第十章 第一話 ~キングダムの闇で~
第十章の始まりです。
先の第九章はいろいろ新しい情報は出てきましたが、話自体はあまり進まず。この十章では……いや、言いますまい。
さて、どうにもBGMをミクにすると不思議と筆が進みます。先週くらいからのハイペースもそれが原因です。……字数の割に話はお察しですが。
それでは第十章をどうぞ~。次は12月中に後書きで~。
大陸会議の集計では、現在のキングダムの人口は10万を超えるとされている。だが、東西8km南北2kmのレフス湖を取り囲むように広がり、総延長30kmを越えるメインストリートを有するキングダムの広さは半端ではない。人口密度のやたらと薄いところが出来るのは当然の事と言えた。
そんな所までは大陸会議の目も届かないわけで、そこには後ろめたいところのある者から単に人目を避けたいだけの者たちまで、いろいろな人間が集まってくる。
だが、意外と治安は悪くなかった。まあ、単にまともな神経を持つ者ならそんな所に足を踏み入れようと考えないからなのだが。
とは言え、例外が皆無というわけではない。
今もまた、うら若き乙女達がキングダムの薄汚れた裏道へと迷い込んでいた。かたやエメラルドグリーンの髪、かたやピンクの髪とやたらと目立つ髪の色が特徴的な少女達である。
実のところ、こんな所に住み着いている者たちは数少ない上に、互いにつぶし合わないように注意していたりするので、ちょっと歩いたくらいで危険な目に遭う事はそうそう無かったりする。だが、どうやらこの二人は運がなかったらしい。
「はっはぁ。見ろよ、女だぜ、女」
「しかもメッチャかわいーじゃん。俺たち、ラッキーじゃね?」
少女達の行く手を遮るように、シミだらけのジャケットを身に纏った男達が姿を現した。
エメラルドグリーンの髪の少女が後ろから聞こえてきた物音に振り返ると、そこにも別の男達が立っていた。
「最近ヤッてなかったからな。楽しみだぜ」
その台詞だけで、二人の少女を待ち構える運命が目に見えそうなくらいである。
だが、男達の一人がふと気づいた。
「なんだぁ?全然びびってねぇな?」
そう。少女達は男達に対抗できるような武器など持っていないというのに、全く怯える様子がなかったのだ。
だが、そんな異常をも、男達は自分たちの都合のいいように解釈する。
「ひょっとして、ヤラレに来たのかよ?」
誰かがそう言って、他の男達が下卑た笑い声を上げた。
だから、少女の一人が小声で何か呟いている事に、彼らは全く気づかない。
「そりゃあ、結構な事だぜ!是非ともたっぷりと期待に応えてやらねぇとな!」
そう言って、男達は無防備に少女達に歩み寄ろうとして、
「あん?」
「なんだ、こりゃ?」
そこで初めて異常に気がついた。
「なんで足が動かねぇんだ!?」
「あ?ぼけてんじゃねぇ。こうして……あれ?」
混乱する男達の足は、地面に縫い付けられたかのように動かなくなっていた。
そんな中、愛くるしい声が響き渡った。
「全く。ちょっと離れてる間にこれだ」
「ちょっと離れていたからと言うより、こんな外見のままだからだろう。これでは襲ってくれといっているようなものだぞ」
その、声や外見からあまりにもかけ離れたやたら落ち着いた口調に、やっとチンピラ達は少女達が普通ではない事に気づき始めていた。尤も、既に遅かったとも言える。
呆れたような声で会話を交わした少女達は、周囲の男達を一瞥した。
「それで、こいつらはどうする?」
「さあな。俺はどうでもいいが、ナイトガウンの連中が欲しがるんじゃないか?」
エメラルドグリーンの髪の少女の言葉に、ピンクの髪の少女が「ああ」と頷いた。
「ギュンター辺りに教えてやったら、喜びそうだな」
「むしろ、あっちに顔を出すならこれくらいの土産がないと、俺たちの方が危険だろう」
二人の少女は平然と会話を交わしているが、その内容が自分たちのろくでもない運命を決めるものだと察した男達はそうは行かなかった。
「待て!待ってくれ!襲おうとしたのは謝る!だから逃がしてくれ!」
誰かがそう叫んだのをきっかけに、次々と男達が叫び始めた。
「五月蠅いな」
