、熱はあらへんなぁ」

 マージンは呑気にそう言うが、額を触られたリリーの方は、漫画ならしゅぽしゅぽと頭から湯気が出ていてもおかしくない状態だった。

(あわわわわ!?!?!?)

 思考も既に言葉にすらなっておらず、大パニック状態である。

 そんなリリーの内心に全く気づかないマージンは、

「まあ、大事をとって早く休んだほうがええな。指輪は別に明日渡してもええわけやし……ちょい早いけど、もう寝よっか」

 そう言って、部屋の明かりを落としに行こうとした。

 一方、絶賛大パニック中だったリリーはマージンの台詞を聞いて、

(指輪っ!?そう、指輪っ!!!)

 ガバッと毛布をはねのけて飛び起きた。勿論、顔はまだ赤い。

「な、なんや?」

 リリーの目に、振り返って驚いているマージンの姿が映った。

「あのっ!指輪って!」

「あ~、気になるんか」

 リリーの様子に驚きつつも苦笑しながら、マージンは指輪を取り出し、リリーの方へと指でぴんと弾いて飛ばした。

 慌てて手を伸ばしそれを受け取ったリリーは、ここでふと首を傾げた。

 あまりにも指輪の扱いが雑すぎるのだ。

 その違和感の理由はすぐにマージンの口から説明された。

「リリーは身体強化できへんやろ?それに魔力流し込んだら少しはマシになるはずやで」

「……あう」

 期待していたのとは全く違うマージンの台詞にリリーはがっくりと肩を落としていた。

 だが、

「あれ?いらへんかった?」

「そ、そんなことないよ!!」

 次にかけられた言葉に慌てて首を振り、急いでそれを指にはめる。左手の薬指に付けようかと思ったが、流石にそれは気が引けて左手の中指になったのはご愛敬だろう。

 そして、指輪を左手ごと抱きしめる。

「ん。大事にしてくれそうで何よりや」

 リリーの様子を見ていたマージンはそう満足そうに頷いた。

「さて、そいじゃ寝よっか」

 そう言って今度こそマージンは、部屋唯一の光源である燭台の火を消した。

 その後、マージンがベッドに潜り込むらしき音がする。

「……マージン?」

 しばらくして、リリーが思い切って声をかけてみるが、すやすやという寝息が返ってきた。羨ましいほどの寝付きの良さであるが、今のリリーにとっては恨めしかった。

「寝るの、早すぎるよ……」

 リリーはそうため息を付き、ベッドからそっと抜け出した。

 燭台の火が消されてしばらく経った今なら、窓からの月明かりだけでも部屋の中の様子は十分に分かる。

 リリーはベッドで眠るマージンの側に寄り、その顔をじっと見つめた。残念ながら部屋が暗く、マージンがどういう寝顔をしているのかは全く分からない。

 だが、規則正しい寝息は聞こえてきていた。

 しばらくマージンの寝顔を見つめていたリリーはそっとマージンの頬に触れようと手を伸ばすが、途中で止めた。起こしてしまったら、そのときの言い訳が出来ない。

 ただ、顔の火照りが、胸の高鳴りが収まるまで、リリーは眠れそうにもなかった。

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