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ジ・アナザー  作者: sularis
第八章 再び東へ
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第八章 第三話 ~ユフォルを経て~

キングダムから北西におよそ100km。そこには山々に挟まれた森が広がっていた。日の光すら満足に差し込まないほど鬱蒼と茂ったそんな森の中。

 10人近い人影が蠢いていた。


「地図によると確かこの辺りの筈なんだが……」

 そう言いながら後ろを振り返ったのはグランス。その視線の先では、

「地図と言っても……縮尺が縮尺ですから……」

 と、地図を睨んでいたミネアが言う。

「おまけにこんな森の中ですしね!簡単には見つからないと思いますよ!」

 威勢は良いが、言っている内容がさっぱりなのは一時的な同行者――に過ぎないはず――のコスモスだった。ピンクの短めポニーテールを揺らしながらマージンの周りを彷徨いては、それに気づいたリリーに睨まれている。ただ、彷徨くばかりで近づきすぎないので、今のところ何も起きてはいなかった。

 そんな感じの、この一週間ほどですっかり日常となってしまった光景を見ながら、

「まあ、探さなくてはならぬ範囲はせいぜい2~3km四方じゃろう。幸い、さほど強いエネミーもおらぬし、一日もあれば見つかるじゃろうな」

 そうディアナが言った。

 だが、実際には探索は順調に進んだとは言い難かった。

 まず、確かに命の危険があるようなエネミーなどはいなかったのだが、雑魚が雑魚なりに多い。

 ただでさえ、ちょっとした野犬の群れや角ウサギがその辺中をほっつき歩いているというのに、こういう時に限ってマージンがハチの巣をうっかりつついて、怒って飛び出してきたハチの群れに追い回されるわ、ミドリが足を滑らせてはまった穴からは巨大ミミズが飛び出してきて、リリーに絡みつくわ……落ち着いて探索しているより、騒いだり逃げたりしている時間の方が明らかに長かった。

 そんなこんなで、サークル・ゲートを見つけることが出来たのは、間もなく日が落ちようかという頃だった。

「やっとじゃのう……」

「全くだ……。流石に疲れたぜ……」

 並んでいる石柱の根元にもたれ掛かり、疲れ果てたディアナとクライストがそう零した。

「へ~、これがサークル・ゲートなんですね!」

「初めて見ました!」

 ミドリとコスモスはそうはしゃぎまわりながら、環状に並んでいる石柱を1つ1つ見て回っている。

「これ、すぐ動かす?」

「いや。明日の朝で良いだろう。あっちで一晩過ごすと、出発までにあれこれ集まってきそうだからな」

 そんなグランスの言葉に、レックはなるほどと納得した。

「と言うわけで、今日はここで野宿だ。いつも通り準備してくれ」

 グランスのその声で、テキパキと準備が始まる。

 レックとクライスト、マージンの3人は周辺で薪を拾う。グランスはミネアとリリー、ミドリの力を借りながら小型のテントを張り、ディアナは簡単な食事の用意である。ちなみに、コスモスは一日でも早くルーン文字の解読用の辞書を写し取ることが役割なので、一行の足が止まっている時間は大体そっちの作業に集中することになっていた。

 やがて、サークル・ゲートの片隅に3つテントが並び、そこから少し離れた一角に焚き火が焚かれる。

「やっぱ、温かい食事はいいよな」

「ただでさえ寒いんだから、冷えた食事なんか最悪だよね」

 湯気が立つスープを飲みながらのクライストの言葉に、レックが相槌を打つ。

「レックのおかげで、料理道具も燃料も食材自体もたっぷりあるからのう」

「歩く倉庫万歳!やな!」

 ディアナの言葉にマージンがそう言いながら、レックを拝み始める。

「ちょ、マージン止めてよ」

 照れたのか慌てるレックの様子に、仲間達から笑い声が漏れた。

「でも、レックさんのアイテムボックスの大きさはホントに便利ですよね!ずっと一緒にいて欲しいくらいです!」

「え?」

 コスモスの言葉に真っ赤になるレック。そして、すかさず突っ込みを入れるクライスト。

「いやいや、それ、完全にアイテムボックス目当てにしか聞こえねぇから」

「あ、確かに」

 ハッと気がついたのか、同時に微妙に肩も落としたりと器用な芸を見せるレック。

 一方、突っ込みを入れたクライストはと言うと、

「クライストさん、意地悪ですねっ?」

 と、ミドリににじり寄られていた。

 尤も、ミドリとコスモスは今のところ一線を引いているのか、べたべたと蒼い月の男性陣にひっついたりすることはしない。それどころかある程度の距離は保つので、迫られているクライストもあからさまに逃げ出したりはしなかった。

