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ジ・アナザー  作者: sularis
第八章 再び東へ
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第八章 第二話 ~新しい部屋~

「あ~……建物に入るとホッとするわ~……」

 公立図書館に入ったそうそう、そう言って受付近くの椅子に張り付いたのはマージンだった。

「確かに最近少し冷えてきたがのう……。いくら何でも寒さに弱すぎはせんかのう?」

 呆れたように言ったのはディアナである。

「寒いのは苦手ちゃうんやけどな。やっぱ、それでも暖かいところの方がええやんか」

「だよね~」

 そう言ってマージンに同意したのは、ジャケットを着込んだリリーである。

「……リリーはむしろ建物に入ると暑そうじゃがな」

 ディアナはそう言いながらリリーの服装を眺めた。

 リリーが着ているのは立派なダウンジャケットだった。ただし、防水機能はない。撥水加工に使える材料がないのだから当然である。尤も、材料があってもそれを加工する方法がないのだが。

「だって、外、寒いんだもん」

 リリーはそう言いながらもやはり建物に入ると暑いのか、いそいそとジャケットを脱いでアイテムボックスに押し込んだ。

「寒がりにも程があると思うがのう……」

 そんなリリーを見ながらディアナがぼやき、マージンもうんうんと頷いていた。


 レック達蒼い月がキングダムに戻ってきてから三週間近くが経っていた。半年ほど前キングダムに来た時の汗ばむ暑さはどこかに行っていたのだが、代わりにここ数日、明らかに寒くなってきていた。

「冬の真似事か?」

 とクライストが言ったように、体感気温が明らかに15度を下回ってるだろうと断言できるような寒さが、急激に訪れていたのである。

「前は夏みたいな暑さだったから……やっぱり、四季の真似事なのかな?」

 とはレックの言である。

 それはさておき、この急激な気温の低下はキングダムにちょっとした混乱を巻き起こした。『魔王降臨』以前は一部のエリアを除けば体感温度は服装や装備に関わらず快適な温度に保たれており、しばしば現実世界の季節に合わせたファッションが流行っていたため、冬用の服もかなりの数が存在していたのは、誰にとっても幸いだったと言えるだろう。

 一方で、冬が来ることを想定していなかった農作物への被害が心配されていたりするのだが、その辺は大陸会議や農業系クラン以外の者たちは気づいてすらいなかった。


「さて、それでは早速行くとするかの」

 マージンとリリーが落ち着いたと見たディアナのその言葉に、3人は地下書庫へと向かって歩き出した。


 ちなみに、グランスとミネアは冬用アイテムの買い出しに行っており、レックはその荷物持ちとして同行させられていた。ただ、グランスとミネアが何かにつけて甘ったるい空気を撒き散らしそうだったので、一人でそれに耐えるのを嫌がったレックに泣き付かれ、クライストもそちらに同行している。


