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ジ・アナザー  作者: sularis
第一章 魔王降臨と閉じ込められたプレイヤー達
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第一章 第八話 ~エラクリット~

 トルーズに着いたサーカス避難隊は、トルーズで一泊した後、翌朝にはナスカスへ向けて出発した。そして、ナスカスに着いた時点で避難隊は解散となった。

 ナスカスは元々5000人近いプレイヤーを収容する能力があり、1000人規模のサーカスやトルーズよりも遙かに大きい町である。しかも、『魔王降臨』直前に大量に強制切断されたプレイヤー達の利用していた建物や部屋がそのまま空いていた。そのため、一時的であっても定住を希望するプレイヤーがいれば、全て受け入れるというのが、ナスカスを管理しているフォレスト・ツリーの意向であった。

 一方、サーカスから引き上げてきたフォレスト・ツリーのサーカス支部のメンバーはナスカスに到着後、予めナスカスのフォレスト・ツリー本部との打ち合わせていたとおりに、エラクリット制圧部隊を立ち上げた。既に治安が悪化しているため、武力による制圧、最低でも威圧が必要だとフォレスト・ツリーは考えており、それに賛同した多くのプレイヤーが制圧部隊に参加を表明した。

 そして、サーカスからの避難隊がナスカスに入った僅か二日後、エラクリット制圧部隊はナスカスを発ち、街道上で一夜を明かした後、エラクリットの東門を望める場所にまで到達していた。

 そのエラクリット制圧部隊の中に、レック達、蒼い月の面々も混ざっていた。


「思ってたより、壊れてないと思うんだけど?」

 遠くに見えるエラクリット東門を見ながらそう言ったレックに、

「うんうん。全然壊れてないっぽいね~」

 リリーが頷く。

「魔物の襲撃は北門からあったらしいからな。その他の門は無事らしい。街の中も、侵入される前に何とか撃退したとかで、魔物による被害は出てないと聞いている」

 昨夜、制圧部隊に参加したメンバーの主立った者達を集めて行われたブリーフィングに出ていたグランスが説明する。

「もっとも、治安の方はあまり良くないらしい。ナスカスに避難してきたプレイヤーの話では、略奪や暴力沙汰は既に起きてるらしい」

 と、苦い顔で現状説明を行う。

「そこにわいらが乗り込んでいって、バシーンと治安を取り戻すっちゅーわけやな」

「何か、警察みたいだな」

 ノリノリのマージンとクライストにも、

「残念ながら、戦闘行為は起きないと思うぞ。悪さをしてる連中は別にエラクリットの支配とか目論んでるわけでもないしな。システム保護も取り締まりも無くなって、調子に乗ってるだけだろうしな。これだけの戦力で乗り込めば、手を出してくることはないはずだ」


 ブリーフィングでフォレスト・ツリーが示したその見解には、多少の異論が出たものの、制圧部隊が大規模な戦闘に巻き込まれ被害を出す可能性が低い点には誰も異論は無かった。

 仮に攻撃してくる勢力があったとしても、強制切断と魔物の襲撃で戦力をまともに維持できているギルドは無いだろうし、この短い期間では犯罪行為に走ったプレイヤー同士が手を組むのも難しい。制圧部隊の規模が思ったより大きくなったこともあり、エラクリットの治安回復に大きな問題は無いだろうと予測されていた。


「では、このままエラクリットに入るわけじゃな」

「ああ、そうなるな。エラクリットの役場を確保した後は、治安の回復が確認され次第、制圧部隊は一度解散。エラクリットの防衛部隊を再度募集するそうだ」

 ディアナにグランスがそう説明している後ろでは、既に興味を無くしたリリーが、

「前のギルドハウス、空いてるといいね~」

「そうですね。折角戻ってきたんですから、慣れたギルドハウスの方が落ち着けます」

 と、ミネアと話していた。

 そこに、

 ピッピッピー

 と、笛の音が聞こえてきた。前進の合図である。

「では、行こうか」

 合図を受けたグランスの言葉に、蒼い月の面々もエラクリットへ向けて歩き始めた。



 その一時間後。

 大した抵抗もなくエラクリットに入った制圧部隊は、残っていたプレイヤー達の歓迎を受けながら(一部のプレイヤーからは疎ましげな視線を受けながら)、予定通りにエラクリットを管理していた公認ギルドのギルドハウス――通称はやっぱり役場――に入っていた。