「意地悪って言われてもなぁ。勘違いしそうになるお子様を正してやるのも大人の役目だぜ?」

「それもそうですけどぉ……」

 どこか不満そうだったミドリだったが、次の瞬間には再び笑顔に戻っていた。

「ところで、アイテムボックスの拡張ってどうやるんですか?」

「ん~、なんて言えばいいんだろうな?」

 ミドリの質問に、クライストは頭を捻った。

 そもそも、魔術の使い方は言葉で表すことが非常に難しい。祭壇で全身の感覚を直接刺激するという学習方法は、実に理想的な方法なのである。

 結局、クライストは自分ではどうにもならないと、助けを求めることにした。

「レック、何とか説明できるか?」

「ごめん、無理」

「マージンはどうだ?」

「無茶言わんといてや」

「ディア……」

「却下じゃ」

 瞬く間に全員に断られたクライストは、逆に吹っ切れたのか、

「と言うことで、諦めてくれ」

 にこやかにミドリにそう告げたのだった。



 そして、翌朝。

「それじゃ、レック。頼めるか?」

「オーケー、始めるよ」

 グランスに頼まれ、レックはサークル・ゲートの石柱に右手を当て、魔力を注ぎ始める。

「ん?どないしたんや?」

 視界の端でピンク色の何かが動いたような気がしたマージンがそちらを見ると、

「え?いえ。何でもありませんっ!」

 コスモスが首を大きく振った。

「ならええけどな」

 と、そんな一幕があったものの、特に問題が起きるわけでもなくレックによるサークル・ゲートへの魔力注入は順調に進んでいた。

「あの、時間かかりそうですか?」

 そうミドリが切り出したのは、少ししてからのことである。

「どうだろう?レック、分かるか?」

 グランスに訊かれ、レックは手を止めることもなく、

「全然分かんない」

 と即答する。

「しかし、前は数時間かかったんだよな?」

 霊峰でのトラブルを思い出しながらグランスが言うと、

「だね」

「なら、結構時間はかかりそうか」

「うん。かも知れない」

 そんなレックとのやり取りの後、グランスはミドリの方へと向き直った。

「ということだ。しばらくはかかりそうだな」

「それじゃ、コスモスに暫く辞書を写させたいんですけど……いいですか?」

「そうだな。ただ、すぐに動けるようにはしておいてくれ」

「はいっ!」

 ミドリはそう言うと、ディアナから辞書を借り、コスモスの元へと向かった。その後、ミドリとコスモスは平たい岩の上の方が作業をし易いからと少し離れた場所で、2人でひそひそと話しながら辞書を写す作業を始めた。

