第八章 第五話 ~新しいスキル~
ロイドの言ったように、ロイドがマージン達を検査のために連れてやってきた部屋――ロイドの書斎はお世辞にも広いとは言えなかった。部屋の中央にドンと置かれた大きな机のせいで、相変わらず数人も入ればしっかり手狭になっていた。
「少し狭いな。見物客は隅の方で大人しくしていて貰うぞ」
その言葉に、見物に来ただけのレック達は素直に部屋の隅へと移動する。
「で、わいはどうすればええんや?」
何の適正を調べるのかロイドは教えてくれそうにないとは言え、流石に被験者であるマージンはどう調べるのかは少々気になるらしい。
「最初は幾つかの質問をさせて貰うだけだ。その後は魔導具を使って幾つかの検査を行う」
ロイドはマージンを椅子に座らせると、そう言いながら本棚に指を走らせ始めた。そしてすぐに一冊の薄っぺらい本を取り出すと、ぱらぱらとページを捲り、内容を確認する。
それが探していた本であることを確認し終わると、ロイドはその本を机の上に置き、次はいろいろな物が雑多に置かれた棚へと足を運ぶ。そうして、棚の上の方からナイフやら腕輪やらを下ろし、マージンの上に並べた。
「本とか何に使うの?」
「これから行う検査は私もやったことはないのだ。なので、そのマニュアルというわけだ」
リリーの質問にあっさりそう答えると、ロイドはマージンの前に立ち、
「さて、準備も出来たことだし始めるとしよう」
そう宣言した。
マージンに付いてきた仲間達は興味津々といった様子で見ている。リリーもしばらくは口を挟まず見学することに集中するらしく、大人しくなっていた。
「それで検査の手順だが……」
ロイドは本を手に取り、最初の方のページにさっと目を通すと、
「まずは幾つかの質問を口頭で行う。その結果に基づき、幾つかの検査を行い、更にその結果に基づいたまた別の検査を行う。時間は一時間ほどだ」
「結構、かかるんやな」
「そうだな」
マージンの感想にロイドは短く答えると、手に持っていた本のページを更に捲った。
「では、質問だ。ジ・アナザーに最初にログインしたのはいつだ?」
「んー、だいぶん前やな」
初っぱなの質問から蹴躓いたことにロイドは僅かに眉を顰めた。
「具体的には?」
「そう訊かれても困るわ」
「……10年以上前か?」
「それは間違いあらへんな」
そんな感じで始まったロイドの質問は、最初はマージンのプレイ歴に関するものが多かった。ちなみに約一名、部屋の隅でマージンの解答に目を光らせていたりする。
それはさておき、ロイドによるプレイ歴に関する質問が一通り終わると、魔術関連の質問が始まった。
「最初に魔術を使ったのはいつだ?」
「確か、最初に行ったんは治癒魔術の祭壇やったな。やから……」
記憶を辿りながら、それがいつ頃だったとマージンは答える。
「では、魔術の使用頻度はどうだ?」
「身体強化を覚えた後は、練習になるし、しょっちゅう発動させとるな。他の魔術と違うて詠唱もいらへんし」
「ふむ。では次だ。今までに覚えた魔術を全て教えてくれ」
「あんましあらへん気もするけどな。治癒魔術、身体強化、アイテムボックス拡張……これも魔術なんか?」
マージンの質問にロイドは無言で頷き、続きを促した。
「それから、眠りの魔術に火球の魔術。これで全部やな」
「ふむ……」
ロイドがそう頷いている傍ら、部屋の隅では仲間達が、
「考えてみれば、マージンだけまわった祭壇の魔術を全て覚えておるのう」
「そう言えばそうだね。なんでだろ?」
「マージンすごーい!」
「と言っても、たった5つとも言えるのう。まあ、偶然がいつまで続くか見せて貰おうではないか」
そう話し合っていた。
さて、それからもロイドの質問は続いた。プレイ内容どころか下手すると現実世界の生活や行動に至るまで、である。勿論、マージンはそのあたりの質問への回答を拒否していたが。ただ、他にも意味のよく分からない質問が多く含まれていた。