「さて、これが問題の本じゃ」

 人目を忍びつつやってきた地下書庫で、ディアナは一冊の本を机の上に置いた。

「これが?」

 椅子に座ってそう確認するマージンの目の前で、ディアナは再び本を手にとってぱらぱらとページを捲る。

「ふむ。ここじゃな。……発音できるかの?」

 そう言ってディアナがマージンの前に置いた本のそのページには、発音記号のような文字がずらりと並んでいた。

「ん~……」

 その発音記号を目で追うマージン。そして、その様子を固唾を飲んで見守るディアナとリリー。

 やがて、マージンが軽く頷いた。

「これなら行けるわ」

「ホントに!?マージン凄いね!!」

「うむ。流石じゃのう」

 喜ぶディアナとリリーにそう褒められ、まんざらでも無さそうなマージンであったが、もう一度机の上の本に視線を遣った。

「なんや、随分けったいな発音やけどな。何語なんやろうな」

「ルーン文字で書いてあるんだからルーン語じゃないの?」

 そう宣ったリリーに、ディアナとマージンが白い視線を送る。

「リリーよ。アルファベットを使うのはアルファベット語かの?平仮名を使うのは平仮名語なのかの?」

「あう……」

 ディアナにそう詰め寄られ、馬鹿なことを言ったと気づいたらしいリリーが小さくなる。

「で、ディアナ。これであのゴーレムがどくんかいな?」

 そんなリリーを助けるつもりがあったのかどうかは怪しいが、マージンのその言葉にディアナはリリーをつつくのを止めた。

「ふむ。私たちが解読した限りでは、それっぽい内容じゃったがのう」

「……解読内容が間違っとって、この呪文っぽいの唱えたらゴーレムに襲われたりせんやろな!?」

「そうなったら、墓は建ててやる。頑張るのじゃ」

 そんなディアナの返事に、マージンは肩を落としたのだった。


 さて、件の本はロイドの居場所を記した本があった地下書庫の棚にあったが、ルーン文字で書かれていて解読できなかった一冊である。それをロイドから貰った辞書を片手にディアナが中心となって解読を進めた結果、地下書庫の前の通路を塞いでいるゴーレムをどかす呪文が載っていたのであった。ちなみに他の本に書かれていた内容は、まだ知らない魔術の呪文だったり仕組みだったりするのだが、勿論、全く理解できなかった。

 さて、これでもっと奥の地下書庫の部屋も見て回れると喜んだディアナ達だったが、問題があった。すなわち、呪文である。

 呪文と言うからには声に出さなくてはいけないのだが、発音が分からなくてはどうにもならない。幸い発音記号らしきものも書かれていたので、物は試しにバイリンガルどころではなく多国言語を操るマージンが呼び出されたのであった。

 ちなみに、前にキングダムに戻ってきた時に解読を試みたのは別の本であり、そちらは内容が難しすぎて結局何も理解できなかった。


「まあ……とりあえず試してみよか」

 ディアナにはああ言ったものの、マージンも更に奥の部屋に興味がないわけではなかったらしい。何度かぶつぶつと口の中で呪文らしきものを繰り返した後、そう言って椅子から立ち上がった。

 が、

「なんじゃ。随分腰が引けておるのう」

 地下書庫の前の通路に立って、プレイヤーが奥へ行くことを阻んでいるゴーレムの目の前で詠唱するのは嫌だったらしく、地上階への階段の下――と言っても稼げた距離はせいぜい2~3mであるが――で呪文を唱えると言いだしたマージンに、ディアナが呆れたようにそう言った。

「しゃーないやんか。ここやったら、何かあったらすぐ逃げられるやろ」

 その答えに些か楽観的ではないかと思いつつも、ディアナはそれは言わない。本当にゴーレムが暴れ出したら、階段ごと潰されるのは目に見えている。だが、そもそも解読結果が間違えているとは微塵も思っていないのだから、余計なことを言う気は無い。

 とは言え、

「んじゃ、始めるで」

 マージンのその言葉に、ディアナもリリーも緊張を隠せない。

 奥へと続く通路を塞いでいるゴーレムを、薄暗いランプの明かりが赤く照らし出す。その中でマージンの詠唱が始まった。

「…εν………δ…ωσξ………χη……」

 聞き慣れない発音がマージンの声で暗い地下に響き渡る。それは時に高く、時に低く、ちょっとした旋律を奏でてすらいた。

 そして、マージンの詠唱が終わる。

「……変化がないのう?」

 ぴくりとも動いていないゴーレムに、ディアナが残念そうにそう漏らす。

「ま~……外れやったんちゃうか?」

 腰は引けていたが、やはり楽しみにしていたのかマージンも残念そうである。

 そんな中、てくてくとゴーレムの所にまで歩いて行ったリリーが、

「こう、横を通れたりして?」

 そう言いながら、ゴーレムの横を通り抜けてしまった。

「……あれっ?」

「む」

「あー……」

 反応は三者三様である。

 思わず微動だにしなかったゴーレムを振り返り、首を傾げるリリー。

 驚きの表情を浮かべたかと思うと、急いでゴーレムの前まで駆け寄るディアナ。

 妙に納得したような顔で、のんびりとその後を追うマージン。

「ふむ。このゴーレムが退()くのではなく、動かなくなるだけじゃったか」

 それなら一見何も起きないわけだと納得するディアナ。

「そやな。と言っても、わいら以外には反応するかも知れへんし、注意は必要やな」

 リリーに続き、マージンがゴーレムの様子を見ながらゆっくりとゴーレムの横を通り抜ける。一歩遅れてディアナもそれに続き、3人全員がゴーレムが塞いでいた通路の奥へと足を踏み入れた。

