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ジ・アナザー  作者: sularis
第八章 再び東へ
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第八章 第七話 ~山道にて~

 すぐ側の谷底をゴオゴオと音を立てながら激しく水が流れていく。そこに無防備に落ちれば、まず鍛えている人間でも助からないような急流だ。

 それを眼下に見下ろす位置に二人分の人影が立っていた。

「場所、あってる?」

「ああ、あってるよ」

 そう話をしている人影は、ロマリオとエセスだった。二人の視線の先は谷底へと向かっていた。

 何故こんな所にいるのかという理由は簡単で、例の予言者の指示である。だが、今回は早くも腰が引けていた。と言うのも、

「この下で?」

「そう。この下に降りないといけないな」

 ロマリオの言葉通り、二人は切り立った崖に挟まれた谷底へと、正確には崖の中腹まで降りるようにと指示されていたからである。まかり間違えて足を滑らせればそのまま天国、あるいは地獄へ一直線なのだ。腰も引けようというものである。

 尤も、

「一応、途中にそこそこ広い岩棚があるという話だけど……」

 とは言われているのだが、

「そんなもの、見えない」

 というエセスの言葉通り、どうやってもそんな岩棚など影も形も見えなかった。

 だが、悩んでいても仕方ない。予言者の指示には従うと決めたのである。あるかどうかも分からない岩棚で行わなくてはならない作業のことも考えると、いつまでもここで谷底を覗き込んでいても仕方なかった。

 ここからだと岩棚があるように見えないが、予言者の言葉が間違っているならその時に考えればいいことだと、ロマリオは自分に言い聞かせた。

「まあ、一度僕が様子を見てくるよ。エセスはここで暫く待っててくれないかな?」

 空が飛べれば楽なんだけどねと言いつつ、身体強化を発動させたロマリオの言葉に、エセスはコクリと頷いた。

 そして、強化された身体能力で崖を降りていったロマリオを待つこと十数分。エネミーが徘徊する山の中に一人きりだというのに、全く怯えることもなく静かにたたずんでいたエセスの前に、手が一本飛び出してきた。すぐにその後からロマリオの顔が現れる。

 その顔は小難しい表情を浮かべていたが、それも一瞬。エセスの顔を見た途端、ロマリオはそんな表情を消し、

「上からだとほとんど見えないけど、確かに岩棚があったよ。それも結構広かった。一日くらいなら過ごせそうだったよ」

 そうにこやかに報告するも、

「……スケベ」

 何故かエセスにそう切り捨てられる。

「いや、何でそんな事になるのかな?」

「狭いところで私と二人っきり。それを喜ぶのはスケベの証拠」

 珍しく長い台詞を喋ったエセスに驚くよりも先に、ロマリオは納得していた。

 確かに、隠れることも出来ないような場所で二人っきりで丸一日過ごすとなると、いろいろな問題が発生するのだ。特にトイレとかトイレとかトイレとか。

 着替えや風呂は我慢も出来るが、生理現象ばかりはどうにもならない。

「……まあ、鋭意努力はするよ」

 ロマリオはそう言うのが精一杯だったが、エセスは特に咎めなかった。と言うよりも、咎められなかった。

「……何か聞こえた」

「ああ、僕もだ」

 聞き間違いではなかったことを互いに確認した二人は、微かに聞こえたそれをもう一度とらえるべく、口を閉ざす。

 ォォォォォォォ…………

 暫くしてもう一度聞こえてきたそれに、二人の身体に緊張が走る。

「……とりあえず、岩棚に降りよう」

 ロマリオの言葉に、エセスは無言で頷いたのだった。



 さて、場面はその数日前に戻る。

 ロイドの指導の下、ほぼ毎日1つのペースで魔導具を作り続けていたマージンは、後は自力で極めていけるだろうというロイドのお墨付きを貰っていた。

「思ったより少し早かったな」

 とは仲間達の弁で、レック達には聞かせなかったがロイドに言わせると、

「相当早かった」

 となる。

 ちなみにロイドの指導の下でマージンが作った魔導具は、術式を後から焼き付ける方法で作った物が6つ、物理的に術式を組み込んだ物が2つである。魔導具の内訳としては、指輪が4つ、腕輪が2つ、小さめの盾と短剣が1つずつとなる。