そして、全ての質問が終わるまでに要した時間はおよそ20分。最初は興味津々だった仲間達は、淡々と続く意味不明の質問やマージンの回答拒否が続くことに途中で飽きてしまっていた。
なので、
「ふむ。これで質問は全て終了だ。結果を調べるまで少し待ってくれ」
というロイドの言葉に、マージンだけでなくレックも安堵のため息を吐いた。
一方のリリーはと言うと、そろそろと部屋をまわって後ろからロイドに近づき、こっそりとロイドの持っている本を覗き込もうとしていた。そんなリリーの行動を、誰も止めようとはしなかった。ロイドも含めて、である。
尤も、ロイドは気づいていなかったのではない。
「う……」
こっそりを本を覗き込むことに成功したリリーが、呻き声を上げた。と言うのも、リリーには全く読めない言語――フランス語という事すら分からなかった――で書かれていたからである。
つまり、ロイドがリリーを止めなかった理由は、気づいていなかったからではなく、覗き込まれてもリリーには読めないと分かっていたからだった。
静かに隣に戻ってきたリリーからその事を聞いたディアナも、僅かだが肩を落とした。リリーではないが興味はあったのだ。
「何してるか分かるようなら、ついて来させてくれてないよ」
そんなレックの言葉に、ディアナもリリーも頷かざるを得なかった。
レック達がそんなことをしている間に、ロイドはマージンから聞き取った質問の回答を調べ終わっていた。そして顔を上げ、テーブルの上に先ほど並べた数々のアイテムから眼鏡を取り、掛ける。それから、目の前に座っているマージンにすら聞き取れないほどの小声で、ごにょごにょと呪文らしきものを唱えた。
「では、次だ。さっき私がテーブルの上に置いたアイテムを1つずつ手に持って、手に魔力を集めてみてくれ」
「こいつらか?」
指示の通り、早速マージンはテーブルの上からアイテムを1つ――丸っこいボールのような物である――手に取り、ロイドに確認し……そして、困惑の表情を浮かべた。
「……魔力を集めるってどうやるんや?」
そう首を傾げたマージンに、ロイドは眉をしかめながらも、
「魔術を使う時の要領でだ。身体強化あたりならイメージしやすいはずだ」
そうアドバイスを送る。
「こうか?」
マージンがそう言うと、横から見ていたレック達には何か変わったようには見えなかったが、ロイドは眼鏡越しにマージンの手の様子を観察し、
「……そんなところだな。だが量が足りない。もっと集中させてくれ」
「む……う……」
ロイドの注文に何とか応えようと、マージンは目を閉じて、アイテムを持った手に神経を集中させる。それで何とかロイドの要求は満たせたらしい。
「いいだろう。そのまま少しの間維持してくれ」
ロイドはそう言って、眼鏡越しにマージンの手をじっくりと観察し始めた。正確には、マージンが持っているアイテムを観察していたのだが、レック達がそれに気づくことはなかった。
その後も十数点、テーブルの上に並べられたナイフやら腕輪やらもマージンに持たせ、ロイドの検査とやらは続いた。尤も、横から見物しているだけでは、そこで何が起きているのかさっぱり分からないのだ。仲間達にとっては先ほど以上の暇以外の何ものでもない。
あまりの退屈に負けたディアナがとうとう退却を表明し、リリーとレックもそれに続いた。結果、
「外野が消えたか」
というロイドの言葉通り、部屋に残ったのはロイドとマージンの2人だけである。
尤も、ディアナ達が消えたからといって問題があるわけでもない。マージンはこんな退屈な検査とやらに仲間がわざわざ付き合ってくれる必要はないと思っていたし、ロイドに至ってはこれで集中できると歓迎すらしていた。
「最後の検査は神経を使うからな。静かな方がありがたい」
そう言いながら、ロイドはテーブルの上に並べていたナイフやら腕輪やらのアイテムの数々を棚へと片付け、代わりに石や木片を並べ始めた。最後に彫刻刀のような物と一枚の紙切れをマージンの前に置き、