 ゴーレムの後ろに伸びていた通路の左右には幾つかの扉が並んでいるが、ランプの弱い明かり程度では通路がどのくらい奥まで延びているのかは分からない。当然、扉が幾つあるのかも分からないが、

「とりあえず、沢山扉あったよ~」

 一足先に少し先まで様子を見てきたリリーがそう報告するが、ディアナとマージンは興奮はしてもリリーほどはしゃいだりはしない。

「全て書庫なのかのう?」

「図書館という名前通りならそうやろな」

 そう話しながら、一番近くに並んでいた2つの木製の扉のうち、右側へと手を掛ける。

 が、

「む、開かぬのう」

「鍵かかってる?」

 ディアナがノブを回した扉は、押しても引いても開く気配はなかった。

「なら、こっちはどうや?……っと、開いたな」

 マージンが手を掛けた左側の扉はあっさりと開いた。

「中は……最初の部屋とあんま変わらへんなぁ」

 部屋の中は1つ目の地下書庫と似たような様子だった。

 部屋の壁にはいつから灯っているのかも分からないランタンがかかっており、それが部屋に文字を読むには苦労しない程度の明るさを提供している。

 入ってすぐの右手に古ぼけた小さな机と椅子。その奥にはやはり古ぼけた木製の本棚が2つ並んでいた。敢えて違いを述べるなら、1つ目の地下書庫の本棚より、置かれている本がいくらか多い点だろうか。

「また解読作業の日々かのう……」

 本を一冊手に取り、ぱらぱらとページを捲ってみたディアナがだれた様子でそう言う。

「辞書をギルドにでも渡せたらええんやけどなぁ」

 マージンがそう言うものの、実際にはそれは出来ない。と言うのも、魔術の祭壇に書かれている文字を読むために必要だからだ。

 辞書ともなると写すのも大変なので、こればかりは当分はどうにもならない問題だと言える。

「まあ、読めなくてもええから、一通り目だけ通してみようか。前みたいに日本語で書かれてる本があるかも知れへんし」

「じゃな」

 マージンの言葉にディアナが頷き、3人は本棚の本を順番にぱらぱらと捲る作業を開始した。

 本棚には20冊を超える本があるが案の定、その大半がルーン文字で書かれている。

「いちいちルーン文字で書かなくて良かったのに……」

 最後のページまで捲ってみて走り書きのようなものがないことを確認していたリリーが、3冊目が終わったところでそうぼやく。

「雰囲気は出ておるがのう」

「う~、いっそ飾りなら良かったのに……」

 とは言え、例え飾りに見えても何かのヒントが入っているかも知れないから、今まで調べてきたのである。実際、この部屋に進むヒントそのものが、本にルーン文字で書かれていたりもしたわけで。