ピンクの髪の少女は煩わしそうにそう言うと、短く呪文を唱え、足だけではなく身体全体が動かなくなっていた男達に触れて回った。
ピンクの髪の少女に触れられた者から順番に、口はぱくぱくと動くが声が出なくなっていく。その様をまじまじと見せつけられ、男達は何が起きているか理解できないままに、一斉に恐怖にとらわれた。
だが、既に言ったように、彼らの運命は既に決まってしまっていたのだった。
叫び声を上げて助けを呼ぶ事ももはや出来なくなった彼らの目の前で、少女達の会話は続く。
「それでどうやって運ぶ?ばらすか?」
「わざわざ俺たちが運ぶ必要もないだろう。軽く人除けの結界でも張っておいて、後から回収に来させればいい」
「それもそうだな。……あ~、久しぶりの拠点か。全然嬉しくないのはなんでだろうな?」
「知るか。それよりもさっさと結界を張れ」
そうピンクの髪の少女に指示を出したエメラルドグリーンの髪の少女。その顔をグランスたちが見れば驚いた事だろう。何故なら、そこにいたのは死んだと思われていたミドリだったからだ。勿論、ピンクの髪の少女はコスモスである。
ちなみにこの二人の生存を冒険者ギルドが把握していない理由は簡単で、この二人はどこのクランにも所属していないからであった。
それはさておき。
男達をその場に残して歩き出した二人は、間もなく目的地へと辿り着いた。
陰気な空気が漏れだしてきそうな建物の扉をノックもせずに押し開け、中へと入った二人はそこで足を止めた。
「……おいおい、シリル。それが久しぶりに帰ってきた仲間への挨拶かよ」
両手を上げ、ミドリがそう言った。その背中にはいつの間にか鋭いレイピアの先が突きつけられていた。
「当然でしょ。知らないヤツが入ってきたら、とりあえず殺すのがわたしたちのルールだもの」
そう答えたのは、レイピアをミドリに突きつけた若い女だった。先をリボンで束ねた腰まで届くピンクの髪を揺らしながら、その水色の瞳には笑みを浮かべていた。
「知ってるヤツなら?」
「ガヴンの仲間じゃなきゃ、やっぱり同じ事よね?」
「なら、剣は収めてくれるんだな」
ミドリの言葉に、女は「仕方ないわね」と言いつつレイピアを引いた。
「久しぶりね。まだその格好をしてるとは思わなかったわ」
「フランクのヤツが気に入ったらしくてな」
「おい!」
そう、コスモスが叫ぶが、ミドリが気にした様子はない。
「そ。でも、流石に戻ってもらうわよ?そんな格好で歩き回られたんじゃ、迷惑よ。引くわ」
女は白い目でコスモスを一瞥した。
「そうだな。こんな格好じゃ女も抱けないしな」
自分の身体を見ながらミドリがそう言うと、
「そ。まあ、とりあえずはあの二人で我慢しときなさいな。とっくに壊れちゃってるけどね」
女は親指で地下への階段を指した。
「シリルは相手してくれないのか?」
「冗談。あんた達みたいなおっさんの相手なんか願い下げよ」
シリルと呼ばれた女にあっさり拒絶されるも、ミドリは予想していたのか、機嫌を損ねたりはしなかった。
だが、地下への階段へと向かうのは明らかに渋っていた。それに気づいたシリルが面白そうに声をかける。
「何?今更あの二人を抱くのは、無理なのかしら?」
「……否定はしないさ。数ヶ月もこの格好だったんだ。今更あれを抱けと言われても、自分で自分を抱いてるみたいでな」
「無理もないわね」
シリルはそう言って笑った。
「じゃ、あの二人は用済みだしもう処分するように言っておくわ。あんた達はいい加減元に戻って身体でも洗ってきなさい。ウルフレッドへの報告はその後でもいいでしょう?」
「ああ、そうさせてもらう」
ミドリはそう答えると、横でひねていたコスモスを引きずりながら、シャワールームへと移動した。
シャワールーム手前の脱衣所に着いた二人は、そのまま服を脱ぎ始める。すぐに一糸まとわぬ姿になった二人は、互いの身体を見つめていた。
「最初はこれの中身が野郎だと思うとイヤな感じがしたもんだが……結局、慣れなかったな」
そう言ってミドリが目を逸らすと、コスモスも頷き、
「慣れなかったと言うより、慣れたくなかったけどな」
そう返した。
「で、先に戻るのか?」
