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ジ・アナザー  作者: sularis
第八章 再び東へ
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第八章 第六話 ~祭壇。そして魔導具製作~

 魔導具作成のスキルを覚えられる祭壇へ向かうべく、ロイドはマージン達を連れて玄関へと向かった。しかしログハウスの玄関から外を覗いたロイドは、外の様子を窺い、

「……今日は転移陣を使うか」

 そう言ってパタンと扉を閉めてしまった。

「転移陣?」

 何故扉を閉めたのかよりも、ロイドの言葉の方が気になったリリーがそう訊くと、

「そうだ。サークル・ゲートの小型版と思えばいい。転移させる人数に応じた魔力が必要だが、レックもいる。問題ないだろう」

 ロイドはそう答えて、廊下の奥へと歩き出した。

「その転移陣とはどのようなものなのじゃ?」

 追いかけながらディアナが訊くと、

「言った通りだ。サークル・ゲートの小型版と言ったところだ。多少機能に違いがあるがな」

「どのような違いなのじゃ?」

「そうだな。少し説明はしておいた方が良いか」

 そう言いながらロイドが廊下の奥にあった扉の鍵を開ける。そして、扉を押し開くと下へ下りる階段がそこにはあった。開けた直後は暗かったのだが、レック達が覗き込む前に壁に設置された照明用魔導具が光を放ち始め、歩くのには問題がない光量が確保されていた。

「一番の違いは、サークル・ゲートと違って、対になる転移陣がないことだ。つまり、行ったっきりになると言うことだな。従って、帰りは別の手段を用意する必要がある」

「勿論、その手段は用意してあるよね?」

 不安になったレックの言葉に、ロイドは階段を下りながら「無論だ」と答え、説明を続けた。

「もう1つの違いは、転移させる人数に応じた魔力が必要になる点だ。サークル・ゲートは時間内であれば何人でも転移させられるが、転移陣は転移させたい人数に応じた魔力が必要だ。正直、結構な量がいる。帰りのことも考えれば、私が魔力を使い果たすわけにも行かない。レック、手伝って貰うぞ」

「うん、必要なら手伝うよ」

 レックは軽く了承した。

 一方、ディアナの疑問はまだ尽きていないらしい。

「転移陣はどこででも使えるものなのかのう?」

「必要な準備さえ出来ればな。だが、紙に鉛筆で描く様にはいかない。それに、暴走させるととんでもない所……高度数千メートルの上空に放り出されたり、水深数百メートルの海の中に放り出されることもある。下手に真似しようとは考えないことだ」

「……うむ。流石にそれは怖いのう」

 ロイドに釘を刺され、コピーしようとでも考えていたらしいディアナは渋々諦めた。

 やがて、一行は階段を下りきり、地下室と覚しき部屋に着いた。

「壁で光ってるのって……魔導具?」

 レックの言葉にリリーが反応し、壁際へと駆け寄っていく。

「そうだ。材料さえあれば、割と簡単に作れる代物だ。そのうちマージンに作ってもらうと良いだろう」

 そう言いながら、照明魔導具をつついているリリーをスルーし――単純なだけにそうそう壊れる物でもないのである――、ロイドは部屋の中央の床を覆っていた布を取り払った。

「ほほう……これが……」

 布の下から現れたものを見て、ディアナが感嘆の声を上げる。

 声こそ上げなかったものの、レックとリリーも軽く興奮しているようだった。

 布の下から現れたのは、滑らかに磨き上げられた白い岩の表面に、青白い塗料か何かで描かれた5メートルほどの魔方陣だった。十重二十重に描かれた円とその間を埋めるように走る幾何学模様。何も描かれていないのは中央の直径2メートルほどの範囲だけである。