「まあ、ギルドと相談した方がええやろな。わいらだけでは手に負えへんわ」

「じゃろうな。出来れば、私たちの手で解読したいところじゃが……」

「やんないの?」

「全部終わるまでここにおったら、何年もかかるかも知れへん。この地下に籠もりたいならええけどな」

「絶対!イヤ!!」

 マージンの説明に、首を傾げていたリリーは首を振って否定した。

「む」

「どうかした?」

 半数程度の本を調べ終わった頃だろうか。不意に唸ったマージンに、リリーがそう声を掛けた。

「どうやら、当たりやな」

 そう言いながらマージンが机の上に広げたページには、明らかにルーン文字でも発音記号でもない文字がつらつらと書き連ねられていた。

「……何語?」

 読める読めない以前に、日本語でない事しか分からなかったリリーが首を傾げる。

「英語ではなさそうじゃのう……ドイツ語辺りかのう?」

「ディアナ、正解や。ドイツ語やな、これ」

「マージン、読めるの?」

「勿論や。っても、あんまり難しい単語が出てきたらアウトやけどな」

 マージンはリリーにそう答えると、本を自分の方へと向けた。読むためだと察したディアナとリリーは、勿論文句など言わない。

「ふむ……」

 ドイツ語で書かれたページは数ページにわたっていた。それを数分かけて読み終えたマージンに、ディアナが声をかける。

「何が書いてあったのじゃ?」

「要点だけ言うと、地下書庫の他の部屋の入り方やな。あと、ロイドに会いにいけ、やな」

 その言葉に、思わずリリーとディアナが顔を顰める。

「ロイドに会いに行くって……また、あんな遠くまで?」

「数ヶ月かかりそうじゃのう……」

 だが、マージンはそれに首を振った。

「この本によると、一月くらいで往復できるはずやで」

 そう言って、ページを一枚逆に捲り、そこに書かれていた地図をディアナとリリーに指し示した。

「何の地図?」

 中央に何かを示すように×印が付けられた2つの地図を見て、リリーが首を傾げる。

「サークル・ゲートや。こっちがキングダムの近くでこっちがロイドの近くやな」

 マージンはそう言いながら、順番に地図を指し示す。

「……これだけではどの辺りかすら分からぬが、どこかに書いてあるのかの?」

「その通りや。本文にどの辺の地図か書いてあったわ」

 その答えにディアナは納得したように頷くと、別の質問をマージンにぶつけた。

「して、ロイドに会ってどうするのか書いてあったのかのう?」

 が、マージンはあっさり首を振る。

「会いに行け、だけやな。後はロイドに訊け、みたいに書いてあるわ」

「内容の割にはページ数があったような気がするがのう……」

 そのディアナの言葉に、すかさずリリーがページをぱらぱらと捲り、

「ホントだ」

 そう言ってマージンへと視線を向け、

「ほとんどが前置きや細かい説明やったんや。……聞きたいか?」

 その言葉にふるふると首を振った。

「何というか……これだけ書いておるのじゃから、もっと内容を詰め込んで欲しかったのう……」

「それに関しては否定せえへんわ」

 ぼやくディアナにマージンもそう同意した。

「して、他の部屋にはどうやって入るのじゃ?向かいの部屋が開かなかったことと関係あるのじゃろう?」

「一言で言うと鍵を探せ、やな」

「鍵?」

 リリーはそう首を傾げると扉を開け、首だけ出して向かいの部屋の扉を見た。

「鍵穴なんてないよ~?」

 その様子にマージンは苦笑しながら、「ちゃうちゃう」と首を振る。

「この地下書庫の扉な、ほとんどが魔術で封印されとるんや。その封印を解いたら扉を開けて入れるようになるんや」

「つまり、その封印を解くためのアイテムを鍵と呼んだわけじゃな?」

「アイテム。あるいは呪文やな。精霊王の解放みたいな特定の条件がクリアされることで解放される扉もあるみたいや。ちなみに、力尽くでは扉は壊せないとも書いてあったわ。無理すると、ゴーレムがやってくるらしいから、試したないけどな」

「じゃ、他の部屋には入れないの?」

 残念そうなリリーに、マージンは頷いた。

「鍵の一部はこの地下書庫に収められとるらしいけどな。後は、各地のダンジョンやら遺跡やらに設置してあるんやと」

「……全部の部屋を開けるのは無理そうじゃのう」

「残念ながらそうなるわな。ま、そっちはギルドの方に任せた方がええやろな」

 そんなマージンの言葉に、ディアナとリリーも頷いた。



 翌日。

 マージン達は再び地下書庫へとやってきていた。

 今日は蒼い月全員。それに冒険者ギルドからも二人、ギンジロウとその右腕にして冒険者ギルドの男性幹部、ピクシーがやってきていた。地下書庫の奥に入れたことを報告したところ、ピクニック気分のギンジロウがついてくることになったのである。