「この紙に書かれている模様を、正確に石と木片に刻みつけてくれ」
「……かなり時間かかりそうやけど?」
折りたたまれていた紙を開いて、そこに書かれている模様を見たマージンが顔を顰めながらもそう言うと、
「30分ほどで出来る限りで良い。完成させる必要はない」
「完成させた方がええ結果になるんちゃうんか?」
「否定はしないが、無理をすれば間違いなく悪い結果になるだろうな」
ロイドのその言葉に、下手に急げば「正確に」という要求を満たせなくなるだろうとマージンは考えた。正確さこそが重要視されるのであれば、確かにそれは致命的とも言える。
「ま、何の検査か分からんけど、今までよりは少しはマシやな」
生産系をやっているからか、あるいはそう言う性格だから生産系をやっているのかはさておき、マージンは彫刻の類も決して嫌いではない。なので、先ほどまでよりどこか楽しそうに彫刻刀を手に取り、
「早速始めてええんか?」
そうロイドに確認を取るのだった。
それから約30分後。
「で、結局、何の為の検査だったんだ?」
すっかり片付いた食堂に戻ってきたマージンに、クライストがそう訊ねた。ちなみに、ロイドは検査結果を精査するのだと書斎に残っている。
「ん~、よう分からん」
神経を使う作業を終わらせ、疲れ果てたマージンはテーブルに突っ伏しながらそう答えた。
「ってゆーか、最後の検査って何されたの?」
最後まで付き合うことはなかったものの、気になることは気になるらしい。リリーがそう訊くと、
「彫り物やらされたわ。なんや、ごっつ細かいやつな」
「あれからじゃと……それを30分やっておったのか?」
時間を逆算したディアナにマージンは頷いて答える。
「おかげでかなり疲れたわ。わいとしては面白かったけどな。それでも体力より……集中力が削られた気がするで」
それを聞いたグランスが顎に手を当てて、
「最初がプレイ歴や内容に関する質問で、その後がアイテムを握って魔力の集中、最後が彫り物か」
と、検査の内容からその目的を推測しようとする。
「マージンが生産キャラだって事もポイントだよね」
「ってことは何か?何か作らせるつもりってことか?」
レックの言葉にクライストがそう推測し、
「生産の役に立つ何かをくれるつもりなのかも。前にグランスも何か貰ってたよね?」
そうレックに言われ、グランスは右手をテーブルの上に載せた。
「これだな。少しだけだが魔力を蓄え、必要な時に放出してくれるとか言っていたが……」
そう、右手の中指にはめている指輪を見ながら、
「どうにも役に立ってくれているという実感は湧かないな」
と苦笑した。
「何かくれるんなら、金属を加工しやすくなるハンマーとか、木や革を簡単に切ったり削ったり出来る刃物がええな」
「目を瞑っていても簡単に縫い物ができる針も良いのう」
それなら服の補修も楽になるとディアナが言うと、他の仲間達も一斉に頷いた。
旅というのは結構服を傷める。揺れの殆ど無い乗り物ならいざ知らず、レック達は基本歩きか馬である。おまけにエネミーとの戦闘まであるのだ。そんな旅の間にかなり服が傷むのは普通であるし、傷んだ服は旅の最中でも補修しなくてはならない。それはレックのアイテムボックスのおかげで大量の荷物を持って移動できるようになっても変わらなかった。
「どうせなら、自己修復する布地とか?」
「む、それはそれで捨てがたいのう」
リリーの言葉に、ディアナの目がきらきらと輝いた――ような気が仲間達はした。勿論、錯覚に過ぎない。
一方で、自己修復という言葉で別のことを想像した仲間もいた。
「どうせ自己修復するなら、武器が自己修復してくれると助かるけどね」
「いや、それ、生産と関係あらへんやん」
「それもそっか」
マージンに突っ込まれ、行き過ぎたとレックは笑って誤魔化そうとしたが、
「そこまで許されるなら、むしろ弾が無限に撃てる銃とかな」
「それなら、矢が勝手に湧いてくる矢筒もあり……ですよね」
「クライスト!ミネアまで!」