 いずれも派手な魔術も組み込まれていないのは、所詮練習用の試作品だから――というよりも、祭壇で得られた知識には強化系の術式しか無かったのが理由である。


 そして、マージンが魔導具製作スキルを手に入れてから9日目。

 レック達は再びキングダムへ戻るべく、ログハウスの前に勢揃いしていた。見送りに来たロイドもいる。

 ここ数日は雪が降ることもなかったためか周辺の雪はほぼ姿を消していて、前に来た時と同じような光景に戻っていた。

「それじゃ、また世話になったな」

「ああ。だが、それもこれで最後だろう」

「そうだな。そろそろ一度くらいはメトロポリスにも行かなくてはならんか」

 ロイドの言葉に、グランスが呻いた。


 大陸会議も動いてはいるはずなのだが、正直あまり当てにはならない。管理下に置いている街が少なかった当初はいざ知らず、キングダムを管理下に置いて以降はキングダム大陸にいるプレイヤーの大半の支援だけで手一杯になっているからだった。

 冒険者ギルドのマスターであるギンジロウあたりに言わせると、余裕が全くないわけではない。だが、大陸の外にまで手を伸ばす余裕は流石にないのである。


「まあ、おまえ達が全ての大陸をまわる必要はないのだがな。それぞれの大陸でおまえ達のような者たちが育っていれば、いずれは中央大陸にも手が届くだろう」

 ロイドはそう言うが、グランス達の考えは違っていた。

「カントリーはプレイヤーが少なすぎるのではないかのう。メトロポリスは人口は多いが、所詮はそれだけじゃ。冒険者として活動できる人間がどれだけおったことか……分からぬからの」

 というディアナの言葉通りである。

 加えて、

「それに、育っているかも知れないというだけで、育ってるって確証はないわけでしょ?そんな楽観的な予測で動くわけにはいかないよ」

「ふむ。正論だな」

 レックの言葉にロイドは頷かざるを得なかった。ロイドも他の大陸の動向は知らないのである。おおよその人口くらいは教えられているのだが、細かいことはロイドの役目には必要がないというわけだった。

 そんなロイドの言葉を継いで、グランスが口を開く。

「まあ、どちらにしてもここでこうして会うのはこれが最後だろうな。メトロポリスに向かわなかったとしても、このだだっ広いキングダム大陸を調べてまわるだけでもかなりの時間がかかる。そう何度もここには来れないからな」

「また、何か用事が出来たら別やけどな。……そういう予定ってあるんか?」

 マージンの言葉にロイドは首を振った。

「私が果たすべき役割は、君たちに対しては概ね終わった。どうしてもと言う用事が出来たなら別だろうが、ここに来なくてはならない用事も、来た方が良い用事も思い当たらないな」

「餞別ももろうたしな」

 そう言って、マージンはアイテムボックスから一冊の本を取り出した。魔導具に刻み込む術式が記された本である。基本的な術式と応用が幾つか載っているだけだが、それでも祭壇から得られた知識には含まれていない内容ということで、ありがたく貰ったマージンであった。

 尤も、ロイドにも理由はある。

「全部教えていたら半年はかかってしまうからな。本の一冊や二冊で済むなら、御の字というやつだ」

「どっちが御の字かよく分からねぇけどな」

 半年も拘束されなくて済んだと喜んでいるのは勿論ロイドだけではないわけで、クライストの言葉に全員が苦笑せざるを得なかった。

「だが、そこに載っている術式が全てというわけではない。新たな術式を手に入れる機会もあるだろうし、あるいは自力で作らざるを得ないこともあるだろう。精進は怠るな」

「そやな。どうせなら、聖剣みたいなもん作ってみたいしな。頑張るわ」

「聖剣って……いくら何でも無茶だろ」

 マージンの言葉に呆れたようにクライストが突っ込みを入れる。

「うむ。せいぜいスライムキラーとかのう」

「いや、それはそれで凄いと思うけど」

 スライムは液状の身体を持ち、事実上、武器による攻撃を全て無効化してしまう。尤も、足が遅い上に――足はないのだが――油をかけて火を付けてやれば簡単に倒せるので、雑魚扱いされている。だが、それでもスライムを倒せる剣というのは、レックが言ったように凄いことに変わりがない。