 それを見たレック達が驚いている間に、ロイドは壁に設置された棚から幾つかのクリスタルを取り出していた。

「これを持っておけ」

「これはなんじゃ?」

「ここへ戻ってくる時に使う転移クリスタルだ。……使い捨てだぞ?」

 一瞬目を輝かせたディアナに、ロイドがすかさず釘を刺す。

 一方、渡されたクリスタルを覗き込んだリリーの目には、クリスタルの中で淡い光を放ちながら、ゆったりと回り続けている立体的な幾何学模様の群れが写っていた。

「きれ~い……」

「確かに、これだけでオブジェとして部屋に飾りたくなるのう」

 リリーの言葉に同じように自分に渡されたクリスタルを覗き込み、ディアナも感心することしきりである。

「どうやって、こないなもん作るんやろなぁ……」

 マージンは些か視点がずれているというか、生産者視点でクリスタルを見つめていた。

 一方、クリスタルを覗き込みながらレックがロイドに訊く。

「これってどうやって使うのかな?」

「地面に叩き付けて割ればいい」

「魔力は?」

「今渡した分はどれも十分に魔力が蓄積されている。改めて注ぎ込む必要はない。それよりも、こっちに来い」

「ん?うん」

 ロイドに手招きされてレックがやってきたのは、床に描かれた魔方陣の中央だった。

「ここに魔力を注ぎ込むのだが……やり方は分かるか?」

 そう言ってロイドが指示した場所には、うっすらと円が描かれていた。

「一応は。サークル・ゲートと同じ要領だよね?」

「そうだ。やったことがあるなら問題は無さそうだな」

 ロイドはそう言うと、まだ転移陣の上に乗っていないマージン達を呼び寄せた。

「今から転移を行う。一瞬だが、かなり明るく光るからな。目を閉じておくことを勧める」

 そう簡単に注意をすると、転移陣に魔力を注ぎ込むように、レックに指示を出す。

 そして、レックが魔力を注ぎ込み始めて十秒ほどで、転移陣を描いている青白い線が青白い光を放ち始めた。

「もう少しだな。レックも目を閉じておいた方がいい。触れている以上、ずれる心配もないからな」

 そんなロイドの指示に従い、レックも目を閉じて、転移陣に更に魔力を注ぎ込み……カメラのフラッシュなど比較にならないほど強い光が部屋を満たしたかと思うと、次の瞬間、地下室から5人の姿は消えていた。



 さて、レック達がそうして転移した頃、ログハウスの上の部屋では。

「しっかし、マジックアイテム……いや、魔導具ってのか?どんなんなんだろうな」

 クライストが一緒に残った2人にそう言っていた。

「ゲームではどんなのがある?」

 ジ・アナザーが仮想世界上のゲームであるという認識があらかた抜け落ちたグランスがそんなことを訊いたが、クライストもミネアも特に気にすることもなく。

「単純なところだとステータス強化系だな。呪いのアイテムよろしく低下するケースもあるけどな。後は、単純に装備そのものの耐久度が上がって壊れにくくなるとか、より少ない力で装備できるようになったり、攻撃力や防御力が上がるとかだな。装備自身が修理不要になる自己修復なんてのもあるな」

 そう、クライストは指折りながら効果を挙げていく。

「ふむ。攻撃魔術や治癒魔術みたいな効果はないのか?」

「勿論あるぜ。尤も、そんなん全部挙げていったら、キリがねぇけどな」

「つまり、ほとんど何でもありか」

「そーゆーこった。多分、魔導具も似たようなもんだろうけどな。楽しみじゃねぇか?」

 そのクライストの言葉に、グランスはニヤリと笑って、

「勿論。とても楽しみだ」

 そう答えたのだった。



「もう、目を開けても構わないぞ」

 ロイドの声に目を開けたレック達だったが、周囲は闇に包まれていた。

「え?何も見えないよ?……きゃっ」

 突然の明かりにリリーが悲鳴を上げる。

「洞窟……というよりは、遺跡の中かのう?」

「そうだね。地面も壁も四角い石材で作ってあるみたいだね」

 ディアナとレックは、ロイドが手にしたランタンの僅かな明かりで周囲の様子を冷静に観察し、そう言葉を交わしていた。

「設定上は一応ここは遺跡扱いになるな。まあ、洞窟でも遺跡でもあまり関係はあるまい」

 ロイドのその答えに、ディアナとレックはそれもそうかと頷いた。ジ・アナザーはその隅々まで全て人の手で作り上げられた世界なのだ。天然物も人工物も何も、全てが人工物なのである。

