第八章 第四話 ~ロイド再び~
何か、大変な時期に来ちゃったみたいだね」
「肯定。ドラゴンは酷い」
馬をギルドに預けたロマリオとエセスは、宿への道を歩きながらそう話し合っていた。
町全体がざわついている。しかしお祭りの前のようなざわつきではない。ざわつきの原因が恐怖なのだから仕方なかった。
ロマリオは、先ほどギルドに馬を預けに行った時のことを思い出す。
「ひょっとして応援か!?」
防寒具で大きく膨れ上がったエセスに馬を任せてギルドに入ると、受付の男が目を輝かせて大声を上げた。そのせいでもないだろうが、ギルドの受付前に設置されているテーブルに屯していた者たちの視線が十数組、一斉に殺到してきた。
「いや、応援と言われても……何のことだい?」
応援ではないと分かった途端に一瞬で意気消沈し、再び椅子に座り込む一同を見ながら、困惑を隠せなかった。
「そうか。知らずに来たのか。間が悪かったな」
「間が悪い?何かあったのかい?」
前まで行ってそう訊くと、受付の男は軽く頷いた。
「ああ。近くでドラゴンらしき目撃情報があってな。冒険者ギルド本部に応援を依頼したんだが……な」
受付の男はそう言うが、ドラゴン相手に応援を募っても、集まりっこない。
100人で戦っても半数以上が間違いなく死ぬのだ。死ぬ危険がないゲームでなら兎に角、死んだらそれっきりの今となっては誰が好き好んでドラゴンの相手をしたいと思うだろうか。
尤も、そんなことを口にしても仕方ない。ただ、目的を果たしたら長居はせずにさっさと立ち去るのが良さそうだとは思いつつ、
「そうか。確かに大変な時に来てしまったな」
と相槌だけを打ち、こちらの用件を告げたのだった。
「とは言っても、本当にドラゴンなのかどうか、誰も確かめてないみたいだね。わざわざ確かめに行きたいとも思えないのも事実だけど」
「偵察を放つべき」
「そうだけど……多少慣れたとは言え、元は平和ボケしたプレイヤーばかりだ。こればかりは難しいだろうね」
「無様」
ばっさりとユフォルの冒険者達を切り捨てるようなエセスの評価に、ロマリオは苦笑するしかなかった。
そして空を見上げながら、自分たちが為すべき事について思いを馳せる。
予言者に、大規模なものでなければ魔術は自由に使っても問題は起きないと保証されたロマリオ達は、その予言者に指定された機嫌までにユフォルに到着するべく、冒険者ギルドから借りた馬に身体強化や体力回復の魔術をかけまくり、実に僅か3週間という驚異的な早さでキングダムからここ、ユフォルにまでやってきていた。
そして、昨日。ユフォルに入る前の最後の晩に、予言者から再び指示があった。それによると、ロマリオ達はユフォルで一泊した後、身体強化の祭壇への道を辿り、ある場所まで行かなくてはならないらしい。そこで魔術を1つ使うことが、ロマリオ達がやらなくてはならないことだった。
尤も、具体的にいつ何にどの魔術をつかうのかは、その時まで教えて貰えないらしい。
ただ、予言者からそういう指示がある以上、少なくともその時まで自分たちの身に危険は及ばないだろうと、ロマリオは考えていた。
そして、ユフォルで一泊したロマリオとエセスは、翌朝、ギルドに預けていた馬を受け取って、身体強化の祭壇への道を辿る。ギルドでは職員の他、冒険者達にもかなり熱心に止められたのだが、行かないという選択肢は無い。
そんなロマリオの決意の固さを知った職員達は、せめて生きて帰って欲しいと、それでついでにドラゴンについての情報も手に入れられたら言うこと無しと言って、数日分の食料と装備を手土産に、二人を送り出したのだった。
レック達がユフォルを後にした数日後の出来事だった。
さて、後にしてきたユフォルでドラゴン騒ぎが起きているなどとは露知らず、レック達は山の中を突き進んでいた。
途中、キングダムから来るのに利用したサークル・ゲートに一度立ち寄り、そこから更に一週間とちょっと山の中を歩き続けたある日の晩のことである。
