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ジ・アナザー  作者: sularis
第九章 生き別れて
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第九章 第三話 ~ミドリとコスモス~

 森の中を人影が2つ、歩いて行く。その髪の長さから見て、二人ともが女性だろう。

 ただ、二人ともぱっと見、防寒具を除けばかなり軽装備である。もしここに誰かがいて彼女たちの装備を見たなら、心配のあまり、下心抜きで同行を申し出てもおかしくない。

 何しろ、この辺りの森に生息している凶獣はそれなりの強さである。たまに魔獣すら出るという。そんな場所をまともな武器も持たずに歩き回るなど、自殺願望があると言われても仕方ないことなのだ。

 だが、彼女たちには、自分たちがそんな危険地帯を無防備に歩いていることなど全く気にした様子もない。


「一度、キングダムに戻った方が良かったんじゃないか?」

 彼女たちの片割れ――淡いピンクの髪を後頭部で短く束ねた少女が、もう一人にそう話しかけた。

 人目がないからか、思いっきり男のような口調である。

 声をかけられた淡いエメラルドグリーンの髪を腰まで伸ばした少女は、歩く速さを緩めると連れの方へと振り返り、

「つってもな。あいつらが帰ってこなかったんだ。キングダムに戻るだけでも2~3ヶ月。往復したら半年だぞ。そんな時間かけてられるか」

 こちらも外見には全く似つかわしくない口調で、そう答えた。

「それはそうだけどな。二人でってのはきついぞ」

「分かってやってるんだ。おまえもそうだろう?」

 ミドリの言葉に、コスモスは反論できなかった。反対するならこうして町を飛び出してくる前にするべきであり、今更――なのである。


 ちなみにこの二人がこうして森の中を歩いているのは、蒼い月の一行が予定日を大きく過ぎてもユフォルに帰ってこなかったからである。話題になっていたワイバーンの事を考えるに、襲われて全滅してしまった可能性が高いと考え、ユフォルで待つのを止めたのだった。

 だが、これまでの会話で分かるように、この二人の目的は蒼い月の消息を探すことなどではなかった。


 無駄口をたたくのを止めた二人は、周囲に対して注意を払うこともないままに、森の中をひたすら歩き続ける。その様子は、いっそ警戒心が完全に欠落していると言ってもいいほどだった。

 ただ、不思議とそれでも問題ないらしい。

 様々な鳥の鳴き声に混じって時折獣の声も聞こえてくる以上、森にはエネミーではないものも含めて結構な生き物が住み着いているはずなのだが、黙々と歩き続ける二人の前には小鳥の一羽、トカゲの一匹すらも現れないのだった。



 そんな調子で、ユフォルを出てから十日とちょっと。

 結局一度もエネミーに襲われなかったミドリとコスモスは、霊峰の山麓へとやってきていた。

「場所は確かこの辺りのはずだと思ったんだが……」

「探知が使えないのは不便だよな」

「全くだ」

 コスモスの言葉に、ミドリが同意する。

 一月ほど前にこの辺りに来た時に周囲の地形はしっかりと頭に叩き込んでいるが、それでも目印になるようなものが何もないというのはつらい。

 この辺りに配置されているらしいあのイデア社の社員と覚しき人間にとっては、迷子になるような所ではないのだろうが、今のミドリとコスモスにとってこの辺りで小屋を1つ探すのは、迷宮から脱出するのとどっちがマシかというほど難しいことだった。

「一応、周囲の木には目印もつけたはずだ。せめてそれだけでも見つけられれば、後はすぐなんだがな」

「いちいち全部の木を見て回らないと見つけられないってのが、つらいよな」

「仕方ないだろう?目立たせるわけにもいかないんだからな」

 そう言って、ミドリは再び周囲の木の幹に前に来たときに付けた目印という名の傷がないか、一本一本確かめる作業を再開した。

 その様子を見ていたコスモスも、少しの休憩の後、木の幹を確認して回る作業を再開する。

「修復されて、傷なんか無くなってるとかないよな?」

 探し始めて3時間ほど経った頃、コスモスが木の幹に寄りかかってそうぼやいた。

「仕様変更でもない限り、ありえないな。それに『魔王降臨』からこっち、リアリティを増す事はあっても、その逆の変化は全く見つかってない。気づいて消されでもしない限り、傷が消えてるとは考えられないな」

