第八章 第九話 ~レック、落ちて~
時間はレック達がワイバーンと戦闘を始める少し前に戻る。
「そろそろのはずだね」
ロマリオは予言者に従うと決めた時からその機能を回復させた個人端末の時計を見ながら、岩棚から崖の上を見上げた。
「あと、10分」
そう言ったのはエセスである。
彼ら二人は一昨日からこの場所で寝泊まりを続けていた。理由は勿論、予言者の指示による。
彼の予言者が二人に何をさせようとしているのか。その指示が今朝方ついにやってきていた。今、二人はその指示を果たすべく、その時間を待っているのだ。
そして待つこと暫し。
「……ワイバーン?」
「……の咆哮が聞こえたね」
獰猛な咆哮が微かに二人の耳にも届いた。それと同時、微かに緊張が走る。
場所柄、凶悪な魔獣だの何だのに襲われる心配はない。そういった自分たちの身の安全という点では、緊張など走りようもない。
だが、今から起きる出来事は、予言者が予言者であることを間違いなく証明する出来事の1つなのだ。緊張するなと言う方が難しい。
予め指示された通りの術式を用意し、いつでも発動できるように待機するロマリオ。エセスは万が一の時のカバーに入るために、その脇で待機していた。
やがて、崖の上から何かが暴れるような音共に地響きが伝わってきた。
「上に来た」
「ちょっと早くないかな?」
エセスが見ていた時計を横から覗き込み、ロマリオはそう首を傾げた。
予定ではもう少し先の筈なのだ。
だが、そのロマリオの懸念はすぐに驚愕に取って代わられた。
「これは……精霊魔術?」
下を流れる谷川から、幾つもの水球がゆらゆらと上昇してきたのだ。
これにはエセスも驚いたらしく、珍しく目を丸くし、崖の上を見上げていた。
その視線が何をとらえたのか、それはロマリオには分からなかったが、いっそう大きな音が上でしたかと思うと、すぐに巨大な生き物の気配が遠くへ遠ざかっていくのが感じられた。
それを見届けたわけではないだろうが、エセスがロマリオの隣にまで戻ってくる。その顔は既にいつもの表情に乏しいものに戻っていた。
「時間、そろそろ」
「ああ、そうだね」
エセスは自分の個人端末を広げ、ロマリオに時間を確認させた。
そして、更に待つこと少し。
再び、崖の上から大きな地響きが伝わってきた。
「戻ってきたみたいだね」
ロマリオはそう察し、一気に神経を張り詰めさせた。もう、その時まであと一分もないのだ。
「カウント……40、39、38……」
丁寧な事にエセスがそう秒読みを始めた。
そして、そのカウントが残り10秒を割った時、何かが叫ぶ悲鳴が聞こえてきた。
そして、
「4、3、2……」
ワイバーンの巨体が一瞬にして二人の目の前を落ちていく。
「1……今!」
エセスの合図と同時に、ロマリオはある複合術式を目へと解き放った。
その術式はまさしくその時、二人の前を落ちていった何者かへと見事に吸い込まれていった。
「成功?」
「……っぽいね」
どうやら予言者に指示された事は成し遂げられたらしいと、ロマリオは息を吐き、緊張と共に力が抜け、地面に座り込んだ。
その隣では、エセスがどことなく難しい顔をしていた。
「エセス、どうしたの?」
地面にへたり込んだままでは格好がつかないと思いつつ、エセスの見せた表情が気になったロマリオは、そう訊いた。
それに対して、エセスは答えるべきかどうか悩んだようだが、兄弟子に当たるロマリオに隠し事をするべきでないとでも考えたのだろう。
「……未来を知る魔術なんてあり得ない」
その言葉で、ロマリオはエセスの考えていたことが理解できた。と言うより、ロマリオ自身も似たようなことを考えていたのだ。
だからこそ、ロマリオは言った。
「多分、魔法だよ」
「……それはもっとあり得ない」
確かに、魔法を使える人間など、伝説の彼方にしかいない。
だが、予言者の予言がささやかなものも含めてことごとく実現してきている現実を見る限り、彼が未来を知る手段を持っていることは間違いない。そして、それが魔術はおろか、魔導ですら実現不可能だと理論上結論づけられている以上、魔法だと考えるのが一番自然なのだった。
尤も、ここで二人がどう結論づけようとも実際に確かめる術など無く、それ故に不毛な言い合いにしかならないとロマリオは自覚していた。