「随分来たが……そろそろこの辺りか?」
消えそうになった焚き火に薪を放り込み、白い息を吐きながらグランスが言うと、
「そうですね……わたしの記憶通りなら、そろそろのはずです」
とミネアが答えた。
とは言っても、目印も何もない山の中である。おまけにまともな地図もない。随所に積もった雪を避けつつ、日中に太陽で方向を確かめながら歩き回り、前に訪れた時の記憶を頼りに大雑把な地域にまで辿り着くのがやっとだった。それすらも、裸になった木々と山々の雪化粧のおかげで困難を極めたのだが。
日が暮れた後は迂闊に歩き回ると方向も大体の場所も見失いかねないので、レック達は雪がないところを確保するとすぐに野営の準備に入った。そして既に食事も終わり、今は食後の一服である。尤も、寝るまでにはかなり時間があるので一服どころか十服くらいなのだが。
そんな余りに余った時間はひたすら雑談で潰される。時折ちょっとしたカードゲームを交えることもあるが、ゲームに夢中になりすぎて周囲への警戒がおろそかにするわけにもいかないので、ホントに時々、である。
「これで、ロイドが来てくれなかったら……」
「完全な無駄足だな」
早くも寝袋に潜り込んだクライストにそう返され、レックががっくりと肩を落とす。
「訪れろって指示があってやってきたんや。こっちが見つけられへんでも、迎えに来てくれると期待してもええやろ」
そんな楽観的なマージンの言葉にディアナが頷いた。
「クリア不能にしたいわけでもなさそうじゃしな」
「クリア不能でログアウトも出来ないデスゲームって……さいてーだよね~」
そうリリーは言うが、
「イデア社が何考えてるかは分からねぇしな。実はクリア不可能です、死ぬまでいて下さいって言われても、もう驚かねぇな」
クライストは悟りを開いてしまったようである。尤も、諦めたわけでもないだろうが、それでも些か場の空気が悪くなってしまった。
それを読んだのか読んでないのか、
「まあ、自分とこの社員まで閉じ込めとるんや。プレイヤーを放置する気はないって期待してもええんちゃうか?」
楽観的なマージンの発言で、それもそうかと仲間達の空気は再び元に戻ったその時。
「確かに、条件を満たして私を訪ねてきた者たちを放置するようには言われていないな」
マージンの後ろの闇からそんな声が聞こえた。
一瞬、身構えるレック達だったが、声の主が姿を現すと、
「「ロイド!」」
彼の名前を叫び、そして一気に力が抜けた。これで闇雲に歩き回らなくて良いという安心感のためである。ミネアなどはあからさまに安心して息を吐いていた。
「久しぶりだな、と言いたいところだが、思ったより遅かったな」
姿を現したロイドは、一行の顔ぶれを確認しながらそう言った。
「思ったより?」
「もう2~3ヶ月は早く来ると思っていたのだが。……いや、本の解読に時間がかかりすぎたのか?」
クライストの言葉に、ロイドは淡々と答えた。ただ、後半の言葉はレック達に聞き取れないほどの小声である。
「それは今はいいだろう。それよりも、ここからだと些か時間がかかるが我が家まで来るかね?」
「どのくらいかかる?」
レックがそう訊くと、
「そうだな……君たちのペースに合わせると、4時間はかかるか」
そのロイドの出した数字に、レック達は悩まなかった。
幸い、まだ日が落ちてさほど時間も経っていない。眠くなるまでかなりの時間があった。なら、野宿よりも寝心地の良いベッドを求めるのが人情というものである。
「それくらいなら、今すぐ行こうか」
というグランスの言葉に仲間達が頷いた。それを見ていたロイドが、
「そうか。ならついてくるといい」
そういって歩き出そうとしたが、如何せん、レック達は野宿のために出していた寝袋を始めとする荷物を片付けなくてはいけない。
「片付けるまで待ってくれ」
グランスがそう言ってロイドを引き留めている間に、レックが急いで荷物をアイテムボックスに放り込んでいった。
「……荷物を分散して持とうという考えはないのか?」