「……ああいう風に離れたところでちらちら見ながら話をされると、何か気にならないか?」

「なんや、浮気かいな?」

 ひそひそと言ってきたクライストにマージンがそう返すと、

「いや、俺はあいつ一筋だぜ。それとこれとは話が別って事だ」

 クライストはぴしっとそう言った。

「まあ、気にならへん言うたら嘘になるけどな。気にしとったらキリあらへんやろ。小物っぽくなるしな」

 マージンがそう言うと、レックの姿勢が妙にぴしっとした気がして、マージンは苦笑するのだった。

 それから約1時間後。

「ん。ゲートがなんや光り始めた気がするで?」

 というマージンの言葉に仲間達が見てみれば、確かにサークル・ゲート中央に埋め込まれた岩がほんのりと光を放ち始めていた。

 ちなみに、魔力を注いでいる本人はゆっくりとした変化だったためか、

「言われてみればそんな気がする」

 と、気づいていなかったようである。

「思ったより随分早かったな」

「前の時は一度開いて閉じた直後やったからな。魔力が空やったんちゃうか?」

 マージンの言葉にグランスはなるほどと頷き、そしてすぐに仲間達に指示を出した。

「集まれ!開いたらすぐに出発するぞ!……マージン、タイミングの指示は頼めるか?」

「まだ二度目……いや、三度目やからな。間違えても恨まんといてや?」

「それでも俺よりは一回多いだけマシだろう」

 グランスとマージンがそう話している間にも、仲間達は集まってくる。コスモスもミドリに手伝って貰って急いで荷物を片付け、駆け寄ってきた。

「ゲートが開くんですか!?」

「初めて見ます!」

「開いてる時間はかなり短いからの。強く光り出したら、すぐに中央の石に飛び乗るのじゃ!」

「ディアナ、それ、わいの台詞……」

 説明を取られたマージンが呆然とする間にも、サークル・ゲートが放つ光は確実に強くなってきていた。

「ふむ。合図くらいは任せるから、機嫌を直すのじゃ」

「合図くらいて……って、今や!!」

 はじけるように中央の埋め込まれた岩が光を放ったその瞬間、マージンが合図を出した。

 それを耳にした仲間達は、グランスに続いて一斉に中央の岩へと飛び乗り、光へと身を躍らせていく。そしてあらかた仲間達の姿が消えた後、残っていたマージンとレックが互いに顔を見合わせると、同時に光へと飛び込んでいった。

「痛っ!」

 直後にレックの耳に聞こえたのはリリーの声である。

「おふっ!?」

「ぐはっ!」

「ってぇな!」

「冷たっ!?」

 そのまま連鎖して仲間達の悲鳴やら奇声やらが相次ぐ。

「なんや、同時に突入しすぎたみたいやな」

 マージンの呑気な声に少しばかり冷静さを取り戻した仲間達が自覚したのは、全員でまとめて地面に倒れ込んでいる状況だった。

「何で、マージンだけ無事なのよ」

 身体の上に乗っていたレックを押しのけながら、リリーがぷんぷんと言う。ちなみに、押しのけられたレックは幸せそうな表情が一転、奈落の底に突き落とされたかのようだったりするが、マージンを除く全員で山積みになった状況のせいで誰も気づかない。

「まぁ……何となくイヤな予感がして、避けたから、やな?」

 地面にまとめて倒れ込んでいる仲間達のすぐ横で、マージンは飄々とそう言ってのけた。

「理不尽とは言わぬが……不公平を感じるのう……」

「ですよねー」

 ディアナの言葉に、真っ先に山から離脱し立ち直っていたミドリが相槌を打つ。その横にはコスモスも既に立ち上がっていた。

「グランス……大丈夫ですか?」

「ああ……流石に重かったがな……」

 やっと全員がどき、一番下に埋もれていたグランスが、頭を振りながら起き上がった。

「まぁ……次から利用する時は、先に入った者はさっさと場所を空けるようにしよう。それも込みで時間差も考えておいた方が良いだろうな……」

 そのグランスの言葉に、仲間達は素直に頷いた。

「で、ユフォルはどっちなんだ?」

 全員が立ち上がり泥を払い終わった頃、クライストがそう言いだした。

「南西……の方ですから……」

「ということは……まだ正午には早いから……」

 ミネアの言葉にグランスはそう言いながら、太陽の方角を確認した。

 こちらのサークル・ゲートの周囲も森の中であるが、幸いなことにあちらと違って太陽の方角を確認するのも苦労するほど木が茂っているわけでもない。おまけに、寒い――きっぱり言ってしまえば冬だからか、大半の樹木が葉を落としてしまっていて、太陽を確認する上で邪魔になるのは太陽そのものの低さだけだと言っても良かった。ちなみに、サークル・ゲートの周辺には雪はないのだが、遠くに見える山々はしっかり雪化粧をしていたりする。