「なんや、やたら寒いけど……ここって、どこら辺なんや?」

 雪が積もっていたロイドのログハウス周辺に比べても、風もないのにやたら低い気温に身体を震わせながら、マージンがそう訊いた。

「場所としてはキングダム大陸のかなり北の方だ」

「それでこの寒さなのじゃな。ついてこぬ方が良いと言っておったのは、これが原因なのじゃな。……出来れば、先に教えておいて欲しかったのう」

 ランタンを出しながらディアナがそう言うと、誰かが鼻水をすする音がした。

「済まんな。この寒さはついてこない方が良い理由ではないし、忘れていた。まあ、外に出るわけでもないし、目的地はすぐそこだ。我慢して貰おう」

 そう言うと、ロイドは懐から一枚の紙を取り出した。

「なになに?」

 早速それを覗き込んだリリー。ディアナもロイドへ質問をぶつけようと開き書けていた口を閉じる。そして覗き込んでいたリリーの目には、紙に書かれた簡単な地図が飛び込んできた。

「私もここに来るのは初めてなのだ」

「そうなんだ?」

 レックの言葉にロイドは僅かに頷き、

「別に、祭壇の保守を命じられているわけでもないからな」

 そう答え、早速歩き出した。

 そして、歩くこと僅か2分。

「この部屋だ」

 そう、ロイドが開けた扉の向こうに、レック達にも十分見覚えのある祭壇が設置されていた。

 祭壇はいつも通りと言うべきか、微かな光を放っており、ランタンが無くとも部屋の中は十分に明るい。尤も、部屋の一辺がせいぜい3mほどと大して広くないことと、部屋の壁や天井に使われている石材が白っぽいというのも、部屋が暗く感じない理由であろう。

「これが、魔導具を作るスキルを覚えられる祭壇?」

「ああ、そうだ。……リリー、触らない方が良いぞ」

 ロイドはレックに答えながら、祭壇に早速近づいていたリリーにそう注意する。

 注意されたリリーは、悪戯を見つかった子供のように、マージンの後ろへと逃げ込んだ。

 それを見たロイドは、レック達へと説明を始めた。

「さて、マージンが祭壇からスキルを習得するまでの間、我々は部屋から少し離れて待機する。この祭壇は少々きついタイプだからな。近くにいると巻き添えを食らう」

「きついって何が?」

 レックの言葉に、ロイドは言葉を選びながら答える。

「祭壇は被術者以外には影響が出にくいようになってはいるが、祭壇から習得できる内容によっては、そうもいかない。そして、被術者以外への影響というのは、本来予定されていないものだからだろう。巻き添えを食らう第三者への影響は、心身に対して相当量の負荷をかけるのだ」

「なんか、分かりづら~い……」

 リリーではないが、レックもディアナも似たようなことは思っていた。とは言え、折角ロイドが忠告してくれているのである。わざわざ無視して痛い目をみたいとは思わないわけで、