結局全員分の荷物が全てレックのアイテムボックスに消えていったのを目撃したロイドのその言葉は、どこか呆れたようであった。
「……彼らが動き出しましたよ?」
日が落ちてしまってすっかり暗い森の中、誰かがそう言った。防寒具で膨れ上がった影の形では全く分からないが、声からしてまだ若い女性のようである。おそらくは少女と呼んでも差し支えあるまい。
「他の連中がいない時くらい、その口調は止めろ」
もう1つの声も少女のものだった。だが、その口調は声に似合わず乱暴なものだった。
だが、最初の声の主はそれを気にした様子もない。それどころか、
「元の口調に戻して、街に戻った後、うっかり元の口調が出たらイヤじゃないですか」
と反論する有様である。
2つ目の声の主は、ため息を吐きながら話題を戻すことにした。
「こんな時間に動き出したのか?」
「はい。距離があるので気づくのに少し時間がかかりましたけど……どうします?」
最初の声にそう訊かれ、2つ目の声の主は何やら考え込んでいるようだった。
「とりあえず、見失わないように追うのは絶対だ。問題はこんな時間帯に動き始めた理由、だな」
彼女達がこの一週間ほど追跡している相手は、これまで一度も暗くなった後は移動しようとしなかった。その理由も見当付かないわけでもないだけに、今までにない何かが彼らの身に起きたことだけは確かだと2つ目の声の主は判断していた。
「……移動の具合はどうだ?歩いているのか、走っているのかくらいは分かるだろう?」
「そうですね。この感じは……歩いてます。走ったりはしてませんね」
「なら、何かに襲われたという可能性は無いな。むしろ、何かを見つけた、か」
ならば、是非とも彼らが見つけた何かを、自分たちも確認しなくてはならなかった。
「少し距離を詰めるぞ。出来れば、目視できるくらいまでな」
2つ目の声の台詞で、二つの影が動き出した。
翌朝。
久しぶりの暖かいベッドを堪能し、十分な睡眠を取ったレック達は、ロイドのログハウスの食堂に集まっていた。勿論、テーブルを囲んだ上座にはロイドが着席している。
「さて、まずはおめでとうと言っておこうか。水の精霊王は無事に解放できたようだからな」
「そりゃどーも」
そう答えたのはクライストである。以前、数日ほどログハウスに滞在した時に、レック達のロイドに対する精神的敷居は随分下がっていた。だが、ロイドがイデア社の人間であるだけでなく、このような上から口調では、時としてつっけんどんな態度になるのも止む無しであろう。
「それで、ここに戻ってきた理由を聞かせて貰おうか。見当は付いているが、間違えて恥をかきたくはないのでね」
「近況報告とかは気にならへんのか?」
「全く気にならないと言えば嘘になるが、上から指示された仕事をこなす方が先だな」
マージンの言葉をそう躱し、ロイドはレック達の顔の上に視線を滑らせていく。
「それで、ここにはどうして戻ってきた?」
その言葉に、レック達は誰が話すかと視線を交わしあい、
「本だな」
いつも通り、グランスが説明することになった。
「本、だけでは曖昧だな」
淡々としたロイドの指摘にグランスは軽く頷くと、
「キングダム公立図書館地下書庫の本だ。より具体的には2つ目の部屋に置かれていた本の一冊に、ロイドに会いに行けと書いてあった。キーワードと共にな」
「なるほど。聞き忘れたことを思い出してやってきた、などではなくて安心した」
ロイドはグランスの言葉に満足そうに頷くと、
「では、早速そのキーワードを聞かせて貰おうか」
その言葉に、グランスはマージンに視線を送り、その視線を受けたマージンが口を開いた。
「……確かに、指定されていたキーワードに間違いない。となると、久しぶりに仕事をしなくてはならないわけだな」
マージンの口からキーワードを聞いたロイドは、嬉しそうにそう言った。
「仕事って、プレイヤーを導くってやつ?」
レックの問いかけにロイドは機嫌良く答える。