 エラクリットの役場は、装飾のない簡素な石造りの四階建て。面積も縦横100メートル近くとかなり広かった。これと比べると、コンラッドにはナスカスにあるフォレスト・ツリー本部がみすぼらしく思えた。


 フォレスト・ツリーおよびその護衛達は、役場の一階で最も広い受付の部屋に集合していた。ここの広さだけでも、小さな家ならまるまる入りそうな広さがある。

「フォレスト・ツリーは全員揃っているな?」

 コンラッドの声に、「揃ってるぞ」と誰かが返した。護衛が全員揃っているかどうかは気にしない。非戦闘員であるフォレスト・ツリーのメンバーを不意の出来事から守れるだけの人数がいればいい。

 コンラッドも自分の目でいるべきプレイヤーが全員揃っていることを確認すると、

「では、全員で管理証を探すぞ。

 フォレスト・ツリーのメンバーは護衛と一緒に、各部屋を徹底捜索。担当する部屋は適当に決めてくれて構わない。多分、目立つところに飾られているだろうから、すぐに見つかるはずだ。

 俺はこの受付で探すから、見つけたらこの受付まで持ってきてくれ」

 その指示の下、予め決めていたとおり、一人につき二人の護衛を伴ったフォレスト・ツリーのメンバー達が次々と役場の奥へと吸い込まれていった。

 その様子を見ていたコンラッドの護衛役、辺境の槍のユージはふと気になったことを訊いてみることにした。

「その管理証ってのが、街の管理に必要なアイテムなんだろ?泥棒の類に見つかって盗られないように、隠してあるんじゃないのか?」 その言葉に振り向いたコンラッドは、にやりと笑うと、

「管理証はシステムアイテムだからな。公認ギルドの正規メンバー以外には触ることは出来ないのさ」

「しかし、プレイヤーに対するシステム保護は全部無くなってるんだろう?管理証とやらの保護も無くなってるんじゃないのか?」

「いや、ちゃんと残ってる。フォレスト・ツリーの保有している管理証で試してみた。公認ギルドのメンバー以外は触ろうとすると拒絶される」

 自信満々に答えるコンラッドに、ユージはもう1つの質問をぶつけた。

「その街を担当していない公認ギルドのメンバーでも、触ったり使ったりはできるのか?」

「ああ。その辺は運営もいい加減だったんだな。まあ、公認されるようなギルドに人様の管理してる街の管理証をどうこうしようというやつはいないから、問題にはならなかったんだろうな」

 その答えに、ユージはなるほどと納得した。


 管理証。それは公認ギルドが街を運営する上で必要な、イデア社からの配布アイテムである。

 自らが管理・運営している町に対する公認ギルドの権限は強大で、町の全ての建築物の管理は、管理ギルドが一手に担っている。この管理の内容が公認ギルドの権限の強さの根拠と言ってもいい。

 まず、町の全ての建築物は管理している公認ギルドのものであって、一般プレイヤーが自前の建物を保有することは出来ない(当然、一般のプレイヤーは管理ギルドから町の建物をレンタルすることになる)。また、町にある全ての施設への立ち入り許可も管理ギルドが行うため、管理ギルドから拒否されたプレイヤーは該当する施設に入ることが出来なくなる。

 さらには、建築するのも修理するのも全て管理ギルドであり、仮に一般プレイヤーが勝手に建築や修理を試みた場合、勝手に建築された建物は必ず半日と持たずに倒壊するし、修理した場所もまた壊れる。

