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ジ・アナザー  作者: sularis
第九章 生き別れて
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第九章 第一話 ~夢の中で~

遅くなりました。


第九章の始まりです。


今回、プロットはできていますが書きためはできていません。連休使ってがんばるぞ!



果たして、生き別れてしまったレックは(レックが死んだと思ってる)仲間たちと無事再会できるのか!?


それとは別に、いろいろ先延ばしにしてきていたあれやこれやの噴火が続きます。

 時々、これは夢なんだ、とはっきり分かってしまうことがある。はっきりとまではいかなくても、何となく夢なんだと理解していることもある。

 彼は今、まさしくそういう状態だった。

「何?また持ってきたんだ?」

 師から与えられた課題に取り組んでいる少年の所に、少年よりも更に幼い少女がノートを片手にやってきていた。

「……」

 無言で頷く少女に少年は仕方ないなと頭を掻きながら、自分のメモ用紙を横に押しのけ、机の上に少女のノートを載せる場所を確保した。

 机の上に広げられた少女のノートは、既にびっしりと書き込まれていた。無数の線が円を中心とした無数の幾何学模様を無秩序に描き出し、それに重なるように無数の文字が書き込まれている。

(そう言えば、この頃はまだまださっぱりだったんだよね)

 苦労の跡は窺えるものの、全く見当違いの考察で明後日の方向の結論を出しかけているノートを見て、少年はため息を吐いた。

「それじゃ、始めようか」

 ペンを取り、少年は少女の考察で間違えているところのチェックを始める。とは言うのは簡単だが、実際には簡単なことではない。

 最後の方が間違えているのは明らかだし、途中で間違えたのは間違いない。しかし、微妙な間違いから明後日の結論が出てしまうことなど、少年達が勉強しているものでは珍しくもない。露骨な間違いなら良いものの、些細な間違いが積み重なったりしていると、それを見つけ出して訂正していくのはかなり大変なのである。

 おまけに、少女の書いたノートはぱっと見ではどういう順序で書き進められたのか、さっぱり分からない。少女の思考を辿るにしても、まずはノートの解析からなのだ。

 加えて、この手のことに絶大な力を発揮してくれるはずのBP(ブレインプロキシ)は、少年の師によって使用が禁止されていた。何かについて調べるときにBPは途轍もなく役に立つのだが、少年の師はそれを良しとしなかったのだ。

 曰く、「あのような物に頼っていては人間本来の能力が落ちてしまう」だとか。事実、この頃にはBP使用不能時の学習能力や判断能力の著しい低下が報告されており、学校におけるBPの機能制限が始まっていたりするのだが、それを知らない少年は、BPをつけていない世代のやっかみだろうと密かに思っていた。

 それはさておき、そんな中でも楽観的な要素はある。もう何度も少女の勉強を見てきて、少女の思考パターンが少しだが読めるようになっていることだろうか。

(これのおかげで、解読とか解析とかが得意になったんだっけ)

 過去の記憶を夢に見ているのだと自覚している少年はそんなことを考えた。

 その間にも、少年の身体は少年の意志とは無関係に動き、少女の書いた図形と文字の隙間に、新たな文字を書き連ねていく。自分の身体が何を書いているのかさっぱり分からないのは、所詮これが夢だからだろう。

 それでも、過去の記憶通りに少年による少女の書いたノートの添削は時折躓きながらも着実に進み、いつの間にか少女がノートを嬉しそうに抱きかかえていた。

 その少女の表情は今と大して変わらず、初見の人が見る限りはどう見ても無表情。それでも、付き合いの長い少年には、少女が確かに笑顔を浮かべているのだと分かっていた。

 その少女は微かにお辞儀をすると、黒いドレスの裾を翻し、部屋から駆けだしていった。

 その背中を見送っていた少年は、いつの間にか自分が外に立っていることに気がついた。

 足下の芝生は青々と茂り、たまには苅らないと足首まで埋もれそうだ。

 屋敷を取り囲んでいる高い石壁は蔦に張り付かれ、その無粋な灰色を見ることは出来ない。尤も、蔦が張り付いていなくとも、鬱蒼と茂った無数の木々であらかた隠されているのだが。

(どう見ても、侵入者にとって格好の隠れ場所にしか見えなかったんだよね)