だから、エセスに対してそれ以上の反論はしなかった。そもそも、エセス自身、信じたくないというだけで信じざるを得ないことは既に理解しているはずなのだから。
そう結論づけたロマリオは、脚に力を入れて立ち上がった。そして崖っぷちまで行って、10mほど下を流れる川を覗き込んだ。
そこにはボロボロになりながらもまだ辛うじて生きているワイバーンの巨体があった。だが、ロマリオが複合魔術をかけた人影は既にどこにも見あたらない。
(もう流されたみたいだね)
あの人影が、どこに流されていくのか。ロマリオは知らなかった。
予言者なら間違いなく知っているのだろうが、彼がロマリオの質問に答えてくれたことなど一度もない。いつも、姿すら見せずにただ思念で指示を置いていくのみなのだから。
やがて、崖の上から誰かを呼ぶ声が聞こえた。
「レーーーーーック!!!」
誰かがそう叫んだ。
だが、仲間達が覗き込んだ谷底を流れる川面には、ワイバーンの巨体こそあれ、レックらしき人影はどこにも見あたらない。
「うそ……だろ……?」
クライストが呆然と地面に座り込む。いや、クライストだけではない。ミネアもリリーも地面に座り込んでしまっていた。
グランスやディアナも座り込んではいないが、それでも茫然自失になっているのは変わりなかった。ただ、本当に座り込んでいないだけなのだ。
重々しい沈黙が辺りを支配する。
谷底を流れる水の音。風に揺れる木々の葉の音。そんな普段であれば気にも止めないような音が、妙に大きく聞こえる。
そんな沈黙がどれくらい続いただろうか。
「ひっく……ひっく……」
リリーの泣き声が沈黙を破った。
続いて、ミネアが嗚咽を漏らす。
あまりのことで止まってしまっていた思考が動き出し、理解することを拒絶していた事実を、理解してしまったのだ。
つまり、レックは死んだと。
一方で、そうは取らなかった仲間もいた。
「とりあえず、何とかして降りて探しにいかへんとな」
そう言って、崖を降りれる場所はないかと彷徨き始めるマージンに、クライストが声をかける。
「ちょっと待て!何をする気だ?」
「勿論、レックを探しにや。死んだかどうかなんて、死体を見るまで分からへんやろ?」
死体という言葉に、既に泣き出していた二人に加え、グランスの肩がビクリとした。
「死体とか言うんじゃねぇよ!」
クライストがそう叫ぶと、マージンはあっさり頷いた。
「そやな。身体強化の強さ考えたら、まだ生きとってもおかしくあらへん。それなら、なおのこと探しにいかなあかへんやろ」
そう言われると、クライストも反論のしようがなかった。生きている可能性を示唆されて、泣いていたリリーとミネアも泣き止んだくらいである。
「マージンの言う通りだな。レックが助けを待ってるかも知れないなら、すぐにでも探しに行こう」
立ち直ったらしいグランスがそう言うと、他の仲間達も次々に頷いた。
こうして、一行は谷川に沿って歩き始めた。こまめに下を覗いてはレックがその辺に引っかかっていないか探すのも忘れない。
だが、夕方まで歩き続け、浅くなった谷川がただの急流になるに至ってもレックは見つからなかった。
それでも一縷の望みをかけ、翌日も翌々日もグランス達は川に沿って歩き続けた。
一応の成果として、レックが持っていたマージンのツーハンドソードだけが急流の岩に引っかかっているのが見つかった。だが、レックは見つからず。
四日目の夕方。
「……もう、諦めた方がいいんじゃねぇのか?」
全員で焚き火を囲む中、疲れ切った様子でクライストがそう漏らした。
それに、誰も答えない。
レックの死体はまだ見つかっていない。『魔王降臨』直後と違って、死体は平気で何週間でも残るようになっているから、死体を見るまでは諦めない。そう思っていた仲間達だったが、流石にここまで見つからないとなると別の意味で諦めと僅かな慣れが漂い始めていた。
だが、それを認めたくもないのだ。
そんな中、先ほどの台詞を口にしたクライストは、勇気があると言っても良いのだろう。
再び落ちていた沈黙を破ったのは、マージンだった。
「そやな。無事やったとしても、もう川からは離れとるやろしな」