 グランスは現在の太陽の方角と、予想される現在の時刻を元に、

「大体あっちの方角だな」

 と予想を付けた。

「なら、さっさとユフォルに向かおうよ。一週間くらいかかるんでしょ?」

 そのレックの言葉に、それもそうだと仲間達が歩き始めようとした時、

「あの……ロイドという人の所に私たちも一緒に行くわけにはいかないんですか?」

 とコスモスが言いだした。ロイドという人物が運営側の人間だというのだから、興味を持っていたのだろう。会ってみたいというのは不思議でも何でもないことだった。

 だが、ロイドの所に蒼い月のメンバー以外の人間を連れて行ってもいいものかどうか、誰にも判断できない。最悪、ロイドが引きこもって隠れてしまうおそれすらあった。かといって、たった二人、それも大した戦闘能力も持たない少女二人を森の中に放置するわけにも行かない。だからこそ、わざわざサークル・ゲートから直接ロイドの所に向かった方が早いにも関わらず、一度ユフォルに寄ることにしたのである。

 そんな訳なので、グランスは首を振った。

「あー……前にも話した通り、残念ながら無理だな」

「そうじゃな。私たちが余計な人間を連れて行くことを、ロイドが嫌がるじゃろうからな」

「たった二人でも駄目ですか?」

 ディアナの説明にコスモスが食い下がるが、

「悪いが、駄目だな。彼がこちらを避けるような真似は、出来る限り避けたいからな」

 そうグランスがきっぱり断ると、流石にこれ以上食い下がっても意味はないと察したらしい。

「そうですか。残念ですけど……諦めます。でも、話は聞かせて下さいね」

 そう言うコスモスに、それくらいならとグランスは頷いた。



 そして、きっかり一週間後。

 一行は予定通りユフォルに着いていた。途中、何度かエネミーとの戦闘があったものの、誰一人として脱落も大怪我もすることはなかった。また、所々雪が積もっている場所があったものの、こちらも大した量ではなかった事も幸いした。

 ただ、ユフォル自体は随分と人気(ひとけ)が減っていた。身体強化の魔術の祭壇以外に取り柄のないこの街のことである。寒くなったからと言うより、単に習得に挑戦する冒険者の数が減ったと言うことなのだろう。

 レック達が知る由もないが、実のところまだ身体強化魔術の習得を試していない者も相当数いる。だが、実際に身体強化を必要とする冒険者や軍の兵士はあらかた祭壇の巡礼を終えていた。重要な街の1つではあるので、どんなに人が減っても大陸会議がこの街を見捨てることはないはずだったが、寂れていくのは防ぎようがなかった。

 そんなわけで前に比べて随分と寂れた宿の食堂で、レック達は食後の温かいお茶を飲みながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。