「まあ、目標を高く持つのは良いことだ。それに、多少の強化でも使えることに変わりはない」

 マージンから試作品の指輪や腕輪をいくつか貰ったグランスがそうフォローする。

 女性陣を差し置いてグランスが貰っているのは、レックに大きく劣る身体強化を補助するためであった。尤も、マージン曰く、「気休め程度やで」とのことだったが。

「さて、それではいい加減出発しようか。ロイド、世話になった。元気でな。ジ・アナザーであれ現実世界であれ、もう一度会えることを祈っている」

 そんなグランスの挨拶に、

「残念ながら、二度と会うことはないだろうが……元気ではいるつもりだ。おまえ達こそ、これから乗り越えなくてはならない困難は数多いだろうが、死ぬなよ」

 ロイドはそう返した。



「さて、あいつらも行ったか」

 レック達の姿が見えなくなるまで見送った後、ロイドはそう呟いた。

 このままここに残るのなら寂しいことになるわけだが、既にロイドにその気はない。最低限のノルマは果たしたわけであるし、上に報告した上で一度ここを離れるつもりだった。

「尤も、離れる準備だけで数日はかかるだろうがな」

 そう苦笑しながら、早速荷物の整理をするべく書斎に戻ったロイドは、通信用の水晶球が光を放っていることに気づいた。それが意味するところは、上からの連絡が来ているということである。

「何かあったのか?」

 普段はこちらから連絡することになっている、裏を返せば上から連絡があったということは何かが起きたということなのだった。

 ここを離れられると浮かれていた気持ちを切り替え、ロイドは早速水晶球に手を当て、起動する。

「メッセージだけか」

 水晶球に入っていたのは、数行程度のメッセージだった。

 リアルタイムの双方向通信だと、ロイドが書斎を離れていては連絡が取れないためだろう。逆に言えば、それだけ確実に伝えたい内容だとも言える。

「ふむ……なるほどな」

 内容を素早く読み取ったロイドは、上に対してここを離れる許可を得る必要が無くなったことを知った。それどころか、戻ってくることを考慮した準備すら要らない。むしろ、ここには何も残してはいけなくなったのだった。



 そうして再びログハウスを訪れてもロイドがいなくなっている事など知る由もないレック達は、ユフォル目指して歩き続けていた。

「とりあえず、ミドリとコスモスを拾わないとな」

 ロイドに教えられた祭壇を少しでも早くまわりたいとは言え、ユフォルで待っているはずの二人を放っておく訳にもいかない。そんなわけで、レック達は幸いにも雪が溶けて歩きやすくなった道無き道をユフォルへと急いでいた。

 途中でエネミーに襲われることはあったが、最早この近辺に出現するエネミーは一行にとって脅威にはならなかった。

 そんなエネミーとの何回目かの戦闘を終えた後。

「一応、少しは効果があるな」

 マージン製ディフェンダーに付いたエネミーの血を拭いながら、グランスがそう言った。

「ほう。実感できるレベルなのじゃな?」

「ああ。最近、身体が意識についてこない感覚が少しあったが、それが無くなった」

 グランスはディアナにそう答えた。

「それなら、グランスに渡した甲斐もあるってもんやな」

 マージンが嬉しそうにそう言うが、ふと表情を引き締めた。

「ただな、それも魔力を喰うんや。身体強化を維持できる時間は確実に短うなるから、注意してや?」

「ああ。留意しよう」

 時として命に関わることだけに、真剣な表情でグランスは頷いた。

「そう言えば、レックの盾の方はどうなのじゃ?」

 ディアナの言葉に、仲間達の視線がレックへと一斉に向かう。

「う~ん……最近盾を使ってなかったから、ちょっと分からないかな。むしろ、少し動きにくいよ」

 仲間達の視線を受けたレックは、身動ぎしながらそう答えた。

 すっかりグレートソードを使うスタイルに慣れきっていたレックは、今更片手剣と盾に戻る訳にもいかず、マージンが試作した魔導具の(マジツクシールド)を左腕に取り付けて戦っていた。のだが、案の定邪魔になっていたらしい。