 はっきり言って、銀行サービスの拒否権など、建築物管理に比べれば、微々たるものでしかない。

 そして、それら全ての権限を公認ギルドに与えるのが管理証(という魔導具)であった。イデア社から発表された設定では、町全体を覆っている不可侵の領域魔法の媒体だとされている。


「さて、部下にばかり任せてないで、俺もちゃんと探すか」

 コンラッドの言葉に、

「どこをだ?」

 とユージは思わず訊いてしまって、後悔した。

「どこって……来客が入れないカウンターの中だろう」

 と、予想通りの答えが返ってくる。

 ちなみに、コンラッドとユージは、受付にある木製のカウンターの外にいた。

「普通はさすがに、来客の目につくところには堂々と置いておかないけどな」

 そう言いながら、コンラッドはカウンターの中に入り込み、外から見えないような場所を素早く見て回る。

「さすがに、そう簡単には見つからないか」

 そう言いながら、カウンターの奥の柱の裏側を一本ずつ見て回り、

「やっぱり無いな」

 と、次はカウンターの裏を探しにかかる。

「手伝おうか?」

 思ったより時間がかかりそうだと、ユージが手伝いを申し出たが、

「いや、どんなのか知らないだろ?それに数分もあれば見つかるはずだから、不心得者が入ってきたりしないように見張っていてくれ」

 と、断られてしまった。

 もっとも、ユージの手伝いはホントに必要なかったかも知れない。

 コンラッドはカウンターの裏を探し始めてすぐに、ギルドメッセージを受けとることになった。

 カウンターの裏から出てきたコンラッドは、個人端末を操作してメッセージを確認すると、

「あー、見つかったそうだ。……二階にあったのか」

 と、ユージに見つかった旨を伝える。

「すぐに持ってくるそうだ。ついでだから、どんなのか見せてやるよ」

 と言って、カウンターから出てくると、手近なソファに身体を埋め、今後の予定について考え始めた。


 ナスカスの本部にいる間に聞いた話だが、現時点では機能している公認ギルドは、フォレスト・ツリーを含めても5つほどしか確認できていない。しかも、その5つの公認ギルドも、『魔王降臨』の際にログインしていた、あるいは直後にログインしてきたプレイヤーをかき集めても、人員が元の半分にもならないとフォレスト・ツリーの首脳陣は考えていた。となると、今後多くの町が無人になるということを考慮に入れても、公認ギルドの手が回らず、管理を受けられない町が相当できてしまう。

 そのため、一刻も早く残された公認ギルド同士で連絡を取り合い、重要な町の管理だけでも行う必要があるというのが、フォレスト・ツリーに所属するコンラッド達の総意だった。

 ただ、いつになったら他の公認ギルドとの連絡が取れるか分からない。そのため、とりあえず今後のフォレスト・ツリーの活動のし易さから、エラクリットに本部を移すことになっている。


 というコンラッドの思考は、階段から現れたフォレスト・ツリーのメンバー、ライカが持ってきた金色のメダルを見て中断された。

「コンラッド、やっぱり堂々と飾ってあったよ」

 緑色の目を輝かせながら、ライカはコンラッドに金色のメダルを渡した。何かにつけてよく弾む緑のショートがよく似合っている活発そうな少女だ。

「ああ、ありがとう」

 そう言ってコンラッドがライカから受けとったメダルを見て、

「それがそうなのか?」

 意外に小さいなと思いながらユージが確認する。

「ああ、これが管理証だ」

 と答え、コンラッドは何かいたずらを思いついたような、意地の悪そうな笑みを浮かべ、

「試しに触ってみるか?」

 とユージに訊いた。

「いいのか?」

「構わんさ。どうせ無理だし」

 そう言ってコンラッドが差し出した管理証に、ユージはおそるおそる手を伸ばし……

 パチッ

 火花が散り、慌てて手を引っ込めた。

「ま、そういうことだ。直接間接を問わず、公認ギルドに属していないプレイヤーが触ろうとすると、電撃で拒絶されるってわけだ。今のはちょっと触ってみようとしただけだからいいが、持とうとしたりしたら、もっと強い電撃が走るぞ。ま、それを何とかしても、動かせないんだけどな」