「とりあえず、部屋の前から離れておこうか」

 というレックの言葉に、ディアナもリリーも素直に頷いた。

「そう言えば、僕達が離れた方が良いのはいいとして、マージンは大丈夫なわけ?」

 その言葉に、ロイドは一瞬、マージンと視線を交わした。

「問題はないな」

「ああ、あらへんな」

「ならいいけど」

 レックは2人の様子に違和感を感じないでもなかったが、リリーのくしゃみに遮られてしまった。

「クシュン!」

「む、あまり長居はせぬ方が良さそうじゃな」

 リリーのくしゃみのせいか、自分の身体も冷えてきていることを自覚したディアナがそう言った。

 その言葉を受けて、ロイドが口を開く。

「そうだな。では、我々は先ほどの転移してきた所にまで戻るとしよう。マージンもそのつもりで、祭壇を起動してくれ」

「これ、起動って言うんか?……ま、ええけどな」

 そんな首を傾げているマージンに、レック達は、

「頑張れ」

「頑張ってね!」

「帰ったら、まずは私に何か作るのじゃぞ」

「ディアナ、それずるいよ~!」

 そう声をかけ、手をひらひらと振っているマージンを残して部屋を出た。

「さあ、早めに先ほどの場所まで戻ろうか。マージンがせっかちだと困ったことになるだろうしな」

 そう言ったロイドの後について、レック達は早足で先ほどの場所を目指した。

「時間はどのくらいかかると思う?」

「私が聞かされている話では、大体5分ほどということだ」

「長いのう……」

「魔導具作成は、下手な魔術よりも情報量が多いからな。当然のことだ」

 そのロイドの言葉にレックが首を捻る。

「情報量?」

「まあ、そういう設定だと思えばいい」

 何となく誤魔化された感じがしないでもないものの、追求するほどのことでもないかとレックは口を閉ざした。

 一方、ディアナは別のことが気になっていた。

「試作品でも良いから、最初の魔導具ができるのはいつ頃になるのじゃ?」

「あ、それあたしも知りたい!」

「正直、完全に彼の力量次第だな。長くても二週間程度あれば、何か1つくらいは独力で作れるところまではいける。だが、その逆は分からんな。イヤになるほど相性が良ければ、簡単なものという条件も付くが、今日帰ってすぐにでも作り始めれば、夕方には何かしら出来ているだろうな」

「たらればばかりじゃのう……」

「最初の1つを除けば、後は選択するのみだ。実質、仮定しているのは1つだけだ」

「ふむ。そう考えると……やはり、あまり期待しない方が良さそうじゃのう……」

 確かにどうにもならないifは1つかも知れないが、その壁があまりにも高いことに気づいたディアナは、そうぼやいた。

 そんなことを話している間に、転移してきた場所にまで戻ってきたレック達。

「そろそろ、始めてるかな~?」

「かもね。後5分くらいしたら戻ればいいのかな?」

 リリーに相槌を打った後、レックはロイドにそう訊ねた。

「そうだな。と言っても、お互い時計のない身だ。もう少し余裕を見た方が良いだろう。最悪、マージンが帰ってくるのが先になるだけだからな」

 ロイドはそう答えたものの、内心、迎えに行く事になるだろうと思っていた。

 マージンは大丈夫だと言ってはいたものの、魔導具作成のスキル修得は巻き添えを食らう第三者だけではなく、修得者にもかなりの負担がかかるのだ。場合によると倒れることもあると、ロイドは上からの話で教えられていた。

 じっとしているとかなりの寒さを感じる場所で、倒れて意識を失ったまま放置されたらどうなるか。推して知るべしである。

 そんなことを考えながら、ロイドが出した時間は、

「8分待とう。それなら多少カウントが早くなっても、マージンが多少始めるのを遅らせていても、いくらかの余裕は持てるはずだ」

 であった。

「タイマーか時計があれば楽なのじゃがのう……」

「体感じゃあれだし、ちゃんと数えないとね」

 レックはそう言うと、仲間達にも聞こえる声で、時間を数え始めるのだった。



 一方、部屋に1人残されたマージンはと言うと。

 4人の気配が遠ざかったのを確認すると、軽く身震いする。そして、1人寂しく待つこと1分。祭壇へと向き直った。

 ロイドから、魔導具作成スキルの修得はかなり心身に負担がかかるとしつこく聞かされていたはずなのだが、祭壇へと向いたマージンの姿には、どこにも緊張の気配は見受けられなかった。

「んじゃ、さっさと済ませよっか」

 そう言って祭壇に手を乗せる。まだ、2分は経っていないのだが、仲間達が巻き添えになることはないだろうとマージンは見ていた。

(多分、走っとるか、早足で戻っとるやろうからなぁ)