「如何にも。ただ、準備が必要なものもあるし、君たちでは受け取れない情報もあるかも知れないがね」
「受け取れない情報?」
「そうだとも。例えば、英語でなければ意味の通じない言い回しやジョークがあったとして、それを英語を全く知らない相手に教えて意味があると思うかね?」
「ああ、なるほど」
ロイドの言葉にレックはそう納得した。
「さて、他に質問は?」
そのロイドの言葉にディアナが口を開いた。
「ここで伝えられるべき情報とは、何なのじゃ?」
「それはその時になってのお楽しみだな。なに、すぐに分かるはずだ」
実に尤もな話なので、ディアナはとりあえず口をつぐむ。一方で、まだ質問があった者もいた。
「後、何回くらいここに来ればいいのかな?」
再び口を開いたのはレックである。
「絶対来なくてはならないのは最初の一回だけだったな。今回教えられることは、いずれ知ることが出来る事ばかりだ」
「つまり、最初の一回はこなすべきイベントで、後はそうじゃねぇってことか」
「そうとも言えるな」
クライストの言葉をロイドはそう肯定した。
「ちなみに、ロイドに教えて貰えることを他で調べたら、どれくらい余計に時間がかかるんだ?」
「内容によるな。ここまで来るのに要する日数もある。差がないものもあれば、年単位で時間がかかるものもある」
年単位と聞いて、げっそりした顔になる一同。
「つまり、それは魔王を倒すのには必須ちゃうって訳やな?」
念のためにとマージンが訊くが、ロイドはあっさり首を振った。
「私には分からない。だが、伝えるように指示されている範囲の知識は、あればあるだけいいだろう」
ロイドはそう答えると、レック達の顔を改めて見回して、
「それでは君たちの近況報告。聞かせて貰えるかね?」
「俺達に教える義務はあるのか?」
「無いと言えば無い。あると言えばある」
グランスの言葉に、ロイドは禅問答のような答えを返す。
「キーワードを持ってきた君たちには、予め与えるべき情報が指定されている。従って、例え君たちが口をつぐんだところで、そういった点では問題はない」
「……まるで、他の点では問題があるみたいな言い方だな」
「如何にも。君たちを導く上で、ある程度は正確な情報を知っておかないと、予想もしないトラブルに見舞われる可能性がある」
「……ログアウトできなくなった時点で、十分トラブルに見舞われてるんだがな」
クライストの皮肉はしかし、ロイドに何の痛痒も与えられなかった。
「そのトラブルは、俺達にも害があることなのか?」
「可能性は否定しない」
ロイドの上から目線のその言い方は、脅しているようにも取れる態度だった。
勿論、それでグランス達がいい気がする訳もない。が、ロイドはどうにもそういう態度を取ってしまうだけの人物であることを、グランス達は知ってしまっていた。
実際、
「運営側が困るだけのことなら協力したくないんだが?」
というグランスの本音にも、
「それは困る」
ロイドはそう短く返しただけだった。
そんなわけでイデア社への反発を除けば、あれからあったことを一通り説明したくない理由もない。むしろ、おしゃべり好きなディアナとリリーの二人が熱心に説明――という名のおしゃべり――をロイド相手に行い、他のメンバーが時折補足を入れるという形で近況報告は進んでいった。
そして、昼前には近況報告も何とか終わり、午後からは自由時間である。ロイド曰く、レック達に伝えるべきものの中には魔術も含まれているので、多少の準備が必要とのことだった。
「雪合戦しようよ!」
昼食後、そう言いだしたのは言うまでもなくリリーである。
霊峰は随所に雪が積もっており、特にロイドのログハウスの周辺には厚さ50cmもの雪が積もっていた。前に来た時にログハウスの周りに広がっていた花壇も畑も影も形もない。柵が辛うじて自己主張している程度である。
それを見たクライストとマージンは、
「こんなに雪があったら、野宿なんて出来ねぇな」
「いや、かまくら作れば行けるで!」