 にやにやしながら解説するコンラッドを睨みながら、

「動かせないってどういう事だ?」

「さあな。その辺はよく分からん。そういう仕様だとしか言えないな」

 それ以上は訊かれてもお手上げだ、と言わんばかりのコンラッドの様子に、ユージはこの件でのそれ以上の質問は止めた。

 そうこうしてるうちに、上階の探索を行っていたフォレスト・ツリーのメンバーもぞろぞろと戻ってきた。

 それを見たコンラッドはユージとの会話を打ち切り、秘書として同行してきていたユッコを連れ、受付カウンターの奥の部屋へと姿を消した。

「何しに行ったんだ?」

「管理証が使えるかどうかじゃないかな?さすがにその辺は部外秘だから、人がいない部屋に行ったんだよ」

 ライカの答えを聞いて、ユージはなるほどと頷いた。

「ま、すぐに出てくるよ……ってほら、もう出てきた」

 ライカが言ったとおり、姿が見えなくなって一分と経たないうちに、コンラッド達は戻ってきた。

「どーだった?」

「ああ、問題ないな」

 ライカの確認に、にやりと答えたコンラッドは、ユージを見て、

「じゃ、予定通りエラクリットの掌握に取りかかろう」

「ああ、それじゃ、半数にはもう一度この建物の中の確認を行わせる。残りはお前達と広場に行けばいいんだな?」

 予定を口に出して確認したユージは、コンラッドの返事も待たずに同行していた辺境の槍のメンバーやその他の冒険者達に指示を飛ばした。

「よし、それじゃ行くとしようか」

 そう言うと、コンラッドはユージ達を引き連れて、広場へと向かった。



 コンラッド達が役場に入った頃、蒼い月のメンバーは他の冒険者達と一緒に石畳が敷かれたエラクリットの中央広場に到着していた。別行動の目的は、この後予定されているフォレスト・ツリーによるエラクリットの管理を宣言の下準備である。

 といっても、ナスカスから制圧部隊が到着した時点で、悪化していたとされるエラクリットの治安状況は劇的に改善していた。そのため、せいぜい広場に落ちている邪魔なゴミを片付けるくらいしかやることはなかったのだが。


 治安が悪化していた最大の原因は、プレイヤーの間に蔓延していた不安であり、「管理する能力」を持ったフォレスト・ツリーと「町を守る戦力」になりうる制圧部隊の到着により、その不安が大きく払拭された。その結果として、自己保身やストレスから暴力的、犯罪的な行為に及んでいたプレイヤーが冷静さを取り戻したのである。


「ま、思ったより荒んでなくて、一安心ってとこだな」

 町に残っていたプレイヤー達の協力もあって、ゴミ掃除もあっさり終わり、暇になった制圧部隊の冒険者達も、エラクリットのプレイヤー達に混じって、そこかしこで雑談に花を咲かせ始めていた。

 蒼い月のメンバーも同様で、今の台詞はここに来るまでのエラクリットの様子を見たクライストの感想である。

「治安が悪化してるというから、もっと酷いかと思っておったがのう。ちょっと拍子抜けじゃの」

「酷くないに越した事はないけどね」

「本当に酷くなっていたら、治安を回復するのも一苦労だからな」

 クライストの言葉に、レック達も次々と感想を口にする。

「本当に酷くなっていたらって、どのくらいを想像してたんだ?」

「最低でも、プレイヤー同士の殺し合いまで発展してるケースだな。さすがにそこまで悪化していると、治安を回復させても後始末が大変だ。

 本気で最悪なのは、犯罪系のギルドが町を支配してしまっている場合だな。その場合は、町をどうにかしようとするなら、戦争でもするしかないだろうが……そこまで戦力が揃えられないようなら、町ごと見捨てるしかない可能性も出てくるな」