 それなら、転移でやってきた場所の近くにはもう戻っているはずで、距離も十分開いているはずだというわけである。

「ま、形だけでもやっとかんとな」

 マージンはそう言うと、祭壇へと神経を集中した。

 すぐに、祭壇から無数の光の粒が現れた。それらの光の粒は虹のように色を変えながら、部屋中に拡散していく。そんな光の粒に埋め尽くされた部屋は今や真昼の如き明るさとなっていた。

 それでも祭壇から次々と溢れ出してくる光の粒子は尽きることがない。だが、いつの間にか部屋を埋め尽くしていた光の粒子はその数を徐々に減らし始めていた。次々とマージンの身体へと吸い込まれているのだ。

 マージンの身体に吸い込まれていくその大半が、マージンの頭へと向かっているためか、マージンの頭から光の滝が流れ落ちているような光景が繰り広げられていた。尤も、逆流している滝であるが。加えて、残る光の粒子は一度マージンの身体に纏わり付いてから、その中へと入っていくためか、マージンは光で出来た衣を着ているかのようになっていた。

 そんな光が織りなす神秘的とも言える光景だったが、生憎観客は1人としていなかった。まず、光に包まれている本人が自分の様子を第三者の視点で見るなど出来るはずもない。加えて、観客たり得た仲間達はロイドの忠告に沿って、部屋から離れたところにいるのである。

 やがて、その光景も終わりが迫ってきた。僅かに1分ほどで、祭壇から溢れ出してくる光の粒子が明らかにその数を減らし始めたのである。

 一度減り始めた光の粒子は、見る見るうちに減っていく。それに伴い、真昼の如き明るさだった室内はすぐに曇り程度の明るさになり、夕方程度の明るさを経て暗くなっていく。

 やがて、最後に残った幾つかの光の粒子が、ホタルのようにゆったりと漂いながらマージンの身体へと辿り着き、溶けるように消えていった。

「ん。終わったみたいやな」

 全ての光の粒子が消えて元の薄暗さを取り戻した室内に、マージンの声が響き渡った。

「とりあえず、やっとこれで魔導具を作れるようになったわけやけど……先は長いわ……」

 そうぼやきながら、マージンは身体の調子を確かめるかのように、軽く首を回し、肩もついでに何度か回した。どうやら特に痛むところもなかったのか満足そうに頷くと、床の上に置いておいた自分のランタンを拾い上げた。

(じゃ、迎えが来るのを待っとるより、こっちから向かおうか)

 何分くらいかかると見積もっているのか分からないが、1人寂しく暇を潰しながらロイド達が迎えに来るのを待つのも、精神的にあまりよろしくない。

 そう考えたマージンは、自分の方から歩いて行くことにしたのだった。



「さて、まずは知識の確認からだ。よいな?」

「ああ。構わへんで」

 ロイドの言葉にマージンが頷いた。

 今、2人がいるのはロイドのログハウスの一室である。場所としては、ロイドの書斎の奥に当たり、ロイド自身がちょっとした魔導具を作成するために使っている所謂工房であった。

 窓のない部屋は、しかし壁に備え付けられた幾つもの魔導具によって十分すぎる明るさが確保されていた。

 その部屋の中央にあるのはしっかりした作りの、広々とした樫の机である。机の上には小さな引き出しが幾つも付いた棚が3つ4つ置かれていた。その中に各種道具や材料が詰め込まれているのだ。

 尤も、机の上の小さな引き出しに全てが入るわけでもない。事実、高めに設置された光源の下にはずらりと引き出し付きの棚が並んでおり、その中には大きめの道具や大量に使う材料が詰め込まれていることを、マージンはロイドに見せられていた。

 ちなみに、リリーやディアナが見学を希望していたが、邪魔になるとの一言でロイドにあっさり追い払われたのは余談である。

「それでは、魔導具の定義から大雑把にだな」

 ロイドの指示にマージンは軽く頷き、説明を始めた。

「魔導具ってのは要するに、術式を刻みつけたアイテムに他ならへん。術式ってのはつまり魔力回路やな。ってことは、魔力が流れる道筋を刻みつけることで、魔導具は作成されるわけや」