 ミドリはそう答えると、やはり疲れていたのだろう。コスモスから少し離れた木の幹に寄りかかり、休憩を取り始めた。

「せめて魔術で探知できれば楽なんだがなぁ……」

「そんなこと出来たら、逆に連中にすぐに見つかるだろうが」

 ミドリはそう突っ込みを入れながらも、コスモスが本気で言ったわけではないことくらいは察していた。それどころか正直なところ、それが出来るならミドリもやっておきたかったくらいなのだ。

 とはいえ、簡単に目印を探す手段がない以上、手間をかけるしかない。


 しばしの休憩の後、再び探し始めた二人がお目当ての目印を見つけたのは、夕方になった頃のことだった。

 1つ見つかれば後は割と簡単に見つかるはずだったが、暗い中を探し回るのは無駄な労働でしかない。そんな訳で、二人はそこで一夜を過ごし、翌朝、残りの目印も全て見つけ出すと、目的地へと足を運んだ。


「これは……逃げられたか?」

 森の中に微かに残る魔力の残滓。それを感じ取ったミドリがそう呟くと、

「かも知れない」

 コスモスが木々の向こうに僅かに見える建物を凝視しながら、そう答えた。

 前に来たときには幻影の魔術がかかっていて、今ずっと向こうに見える建物――ログハウスはまともに視認できなかったのだ。

 今それが見えるということは、幻影の魔術が解けてしまっている証拠だった。

 ただ、それは幻影の魔術を維持していたはずの者たちが、ログハウスからいなくなっている可能性を示唆するものでもある。出来ればログハウスにいたはずの者たちを捕らえ、いろいろと情報を絞り出すつもりだったミドリたちからすれば、残念としか言いようがなかった。

「まあ、いないならいないで調べやすいか。罠がなければ、だけどな」

 自分たちに気づいて逃げ出したというなら、罠の1つや2つはあってもおかしくないとミドリは言った。

「外れを引いた挙げ句、罠にかかるなんてゴメンだぞ」

 話しながら歩き続け、既にログハウスを目前に、コスモスがそう答えた。

 とはいえ、ここまで来て中に入らずに帰る選択肢は二人にはなかった。

「最悪を考えるときりがない。注意はするが思い切りも必要だな」

 ログハウスを囲む背の低い木の柵。その途中に設けられた質素な門を前に、ミドリがそう言い、コスモスも頷き、早速門に罠が仕掛けられていないかどうか、調べ始めた。

「……とりあえず、これに罠はなさそうだな」

 しばらく門を調べた後に、コスモスがそう言った。

 一見、明らかに何も無いように見えても、魔術ならば思いもかけない罠を仕掛けておくことも出来る。しかし、魔術の罠(マジツクトラツプ)は魔力がなければ動かない。逆に言えば、魔力の気配が全くないなら、魔術による罠は警戒しなくてもいいのだった。

「システムを利用した罠は別だが……」

「そんなのがあったとしたら、それは諦めるしかないな」

 少し腰が引けた様子のコスモスを横目に、ミドリはそう言いながらあっさりと門を開け放った。

「待て!もっと慎重にだな!?」

 そうコスモスは慌てたが、

「おまえが調べた以上にどうやって慎重になれって言うんだ?」

「うぐ……」

 ミドリにあっさりと黙らされた。

「まあ、この調子ならシステムを利用した罠の心配はなさそうだな」

 ミドリはというと、門を一瞥した後、ログハウスへと視線を向けた。

「どうしてそう言える?」

「システム系の罠なら、一発で俺たちを好きに出来るはずだ。ならわざわざ中まで誘い込まなくても、入り口で俺たちを排除してしまえばいい。それをしなかったって事は、する気がないか出来ないか、だろう?」

 コスモスにそう答えると、ミドリはさっさとログハウスの玄関前の階段を登り始めた。

「後は、余程腐った神経をしていて、中で俺たちをいたぶろうとか考えてる場合だろうが……まあ、無いだろうな」

「だが、魔術の罠(マジツクトラツプ)があるかないかとは別だろう?」

「まあな。この扉も頼むぞ」

 ミドリはそう言うと一歩下がり、コスモスに玄関の扉を調べさせる。

「……ここにも罠の気配はないな。機械式の罠もなさそうだ」

 門の時に比べると、数倍の時間をかけて丁寧に調べたコスモスはそう結論づけた。

「鍵がないから、開けるのには手間取りそうだがな」

 そう付け加えたコスモスに、ミドリはにやりと笑ってみせると、

「鍵なんていらないだろう?」

 そう言って、扉をあっさりと蹴破った。

 呆れたような視線をコスモスにぶつけられてもミドリは意に介することなく、中へと倒れ込んだ扉を踏みつけながら、ログハウスの中へと入った。

「……思いっきりここで生活してたみたいだな」

 ログハウスに入ってすぐの左手を見れば居心地の良さそうな居間があり、右手を見れば数人で食事がとれそうな食堂があった。流石に、ちょっと前まで人がいたという気配はないが、そのいずれもがショールームのような形だけの空間ではなく、実際に人が住んで使っていた温もりがあった。