「結局、半分ちょっとしか写せませんでしたねー」

「いやいや。思ったより随分速いペースじゃ。これなら、あと2週間もあれば全部終わりそうじゃのう」

 コスモスとディアナがそう談笑していた。

「でも、明日から寂しくなります」

「確かにここのところ、あんたたちのおかげで随分騒がしかったからな」

 ミドリが言うと、その隣の席でクライストがそう言った。

 実際、たった二人同行者が増えただけだというのに、この二週間は随分騒がしかった一行である。当社比二倍、とはマージンの言であるが。

「で、俺達が戻ってくるまで最低でも3週間、多分4週間はみておかないといけないが……それまでどうするつもりだ?」

「出来れば、預かって写し終わっておきたかったんですけど……ダメですしね」

「まあ、済まんな」

 コスモスの言葉にグランスが頭を軽く下げる。

「いえいえ。折角ですから、この辺を少し見て回ろうと思います。街の近くだったらそれほど危なくないと思いますし、何だったら、臨時PTでも組んでみようかと」

「なるほどな。まあ、十分気をつけてくれ。この辺りのエネミーは昨日までで分かったと思うが、キングダム周辺よりかなり強い。くれぐれも無茶はするなよ」

 そのグランスの言葉にミドリとコスモスが頷いた。

 やがて、夜も更け、各々が自分たちの部屋に戻っていった。部屋割りは、男性陣で1部屋、蒼い月女性陣で1部屋、そしてミドリとコスモスで1部屋である。

 それから更に1時間。

 蒼い月の男性陣、女性陣は明日からに備えて既に寝息を立てている。

 だが、ミドリとコスモスは部屋のランプこそ消しているものの、まだ眠ってはいなかった。

「それで、明日からどうします?」

 ひそひそとベッドの中からミドリが、隣のベッドに横になっているコスモスに声をかける。

「まさか、彼らに言った通りこの辺を観光したりしますか?」

 そんな問いかけに、コスモスは身体を起こすと微かな笑みを浮かべ、

「そんなわけないだろう?ロイドの場所を突き止める絶好の機会だ。逃す手なんてあるわけがない」

 レック達の前では一度も使わなかった乱暴な口調で、そう答えた。

「ですよね。ところで、写し終わった辞書はどうするんですか?」

「ここの冒険者ギルドにでもキングダムに送らせるさ。持っていても仕方ない。むしろ、ギルドに有効利用して貰った方が、後々役に立ちそうだ」

「例の地下書庫、ですか」

「一度行ってみたがな。まだ奥まで入れない。なら、奥まで入れるようにして貰うためにも、ってことだ」

 そんなコスモスの言葉にミドリは頷いた。

「分かりました。それでは、そろそろ寝ますね」

「ええ。おやすみなさい」

 そして、コスモスも口調を戻してミドリに返すと、再び身体を横たえたのだった。

 隣の部屋でそんなやり取りがあったとは、蒼い月の誰一人として知る由もなく。



 そして、翌日。

「じゃあ、遅くても一ヶ月もしたら帰ってくる」

「はい!待ってますね!」

 グランスの言葉にミドリが威勢良くそう返す。が、ユフォルの門の前でそんなやり取りをしていて、目立たないわけがない。

 人が減ったとは言え、まだそれなりの人が周辺を歩いていたりするわけで、彼らの視線を一身に集めてしまったグランスは何やら居心地が悪そうだった。

 尤も、ミドリはそんなことは気にせずに、

「クライストさんも、絶対無事に帰ってきて下さいね!!」

 と、今度はクライストへとにじり寄り、愛想を振りまいている。が、がっつり着込んだ防寒着のおかげで色気などは全く感じられない。

 その隣ではコスモスが、

「マージンさん。ミドリじゃないけど、あたしも無事に帰ってくることを祈ってますから!」

 と、目を潤ませながらマージンへとにじり寄り、リリーに睨まれていた。

 そんな恥ずかしい空気を壊す為か否か、

「じゃ、早く行こうか」

 そう言ったのはレックである。

 果たしてその意図が、クライストやマージンを助けるためだったのか、それともクライストやマージンが羨ましかったからなのかは、傍目には定かではない。

 尤も、クライストとマージンはこれ幸いとミドリとコスモスから逃げ出していたので、助かったことは事実のようであるが。

 そんな男性陣の様子を見ながら、

(これでやっと落ち着くのう……)

 などとディアナは思っていた。

 コスモスが同行することになった時は、リリーあたりが面白くなるかと思っていたのだが、思ったほどコスモスがマージンにアタックすることもなく、中途半端な状況が続いていた。そのせいか、リリーの機嫌も良いのか悪いのか微妙なライン上を彷徨っていたりして、あまり面白くなかったのである。一方で、レックはレックでリリーのことを気にしているくせに、何故か出来る限り知らない振りを決め込もうとしているのだから、

(あのヘタレめ……)