 とは言っても、大雑把にとなると説明もすぐに終わってしまった。尤も、ロイドにとっては確認しておくべき知識はまだある。

「いいだろう。では、魔導具にとって必要な要素を重要なものから挙げていってくれ」

「まずは、術式そのものを表す魔力回路やな。次に、回路に魔力を供給するための供給回路、ないし魔晶石やら魔石やらやな。術式に魔力を供給せな、魔導具は動かへんからな。最後が、形を為した魔術を魔導具の外部に展開するための式や」

 よどみなくすらすらと答えるマージンに、間違い探しのつもりで説明を聞いていたロイドは、確認は楽に終わりそうだと思い始めていた。実際、簡単なところに限るなら、確認するべき事項はそれほど多くもないのだ。

「では、術式はどうやって魔導具に刻み込む?」

「大きく分けると2種類、やな。1つめは既にある物に、魔術を使うて魔力回路を焼き付けるってやつや。ただ、この方法は作るんは簡単やけど、焼き付けた術式が消えやすいっちゅう問題があるわな。素材によっちゃ、焼き付けるの自体が大変やったりな。術式も消えやすいから、あんま強い魔導具は作られへん。

 もう1つは、アイテムの製作段階から術式を物理的に刻みつけるっちゅう方法やな。物として刻みつけとるから、さっきの方法に比べたら術式はめっちゃ消えにくい。大量の魔力を流せるから、強力な魔導具を作ろう思うたら、まずこっちの方法になるんちゃうか?ただ、物理的に術式を組み込むわけやから、製作難易度がバカみたいに上がるっちゅう問題はあるな。おまけに、使うた材料によっちゃ、完成品の強度そのものが下がりかねへん」

「どうやら、十分に知識の焼き付けはうまくいっているようだな。……にしては、やたら元気そうだが」

「ま、その辺は運が良かったんか、相性がよかったっちゅうことやな」

 倒れることもあり得るほどの負荷がかかったはずにも関わらずピンピンしているマージンの様子に、ロイドは多少首を傾げないでもなかった。だが、倒れることもあり得ると言うだけで、素質さえあれば何事もなく済むのだろうと、この疑問は飲み込んで忘れることにした。

「まあ、そうだな。では、基本的な確認はこれくらいにしておいて、早速だがここにある道具と材料で、早速だが1つ、魔導具を作ってもらおうか」

 ロイドはそう言って、テーブルの上に揃えられた道具、材料一式をマージンに指し示した。

「いきなりかいな!?」

「細かいところはさておき、手順などをどの程度修得できたか見るには、実際にやらせてみるのが早い。製作過程を見るためだからな。成功しても失敗しても関係ない。落ち着いてやると良い」

 その言葉に、マージンも落ち着きを取り戻した。

「失敗してもええんなら、気楽にやれそうやな」

 机の前の椅子に座り、まずは机の上に用意された道具を確認し始める。

「んで、何を作ればええんや?」

「祭壇で魔導具の設計図も幾つか頭に詰め込まれたはずだ。その中から簡単そうなものを選んで作ればいい」

「方法は?焼き付けと刻み込み、どっちでやるんや?」

「最初は焼き付けだろう。刻み込みでは少々時間がかかりすぎる」

 そう言われ、マージンは何をどう作るか決めた。というより、そう指示されれば、作るべき物など1つしか残らなかったと言える。

 机の上に並べられた引き出しの1つから少量の金属の固まりを取り出し、計りに乗せて重量を確かめると、鑿を使ってその固まりを半分に割った。どうやら大して硬い金属ではなかったのか、抵抗も見せずにあっさりと割れた金属の断面が鈍い輝きを放つ。