 が。

「おい、話が違うぞ?」

 暗い地下書庫の通路で意気揚々とゴーレムの脇を通り抜けようとして、素早く動いたゴーレムに行く手を遮られたギンジロウがそう叫び、しかし、

「あれ?……わいは行けるけどな」

 マージンはそう言いながらゴーレムの横をあっさりすり抜けてしまった。そのマージンにギンジロウは、「ずるいぞ、羨ましいぞ」と言わんばかりの視線をぶつける。

 そんなギンジロウを見慣れているのか、ピクシーは紺色の瞳をマージンからずらすこともせず、

「奥に行けるようになったのは本当らしいですね」

 そう、ぽつりと言った。

「ギンジロウはゴーレムに邪魔されたわけだがな」

 そう言ったのはグランス。グランスは少し考え込む素振りを見せたかと思うと、

「とりあえず、全員順番に行ってみるか。別に無理をしなければ、ゴーレムに邪魔されるだけで済むからな」

 と提案し、早速歩き出してはゴーレムに邪魔されていた。

 その後、全員が奥に進めるか試してみた結果、

「結局、マージン達だけだったね」

 というレックの言葉通り、ゴーレムに邪魔されずに通路の奥に進めたのは、昨日も奥に進んだ3人だけだった。レック自身を含めた他6名はゴーレムを挟んで、マージン達と反対側にいる状態となっていた。

「とりあえず、もっかい呪文唱えてみるわ」

 どうしてなのか調べるのも悪くはないが、手っ取り早くできることがあるのだからとマージンが呪文を唱えた。

「…εν………δ…ωσξ………χη……」

「……よくこんなの発音できるな」

 マージンが詠唱した呪文を聞き、クライストがそう漏らしていたのは余談だろう。

 さておき、マージンの詠唱が終わっても前日同様に何も起きなかった。

「で、どうすれば良いんですかね?」

「とりあえず、こっちに来てみればいいじゃろう」

 ピクシーの言葉にディアナがそう答え、しかし最初に動いたのはギンジロウだった。

「お?おお?」

 今度はゴーレムに邪魔されることなくあっさり横を通り抜けることに成功し、ギンジロウの顔が輝く。

「なるほど」

 ピクシーも軽く頷くと、さっさとゴーレムの横を歩いてギンジロウの隣に並ぶ。

 それに遅れてグランス達もマージン達と合流を果たした。

 それを確認したピクシーは視線をマージンへと向け、

「先ほどの呪文を唱えると、ゴーレムの横を通り抜けられるようになるようですね。一度でも通り抜けに成功したら、後は呪文が要らなくなるみたいですが……その辺りは検証が必要ですか。兎に角、マージンさんには先ほどの呪文を教えて貰わないといけませんね」

 そう、自分の考えを口にした。

「まあ、大して長いわけでもあらへんからな。後で教えるわ」

 マージンが快諾すると、一行は通路の奥へと視線を遣った。

「確かに扉が一杯だな。いや、分かってたけどな」

 ギンジロウはそう言うと、右手の扉に手をかけ、

「確かに開かないな」

 そう、グランスから聞いていた説明を確かめる。

「まずは行ける範囲で扉が幾つあるのか調べないといけませんね。出来れば、開く扉も見つけたいところですが」

 ピクシーはそう言うと、ギンジロウとは反対側の扉を開けた。

「ふむ」

 そのまま部屋の中を覗き込み、さっさと入ってしまう。

「あ、ちょっと待てよ」

 ギンジロウが慌ててその後を追い、更にグランス、ミネア、レック、クライストと部屋の中に入っていく。ちなみに、6人も入ると部屋が手狭になるため、昨日その部屋に入ったマージン達は通路で待機である。リリーだけは部屋の中を覗き込んでいたが。