等と言っていた。
それはさておき、それだけ雪があればいろいろと雪遊びが出来る。そこにロイドの結界のおかげでエネミーの心配をしなくて良いとなれば、自重する理由などどこにもない。
さて、リリーの雪合戦という言葉への反応は真っ二つに割れた。
「よっしゃ!負けへんで!」
「やるやる!楽しそう!」
と言ったのはマージンとレックであり、
「雪遊びはちょっと……」
「用もないのに寒いところには出たくないのう……」
と拒否反応を示したのはミネアとディアナだった。
ちなみに態度を明確にしなかったグランスとクライストは、リリーによって強制参加と相成った。
ログハウスから出ると、室内の暖かさに慣れたレック達の肌を冬の冷たい空気が突き刺してきた。グランスが襟元を引き締め、寒さが服の中に入らないようにする。
「チーム分けはどうする?」
「勿論、ジャンケンで!」
レックの言葉にリリーが即答し、すぐにジャンケンで組分けが決められた。
一方はリリーチーム。グランスとレックが所属する。ちなみに、リリーはグランスを壁にする気満々であった。
「こうして遊ぶのは楽しいよね!」
早速雪玉を作りながら、リリーがそう言って笑う。
「ここ数日は随分苦労させられたがな」
あまり乗り気ではない様子ながらも、真面目に雪玉を作りながらグランスがそう言う。
キングダムを出た時は山に雪が積もっていること自体を全く想定していなかったが、雪が積もった山を登るのは途轍もなく大変だったのだ。荷物の大半をレックのアイテムボックスに預け、更には身体強化まで使えたからこそ防寒具だけで何とかなったものの、そうでなければ今頃は下手すれば遭難、良くてユフォルに引きこもりだったことは間違いない。
「それはそれ。これはこれ。気にしたら負けだよ~?」
そう言いながらリリーは次々と雪玉を作っていく。
「これって、どうやって勝ち負けを決める?」
楽しそうに雪玉を作っていた手を止めて、ふとそう言ったのはレックである。
勝負だと言うからには勝ち負けがあるはずなのだが、しかし、
「え?楽しかったらいいんじゃないの?」
リリーはその辺りのことを全く考えていなかった。
「……ま、いっか」
気にしないことにしたレックの横では、雪合戦がいつ終わるか分からないことに気づいたグランスが、こっそりとため息を吐いていた。
一方、残りの二人のクライストとマージンはというと。
「ふっふっふ。少数精鋭や!旦那には負けへんで!」
「何でそんなに元気なんだよ……」
リリーたちから距離を取った柵に近い場所で雪玉を作っていた。が、、随分とテンションに差があるコンビである。
「いやな、雪遊びとか知っとったけど、したことはあらへんかったからな」
もし、リリーが言い出さなければ、自分が言い出していたとマージンは胸を張る。そんな相方にクライストはため息を吐いた。
「なにしてんだ?」
ふと気がつくと、マージンがやたらと力を込めて雪玉を作り、その上から更に雪でくるんでいる。
「ふっふっふ。二層構造や。一見普通の雪玉やけど、当たればめっちゃ痛いってな」
「……別に二層構造にする必要ねぇんじゃねぇか?」
呆れるクライストの目の前で、マージン製の二層雪玉が量産されていく。
「……そーいや、身体強化は流石に無し、だよな?」
「あー、多分な。リリーは魔術使えへんし、レックが身体強化で投げたら雪玉でもちょっとえぐいことになりそうやしな」
マージンの返事に、クライストは冷や汗が背筋を伝うのを感じた気がした。何しろ、レックが身体強化まで使って投げた瓦礫という名の石が、巨大な蛇やらイノシシやらを吹っ飛ばすのを見ているのである。
「……ちょっと、確認してくるわ」
そう言って、クライストはリリーたちのいる反対側の柵の元へと向かったのだった。
ちなみに結論から言えば、幸いなことに誰も身体強化を使うことは考えていなかった。
「流石に遊びで身体強化はやりすぎだろう」
グランスはそう笑いつつも、
「まあ、はっきりさせておくに越したことはないがな」