そうは言うが、仲間達には無事だと信じているようには到底聞こえなかった。
一方、それで背中を押され、決断した者もいた。
「……レックの捜索は今日で終わりだ。マージンの言う通り、レックが生きていてもこれ以上は成果が望めない」
そう言ったグランスの表情はとてもつらそうだった。だが、他の仲間達もそれは変わらない。とてもではないが、グランスを慰められるだけの余裕を残している者など、この場にはいなかった。
「それはレックを見捨てるということかの?」
そう言ったのはディアナである。その口調には僅かだがトゲがあった。
それを感じ取ったのか、グランスの口調もきつくなる。
「これ以上無理をして、別の誰かが倒れるよりはマシだ……!」
「それは、私たちを言い訳にしておるだけではないのか?」
「誰がそんなことを!!」
思わずグランスは立ち上がって、大声を出した。
それに相対する形でディアナも立ち上がり、グランスを睨み付け、
「ひっく……ひっく……」
聞こえてきた泣き声に、動きが止まった。
「リリー、泣かないで下さい。ね?ね?」
泣き出したリリーの背中を撫でながら、ミネアが何とか慰めようとする。その視線に頼み込まれ、マージンも声をかける。
「そーやで。泣くなや。な?」
それでいくらか落ち着いたのかリリーの泣き声は小さくなり、その後には言い合いを始めかけていたグランスとディアナが醸し出す、気まずい雰囲気が漂っていた。
そんな二人をミネアは、さっさと互いに謝るようにと睨み付ける。同様の視線をクライストとマージンからも送られ、小さくなったグランスとディアナは互いに向き直ると、
「感情的になってしまった。すまんな」
「その何じゃ。私も気が立っておったようじゃ……グランス、済まぬ」
と互いに頭を下げた。
そう冷静になったところで、改めてグランスが説明をする。
「……とりあえず、今無理をすれば、ここにいる誰かが倒れるかも知れない。レックには悪いが、俺としてはここにいる仲間だけでも確実に連れ帰りたいんだ」
そう言われれば、誰も反対のしようもない。さっきのディアナにしろ疲れていたからこそグランスを責めたが、冷静に考えればそれが最善なのは明らかだった。
そして、一度そう受け入れてしまえば、どこかホッとした様な空気が流れた。
勿論、レックのことを忘れたわけではない。だが、この数日間で誰もがなんとなく、レックの死を受け入れていたのだった。
――数日ほど時間を巻き戻そう。
「ああああぁぁぁぁぁぁ……!!」
ほどけた靴の紐がワイバーンの尾に引っかかり、レックは今、谷川の底へと向かって一直線に落ちていっていた。
途中で紐は外れたが、今更何の気休めにもならなかった。
いくら身体強化が出来ても、空を飛べるわけではない。足場も何もない空中に放り出されれば、後は落ちるだけなのだ。
数十m下にはゴオゴオと音を立てて急流が流れている。
少し先を落ちていくワイバーンは何とか翼を広げ、谷底に叩き付けられるのを防ごうとしているが、ディアナの魔術で皮膜が破れた翼では、余計に翼の損傷が大きくなるだけで、滑空することすら出来そうになかった。多少は落ちる向きが変わったようだが、それすらも岩肌に巨体をぶつけるだけの結果に終わっていた。
ただ、おかげでワイバーンの巨体はレックの下から外れていた。今では真下を流れる急流の水しぶきの一滴一滴までがよく見える。水しぶきにその姿を隠している無数の岩までもだ。
レック自身の悲鳴は既に止んでいた。
ただ、妙に間延びした水音の中、レックは仲間達のことを思う。特にリリーのいろんな表情が脳裏をよぎっていく。ただ、おまけでマージンの姿が何回も出てくるのには、少々顔を顰めてしまったが。
現実世界に置き去りにしてきた家族や友人達のことは、2年近くも前のことのせいだろう。少し思い出しただけだった。
そんな間延びした時間だが、止まっているわけではない。
ゆっくりとだが足下へと流れていく岩壁。そして、確実に近づいてくる頭上の急流。
そこへと視線を向けながら、不思議と恐怖を感じていなかったレックの視界に人影のようなものが写った。
片や青年。
片やゴスロリ少女。
そのあまりにもこの場にそぐわない格好に目を奪われた次の瞬間、レックは急に睡魔に捕らわれた。
(え……?)