「げ……またルーン文字か」

 本棚から本を一冊手に取ったクライストがそう呻き、

「だね」

 それを覗き込んだレックががっくりと肩を落とす。

「これは……辞書無しでは解読できませんね……」

「前にあるとか言ってなかったか?」

 流石に顔を顰めるピクシーに、ギンジロウがそう言う。

「らしきものはあるのですが、ルーン文字からラテン語への辞書のようで、使えないんですよ」

 その言葉に、辞書と聞いて聞き耳を立てていたレック達も呆然とする。

「つまり、その辞書を利用するためには今度はラテン語の辞書が必要ということか」

 そう確認したグランスにピクシーは首を振った。

「ラテン語の辞書に英語の辞書もです。ラテン語について書かれた日本語の辞書は無いんですよ」

「ってことは、ルーン文字を読むためにラテン語の辞書が必要で、それを読むためにラテン語の辞書が必要で……3つも辞書が必要ってか」

 クライストがそう言うと、

「英語だけならまだ読める者もいますが……。実のところ、この前の部屋の本も解読を試みたのですが、1ページ解読するのに数日かかる有様で……」

「手間がかかりすぎるから目下挫折中ってわけなのさ。出来れば、君たちの辞書を借り受けたい所なんだが……」

 と、ピクシーの言葉を途中で奪ったギンジロウがディアナへと視線を向けた。

「それは無理じゃな」

「だよな」

 ディアナにあっさり拒否されるも、既にいろいろと説明を受けていたギンジロウは落ち込んだりはしない。それに、

「まあ、君たちに同行させるやつを今探してるしな。辞書を写し終わるまでだから、どれくらいの付き合いになるか分からないけどな」

 と、辞書を借りることが出来ないなら写してしまえ、となっていたりする。実際には、辞書を一冊写し取るまでかなり時間がかかることが予想されたので、写本係を蒼い月に同行させる形で蒼い月と冒険者ギルドの間で今朝方、合意が成立していた。

 実のところレック達が写す案もあったのだが、辞書を丸々一冊写しても問題がないほど字が綺麗なメンバーがいなかった。それどころか、レックやリリーに至っては簡単な文字しか書けない有様だったりする。これは、字を全く書けなくてもコンピュータに任せれば困らないという現実世界の事情による。


「出来れば、男は避けて欲しいところだが?」

 自分の後ろに隠れているミネアを気にしながら、グランスがそう言うと、

「そちらの方は抜かりありません。実力も、ある程度は戦える者を探しています。ただ、条件が厳しいのですぐに見つかるかどうかは分かりませんが」

 ピクシーは申し訳なさそうにそう答えた。

 とは言え、既に一度ロイドの所へ向かうことを決めているグランス達は、あまり呑気に待つつもりはなかった。

「最悪、行く先々の冒険者ギルドで少しずつ写して貰うしかないな」

「あるいは別の町で合流して貰う手もありますね」

 そう話し合うグランスとピクシー。それぞれ、写すまでの時間がかかりすぎるとか、合流できるかどうか分からないという問題があった案だが、無策よりはマシであった。

「じゃ、一回上に戻るか。そろそろ息が詰まりそうだ」

 グランスとピクシーの間で改めて合意が出来たと見たギンジロウが、そう口を開いた。読めない本しかない部屋では、結局すぐに暇になってしまったらしかった。



 そして、三日後、朝。

 旅立ちの準備を終えたレック達は、キングダム10番街区にある城門に立って、暫く行動を共にする事になるはずの冒険者を待っていた。

「遅いのう……」

「そうかも知れないが、正確な時間も分からないんだ。のんびり待つべきだろう」

 白い息を吐き出しながらぼやくディアナを、グランスがそう宥める。が、

「折角だから、時間を守れるって条件も付けとくべきだったんじゃねぇか?」

 とクライストもぼやきだした。

 実際、既に時刻は朝の10時に近いはずである。待ち合わせが朝の9時だったことを考えると、明らかに遅刻していると言ってもいいわけで――仲間達がぼやいていなければ、グランスの方がぼやいていたかも知れない。口に出すかどうかは別としても。

 ちなみに、全くぼやいていない仲間もいる。

 例えばミネアはいつも通りグランスにピタリと張り付いて満足そうにしているし、地下書庫の呪文を教え込むのに手間取っていたマージンは、冷たい城壁に寄りかかって寝息を立てている。リリーはそんなマージンを起こさないように静かにしているし、レックはそのリリーとの距離を如何に縮めるかに苦心していた。

「しかし、これでは先が思いやられるような気がするのう……」

 昨日初めて会ったばかりの二人の顔を思い出しながら、ディアナがそう零す。

 同行者が決まったという連絡が冒険者ギルドから来たのが昨日の朝。その後、顔合わせもした上で蒼い月の総意として同行を認めたのだが、早くも判断ミスだったかと思い始めるディアナ達だった。