「そもそも敵の攻撃を受け止めるんも、剣で済ませとるもんな」

 同じく大剣使いであるマージンがしみじみと言う。

 そんな、レックが持っていても宝の持ち腐れになりそうな気配を察して、リリーがさっと手を挙げる。

「じゃ、いっその事あたしが!」

「はい、却下。ってか、リリーは短剣貰ったじゃねぇか」

「使えもせぬ物まで欲しがるのは、良くないのう」

 クライストとディアナに指摘され、リリーは頬を膨らませた。

 ただ、レックが持っていても仕方なさそうだと思ったのは、仲間全員の共通認識である。

「まあ、レックでは意味がないというのなら、別の誰かが使った方が良いだろうな」

 というグランスの言葉に、

「俺は駄目だな。殴る時に邪魔になるからな」

「わいも、レックと同じ理由で要らへんわ」

 と男性陣二人が魔導具の盾の受け取りを辞退した。

「じゃ、あたしが!」

「と言うリリーはスルーしてじゃな。私も槍の邪魔になるからのう。要らぬよ」

 この時点で、候補はグランスとミネアの二人になった。が、

「一応、俺は盾も使うが……既にいろいろ貰っているしな。ミネアはどうだ?」

「わたしより……グランスの方が……」

 と始まる遠慮合戦。

 放っておくと長くなるからと、レックが口をすかさず挟む。

「でも、ミネアも僕みたいに腕に付けるなら盾、使えるよね」

「そうじゃのう。こう動くだけなら……邪魔にはならぬな」

 と、ディアナも実際に弓を引く動きをしながら、どちらの腕に付けても大剣や槍に比べれば大して邪魔にならないことを確認した。

「飛び道具への対策にはなるだろうし、この際使ってみたら良いかもしれぬのう」

 そう言われてみると、今までは弓を射る時に必ず誰かに守って貰っていたミネアとしては、反論のしようもない。

「……それでは、使ってみます。……使いこなせるかどうかは分かりません……けど……」

 ミネアはそう言って、渋々レックから盾を受け取った。

「ま、材料の割にちょっと丈夫になっとるだけの代物や。あんまし、使いこなすとか気にしなくてええで」

「普通の盾の方がマシだったりせぬじゃろうな?」

「……それは言わんといて」

 ディアナの言葉で肩を落としたマージンの様子に、仲間達から笑い声が漏れたのだった。



 それから五日が過ぎた。

 ロイドのいる霊峰から離れたレック達は、鬱蒼と茂った針葉樹の森の中を進んでいた。

「やっぱ、風がないだけでも随分違うよな」

「だよね。暖かくはないけど、寒くもないよね」

 先頭を行くクライストとレックがそんな会話をしている。その二人の会話を聞いたミネアとディアナも会話に加わった。

「というか……寒さ自体が少し……和らいできた気が……します」

「この寒さが冬じゃというなら、あるいは春も近いかも知れぬのう……」

「ってことは、キングダムに戻る頃にはいくらか暖かくなってそうだな」

 クライストは嬉しそうにそう言うが、

「そして、また夏が来るんやな……」

 マージンは暑い方が苦手なのか、肩を落としていた。

 それを見ていたディアナは、何を考えついたのかニヤリと笑う。

「グランスよ。今年の夏は少しくらいどこかの川か湖か、あるいは海にでも遊びに行かぬか?」

「ん?どういうことだ?」

 怪訝そうな顔をするグランスに、ディアナは言葉を重ねる。

「何、たまには羽を伸ばしたいと思ったのじゃよ」

「ふむ。まあ、夏が来るようなら考えよう」

「去年は確か……やたら暑かった気がするがのう。あれは夏と呼んで良いと思うのじゃがのう……」

 ディアナのその言葉に、仲間達はそう言えばそうだったと思い出す。

「確かに、あんだけ暑かったら水遊びも悪くねぇな」

「でも……毎日暑いわけですし……キリがありません……よ?」

「ま、たまには、ってこった」

 そう言ったクライストの視線を受け、グランスは苦笑しながら、

「たまには、な」

 そう答えた。

 そんな雑談を時折交えながら、ユフォル目指して歩き続ける一行の耳に、遠く水音が聞こえてきた。

「谷まで戻ってきたね」

 真っ先に聞きつけたレックの言葉に、そろそろ獣道から人の道を歩けるようになるのかと、仲間達の間にホッとした空気が流れた。

「先行って見てくるね!」

「あまり離れるなよ」

 森の中を歩き続けることに飽きていたらしいリリーが、水音目指して走り出す。その後ろ姿にグランスが注意を飛ばした。