思いも掛けない仲間にまでからかわれ、思わず叫ぶレック。
そんな仲間達の様子を見ながら、
「でも、役に立つ物ならそれだけで助かるのう」
「そうだな。マージンが使える物を確かめるための検査だったのかも知れんな」
ディアナとグランスは頷いていた。
そして翌朝。
朝食も終わり、レック達はロイドと共に食堂の各々の席に座ったままでいた。
「さて、昨日のマージンの検査の結果、予定通り伝えるべき事を伝えることにした」
その言葉にレック達がざわめく。
「あれ?何かくれるんじゃ?」
「……そんなことは一言も言った覚えはないが?」
言われてみても、そうだったかどうか、レック達には思い出せなかった。
「まあ、俺達の早とちりにしろ何にしろ、話を先に進めてくれ」
グランスの言葉には誰も異論はない。アイテムが貰えると思っていたのが勘違いだとすると少々残念ではあるが、ロイドから聞かされる情報にも興味は十二分にあるのだ。
「そうだな。今回君たちに伝えるべき事は、実はさほど多くない。あるスキルが1つ。それと今後の旅の指針になるだろう情報が幾つか、だな」
「スキル?ひょっとしてマージンの昨日の検査って……」
レックの言葉にロイドは頷き、
「その通りだ。内容については最後に回すとしよう。先に他のやつから伝えることにする」
その言葉にマージンが少し残念そうな様子を見せるも、最後には教えて貰えるとあってとりあえず黙って聞いておくことにしたらしい。
「まずは精霊の筺の場所だな。詳しい場所は私の担当ではない。だが、大雑把な場所は伝えておくようにと言われている」
初っぱなからの重大情報に、レック達は息を呑み、ロイドの言葉を待つ。
「言ってしまえば、1大陸に1つが原則だ。メトロポリス、カントリー、そして中央大陸。それぞれに1つずつ隠されている。どの精霊王が封じられているのかは、各々の担当者を見つけるか、実際に開封してみれば分かるだろう」
「他にもロイドみたいな役割の人間がいるのか?」
「その通りだ。ただし、何人いるのか。どこにいるのか。私も知らされてはいないがな」
ロイドはグランスにそう答えると、「続けて良いか?」と訊ねた。
「ああ、話の腰を折って済まなかったな。頼む」
「さて、精霊の筺は各大陸に1つが原則だと言ったが、精霊の筺そのものは合計6つある」
「え?ど~ゆ~こと?」
リリーがきょとんとしてしまったのも無理はない。大陸の数は4つしかない。各大陸に1つが原則だというなら、精霊の筺もまた4つしかないはずだった。にもかかわらず6つということは、2つ場所が分からないと言うことなのである。
「数が合わないのう。残り2つはどこにあるのじゃ?」
ディアナの質問にロイドは首を振った。
「そこまでは私も教えられてはいない。だが、全てを解放するのもまたプレイヤーの目標の1つだとは教えられている」
その言葉に、レック達の気は遠くなりそうだった。
「地球並みの広さを誇る世界でヒントもない代物を探せってか。冗談きついぜ」
クライストが苦虫を噛み潰したような顔でそう吐き捨てた。
「そう腐るな。私が教えられていないだけで、教えられている者もいるかも知れん」
「って言っても、その人達を探さないといけないのは変わらないよね」
「…………それは否定はしない」
レックの言葉に、ロイドはそうとだけ答えた。
「ま、それはそれとして質問あるんやけど、ええか?」
「構わん。答えられる範囲でなら答えよう」
ロイドの言葉にマージンは軽く頷くと、
「精霊の筺には精霊王が一柱ずつ封じられとるんやろ?」
「ああ」
「どんな属性の精霊王が封じられとるんや?」
「そうだな。私が聞かされているのは、地水火風の4属性に光と闇を加えた6属性だ」
「闇って……」
一見、魔王そのものの属性に、何人かの顔が引きつった。
「その精霊王だけは、解放せぬ方が良い気がするのう……」
「そうだな……」
「精霊の筺に封じられてる精霊王の属性を見分ける方法とかあるの?」
レックの言葉にロイドは少し考える様子を見せ、