「隠れ家にはもってこいだな」

 遅れて入ってきたコスモスがそんなことを言うが、勿論完全に本気というわけではない。……いくらかは本気だったのだろうが。

「残念ながら、イデア社に知られてる場所では使えないな」

 ミドリの方もコスモスと似たような感想を持ったらしく、いつものようなコスモスを咎める口調ではなかった。

「とりあえず、おまえはそっちの食堂を調べてくれ。俺はこっちの居間を調べる」

 ミドリがそう指示を出し、二人はそれぞれの部屋を調べ始めた。ただ、罠を警戒しながらなので、なかなか調査は進まない。尤も、夕方まで調べ続けても罠の1つも見つからなかったのだが。

 夕方になり、外が暗くなるのも間近な時間。

 ログハウスの調査を一服した二人は、玄関の左手にあった居間のソファに身体を埋め、疲れた身体を休めていた。

「結局、罠は1つも見つかってないな。どう思う?」

 食堂とその奥の厨房の調査を終えたコスモスが、反対側の居間の調査を終わらせたミドリにそう訊ねた。

「罠がないんじゃなくて見つけられなかっただけか、本当に無いかだな。前者の場合、こうしている俺たちを監視する程度のものだろうが……それならとっくに俺たちは捕まってるはずだ。なら、本当に今日調べた範囲では罠はないんだろう」

「何で罠がないんだ?」

 そう訊いてきたコスモスを、ミドリは冷たい視線で一瞥した。

「おまえの首の上に乗ってるそれは、凡人どもと同じでただの飾りなのか?」

 それに軽口で返せるようなら、ミドリのコスモスに対する評価も低くはなっていないのだが、実際にはコスモスは「うぐっ」と固まってしまった。

 それを見ながら、ミドリは心の中でこっそりため息を吐き、自分の考えを述べる。意見や考えは常に共有しておかないと、いざというときに連携がとれなくなるからだ。

「まず考えられるのは、罠を仕掛ける時間がなかったというパターンだな」

「最初から用意しとけばいいんじゃないか?」

「そして、罠だらけの中で生活するのか?俺ならゴメンだな」

 ミドリのその言葉に、コスモスもそれもそうかと頷いた。

 それを見て、いくらかでも素直なのだけがこいつの美点だななどと、コスモスが聞いたら怒るか凹むかしそうなことを、ミドリは考えていた。

 尤も、そんなことはおくびにも出さず、ミドリはもう1つの仮説を口にする。

「あるいは、ここにはわざわざ罠を用意するまでの価値がないかだな」

「価値がないって事は……ここには何にもないってことか?」

 流石にそのくらいは気づくおつむはあるかとミドリは安心し、しかし首を振った。

「人間のやることに完璧はない。ここを使っていた連中が始末し忘れたものがあってもおかしくない。2~3日かかるかも知れないが、それを探すぞ」

「分かった。ところで、今日はどこで寝るんだ?」

 コスモスは頷いた後、さっきから気になっていたことを訊いてみた。イデア社の人間が使っていたはずの建物という点がいまいち安心できないが、外は寒い。出来れば建物の中で寝たいのである。

 そんなコスモスの心情を知ってか知らずか、ミドリはこともなげに答えた。

「中で寝る。今更、連中が仕掛けてくるとは思えないからな」

 その言葉に、コスモスが喜んだのは言うまでもない。

 ただ、流石にベッドで寝るのまではミドリが許さなかった。というより、ベッドルームがどこにあるかすらまだ分かっていないのであるから仕方ないとも言えた。



 ミドリの予想通り何事もなくソファの上で朝を迎えた二人は、用意してきていた携帯食で軽く食事をとると、再びログハウスの調査を始めた。

 昼頃までには、ログハウスの一階部分の構造はあらかた判明し、ベッドルームの他に水場も発見された。トイレが見つかったときに、コスモスだけでなくミドリもほっとしたのは気のせいではないだろう。