とレックの方に視線を一瞬走らせたりしていたが。
やがて、両チームの準備が出来、審判を買って出たディアナがログハウス入り口の階段の上から合図を出し、雪合戦が始まった。
途端に、両陣営の間を飛び交い始める雪玉。
そして、
「これ、人数の差がでかすぎないか!?」
開始早々、相手陣営から飛んでくる雪玉の数に押され、クライストが悲鳴を上げる。
それも当然。3対2の人数差は一人であるが、比率にすればクライスト達より50%も相手の方が人数が多いのだ。当然、それは飛び交う雪玉の数の差に直結する。
「クライスト、両手で投げるんや!」
積み上げた雪玉の山の陰に隠れながら、マージンが指示を出すが、
「んな器用な事出来るかっ!」
クライストは即座に拒否する。
「なら、やって見せたるわ!」
そう言って雪玉の影からマージンが飛び出し、
「あたたたた!!」
全身を晒したことでリリーとレックから狙い撃たれて、すぐさま雪玉の影に逆戻りした。
「ってか、レックの狙い、良すぎへんか!?」
マージンがそう大声を出すと、リリー陣営にも聞こえたらしい。
「キャッチボールくらいはよくやってたからね!」
どこでなのかは兎に角、レック曰くそう言うことらしい。
尤も、ディアナあたりに言わせれば少し違う。
(遊びとは言え、良いところを見せたいのじゃろうな~)
リリーと敵チームになっていれば話は変わっていただろうが、同じチームになって明らかにレックが張り切っているのは、階段の上のディアナにはよく見て取れた。
一方、リリーチームのグランスはと言うと、
「ほら!グランスももっと投げる!」
相手チームより人数が多いことを気にかけて、少々投げるペースを落としていたのをリリーに勘付かれ、そう急かされていた。
「レックが十分頑張ってくれてるからな。人数差もあるしハンデだ」
そう言ってみるも、
「勝負の世界は無情なの!」
リリーに言い訳は通じなかった。
(やむを得ん。せめて、多少狙いを外しておくか)
そう考えるも、
「わざと狙い外すのもナシだからね!」
と釘を刺されるのだった。
尤も、リリーが釘を刺す必要はなかったかも知れない。
ゴスッ
「ぐはっ!?」
雪玉がぶつかったとは思えない重たい音と共に側頭部に強い衝撃を感じたグランスは思わずよろめいた。
一体何が起きたのかと周りを見回したグランスの目に、何故か慌てているクライストとマージンの姿が目に入った。見ていると、クライストの鉄拳がマージンの脳天にめり込み、
「「「あ……」」」
呆気にとられた仲間達の声と共に、マージンが撃沈したのだった。
夕方。
雪玉の中に危険物を仕込んでいたマージンに対する被害者他数名による折檻が終了したレック達は、ロイドと共に早めの夕食の支度に勤しんでいた。と言っても、男性陣のするべき事は部屋の片隅で大人しくしていることだったのだが。
やがて、ディアナが腕を振るった料理の数々が湯気と共に良い匂いをたてながら食堂に運び込まれ、夕食が始まった。
「ふむ。やはり、料理が出来る客というのは非常にありがたいものだな」
自炊は出来るが料理の腕はイマイチだと公言しているロイドが、満足そうに舌鼓を打っている。
「ディアナの料理の腕はなかなかのものだからな」
そう頷いたグランスに、ミネアが少しばかり複雑な顔を見せる。
時々ディアナに料理の手ほどきを受けているとは言え、その機会はホントに少ない。何しろ町では食堂を利用するし、旅の途中ではそもそもまともな料理を作れる環境がないのだ。いつまで経っても料理の腕が上達しないのも無理はなかった。
そんなミネアの心境を知ってか知らずか、
「意中の男を落とす上で、その胃袋をがっちり掴むことは有効じゃからのう」
とディアナが曰う。
その言葉に反応したのは、既に意中の男を捕まえているミネアよりも、むしろリリーだった。が、言葉を発したのは別の仲間だった。
「つまり、ディアナは意中の男がおったと」