レックが出来た思考は僅かそれだけ。睡魔はそれ以上の時間をレックに与えなかった。
だが、迫り来る死の脅威は、レックの意識を無理矢理にでも呼び覚ます。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
頭上に迫る水しぶき。
透けて見える岩だらけの川底。
今更になって恐怖を感じ、レックは飛び起きた。
「……え?」
そしてすぐに気がついた。
風を切る音が聞こえない。
急流の水音も聞こえない。
何より、身体の上に薄っぺらいとは言え毛布が掛かっている。
「え??」
思わず硬く瞑っていた目をそっと開けると、そこはどこかの部屋の中のベッドの上だった。
「え???」
全く見たことのない部屋の中、レックは全く理解が追いつかず、ひたすらに首を傾げる。
それでも特に危険も感じない状況で数分も頭を捻っていれば、ある程度落ち着きも取り戻す。
(みんなが助けてくれたのかな?)
そう考え、部屋を見回す。が、そこで妙な違和感を感じた。
(……?)
だが、首を傾げたところで簡単に違和感の正体が掴めるはずもない。
レックはすぐに考えるのを諦め、とりあえずベッドから降りることにした。崖から谷底まで落ちたにしては全く身体が痛まないが、治癒魔術を使える仲間がいるせいか、レックはその事は全く気にならない。
が、別のことは気になった。
「ええっ!?なにこれっ!?」
防具が全て外され、部屋の隅に積んであったのだ。
それで自分の姿を見てみると、服も先ほどまで(?)着ていた物とは違う、やたらゆったりとしたパジャマのような服に着替えさせられていた。
どうして着替えさせられたのかは想像が付くものの、誰かに着替えさせて貰ったと考えるのは少々恥ずかしい。
誰かに説明を求めたいが、何か恥ずかしいという状況に陥ったレックだったが、その時間はさほど長く続かなかった。
ぐうぅぅぅ~~~
思いっきりお腹が鳴った。
それでレックはとてもお腹が空いていることを自覚する羽目になったのだった。
一度自覚してしまうと、どうにもならない。まるで数日間何も食べてないかのような空腹ぶりに、レックは早々に白旗を揚げた。
「グランス!クライスト!……誰かいない!?」
ベッドに座ったまま仲間を呼ぶと、扉の向こうからパタパタと軽い足音が聞こえてきた。
その足音に仲間がやってきたのだとレックは思っていた。だから、勢いよく開け放たれた扉から飛び出してきたオレンジ色の固まりに、一瞬だが見事に固まった。
「おー!目が覚めたか!」
シュタッという音がしそうな勢いでベッドの横にやってきたその少女は、レックが固まっているのを見ると、
「おー?どうしたどうした?」
とレックの頬を引っ張り始めた。
「ちょ!?」
流石にそれでレックも思考を取り戻した。
慌てて少女から距離を取ったレックの目には、仲間の誰でもない姿が映っていた。
「む。ボクという美少女から逃げるなんて、失礼なやつ!」
腰に手を当ててプンプンと怒っているが、どうにも怒っているように見えないのは少女が纏っている小動物――というより猫っぽい雰囲気のせいだろうか。
一度そう考えると、オレンジのショートカットの上に猫耳が見えたような気がしてレックは頭を振った。
「逃げたというか!距離が近すぎた!」
そう言いながら、改めてレックは少女を観察する。
オレンジのショートカットには流石に猫耳が生えていたりはしない。まずはその点に胸をなで下ろす。その下で強い光を放っている瞳もまた、オレンジ色だった。おまけにさほど大きくない胸と腰だけを覆っている服装もオレンジ色なので、先ほどはオレンジの固まりに見えたらしい。
そんなレックの不躾な視線に気づいたのか気づかなかったのか。少女は距離が近すぎたから逃げたというレックの言い訳に、何やら機嫌を直したらしい。
「ふっふ~ん。ボクの魅力に負けそうになって、手を出す前に逃げたんだね!?そんな紳士的なキミに、特別にボクの名前を教えてあげよう!ニキっていうんだ!よろしく!」
そう言って元気よく片手を斜め上へと上げるニキ。
そんな彼女にレックも自己紹介をしようとすると、
「おやおや。やっと目が覚めましたか」