 そして、午後からは居間の奥の扉の奥にあった、書斎と覚しき部屋の調査だった。廊下の奥で見つかった、下へ降りる――おそらくは地下まで続いている――階段は後回しにされた。

「……結構な数の蔵書だな」

「……これ、全部罠を確認しながら調べるのか?」

 棚に収まりきらない本が机の上から床の上さえも占領している書斎の中、ミドリの隣でコスモスがげんなりしている。一部の棚だけ虫食いのように本が無くなっているあたり、重要な本は持ち出された後なのだと分かってしまい、余計に気力が削がれているのだろう。流石にミドリにもその気持ちは分かるが、調べないわけにもいかない。

「当たりがある可能性が一番高い部屋だからな」

「逆に、一番念入りに始末されてるかも知れないけどな」

 ミドリはそんな事を言ったコスモスの尻を無言で叩き、部屋そのものに罠が仕掛けられていないか調べさせる。ミドリ自身はというと、手近なところの本から罠の有無を調べていく。

 幸い、本に罠がかけられているかどうか調べるのは、さほど手間がかかることではなかった。本という物の構造上、物理的な罠を仕掛けるのは難しいし、仮に仕掛けたとしても見破るのも容易いのだ。

 おかげで、本の冊数の割に、安全確認は意外と早く終わった。のだが、

「ここにも罠は無しか」

「本当に期待薄になってきたな」

 余計な事を口にしたコスモスに無言で制裁を加えると、ミドリは書斎の椅子に腰掛け、片っ端から本のページをめくり始めた。

 訳も分からず頭をはたかれたコスモスも、不満げな表情もそこそこに、棚の本を順番に開いて内容を調べ始める。

 が、ここの住人は何を考えていたのか、本の内容は実に多岐にわたっていた。幸い、内容での分類はキチンとされていたので、数冊おきに中身を確認すれば良かったのだが、それでも一人暮らしのレシピやら男の日曜大工やらといった本が少なからず並んでいたのにはミドリも脱力してしまった。

 挙げ句、

「裏になんか隠してあるな」

 そんなコスモスの言葉に様子を見に行くと、棚の裏に隠されていたのはいかがわしいビニール本だったり。

 そんな訳で、

「先に奥の部屋も覗いてみるか」

 などとミドリが提案してしまったのも、無理はないことだった。

 本を流し読みし続ける作業に疲れていたコスモスは当然のようにミドリの提案を快諾した。

 罠がないことをしっかり確認して奥の部屋への扉を開けると、書斎とはうって変わった部屋がそこにはあった。

「なんだ?真っ暗で何も見えないぞ」

 どうやら窓すらないらしく、部屋の中は真っ暗だった。

 ミドリが魔術を使い生み出した小さな光の玉を部屋の中へと送り込んで、やっと部屋の様子が見えるようになった。が、それと同時にミドリはがっくりと肩を落とした。

「これは……何にもないな」

 罠を警戒する気すら失せるほどに、その部屋には何も無かった。窓すらない。

 勿論、大きな机だの棚だのは残されている。だが、壁を埋め尽くしている広い棚は、並んでいるべき物品は何一つ残されておらず見事なまでに空っぽだった。

「……一応、引き出しも調べてみるか」

 ミドリは広い机の上に置かれた小さな引き出しの棚に近づき、罠がないことを確認し始める。その横ではコスモスがふらふらと部屋の中を彷徨っていたが、この部屋は完全に何も無いだろうと確信していたミドリは放っておいた。