「分かってる~!」

 リリーはそう言うが、あまり離れているとエネミーに襲われた時に対処できない可能性もあるわけで。

「仕方ないな……。俺達も急ぐぞ」

 グランスの言葉に、一行は歩くペースを上げた。

 それからリリーの姿を辛うじて見失わないペースで歩くこと暫く。

「……なんか、臭ないか?」

 マージンがクンクンと何かを嗅いで、顔を顰めた。勿論、足を止めたりはしない。

「そうか?俺は何も臭わねぇけどな」

「私も臭わぬのう」

「俺もだが……レックはどうだ?」

 グランスに訊かれるまでもなく、身体強化を発動させ臭いをかぎ取ろうとしていたレックの顔が歪む。

「マージンの言う通り臭うよ。この臭いは……多分血の臭いだと思う」

 一行に緊張が走った。

「近いと思うか?」

 先を行くリリーをクランチャットで呼び戻すべく、個人端末を取り出しながらグランスが訊ねたが、レックは首を振るしかなかった。

「臭いだけじゃ分かんないよ」

「やな。でも、そんなに遠くないと思うで」

 そう補足したのはマージンである。

「所詮、人間の鼻や。犬や猫じゃあるまいし、そんなに距離が空いとったら臭いなんて感じへんやろ」

 その言葉に納得する仲間達。だが、血の臭いの源が遠くはないということに、同時に一層の緊張を強いられることにもなった。

 その事実を確認することになったのは、それから僅か一分後のことである。

「リリー、どうした?」

 もう少し進めば森が途切れると言うところで連絡を受けて足を止めていたリリーに追いついたレックが、リリーの様子がおかしいことに気づいてそう声をかけた。

 一歩遅れて追いついた他の仲間達も、リリーの様子がおかしいことにすぐに気がついた。一言で言うならば待っていたと言うより、足が竦んで動けなくなっていたと言うのが正しいだろう。その視線は前方の森が途切れた谷間の崖の縁へと固定されていた。

 その事に気づいた仲間達が、リリーの視線の先を追い、そしてリリーと同じように固まった。

「何だよ、ありゃ」

 そう誰かの声が聞こえた。

 視線の先で、小山のように巨大な影が蠢いている。高さは3mはあるだろうか。

 大きくなった水音に紛れて聞こえづらいが、バリバリと何かをかみ砕き、咀嚼する音も聞こえてくる。ここに来てレック達は、先ほどから漂っていた血の臭いがどこから来ていたか知ることになったのだった。

 誰かがゴクリとツバを飲み込む音が妙に大きく聞こえ、それが影に聞こえたのではないかとレック達の間に緊張が走る。

 だが、そんな音は全く聞こえなかったかのように、小山のような影はその獲物を喰らい続けていた。

「ワイバーン……やな」

 影の正体をそう看破したマージンへと、仲間達の視線が集中する。

「ドラゴンの仲間のあれか?」

「まぁ、一応そうやな」

 グランスの問いかけにもワイバーンから視線を逸らさずにマージンは頷くと、

「とりあえず、離れた方がええ。見つかったら面倒やで」

「だな。戻るぞ」

 マージンの提案にグランスはすぐ仲間達に指示を出した。

 その指示に従い、大きな音を立てないように、うっかり地面に落ちている枯れ木を踏み折ったりしないように、最大限に注意しながらレック達は元来た方角へと戻っていく。

 すぐに木々の影に隠れてワイバーンの姿は見えなくなったが、ちょっとやそっと離れたくらいでは全くもって安心など出来るはずもない。結局、レック達がその足を止めたのは、30分近くも経ってからのことだった。

「ここまで来れば、余程大きな音でも立てない限りあれに気づかれることはないだろう」

 グランスの言葉に、緊張が解けて仲間達は地面にへたり込んだ。

「まさか、あんなんがいるとは思わなかったぜ……」

「だな。見つかっていたらと考えると、ゾッとする」

 グランスの言葉に、仲間達は頷いたり身震いしたり、である。

「しかし、どうするのじゃ?あんなのがおっては、ユフォルへと向かうことが出来ぬじゃろう」

「いや、あれって何か食べてたんだよね?食べ終わったら、あそこからはいなくなると思うけど」

「そうだな。レックの言う通りだ。食べ終わるまで待てば、通れるようになるだろうな」

 ちなみに、死体が転がっているだろうというのは、既にエネミーの死体を腐るほど見てきているので大した問題ではない。むしろ、ワイバーンの食べ残しに集まってきた他のエネミーとの戦闘の方を懸念していたりする。