そう入り口から声をかけられた。
その声に振り向いたレックの目に、真っ赤な髪の少年の姿が飛び込んできた。
「ニキ、僕は彼と話があります。君は少し下がってなさい」
「え~?いちゃ駄目?」
「駄目です」
どうやら少年の方が立場が上ということらしく、ニキは渋々とだが部屋から出て行った。
少年はというと扉がしっかり閉まったのを確認すると、身構えるレックの方へとつかつかと歩いてきた。
そして、レックの様子に苦笑すると、
「そんなに警戒しなくても大丈夫です。害意があるなら、こうして君を保護などしていませんよ」
そう言った。
その少年の顔に浮かんでいる笑みを少年の仲間達が見たなら、半分は逃げだし、半分は少年の頭に拳骨を落としていただろう。
だが、起き抜けでまだ状況も把握できていないレックには、そこまで見抜くことは出来なかった。
「さて、まずは自己紹介といきましょうか。僕はエミリオ」
「僕はレック。……えっと、どうして僕がここにいるのか訊いてもいいかな?」
「勿論です。と言っても、出来ればその前に意識を失う前に何があったか教えて貰いたいのですが?」
「えっと、ワイバーンと戦ってて、谷に落ちた、かな?」
「何故疑問系なのかは兎に角……なるほど。それでですか」
レックの言葉にエミリオは納得したように頷いた。
「実は仲間が河原に倒れている君を見つけて拾ってきたんですよ。どうしてあんな所に倒れていたのか、それで納得がいきました」
「河原に?」
「ええ、そうですよ。いずれ機会があれば、彼には礼を言っておくべきでしょう。あのまま放置すれば、遠からず魔獣の餌になっていたでしょうからね」
「えっと、うん。そうするよ」
レックがそう答えると、エミリオは再び頷き、しかし次にその顔に浮かんでいた笑顔は途轍もなく怖いものだった。
「それで、君はどこの魔術結社の人間ですか?」
そして、その口から飛び出してきた言葉に、レックは思わず首を傾げたのだった。
やっと目を覚ました少年への質問を終え、エミリオは廊下を彷徨いていたニキに後の世話を任せ、自分の部屋へと戻っていた。
「さて、彼が嘘を吐いているふうでもなし。……あれだけの魔力を内包していて、魔術師でもないというのは解せませんが、世の中はまだまだ広いと言うことですか」
そう呟くと、ソファに身体を埋め、少年――レックの処遇について考える。
(他の魔術結社の連中は勿論のこと、何も知らない一般人にしても、生きて返すわけにはいきません)
まずはそう原則を確認し、
(しかし、あの魔力は魅力的です。あれだけの力を持った人間がこの世界を闊歩した時、何が起きるのか見てみたい気はしますね)
そう考える。
本人曰く、あの少年はただの一般プレイヤーの一人に過ぎない。だが、その内包している魔力はレイゲンフォルテの誰よりも圧倒的に大きいものだった。控えめに言っても、死なせてしまうには惜しいほどに。
もしかしたら、イデア社がこの世界でプレイヤーにやり遂げさせようとしていることをやり遂げることが出来るかも知れない。そう考えると、どうにも殺すのは勿体なく思えた。
生憎、エミリオはレイゲンフォルテの行動を独断で決められる立場にはいない。だが、彼を拾ってきたサビエルといい、彼の魔力に気づいた者達なら無下に彼を殺すつもりにはならないだろう。
そう確信したエミリオは、明日にでもアルフレッドとエスターに連絡を取ろうと考えていた。どちらかの許可さえ得られれば、彼を生かしておくこともできる。場合によっては、あれこれ教え込んで、その力でこの世界を渡っていく彼を眺めるのも楽しそうだった。
尤も、万が一あの少年が他の魔術結社の人間だった時の対策を用意するのも忘れない。
「まあ、そんな可能性はなさそうですけどね」
魔術の世界に身を置いているにしては、あまりにも素直すぎる少年を思い出しながら、エミリオはクスリと笑ったのだった。
これで第八章は終わりです。
次の第九章からレックは暫く別行動!って事になりますが、さて、その間残りの仲間達はどうするのか?
そして、別の問題も。
……あっちとこっちに分かれてしまったレック達を上手く作者が書けるのかって問題もあったりします。
それでは、また第九章で。