「私は知らないが、精霊の筺そのものや周囲の様子で分かるかも知れんな」
「……確かに、水の精霊王の精霊の筺は湖に浮かぶ島だったけど」
とは言え、考えても答えは出ない。
「まあ、新しい精霊の筺を見つけた時に考えることにしよう」
というグランスの言葉で、結論はあっさり先送りとなった。とは言え、ロイドの言葉を信じるなら闇の精霊王も解放しなくてはならないわけで――その事実にはとりあえず目を瞑ったとも言える。
「では、話を進めるとしようか。次は幾つかの魔術についての話だ。言ってしまえば、祭壇の場所だな」
祭壇という言葉に、レック達は再びざわめいた。
「それはプレイヤーが自力で探すべき物ではないのか?」
グランスの言葉にロイドはあっさり首を振ると、
「全てがそうだというわけでもない。そもそも、我々の許可がなければ近づくことが出来ないような場所に設置されている祭壇も相当数あるのだ」
「なんでそんな事をしてるんだ?」
クライストが首を捻ったが、
「さあな」
ロイドも所詮下っ端らしく、余りあれこれと教えられてはいなかった。
「さて、祭壇の場所だが……」
そう言いながらロイドは一冊の手帳のような物を取り出し、
「口で説明してもどうせまともに伝わるまい」
テーブルの上で、その手帳をグランスの方へと滑らせた。
「今のおまえたちに教えられる祭壇はそこにまとめておいた。地図も付けておいたから、探すのにそれほど苦労はしないはずだ」
その言葉に、グランスは早速受け取った手帳を開いてみる。途中、仲間達が覗き込もうとしているのに気づいて、テーブルの真ん中に広げた。
それを覗き込むグランス達を眺めながら、ロイドは言葉を続けた。
「そこに記した祭壇は合計で10ある。見れば分かるだろうが、内訳は攻撃魔術が7つと解毒、身体強化に武装強化だ。使えないものもいくつかあるかも知れないがな」
「ちょっと待った!」
ロイドの言葉に違和感を感じたレックが思わず叫ぶ。
「どうした?」
「身体強化って、もう覚えてる。っていうか、割と簡単に行けるところにあったし、誰でも近づけたよ?」
レックのその言葉に、仲間達も頷き、ロイドへと視線が殺到した。
ロイドはその視線を浴び、何かを思い出したように手をポンと打った。
「そう言えば教えていなかったか。身体強化魔術は1つだけではない。正確に言うならば、効果が得られる幾つかの段階ごとに別々の祭壇に分けられている」
「っていうことはつまり?」
「全部覚えれば、更に強くなれるということじゃな?」
「半分正解で半分不正解だ」
ロイドはディアナの言葉をそう評し、説明を始めた。
「身体強化には段階ごとに強化できる上限があるのだ。言い換えれば、身につけている身体強化が多くなれば、それだけ強くなれる可能性がある。だが、可能性だけだ」
そこでロイドは一度言葉を切り、レック達が言葉の意味を飲み込むのを待った。
「一方で、各々の段階の身体強化を発動するには、それに見合った魔力が必要だ。つまり、魔力が足りなければ、上位の身体強化をいくら覚えたところで、行使することは出来ない」
「と言うことは、俺は覚えても無駄ということか?」
グランスの確認に、ロイドはあっさりと頷いた。
「だが、元々の身体能力を鍛えれば多少は穴埋めも出来るだろう。グランスの体格ならば、魔術無しでもそれなりのレベルには到達できるはずだ。そちらで努力を積むことをお勧めする」
それを聞いて、何とも微妙な顔でグランスは引っ込んだ。
代わりにディアナが別の質問を発する。
「それで、身体強化は幾つくらいに分割されておるのじゃ?」
「最低でも4つだと聞いている。残念ながらそれ以上は知らない」
「魔力Bではどの程度の強化が可能なのじゃ?」
「残念ながら分からん。魔力Bなら初級以外の身体強化も行使できるだろうが、私も身につけているわけではないからな」
「自分たちの目で直接確認せよと言うことじゃな」
「そうなる」