 当時、自分が抱いていた感想を思い出し、少年は苦笑した。

 少年が住んでいる屋敷は、控えめに言っても極めて閉鎖的なところだった。

 外とのやり取りがないわけではない。むしろ、買い物などで外出することは頻繁にあるし、そんな時には屋敷の外の人間と雑談に興じて時間を忘れることも珍しくなかった。

 閉鎖的だというのは、屋敷の中の情報をある一線を越えては一切外に漏らさないという事だ。そのために、既に世界中の家庭に張り巡らされていたネットワークすら、情報が漏洩する経路になるという理由で屋敷には導入されていない。そんなわけで、屋敷の外の人間はこの屋敷の中で何が行われているのか、何にも知らない。

 だが、それでも何も知らない人間ばかりではないらしい。そしてそういった人間達には、屋敷の中で行われている研究がとても魅力的らしいのだ。

 そのせいか、屋敷には時々侵入者がやってくる。頻度としては年に数回くらい。

 その大半は、屋敷にも庭にも張り巡らされた各種索敵網に引っかかり、侵入してから数分以内に捕縛される。中には屋敷の奥深くまで侵入する者もいるらしいが、それでも少年が知っている限り、最終的に捕まらなかった侵入者は一人としていない。知っていることを全部吐かされた上で、処理される。

(ああ、でも、この頃はそんなことは全く知らなかったっけ)

 子供だからと配慮したのではなく、下手に教えることで万が一の情報漏洩を懸念していたのだとは、後から聞かされた。

 夢の中で回想するというのも変な話であるが、それはそれ。

 そんな事を考えていた少年は、ふと後ろに人の気配を感じ、振り返った。

 見ると、建物の影に黒い子供用ドレスの裾が隠れるところだった。それを見て気配の正体を悟った少年は、安堵の息を漏らした。

 この屋敷には、訓練と称して少年に不意打ちを仕掛けてくる人間が、何人かいるのだ。死んだ方がマシな目には流石に遭わされないが、たまに骨の一本二本を折られてしまうこともある。

 とりあえず、今、建物の影に隠れたのはそんな誰かではなく、自分を兄のように慕ってくれている少女で間違いないだろう。なにせ、黒のドレス――最近、フリルが増えてきた――を着ている人間は、大人も含めてこの屋敷では彼女だけなのだ。

「……ス」

 少年が名を呼ぶと、微かに見えていたスカートの裾がピクリと揺れた。しかし、少女が出てくる気配はない。

 この頃はいつもこんな感じだったと苦笑しつつ、少年がもう一度名前を呼ぶ。

 再び揺れるスカートの裾。

 それを何度か繰り返し、少年はいつも通りに最後の手段に打って出た。

「気のせいだったかな。それじゃ、用事あるしもう行かないと」

 そう言って、少女が隠れている場所とは反対側に歩き出す。その途端に、少年の背後で気配が動いた。

 服の裾を掴まれた感触に少年が振り返ると、そこには予定通りに少年の服を掴んだ少女が立っていた。

「やっと出てきたね」

 少年が笑うと、引っかけられたのだと理解した少女の顔が赤く染まる。それでも、少女の手が少年の服を離すことはない。これもいつも通りのことだった。

 そして、これもいつも通りに少女の頭を撫でていた少年が気がつくと、いつの間にか場所は建物の中へと移っていた。

 これが現実なら驚きもするが、夢の中にいる少年は何ら疑問に感じることはなかった。

 周囲をしっかりとしたコンクリートの壁で覆われた、窓一つ無い部屋。広さは庶民の家ほどもあるだろうか。

 その部屋の中央で少女に見守られながら、少年は精神を集中させていた。

 自分の中、しかし身体のどこでもない場所から魔力を汲み上げ、その流れを制御する。途中、首筋の辺りで微妙に流れが滞っているのが分かる。師曰く、首筋に埋め込まれた異物のせいらしい。何故か分からないが、それには魔力の流れを阻害する効果があるのだそうだ。

 何でそんな物を埋め込んだのかと師に訊いてみたところ、これからはそれがあって当たり前の時代だからという答えが返ってきた。ある程度成熟してしまった自分たちはもうそれをつけることはできないが、まだ子供でしかない少年やあの少女ならば、若さ故の柔軟性で何とかできるはずだと言っていた。