 ブリーフィングでも、エラクリットの状況はそこまで悪化していないが、と前置きした上で、フォレスト・ツリーが他の町で起きうる可能性として挙げていた。

「そうなると、犯罪者の町のできあがり、という訳じゃな」

「うわ、それ、さいてー……」

 ディアナの言葉に、リリーが半眼になってげんなりする。

「まあ、エラクリットはもう大丈夫だろう。ただ、治安の悪化以外でも単純に人が減りすぎて維持できなくなる町が沢山出てくるだろうな」

「ってことは、行きづらくなる場所も増えるって事か」

「ああ。当面は状況の変化を注視するしかないな」

「じゃ、しばらくはまたここを拠点に?」

 レックの言葉に、グランスは即答を避け、

「……俺としてはそれがいいと思うが、みんなはどう思う?」

 というグランスの提案は、

「僕はそれでもいい」

「俺も構わないぜ」

「わたしもいいと思います」

「あたしもいーよ」

「マージンは知らんが、私もよいぞ」

 と、ここにいない一名を除く全員の賛成が得られた。

「そう言えばマージンさん、夜には合流できるのでしょうか?」

「馬を借りたと言うておったから、問題なかろう」

 心配そうなミネアに、ディアナがそう声をかけた。


 何故マージンがいないかというと、本人は避難隊がナスカスに到着した後、臨時日本語教師の役目から逃げ出して、すぐにレック達に合流するつもりだったらしい。しかし、外国人プレイヤーの家の世話やら何やらで通訳が出来る人材を一人でも多く求めていたフォレスト・ツリーが逃すわけもなく、逃げ損ねたマージンはさんざんにこき使われ、解放されたのが昨日夜のこと。

 そして今朝、報酬代わりに馬を借りて、こちらに合流するべくナスカスを発ったらしい。一人旅というのはあまり良くない感じもするが、馬を使っているので、空を飛べる魔獣を除けば大抵のエネミー(凶獣、魔獣、亜人種などプレイヤーに敵対する存在をまとめて呼ぶ場合には、こう呼ばれる)とは遭遇しても十分振り切ることが出来るはずであった。


「まあ、こっちに来たら来たで、また通訳としてこき使われるかも知れないけどな」

「「あー……確かに」」

 クライストの不吉な推測に、仲間達は同意せざるを得なかった。


 元々、英語が堪能な日本人プレイヤーはあまりいない。正確には結構な人数がいるのだが、そのほとんどは仕事柄フォーマル・アバターでメトロポリスにいたプレイヤーである。キングダムで冒険をしているようなプレイヤーにも英語を話せるプレイヤーは少なくないが、そのほとんどが最低限かそれよりちょっとマシな意思疎通が出来る程度。グランスやクライスト、ディアナもその部類に入る。

 日本語も英語も堪能なマージンのようなプレイヤーは、貴重な人材なのであった。


 レック達がそんなことを話していると、周囲が急にざわつき始めた。

「何か起きた?」

 きょろきょろするレックに、

「ああ、フォレスト・ツリーの連中が来たみたいだな」

 広場から役場方面へと続く道へと目をやったグランスが答える。

「ってゆーか、すっごい人……」

「そうですね」

 リリーとミネアは、むしろいつの間にか広場を埋め尽くすほどに集まっていたプレイヤーの数に驚いていた。

「みんな、安心したいのじゃろう」

 訳知り顔でディアナが解説する。

「ま、この二週間はろくな事がなかっただろうからな。ってか、俺たちこんな端っこでいいのか?演説だかなんだか知らねーけど、こっからじゃよく見えねえんじゃねえのか?」

 クライストが移動を提案したが、

「とっくにいい場所なんて空いてなかろうよ。それに、フォレスト・ツリーの話を一番聞きたいのは、私たちじゃなかろう」

「そうだな。ディアナの言うとおりだ」

 と、ディアナ、グランスに却下された。


 その間にも、辺境の槍、サザビーズ、レッドハットのフロンティアから戻ってきた3つのギルドに護衛されたコンラッド達フォレスト・ツリーが広場へと隊列を組んで入ってきていた。