「とりあえず、明日に朝まではここで待とう。いくら何でも単なる食事なら終わっているだろうからな。その後は他のエネミーが寄ってきたりしていないか注意しながら、通り抜けるぞ」

「まんま、あそこを通るのか?」

「ふむ……どうするべきだと思う?」

 クライストの質問にグランスは考える様子を見せた後、マージンに視線を向けた。

「そやな。ワイバーンは当然空を飛べるわけやから、しばらくは空から見えへんように、森の中を進みたいところやな」

「なら、さっきの場所の確認はするが、少し離れた森の中を進むということでどうだ?」

 その言葉に誰も異論はなかった。



 そして夜を迎え、火も焚かず、冷たい食事を済ませる。だが、誰一人として寝ようとはしない。久しぶりに感じた命の危険に、誰もが神経を高ぶらせ、眠れないでいたのだ。

「……前からあんなのいたのかな?」

 レックがボソリと疑問を口にする。

「いたら、とっくの昔に話題になってるだろうな」

 そう答えたのはグランス。

「つまり、最近湧いたということかのう?」

「あるいはどこからか流れてきたか、やな」

 ディアナの意見をマージンが補足した。

「どっちにしても、見つかりたくはねぇな」

 クライストはそう、現実的な意見を口にした。

 その意見に仲間達はしみじみと同意し、沈黙が戻ってきた。

「……戦って、勝てると思う?」

 暫くして沈黙を破ったのは、またしてもレックだった。

「ダメージを全く与えられへんってのはないやろうけど……」

「あれだけのデカ物相手は、流石にな」

「こちらに被害を出さずにと言うのは難しい気がするのう」

 今度の疑問には、とことん悲観的な答えしか返ってこない。

 これがただのゲームなら、一人でも生き残れば勝ちである。その前提なら、今の自分たちなら勝てないことはないとレック達は踏んでいた。

 だが、デスゲームでは一人でも死んだら負けと言ってもいい。その勝利条件で勝つことは極めて難しいとも分かっていたのだった。

「兎に角、あれに見つからないように進むしかない。いつまでもこの辺りにいたくもないだろう?」

「ま、あんなのがいる地域を歩き回りたくはねぇな」

 グランスの言葉にクライストがそう返し、他の仲間達も思い思いに頷いた。

「でも、万が一見つかったらどうするんだ?」

「……クライストの言う通りか。見つからない保証もないからな。考えたくはないが、その時の戦い方も決めておくべきだな」

 グランスはそう言うと、早速検討を始める。

「とりあえず、弓は通じそうにないな。直接の戦力になりそうなのは、俺とマージン、それからレックか。ディアナとリリーの魔術は通用すると思うか?」

 話を振られ、マージンが答える。

「ファイアボールはある程度は期待してもええやろ。リリーの精霊も谷川の水を使えるなら、少なくとも相手の動きを鈍らせるくらいの効果は期待できると思うで」

「なるほどな。なら、谷からはあまり離れない方がいいか。近づかずに攻撃できる手段は多いに越したことはない」

 その言葉に、リリーが震えながらも頷く。

「出来るだけ頑張ってみる」

「ああ、頼むぞ」

 それからの話は結局いつも通りのパターンと相成った。

 兎に角、ターゲットを絞らせないように交互に攻撃し続ける。ただそれだけである。何せ、ワイバーンはあのサイズである。一撃でも食らったら相当な痛手を負うことは間違いない。そうして動けなくなったところを狙われたら、それだけで間違いなくアウトなのだった。

 方針が決まったことで、いくらか落ち着いたのか、その頃には何人かが眠気を訴え始めていた。

 まだ眠気を覚えていない仲間が見張りを買って出ると、レックとリリーがあっという間に眠りに落ちた。続いて、クライストとミネアも眠りに落ちる。

「おまえ達は寝ないのか?」

「旦那こそな」

 そう言われては、グランスも返す言葉がない。

 だが、眠った仲間達に気を遣うと話も出来ないわけで。

 グランス、マージン、そしてディアナの三人はただ静かに夜が更けていくのを見守るのだった。

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