 その言葉は決して間違いではなかったと少年は知っている。事実、魔力の流れは滞っているだけで、完全に止まっているわけではない。何とかして迂回させたり、細く絞る代わりに流れを速めてみたりと工夫をすることで、必要なだけの流れは確保できていた。

 そんな訓練をずっと続けてきただけあって、少年自身は既に、わざわざこんな訓練などしなくとも良い程度にはなっているつもりだった。

(実際には、この頃はまだまだだったんだけどね)

 当時の自分のうぬぼれを思い出し、少年は一人恥ずかしがった。

 一方、少年の体はそんな少年の内心とは無関係に、次の行動を開始していた。

 練り上げた魔力をどうするかということまでは、少年は師から指示されていなかった。せいぜい一度練り始めた魔力は最低5分は練り続けろとしか言われていない。それ以上は延々と練り続けても良いし、身体の中にゆっくりと戻しても良い。あるいは、今からやろうとしているようにしても良いのだ。

 少年は練り続けた魔力を維持しつつ、目を閉じたままゆっくりと詠唱を始める。それと同時に、体内の魔力に新たな流れを与える。

 その形はゆったりと流れる川のようでもあり、水晶に反射する光のようでもあり。

 やがて、詠唱も終わりが近づき、揺らいでいた流れがしっかりと定まる。

 少年は完成した術式をゆっくりと発動させた。

 それと共に、徐々に身体中に力が漲ってくる。

「身体強化……成功?」

 疑問系で言いつつも、少女は少年の魔術が成功したことに一片の疑いも持っていないようだった。

 尤も、それも当然と言える。何しろ、今まで何回も成功させてきた魔術なのだ。最初の頃は兎に角、最近はほとんど失敗しなくなっていた。

 少女が返事を求めていないことを分かっていた少年は、少し身体を動かし、身体強化魔術の発動具合を確かめる。

「……前より、少し上がったかな?」

 そう思うが、気のせいかも知れないとも思う。ただ、当初に比べれば着実に身体強化の効果が高くなっているのは分かっている。少しずつは進んでいるのだ。

 ただ、そんな少年を見ていたただ一人の見物客は別の感想を持ったらしい。

「……地味。暇」

 少女の身も蓋もない言葉に、少年は苦笑した。だが、反論はしない。事実、その通りだからだ。

 かと言って、他の魔術をやってみようとも思わない。少年の興味はあくまでも、地味なサポート系の魔術に集中しているのだ。少女が求めるような派手な攻撃魔術はあまり好きではなかった。

 尤もそんなのは少年くらいで、師の元にいる何人もの弟子達は好んで派手な攻撃魔術を身につけている。攻撃魔術しか覚えようとせず、師に厳しく叱られた者もいるくらいなのだ。

 だが、少年に言わせれば、攻撃魔術など覚えても役に立たない。何せ、人前で使うことは禁じられているのだ。正確には、露骨に使うことが禁じられているだけで、そうと分からない形でこっそり使うのは特に問題ない。

 ただ、言い換えると派手な攻撃魔術は基本的に使えないことである。逆に地味なサポート系は、余程露骨にやらない限り、問題視されることはない。つまり、日常的に使う――使える機会が圧倒的に多いのだ。