「はぁー、ずいぶん物々しいな」

 感心したようにクライストが声を上げると、

「マジ?」

 背丈が低く、人混みの中では何も見えないリリーに、グランスが、

「肩車でもしてやろうか?」

「う、それは恥ずかしいからいい……」

 微笑ましいとも言えるやりとりに、レック達は笑みを浮かべた。普段ならからかうクライストも、さすがに今は自重したらしい。


 そうこうしているうちに、演説台の周囲を辺境の槍、サザビーズ、レッドハットのメンバー達が取り囲んだ。フォレスト・ツリーのメンバー達は演説台の横に控えている。その中を、左右に辺境の槍のギルドマスターのユージとサザビーズのギルドマスターのニコラウスを従えたコンラッドが、広場の片隅にある演説台にゆっくりと上がっていった。

 それを見て、ざわめいていたプレイヤー達が急激に静かになる。

 彼らの視線を一心に受け、緊張したわけでもないだろうが、コンラッドは一度左右のユージとニコラウスと顔を見合わせ、再び広場を埋め尽くしているプレイヤー達の方へと向き直ると、「こほん」と一つ咳をした。

 その挙動を見守り、息を呑む群衆。

「あー、俺の声がちゃんと聞こえているか!?」

 コンラッドの第一声はそれだった。期待されていた台詞とはずいぶん違う言葉だった。

 それでも、広場に集まったプレイヤー達は文句一つ言わない。ただ、聞こえていた証拠として、皆、無言で大きく頷いた。

 それを見て安心したのだろう。コンラッドも軽く頷くと、

「俺はコンラッド。町の管理・運営資格を持つ公認ギルド、フォレスト・ツリーのメンバーだ」

 既に彼の正体を予想していたプレイヤーも少なくなかったはずだが、それでも改めて直接聞いたためか、一部の聴衆から微かなどよめきが起きた。

 それが収まるのを待って、コンラッドは言葉を続ける。

「知っての通り、『魔王降臨』の際にこの町を管理していた公認ギルド、ネスト・オブ・ウィングにはこの町を管理し続ける能力が無くなってしまった。本来ならばその時点でこの町を放棄せざるを得ない。だが、町の管理は実はどの公認ギルドであっても可能だ」

 コンラッドはそこで一度言葉を切った。

 その間にも、彼の次の言葉への期待が、聴衆の中で膨らんでいく。そして、彼らの期待していた言葉がついに、

「よって今日この時より、我々フォレスト・ツリーがここエラクリットの管理を引き継ぐ!以上だ!」

 コンラッドの口から出てきた直後、広場に集まっていたエラクリットのプレイヤー達の間で、歓喜の声が爆発した。


 管理ギルドの不在は、この町の行く末にとてつもない不安をもたらしていた。加えて、魔物の襲撃とそれによる多数の死傷者は、エラクリットのプレイヤー達に絶望に近いものをもたらしていた。

 フォレスト・ツリーと彼らが連れてきた冒険者達の登場は、ジ・アナザーから脱出できない事実には変わりがないということを差し引いても、エラクリットのプレイヤー達に大きな安心をもたらしたのである。


 コンラッドの宣言が終わってすぐだというのに、広場の真ん中の方はプレイヤー同士が抱きついたり、泣き出したり、肩を抱き合って笑いあったりと、いい意味で大混乱となっていた。そして、広場の中程に陣取っていた制圧部隊の冒険者達もそれに巻き込まれて、笑顔ながらも揉みくちゃにされていた。