他の仲間達なら慌てていたかも知れないマージンのそんな言葉だったが、ディアナが慌てることはなかった。
「今もおるかも知れぬのう?」
ニヤリと笑ってそう返し、マージンを固まらせる。ついでにリリーが流れ弾で硬直していた。
そんな流れを潰したのはロイドである。
「それはそうと、この中に消耗品以外の生産系はいるか?」
その言葉に、仲間達の視線を人差し指が一斉にマージンへと向かう。
「ふむ。何が作れる?」
「武器や防具は一通りある程度、やな。服も多少はってとこやけど……それがどうかしたんか?」
「ならば、食事の後少し付き合って貰おう」
首を傾げるマージンに、ロイドはそう答える。
「なにをするのじゃ?」
「明日の準備のために彼の適正を調べておきたくてな」
「何の適正じゃ?」
ディアナの言葉に、ロイドは少し考える素振りを見せた後、
「期待を失望に変えるのも趣味が悪いだろう。うまくいったらのお楽しみだ」
口の端を少し緩め、そう答えた。
そして、食事の後。
「では、マージン。ついてきてもらおう」
そう言ってマージンと共に立ち上がったロイドに、リリーが質問する。
「あたしたちは一緒に行ったらダメなの?」
「別に構わないが、大して広い部屋でやるわけではないからな。全員に来られるのは流石に拒否させてもらおう。ついでに言っておくと、見ていても間違いなく退屈というのは覚悟しておいてもらう」
そのロイドの言葉に、マージン以外の仲間達は視線を交わす。
「わたしは遠慮しておきますね」
「狭い部屋だというなら、俺も止めておこう」
真っ先にミネアが辞退し、それにグランスが続く。
「あたしは見に行きたい!」
「私も少しくらいは見てみたいのう」
残る女性陣はロイドとマージンに付いていくつもりのようである。
「俺もこっちに残るわ。後片付けもあるしな」
クライストがそう言って辞退し、
「じゃ、僕は付いていこうかな」
一瞬リリーに視線をやったレックは、そう言った。
その視線にしっかり気づいたディアナは、
(ふむ。まだ諦めておらぬようで結構じゃ。一時はどうなるかと思うたがのう)
数日前まで2週間ほどを一緒に過ごした同行者達のことを思い出していた。彼女達の同行当初はあれこれと面白くなるかと思っていたが、実際には今まで続いていた三角関係が壊れるだけの恐れもあることに途中で気づいてからは、ディアナはひやひやしながらリリーを中心とした恋愛模様を眺めていた。マージンに好意を持っているリリーをレックが諦めるだけに終わっていたと思われるので、蒼い月が空中分解する恐れはなかったのだが、楽しみが減ってしまうのはいただけなかった。
ただ、流石にディアナもその同行者達が今どこでどうしているのかなど、知る由もない。
「どうだ?」
ロイドのログハウスから数kmも離れていない森の中のある場所で、ピンクのポニーテールが揺れていた。
「マーキングの反応は、間違いなくこの先にありますね」
そう答えたのは、レック達と数日前にユフォルで別れたはずのミドリだった。ならば、先ほど揺れていたポニーテールの持ち主が誰であるか、言うまでもあるまい。
「あいつらは入れて俺達は入れない結界、か。どう思う?」
外見からは想像も付かないような粗野な口調で、コスモスはミドリに問いかける。その右手は、何もない空中を撫でていた。まるで見えない壁でもあるかのような動きである。
「聞かなくても分かってるんじゃないですか?」
そんな言葉がミドリから返ってきて、コスモスは苦笑した。
「だな。答えは分かりきってるな。あいつらの言っていたロイドってのが、この先にいるんだろう」
「時間が少しかかりますけど、破れないことはなさそうです。突破します?」
見えない壁――結界を撫でながら、ミドリはそう訊いた。
だが、コスモスは首を軽く振った。
「興味はあるが、準備不足だ。もう少し周辺の様子を調べたら、一度戻るぞ」
その言葉にミドリが頷くと、2人はその場から歩き出した。その姿は、日が落ちて暗くなり始めた森の中へと消えていった。