 マージンは欠片の1つを引き出しに戻すと、机の上に残した欠片を木槌で丁寧に叩いて、手際よく形を整えていく。そもそも術式を焼き付けようにも対象となる物がなかったので、それを作るところからということらしい。

 その様子を見ていたロイドは、マージンの手際の良さに内心、感嘆の声を漏らしていた。

(思った以上に良い腕だな。冒険者などやっているからと、少々甘く見ていたか)

 そんなロイドが見ている前で、木槌で叩かれ続けた小さな金属の固まりは、いつの間にか一本の針金のような形になっていた。ただ、針金にしてはやたら太いし、その割にはやたらと短い。

 マージンは木槌を横に置くと、先に布を巻き付けたプライヤーを手に取った。そして、先ほど作った短い針金をゆっくりと丁寧に曲げ始めた。

(なるほど、指輪か。術式を焼き付けるには少々小さい気もするが……その分、必要な魔力も少ないか)

 マージンの意図を見て取ったロイドの目の前で、簡素な指輪が既に完成していた。

 作り上げた指輪を様々な角度から観察して出来映えを確認すると、マージンはプライヤーを片付けた。代わりに、中央に魔方陣が彫りつけられた金属板を机の真ん中に引っ張り出し、作ったばかりの指輪をその中央へと乗せる。

 再び引き出しを開けたマージンは、そこから取り出した少量の粉末を計りで量ると魔方陣の四隅に少しずつ乗せ、その小さな山の形を整える。

「ま、簡単なんでええんやったら、これくらいでええやろ」

 そう呟くと魔方陣の両端に手を乗せ、魔力を注ぎ始めた。同時に、何語とも分からない呪文を唱え始めた。

 変化はすぐに現れた。

 金属板の上に描かれた魔方陣を形作る幾つもの線がほんのりと黄色く光り始め、それと同時に四隅に盛られた粉末の山から、さながらお灸のごとく煙が立ち上り始めた。

(これはまさか……一発で成功したりしないだろうな?)

 横で見ていたロイドは、気が気でなかった。いくら祭壇が学習装置として優れているとは言え、自分が長年の苦労の末に身につけた技術を簡単に覚えられてしまうのは、先達として悔しさを覚えないでもない。

 無論、マージンはそんなロイドの心の内など知る由もない。

 魔方陣の四隅に盛られた粉末の山が全て煙と消えると同時、パシンという音と共に魔方陣の真ん中に置かれていた指輪が一瞬だけ強い光を放った。

「これで終わりやな」

「そのようだな」

 汗一つかいていないマージンの様子に感心しながらも、ロイドは魔方陣の中央に置かれていた指輪を手に取った。そして、指輪に込められた術式を調べるべく、指輪に軽く魔力と神経を集中させた。

「ふむ……」

 魔力を流し込むことで、確かに何らかの術式が発動したことが感じ取れる。つまるところ、マージンは一発で成功したのだとロイドは判断せざるを得なかった。

「何の術式を込めた?」

 多少の嫉妬がこもった声でロイドが訊ねると、

「スタミナの消費低減……疲れにくくするやつやな。効果は微々たるもんやろうけどな」

 言われてみれば、確かにその手の術式だとロイドは頷いた。それと同時に頭を切り換える。

 ロイドは、指示された知識を最低一組以上のプレイヤーに伝えた後ならば、ここを離れても良いと言われていた。流石に2年近くを過ごしたこの場所に全く愛着がないとは言わないが、基本的に1人で過ごすこの場所での生活はやはり好きになれない。

(これでめぼしい知識は終わりだからな。時折見に来る必要はあるだろうが……ここを離れられるのは悪い話ではないか)

 そう考えてみると、マージンへの嫉妬よりも、これならさっさと終わってくれそうだという期待感の方が上回る。

 となると、俄然やる気になるのは人間の性だろうか。

「一度目で成功させるとは思わなかったが、手順も結果も上出来だ。これなら思ったよりも早く、ここでの訓練を終えることが出来るだろう」

 ロイドは機嫌良くそう言ったのだった。

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