こうしてディアナも引っ込んだが、一方で落ち着きを無くしているのがレックだった。その視線が自分の方へと飛んできていることに気づいたマージンは、レックが何を言いたいのかそれだけで察し、
「あ~……確かにもっと頑丈な武器を作らへんと、レックのパワーについていけへん気がするな」
そう言いながら、これからの苦労でも思ったのか、テーブルの上にべちゃっと潰れた。
そんなマージンにちらりと視線を遣りながら、今度は好奇心に溢れたリリーが口を開く。
「武装強化ってのも面白そーだよね~」
「武装強化は、武器に魔力を纏わせて威力を上げる術だ」
「それじゃ、武器で魔術しか効かない相手を倒せたりするの!?」
「むしろ、それで武器を丈夫に!!」
「まず、武器の劣化を早めるだろうな」
いきなり復活したマージンの叫びを、ロイドはあっさりと切り捨てた。そうして切り捨てられたマージンは、再びテーブルに突っ伏してしまった。
そのマージンの様子を気にすることなく、ロイドは説明を続ける。
「武器に魔力を纏わせるわけだから、その武器での攻撃は魔術での攻撃に近しい。つまり、魔術でしか倒せないエネミーへの有効な攻撃手段たり得る」
「……ってか、武装強化自体が魔術だろ」
クライストの突っ込みにロイドは微かに苦笑し、
「その通りだ。まあ、通常の攻撃魔術より便利かと言われると、状況次第だと答えておこう」
「武器の劣化が早まるというのはどういうこと?」
これだけは確認しないといけないと言わんばかりに、レックが質問をぶつける。
「魔力を纏わせるというのは、武器に無理をさせると言うことだ。無理をさせた道具は早くダメになる。それと一緒だな」
ざっくばらんな説明に、レックも何とかイメージは掴めたらしい。
一方、リリーは説明を聞き終わると、いつの間にかグランスからふんだくった手帳を、ディアナと一緒に覗き込んでいた。
「えっと、武装強化の祭壇は……遺跡の中なんだね~」
「またランタン片手に潜るのか。楽しみじゃのう」
「ディアナ、本気?」
「うむ。ダンジョンとか楽しいではないか」
本当に楽しそうなディアナの様子に、リリーはため息を吐いた。
真っ暗な遺跡やら洞窟やらでは、ランタンの明かりは足下を照らすだけで明るさとしては全く足りない。ランタンを持つ手が塞がることも考えると、出来れば潜りたくないのだ。
そんなことを考えながら、リリーはロイドへと視線を移した。
「ランタンの代わりになりそうな魔術って無いの?」
「無いこともないが……既に祭壇は発見されていたと思ったのだが?」
ロイドの言葉にグランスが答える。
「発見されたことはあったらしいな。だが、どこなのかという情報は冒険者ギルドも掴んでいない。使えるやつもいないらしいから、『魔王降臨』の時にログアウトさせられたのか、それとも……ということだ」
「なるほど、そう言うことか。ならば、その手帳を少し返して貰おう。その祭壇の位置も書き加えておく」
「え?ホントに!?」
「それは助かるな」
ロイドの言葉に喜ぶグランス達。リリーに至っては、ディアナと見ていた手帳を急いでロイドに返した程であるが、
「む、まだ全部は見終わっておらぬと言うのに……」
ディアナは少々不満げであった。
「さて、話の続きと行こうか」
リリーから手帳を受け取ったロイドがそう言うと、気が緩みかけていた空気がピンと張り詰める。
「話としてはあと2つだけだ。順番で言うなら、そうだな。マージンについての話からしようか」
「わいか?」
「そうだ。昨日の検査の結果はおまえなら問題ないと出た」
「あれか~。結局、何の検査やったんや?」
「その前に、1つ現在のジ・アナザーの状況についての確認をしようか」
マージンを始めとした仲間達が少々不満げな顔になるが、ロイドはいつも通り気にしなかった。
「ジ・アナザーはメトロポリスを除けば、概ねファンタジー系の世界観を持つ世界だ。だが、他の一般的なファンタジーRPGとは一線を画している。その代表例が、魔術の普及率の低さだ」