「……いや。野郎二人でシャワーを浴びるよりは、外見だけでもこの方がまだマシだ。終わってからでいいだろう」
コスモスの確認にミドリはそう答え、シャワールームへと入っていった。
そして数分後。
脱衣所には一足先に出てきたミドリの姿があった。コスモスは後から出てくることになっている。
「さて、懐かしの姿に戻るとしますかね」
ミドリはそう言って大きくのびをすると、身体の前で複雑な印をきり、黙々と呪文を唱え始めた。
その呪文が終わると、ミドリの身体の輪郭がぼうっと霞んだ。そして霞んだまま、ミドリの身体が一回り、二回りと大きくなっていく。
だが、そんな現象はすぐに終わり、そこに立っていたのはブロンドの顎髭を蓄えた一人の男だった。
男――クレメンスは素っ裸のままの自分の身体をその目で確認すると、満足げに頷いた。
「数ヶ月も女をやってたが……やっぱりこっちの方がいいな」
そう言うと、用意しておいた着替えを素早く身に纏い、
「フランク!そろそろ出てこいよ!」
とシャワールームの中に声をかけ、脱衣所を出た。
数分後、男に戻ったフランクを引き連れ、クレメンスは建物の最上階の一室へと足を運んだ。
「入れ」
ノックをしてすぐにそんな返事があり、クレメンスは扉を押し開けて部屋へと入った。
最上階ともなれば本来窓からの光で十分明るさが確保されていそうなものだが、その部屋は薄暗かった。これは部屋の主の主義だか趣味だかで、全ての窓に薄っぺらいとはいえ色の濃いカーテンが掛かっているからだった。ただ、下の方の階と違って空気に変な匂いも色も付いていない分、この建物の中では居心地のいい部類に当たる。
そんな部屋は窓のない両側の壁は中身がすかすかの本棚で埋め尽くされており、窓に向かっては大きな木製の机が設置されていた。その机の手前に置かれたクッションの効いた豪華な椅子に、金髪を肩まで垂らした男が座っていた。彼の名前はウルフレッド。クレメンス達が所属するペトーテロの暫定マスターである。
ウルフレッドの前に歩み寄ったクレメンスとフランクは、男の手前1mほどで膝をついた。
「クレメンス、フランク。共に戻りました」
そう言って頭を下げた二人に、ウルフレッドは一筋だけ赤い髪をいじりながら声をかけた。
「よく戻ったな。成果はあったのだろうな?」
「はい」
クレメンスはそう答えると、この数ヶ月の間にあった事、手に入れた情報について順番に説明していった。
「……そうか。イデア社の手先は捕らえ損ねたか」
「はい、申し訳ありません」
クレメンスの言葉に、ウルフレッドは少々残念そうではあったが、無理をすれば自分たちの方が危ない事はよく理解していた。それに、別の報告の方が気になっていた。
「それで、その建物で見つけたのは何だ?」
その言葉にクレメンスは懐からあのログハウスで見つけた一枚の紙切れを取り出し、ウルフレッドの方へと差し出した。
「……ほう」
それに目を通したウルフレッドの第一声はそれだった。尤も、彼が目を通したのはまだ紙の上半分だけだったが、それだけでもウルフレッドをうならせるに値する情報がそこには書かれていたのである。
「ここに書いてある事が本当だとすれば、この世界がこうである理由も説明は出来るな」
そう言いつつも、ウルフレッドは紙に書いてある事を素直に信用するつもりはなかった。
紙に書かれている事が本当だとするなら、それは十分驚愕に値する事であり、多少の犠牲を出してでも手に入れるべきものをイデア社が持っているという事になる。
一方で、めぼしい物が全て引き払われたはずの建物に、このような物が残っていたという所が限りなく怪しかった。平たく言えば何者かの意図、それも罠の類を疑う方が自然だった。
(まあ、これを持っているだけでどうにかなるという事はないようだな)
自分の前に跪いているクレメンスとフランクを見ながら、ウルフレッドはそう判断した。持っているだけでどうにかなるようであれば、この二人が無事に帰ってきた事がそもそもおかしいと言えるのだ。
それに、この紙には魔力の類を感じない。その点からもこの紙そのものに罠が仕掛けられている事はないとウルフレッドは確信した。
そうなると興味は紙の下半分に書かれている事へと移る。