「だがまあ、魔王を倒すまでの時間で考えると、多少の一時的な不満は我慢すべきだろう」

「そうだけどな。それはそれ。これはこれってな」

 新しい同行者二名が美少女とは言え、現実での彼女一筋のクライストには同行者の容姿はあまり意味がないらしい。グランスもミネアがいるため、似たようなものではある。

 一方で、明らかにテンションが上がっていたのがマージンだった。特定の相手がいないこともあり、異性の同行者が増えることを普通に喜んでいた。尤も、それを見たリリーに向こうずねを蹴っ飛ばされていたのだが。寝不足でさえなければ、今頃そわそわしながら新しい同行者を待っていたことだろう。

「む……来たようじゃな」

 ディアナの声に仲間達が視線を向けると、城門から延びる通りとキングダムを一周している中央通りが交差する角から、二人の少女が姿を現したところだった。こちらの姿を確認できたのかどうか知らないが、そのまま走ってやってくる。

 一人は淡いエメラルドグリーンの髪を腰まで伸ばした少女――ミドリである。肩からかけた深緑のマントは走っているので大きく後ろに靡いている。その下ではショルダーパッドと胸部だけを覆う胸当ては青銅の青みを帯びていた。ただ、頑丈そうな装甲はそれだけで、後は革製の腕宛やチョッキを装備しているのが防具の全てだった。武器は腰の左右に刺してあるレイピアらしい。

 もう一人は淡いピンクの髪を後ろで短く束ねた少女――コスモスである。黒のマントがこちらも大きく靡いている。もう一人の少女と比べるとこちらは随分と軽装で、革製のチョッキと肘まである金属性の手甲を付けているだけだった。武器らしきものは持っていないが、確かこちらの少女が辞書を書き写す役だったとディアナ達は思い出していた。

 やがて、ミドリとコスモスはディアナ達の所にまで辿り着いた。

「はぁっ……はぁっ……遅れて……済みません」

「ごめんなさい~」

 彼女たちの息切れしながらの第一声は、謝罪だった。

「そうだな。とりあえず、遅れた理由くらいは聞かせて貰えるか?」

 グランスの言葉に、うっと言葉に詰まるミドリとコスモス。

 そのまま互いの顔を見た後、グランスやディアナの顔の上を視線を彷徨わせ、口の中でもにょもにょと言っている。

「ふむ。大体予想は付くがのう……。出来れば、自分たちの口から言って欲しいところじゃが?」

 二人の髪に付いた寝癖に視線を向けながら、ディアナがそう言うと、見事に二人は固まった。

 そして、グランス達が待つこと数秒。意を決したようにミドリとコスモスちは口を開いた。

「寝坊……」

「しました……」

 その言葉に、思わずグランスはため息を漏らしてしまった。尤も、ため息こそ漏らさなかったものの、ディアナの二人を見る視線は冷ややかだし、クライストとミネアも少しばかり呆れた様子であるあたり、グランスと同じ気持ちのようである。

「あまり説教なんかしたくはないが……足を引っ張るようなら、途中の町で置いていくからな」

 リーダーとして、グランスはそれだけ二人に伝える。

「はいっ!」

「気をつけますっ!」

 返事だけは威勢が良いミドリとコスモスにグランスが内心ため息を吐いていると、

「お~。いつの間にか二人も来たんやな」

 やっと目が覚めたらしいマージンが声をかけてきた。その後ろではリリーがミドリとコスモスを睨んでいたりする。

「はいっ!」

「おはようございます!」

 その挨拶を受けたマージンは、一瞬目を見張ったかと思うと満面の笑みを浮かべる。

「ん~、やっぱ、可愛い女の子が多いのはええな!って、痛っ!リリー、なにするねん!?」

「……よろしく!」

 マージンの脛を蹴りつけながら、不機嫌そうにミドリとコスモスに挨拶するリリー。

 その様子に何かを察したのか、コスモスは蒼い月のメンバーの顔を一通り見回し、ディアナへとすすすすっと近づいた。

「リリーさんってひょっとしたらひょっとします?」

「うむ。ひょっとしなくてもそうじゃのう」

 ひそひそと話しかけられたディアナは、何を思ったのかニヤリと笑ってそう答える。

「ちょっとそこ!何話してるの!」

「なんでもないぞ」

「そうそう。何でもありません~」

 詰め寄ってきたリリーに、しらを切るディアナとコスモス。

 その様子を見て頭を抱えたグランスの背中を、ミネアがそっとさするのだった。

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