 と、ディアナは何度も心の中で言ったのだった。――尤も、レックがヘタレの方が、見ている分には面白くなりやすいことは否定しないのだが。



「行きましたね」

「そうね、行きましたね」

 レック達の後ろ姿が見えなくなるまでユフォルの門で見送っていたミドリとコスモスは、白い息を吐きながら互いに頷いた。

「マーキングは済んでますよね?」

「はい。念のため3つほど付けてあります」

 コスモスの言葉に、ミドリはそう頷いた。

「それじゃ、一度戻りましょう。……このまま追いかけたら目立っちゃいます」

 そう言って身を翻したコスモスの後を、ミドリが追いかける。

「出来れば、この街で待っていたというアリバイが欲しいのだけど……下手な小細工はしない方が良いですよね」

 その自分の言葉に追いついてきたミドリが頷いたのを確認したコスモスは、

「準備を整えて、昼までに街を出ましょう」

 そう言って、宿へと戻っていった。

 そして、昼前。レック達と反対側の門から、ミドリとコスモスの二人はユフォルを出たのだった。



 その日の午後のことである。既に日も大きく傾き、夕方と言ってもいい時分である。

「緊急事態っ……だ!」

 ユフォルの冒険者ギルドに、冷たい風と共に一人の冒険者が駆け込んできた。

「どうした!?何があった!!?」

 ギルドに入ると同時に床に倒れ込んだ彼は、武器を全て失い、身に纏った金属性の防具にも大きな傷が無数についている。当然、本人も無傷にはほど遠く、米噛みには大きな裂傷が走り、左腕の肉も大きく抉れていた。他にも細かい切り傷や擦り傷を無数に負っている。本来なら失血でとっくに動けなくなっていてもおかしくないのだが、左腕の根本に巻き付けられた布で何とか止血できていたらしい。怪我の割に彼はまだ自力で動くことが出来るようではあった。

 慌てて駆け寄ったギルドの職員は彼の怪我の酷さを見て取り、

「治癒魔法が使えるやつを呼んできてくれ!!」

 と急いで指示を出す。

 ギルドに(たむろ)していた数人の冒険者達は、駆け込んできた彼のあまりの怪我の酷さに顔を顰めながらも、出来ることはないかとギルドの職員に訊いていた。

「まずは硬い防具やベルトを外してやってくれ。後は怪我からの出血を抑えるためにも、腕の布は縛り直した方が良いだろうな」

 ギルドの研修で習ったことを思い出しながら指示を飛ばす職員。そして、冒険者達がそれに従って動き始めようとした時、

「待ってくれ!先に報告を!!」

 怪我をしている冒険者は、痛みに顔を顰めながらもそう叫んだ。その顔色は寒さと失血のせいか限りなく青くなっていたのだが、その声に込められた焦りに職員も他の冒険者達も動きを止める。

「分かった。聞こう。何があった?」

 彼のあまりの酷さに動転して怪我のことしか考えられていなかった職員達は、そこでやっと怪我をさせた原因に考えが至った。

 怪我をしている冒険者が口を開くまでの僅かな時間、職員達は、PKでも出たかと考えていたのだが、答えはすぐにもたらされた。

「ドラゴン……だ!馬鹿でかい、空を飛ぶドラゴンが出た!!」

 その言葉に、ドラゴンという単語にギルドの空気が凍り付く。

「嘘だろう?この辺にそんなやばいのはいなかったはずだぜ!?」

 誰かがそう叫んだが、

「マジだ!俺以外は全員やられたんだよ!!」

 自分の言葉を否定されて興奮したのか、怪我をした冒険者がそう叫び、次の瞬間、米噛みの傷から血が噴き出した。

 しかし、彼はそれで黙り込んだ。というより、ギルドに辿り着いて気が抜けたのだろう。気を失ってしまっていた。動けてはいたものの、真っ赤に染まった装備が示すように出血もかなりの量に上るのだから当然とも言えた。

 その様子を見ていた職員と他の冒険者達は、やっと頭が動き出した。

「とりあえず、本当かどうか出来れば確認しないといけない」

 職員の言葉に、

「誰が確かめに行くんだよ?」

 冒険者の一人がそう漏らし、全員が黙り込んでしまった。

 本当にドラゴンが出たというなら、確認しに行くことは下手すれば死を意味する。誰も行きたがらないのは当然だった。

「……とりあえず、彼の治療を終えたら、上に連絡を取って指示を仰ぐ」

 あまりの事態に職員はそれ以上の案を考えつかなかった。冷静に考えることが出来れば、応援を呼ぶとか、この町から避難するとかいろいろありそうなものであるが、冷静さを欠いた状態では如何ともしがたい。

 冒険者達にも異存も名案もないらしく、誰もが口を重く閉ざしている中、やっと奥の方からぱたぱたと足音が聞こえてきた。治癒魔法を使える職員が慌ててやってきたらしい。

 だが、彼は気絶した怪我人を取り囲んで、怪我人よりも青ざめた一団の様子にまずは首を傾げたのだった。

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