 演説台に近いプレイヤー達は演説台へと突撃しようとして、護衛に当たっていたギルドのメンバー達に宥められ、押しとどめられている。

「うっわー……もー、しっちゃかめっちゃかだね~」

 あまりの混乱に微妙に引いているリリー。

「ええ、広場の端で良かったと思います……」

 本気で安堵しているミネア。

「それは俺への当てつけか!?」

 とガックリする(振りの)クライスト。無論、ミネアはそんなことをしないと分かっていての所行である。しかし、

「あ、いえ、わたしはそんなつもりじゃ……」

 と慌てて両手を振って否定し始めたミネアをかばうかのように、

「か弱き女子をいじめるとは……恥を知れ!」

 と、ディアナに思いっきり脳天を殴られていた。

 そんな悪ふざけが出るあたり、レック達も多少、広場の陽気に当てられていたのだろう。

 そんな中、いつも冷静なグランスが、

「ああ、フォレスト・ツリーの連中がしっかり戻っていくな」

 すかさずそのことに気づいて、

「役場に行くぞ」

 と仲間達に声をかけた。

「え?なんで?」

 その理由を理解できないレックだったが、

「前と同じ建物をさっさと借りてしまいたいからな。出遅れると面倒だ」

 その説明に納得した蒼い月のメンバーは、当分お祭り騒ぎが終わりそうにない広場を離れ、役場へと向かった。



「あー、久しぶりだわ、ここ」

「そうじゃな。ここを離れてから二月と経っておらんが、もう懐かしいのう」

 夕方、日が暮れる前に、レック達は口々に久しぶりだの、懐かしいだのと言いながら、前にギルドハウスとして使っていた建物の鍵を開けてなだれ込んだ。


 サーカスに移る前の数ヶ月、拠点として利用していたエラクリットのことを、レック達は裏道までしっかり把握していた。その裏道を使って広場から役場に行ったレック達が、前にギルドハウスとして使っていた建物を借りられるかどうか、フォレスト・ツリーに問い合わせたところ、幸いなことにまだ空いていたので、その場ですぐに賃貸契約を結び、当面の拠点としたのであった。

 ちなみに、フォレスト・ツリーは役場の整理や町の状態把握で相当ばたばたしていたが、サーカスから一緒にここまで来た誼もあって、イヤな顔1つせずにレック達の要望に応えてくれた。

 ……ただし、マージンがエラクリットに到着したら、フォレスト・ツリーの仕事を手伝うという条件付きで。


「ここのところ大変でしたし、やっぱり慣れた場所だと落ち着きますね」

「だね~」

 ミネアの言ったとおりなのか、レック達はだいぶリラックスできていると感じていた。

 ただ……

「家具が足らんのう……」

「だな」

 帰ってきたここには、今必要とされる家財道具がいろいろと足りなかった。

 前に借りていたときに使っていた家具をそのまま置いていったので、人数分の椅子とテーブルはある。台所の棚などもある。

 しかし、小さな物はサーカスに持って行ってしまったため、何もない。

「とりあえず、アイテムボックスに入れて持ってきた分くらいは出しておこうか」

 というグランスの言葉で、仲間達は各々のアイテムボックスから皿やら箸やらスプーン、フォークやらを次々と取り出し、台所の食器棚へと詰め込んでいった。

 しかし、まだ足りない。

「クッションは?」

「持ってきてねえよ!」

「鍋や包丁は?」

「ないな」

「ソファやベッドは?」

「それは最初からないじゃろう」

 という具合に、ナイナイ尽くしである。

「まあ、フォレスト・ツリーが入ってここの治安も回復するだろうから、明日からは開いている店を探して、誰か必要な物を買ってきてくれ」

 その言葉にレックが、

「グランスは?」

「情報集めを兼ねて、フォレスト・ツリーの手伝いでもしてくるさ。あっちもここの状況把握で人手がいくらでも欲しいはずだ。場合によると、何人かに手伝って貰うことになるかも知れないが……ま、ついでに給料でも貰って来れたら最高だな」

 そう、グランスはにやりと笑って見せた。



 ちなみに……

 完全に日が落ちてからギルドハウスに到着したマージン。自分が知らない間に、ギルドハウスのレンタルと引き替えに売られたことをミネアから聞かされ、


「なんでやぁぁぁぁぁぁ!!」


と叫んでいたのは些か同情の余地があろうか。

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