「やっぱり、何も無いな」

 引き出しに罠も中身もないことを確認し、ミドリはため息を吐いた。

 そこに部屋を一周したコスモスが戻ってきた。

「何も残ってないけど……魔導具の保管部屋だったみたいだ。そんな感じの魔力が少しだけ残ってる」

「なるほど。それでここまで徹底的に空っぽにしていったのか。罠の気配はあったか?」

「ないな。そういった意味でもこの部屋は本当に空っぽだと思う」

 いかにもつまらなさそうに言うコスモスを見て、確かにそれではこの部屋は外れだなとミドリは思った。

「なら、書斎に戻るか。あそこの本を一通りは調べておきたいからな」

 そして二人は書斎に戻ったのだが、結局この日はこれといった本は見つからなかった。



 翌日。二人は書斎は後回しにして、地下へ続いていると思われる階段の調査を行うことにした。

「例によって、またしても真っ暗なんだろうな」

 ミドリはそう言いながら、昨日と同じように魔術で光の玉を生み出し、真っ暗な階段の先へと送り込んだ。

「何があると思う?」

 そう訊いてきたコスモスを「さあな」と軽くいなし、先に立って階段を下り始める。罠があるかどうか、いちいち調べる気も失せつつあった。

「これは……」

 案の定、階段の先にあった地下室に辿り着いた二人は、ある意味予想通りと言える光景に、肩を落とした。昨日の保管部屋――と覚しき部屋と同様、この部屋も徹底的な証拠(?)の隠滅が行われていたのだ。

 部屋の壁沿いにいくつかの棚が置かれているが、その全てが見事なまでスッカラカンになっている。何より目を引くのが、部屋の中央のむき出しになっている地面だろう。爆弾でも爆発したかのような大穴が空いていたのだ。

「持って行けない物があったのか?」

 ミドリはそう呟きながら、コスモスと手分けをしてめぼしい物がないか探し始める。爆破で壊しただけなら、破片の1つや2つ、見つかってもおかしくないからだ。

 案の定、数分ほどで何かの塗料で固まったと覚しき土塊がいくつか見つかった。

「魔方陣でも描いてあったのか?」

 煤けた小さな破片からは、その塗料で何が書かれていたのか知る由もない。だが、地面の上に描かれていて、わざわざ破壊しなくてはならないようなものと来れば、コスモスのいったように魔方陣以外には考えにくかった。

「とりあえず、これは持って帰るか」

 ミドリはそう言うと、見つかった土塊を全て、魔力を遮断する魔術がかかった袋へと入れた。アイテムボックスはイデア社に監視されている可能性があるからである。

 それからしばらく部屋を調べたが、結局何も見つからなかった。

 そして午後。

 二人は、再び書斎を調べることにした。というより、他にめぼしい場所が残っていなかった。

 尤も、書斎も本以外に調べるものは見つかっていない。引き出しという引き出しは全て空っぽだったし、二重底なども見つからなかった。

 かといって、書斎に残されていた本の数は少なく見積もっても1000冊以上はあった。

「丁寧に全部調べるとなると……一週間くらいかかりそうだな」

 コスモスがイヤそうにぼやきながら、一冊ずつ手にとって中身を確かめていく。サボる気はないのだった。

 ミドリもそれは分かっているので、コスモスの愚痴を聞き流しつつ、一冊ずつ調べていく。昨日のうちに、どの棚にどんな本があるのかは大体分かっているので、当たりが期待できそうな棚から順番に、である。

 それが功を奏した――訳ではない。単に運が良かっただけだろう。

 ミドリが人工生態系の持続管理などという本をぱらぱらとめくっているときのことだった。

「……ん?」

 ひらりと一枚の紙がページの間から床の上へとこぼれ落ちた。

 ミドリは調べていた本を机の上に置き、床の上に落ちた紙を拾った。見るとちょっとばかりの文章と式、それから魔方陣が手書きで書かれている。それに素早く目を通したミドリの目が、驚愕で大きく見開かれる。

「これは……」

 そのミドリの様子に気づいたコスモスが、本を片手にやってきた。

「どうした?」

 そう訊いてきたコスモスに、ミドリは無言でその紙を渡した。

 そこに書かれていた内容を読んだコスモスの目も大きく見開かれ、あまつさえ紙を持った手が震え始めた。

 そんな二人が落ち着きを取り戻すまで、数分を要した。あるいは、二人が受けた衝撃からすれば、たった数分だったとも言える。

「……明日の朝、ここを発つぞ」

 いきなりのミドリの宣言に、コスモスは素直に頷いた。

 この紙に書かれている情報は、是が非でも仲間の元へ持って帰らなくてはならない。

 探せば別の紙切れが出てくるかも知れないとは、二人とも思わなかった。むしろ、たった一枚のメモに過ぎないとはいえ、こんなものが残っていた方が奇跡だとも言える。

 ちなみに、ミドリは紙に書かれていた内容自体が罠である可能性も考えた。が、それを考慮しても持ち帰らねばならないと判断したのだった。

「イデア社の連中め。とんでもないことをしたものだな」

 そう呟いたミドリの顔には、グランスたちが見たら目を疑うような邪な笑みが浮かんでいた。

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