「そうじゃな。エフェクトなどは素晴らしいのじゃが、使える者が余りに少なすぎるのう」
「おかげで、随分不満も出たな。苦情とか凄かったんじゃないのか?」
グランスの言葉にロイドは「最初のうちはな」と首肯した。
「そう言うものだと受け入れられてからは、それほどでもない」
「理由は確か、簡単に覚えられるとあっという間に全プレイヤーが強さを極めてしまうから、じゃったか?」
「ありきたりだけど、とってつけたような感があるよね」
「強い魔術ならいざ知らず、初歩的な魔術程度なら誰もが使えたとしても、大して今と状況は変わっておらなんだじゃろう」
レックの言葉に頷きながら、ディアナはそう言った。
「まあ、真の理由があるとして、それは上の人間に会えたら聞いてくれ」
ロイドのその言葉に下っ端社員の悲哀を感じつつ、グランスとクライストが頷いた。
「さて、魔術の普及率の低さと聞けば、もう1つ、ジ・アナザーにおける特徴を思い出すのではないか?」
ロイドのその問いかけにレック達は頭を悩ませ、そしてすぐに答えを出した。
「マジックアイテムが存在しないこと、か?」
「正確にはほとんど存在しない、だな」
グランスの言葉をそう訂正すると、ロイドは言葉を続ける。
「マジックアイテム。正式には魔導具と呼ぶのだが、基本的にエネミーが持っていることもなければ、遺跡の宝箱から出ることもない。だが、私の手元には幾つもの魔導具が存在している」
「管理者権限で作ったんじゃねぇのか?」
クライストの言葉にロイドは首を振った。
「幾つかはそうだ。だが、そうではない物もある」
「どういう事?」
首を傾げたリリーに答えたのは、しかしロイドではなかった。
「つまり、データとして作ったんやのうて、ジ・アナザーん中で材料から作り上げたゆうことか?」
マージンの言葉を聞いて驚く仲間達。
一方でロイドは淡々とマージンの言葉を肯定した。
「その通りだ。材料と知識、そして技術さえあれば、魔導具を作る事は出来る」
その言葉にますます驚きを深くするレック達。その中でマージンは更に言葉を紡いだ。
「っちゅーことは、や。その方法をわいに教えてくれるんやな?」
「勘が良いな。その通りだ」
「ってことは、マージンがマジックアイテム作れるようになるってこと!?」
「マジか!?」
「おおー!」
「凄いね!!」
レックの言葉に仲間達も驚きながらも喜んだ。が、
「でも、ちょい待ってや。それ覚えるのにどれだけ時間かかるんや?」
というマージンの言葉で静まりかえった。
「それもそうだな。スキルシステムも動いていないのに、どうやって覚えさせる気だ?」
グランスの質問を、ロイドは問題ないと一蹴した。
「専用の祭壇があるのだ」
「祭壇?祭壇って魔術を覚えるためのもんじゃねぇのか?」
「主な用途はそれだがな。それ以外に使えないわけでもない。魔術というスキルの習得に使えるなら、他のスキルの習得にも使えるというだけのことだ」
そう言って、最後に、「……それだけではないがな」とロイドは小声で付け足した。その言葉はロイドの口の中で消え、「なるほど」と納得しているレック達の耳に届くことはなかったが。
それはさておきと、ロイドは心の中で呟き、言葉を続ける。
「ただ、マージンの質問はそれほど的外れではない。魔導具作成のスキルは覚えてもすぐに使えるようになるものではない。試作品を幾つか作って練習するだけでも1~2週間はかかるだろう」
滞在日数が伸びることを意味するその言葉に、レック達は些か渋い顔になった。詳しい場所が分からない精霊の筺は兎に角、祭壇の方は出来る限り早く行ってみたいからである。
「システムサポートがあれば、試作品などどこででも作れそうじゃがのう……」
「無くなった以上、仕方ないな」
ぼやくディアナを、グランスがそう宥める。
スキルは、システムサポートにより勝手に身体が必要な動作を行う仕様だった。尤も、個人端末を取り出しメニューからスキルを選択するのに時間がかかるため、実際にはスキルの動作をなぞって身体を自分で動かす方が主流であった。