「……下半分はなんだ?」
この紙を手に入れてから、そこに書かれている内容を十分に検討する時間があった二人に、ウルフレッドはそう訊ねた。
だが、
「何らかの術式である事は間違いないかと。ただ、資料不足でそれ以上は」
クレメンスから返ってきた答えに、ウルフレッドは心の中で嘆息した。
紙の下半分に書かれているそれが何らかの魔術の術式である事は見れば分かる。魔方陣まで描かれているのだから間違いはない。その魔方陣も稼働しない落書きなどではない事も見れば分かった。だが、その術式が一体何のためのものなのかはさっぱり分からない。
だからこそ訊いたというのに、クレメンス達も分からないと言うのだ。
だが、それでクレメンス達を叱るような事はしない。確かに、資料もない状態で術式の効果を調べろというのは無理がある。
いっそ実際に発動させてしまえばいいのだろうが、この魔術を発動させる事で罠も作動するかも知れないのだ。そもそも、見ただけですぐに使えるようになるような術式でもないので、クレメンス達がこれの効果を突き止められなくても無理はなかった。
「罠の可能性もあるが、シュレーベやナイトガウンに教えるのは勿体ないか」
ウルフレッドはそう呟きつつも、場合によっては手を組んでいる2つの結社に教える可能性も考えていた。危険なようなら、彼らにやらせて様子を見るつもりなのである。
とは言え、初っぱなから彼らに教えるつもりはない。
「まずは我々で解析を試みるとしよう」
そう断言し、紙切れを机の引き出しにしまい込んだ。
「今夜の集会でこれの解析に当たらせる者を何人か選ぶ。資料に関しては、質が相当低いが公立図書館に行けば少しくらいは役に立つ書籍もあるだろう。地下書庫とやらに行ければ良いが……」
「それは流石に危険です。大陸会議の目を眩ませるのはそれほど難しくはありませんが、イデア社が何を仕掛けているか分かったものではありません」
クレメンスの言葉にウルフレッドは目を閉じた。まさしくその通りだったからである。
先ほど処分したと報告があった二人から得た情報の中に、公立図書館の地下書庫の事があった。二人も詳しくは知らなかったが、ルーン文字で書かれた書物が保管されていたと話だけは聞き出せた。
それは実に興味深い話ではあったが、ウルフレッドは手を出そうとはしなかった。下手に手を出せば、やぶ蛇になる可能性があまりにも高いからである。
「今は無理だな。いずれ手は考えるが、今のところは資料無しで何とか解析してもらうしかないな」
ウルフレッドはそう言ったが、それがどれだけ困難な事かはよく分かっていた。
クレメンスとフランクが退室した後、ウルフレッドは机へと向き直って、どうにかして地下書庫の情報を手に入れられないものかと思案し始めた。
(直接行けないなら、その辺の連中を代役に仕立て上げる必要があるが……)
そこで先ほどの紙切れに書かれていた内容を思い出す。
(あれが本当なら、精神操作系の魔導も使えるはずだな。あまり強くやると、問題が起きるかもしれないが、そこまで強い操作も必要ないだろう)
そう考えると、ウルフレッドは部下の中でその手の魔導を得意にしている者を選び始めた。とはいえ、ジ・アナザーにいるペトーテロのメンバーはウルフレッド自身を入れても12人しかいないのですぐに終わったのだが。
「トレントしかいないか」
すぐにそう結論したウルフレッドだったが、問題もあった。
トレントは今、キングダムにいないのだった。ついでに言うと、キングダムにいない部下はトレントだけではない。他にも3人ほどキングダムを離れて活動していた。
(次の定期連絡まで、呼び戻す事も出来ないのは……流石に不便だな)
そうは言えども、クランチャットを使うわけにはいかないだけに、連絡が付くまでだけでも後一週間は待たなくてはいけなかった。
おまけに、連絡が付いてもトレントがキングダムまで戻ってくるのには更に数日かかる。
(まあ、地下書庫の情報が手に入ったところで、これの解析にどれだけ役に立つか分からないか。ゆっくり待つくらいでちょうど良いだろうな)
一筋だけ赤い自らの髪をいじりながら、ウルフレッドはのんびりと待つ事にしたのだった。