 そんな実益重視の考えから、少年はサポート系の魔術を積極的に修めているのだった。

 だが、どうにも壁の花をやっている少女からの暇だという訴えが無視できない。

「……派手なのを見たいの?」

 根負けした少年が訊くと、少女はこくりと頷いた。

「じゃあ、一回だけだからね。あと、地味でも我慢してよ?」

 少女にそう断ると、少年は身体強化を解除して、再び魔力を練り始める。またしても最低5分。だがその間、少女は文句一つ言わず、少年をじっと見つめていた。

 5分という時間の枷を、少年が師からかけられていることを少女はよく知っていた。そしてそれを破れば何が起きるかも。だから、何も言わない。

 やがて、再び5分が過ぎた。

 少年は練り続けていた魔力を、今度は攻撃魔術として組み上げる。

 詠唱が進み術式の構築が進むにつれ、室内であるにもかかわらず少年の周りには緩やかな風が舞い始めた。

 やがて詠唱を完了させた少年は、その周囲を渦巻く風にその髪を靡かせていた。服の裾もハタハタと揺れている。

 術式の構築が正確に完了し、術が待機状態にあることを確認すると、少年は正面の壁一歩手前に設けられたいくつかの魔術用の標的、その1つをしっかりと見据える。

 その標的に向かって、少年は待機させていた術を解き放った。

 瞬間、少年の体の周りを舞っていた風は、少年の髪を大きく舞いあげると一気に標的へと殺到した。

 が、魔術をぶつけられることを想定して用意されている標的は、少年の魔術程度では傷一つつかない。

「まだまだだな。だが、上達はしているか」

 その様子を見ていた少年の師が、重々しくそう言った。

 いつの間にか少女はいなくなり、代わりに壁のそばに立っていた師はつかつかと標的に近寄り、標的の状態を確かめる。

 その標的には傷一つついていないだろうことは、少年もよく分かっていた。

 そもそも標的はコンクリート製で、生半可な火や風ではびくともしない。その上、兄弟子たちの手で、壊れないようにと練習を兼ねた防御の魔術が幾重にもかけられているのだ。まだまだ力不足の少年の魔術では、どうにもならないことは分かりきっていた。

「いずれおまえも試験を受けるときがくる。その時までしっかりと励むがいい」

 そう言って師が部屋の入り口を指さし、釣られた少年の視線がその先を追う。が、もちろんそこには何もなかった。

 少年が視線を戻すと、壁に取り付けられた魔導具が煌々と輝いていた。

 その明かりを受けて立っているのは、少年だけではない。少年の前の床――というより地面の上には、赤と白の塗料で描き上げられた魔方陣があり、それを取り囲むようにローブを身に纏った数人の男達――兄弟子達が立っていた。

 今からここで始まるのは、少年の試験なのだ。

 試験と言っても、確かめるべき事は1つしかない。少年が魔力を適切に扱えるか否か。ただそれだけである。

 今までの兄弟子達の試験も見てきた少年に、大した緊張はない。どんな試験なのかはよく知っているし、自分にそれをパスできるだけの力もあると知っている。

 いや、言い直そう。

 自分はこれをパスしたと知っている。だから、全く緊張などしていなかった。

(流石に、あの時は緊張したっけ)

 失敗すれば、屋敷にはもういられない。それくらいは知っていただけに、全く緊張しないわけにはいかなかった。失敗すれば、記憶を消されて外へと放り出される。そう知ったのは、試験をパスしてからのことだった。

(そう知らされて、結構怖かったんだよね)

 そう、少年は脳裏に妹のような少女の姿を思い浮かべた。

 少女は少年達の師の実の娘だった。そして、それに見合うだけの優秀さもこの頃には垣間見せ始めていた。しかし、万が一試験を失敗すれば、師は容赦なく少女の記憶を奪うだろう。そう分かっていただけに、少年にとっての緊張の日々はこの後、少女が試験にパスしたその時まで続いたのだった。

「時間だ。始めよ」

 少年の耳に、試験の開始を告げる師の声が届いた。

 その合図を受け、兄弟子達が一斉にローブの下から杖を取り出し、部屋の中央に描かれた魔方陣へと杖の先を当てた。

 それを見ながら、少年は魔方陣の中央へと進んだ。そして、精神を集中させるためにゆっくりと目を閉じる。

 尤も、あまり意味はなかったのだが。

「合格。嬉しい?」

 少女のそんな声に少年は目を開けた。

 目の前にはいつも通り無表情の少女の顔。

 それだけで、少年は今合格したのは自分ではなく、目の前にいる少女なのだと何となく理解した。

 そして、少女の言葉の意味は、

「ああ、嬉しいよ」

 少女ではなく、少年自身の気持ちを確認するものだと察し、少女の頭の上に手を乗せて、ゆっくりと撫でた。

 確かこの頃には、あまり少女の頭を撫でるようなことはしなくなっていたなと少年は思い出した。

 少年の言葉を受け、少女の無表情が微かにだが綻んだ。撫でるのを止めようとすると、

「ご褒美。もっと撫でる」

 と要求される。

 結局、少年はその腕が疲れるまで少女の頭をなで続ける羽目になったのだった。

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