そんなわけで、いつの間にかスキルにおけるシステムサポートが無くなっていても大した被害はなかったのだが、唯一困るようになったのが生産系スキルだった。特に習得直後は、システムサポート無しではまともな物は作れないため、影響が大きかったのである。
「んで、試作品程度で1~2週間っちゅうことは、まともなもんが作れるようになるまで、どんくらいかかるんや?」
「試作品でも全く使えないわけではないがな。本格的にやるなら月単位どころか、年単位の時間がかかる」
「それ、こっから離れられなくなるやん……」
ロイドの口から飛び出してきた数値に、流石にマージンもゲンナリとした顔になった。
「それは否定できないな。だが、簡単なものを作れるようにさえなれば、後はある程度は独力で技を磨くことも出来るだろう。極めるつもりが無いのなら、そういう手もある」
「それでも、1~2週間か……」
マージンはそう言うと、仲間達へと視線を移した。流石に、その間仲間達に待って貰うとなると、自分だけで決められるようなことではない。
そのマージンの視線の意味を察し、グランスが口を開く。
「と言うわけだ。俺個人としては、待つのも吝かではないと考えるが……皆はどうだ?」
「マジックアイテム……魔導具って言うんだっけ?それがどれくらい役に立つか、だよね」
レックがそう言うと、
「私としては十分興味惹かれる故、役に立たなくとも、待っても良いかも知れんのう」
不満は残っているものの、後から後悔するよりは良いと判断したディアナがそう自らの意見を述べた。
「あたしもディアナと同じかな~?どんなのが出来るのか興味あるし、2週間くらいなら待てるよ。多分」
と、リリーがディアナの意見に同調する一方、
「2~3日くらいなら、それでもいいけどな。俺はレックの意見に賛成だ」
「わたしもです」
クライストとミネアはレックの意見に賛同した。慎重派である。
そんな仲間達の意見を聞き、グランスはロイドへと視線を遣った。
「ふむ。確かに役に立つかどうかは重要だな。ロイド、その辺りはどうなんだ?」
「魔導具の有用性、か。そこにかけるコストさえ無視すれば、極めて役に立つ物も作れることは間違いない」
当たり前と言えば当たり前の答えに、グランスは苦笑した。
「その辺りはやってみないと分からない事もありそうだな」
そう、別の一般論を引っ張ってきて、結論を出す。
グランスは仲間達へと向き直ると、
「無駄になるかも知れないが、やってみる価値はあるだろう。最悪、冒険者ギルドなり大陸会議なりに方法を教えて研究して貰う……」
そこでグランスはロイドに視線を遣り、ロイドが頷くのを確認した。
「そう言う手もある。ならば、作り方を持って帰ると考えれば、2週間程度の足止めは決して無駄にならないはずだ」
「なるほどな。そういう考え方なら俺は賛成するぜ」
「僕もそれでいいよ」
慎重派だったクライストとレックが賛成に転じる。ミネアは言う迄もない。
ロイドはそうして結論が出たのを見届けると、椅子から立ち上がった。
「ならば、早速祭壇に向かうとしよう。マージン以外の者たちは大人しく待っていて貰う」
「え~?あたしも見に行きたい!」
「別に構わないが……残ることを勧める」
リリーの駄々にロイドはそう答えた。
「なんで、ついていかぬ方が良いのじゃ?」
ロイドはディアナの方に視線を動かすと、
「無駄な労力を払う必要はあるまいというのもあるが、適正の無い者にとってあの空間は些かきつい。付いてこない方が良い」
「その覚悟があれば、ついていっても良いのじゃな?」
「……文句は受け付けないぞ」
その言葉を了承と理解したリリーとディアナが付いていくと宣言し、レックも同行することになる。
「なんか、最近この組み分けが多いよな」
「まあ、そう言うな。若さというやつだ」
居残りを決めたクライストとグランスの間では、そんな会話がされていた。