第七章 第五話 ~キングダムで~
「なんや、要するにあれか。軽くなくてもええから、兎に角頑丈にしたいと?」
「そう言うこと。このグレートソードじゃ全力で斬りつけて、相手が硬かったら歪んじゃうから」
「まー、確かになぁ……」
レックから受け取ったグレートソードの刀身を確認しながら、マージンは相槌を打った。
微妙に歪んでいるが、どうやら湿地で銀色の化け物蛇と戦った時に歪んでしまったらしい。かく言うマージン自身のツーハンドソードの刀身も、いくらか歪んでいたりする。
湿地で炎の攻撃魔術――まんまファイアボールと呼んでいた――を習得し、化け物蛇を倒したレック達は、それから数日をかけてペルへと戻り、更に一月ほどかけてキングダムへと帰ってきていた。
そして、いつもの事ながらキングダムには暫くいることになりそうなので、武器の強度不足を感じていたレックはこの機会に新しい武器を作ってもらうことにしたのだった。
ちなみに、武具の修理の為にキングダムの共用鍛冶場に来たマージンに、他3名ほどがついてきている。
「う~ん……まあ、重量面での制限が緩くてええなら、これよりは頑丈なんを用意できると思うけどな」
「なら、頼める?」
「ま、ええやろ。やけど、レックにもやって貰うことがあるで?」
と、マージンはレックの喜びに水を差すようなことを言う。
「どれくらいの重さの物まで扱えるんかとか、どのくらいの強度が最低限必要なんかとか。その辺が分からへんとあかんからな。しばらくは体力測定に付きおうてもらうで」
その言葉に、レックは変なことをやらされるわけではないのだとホッとしたのだった。
「と言っても、どうやって体力測定するかやなぁ……」
そうマージンが頭を悩ませていると、
「実際に振り回すしかねぇんじゃねぇか?」
とクライストが会話に入ってきた。
「そやなぁ。それが一番早そうやな」
と言いつつ、あまり乗り気ではなさそうなマージン。乗り気でない理由は、実際に振り回すための模擬剣から作らなくてはならない――つまりは手間が増えるからである。
かといって、他にレックが振り回し易い重さと大きさの武器を調べる名案もなく。
レックに預けていたインゴットを1トンほど出して貰い、マージンは早速模擬剣の製作を始めた。
ちなみにマージン曰く、体力測定用の模擬剣を一式用意するだけで丸一日かかると言うことなので、ついてきていた仲間たちはキングダムの散策に出かけることにしたのだった。
一方、グランスとそのオプション一名おまけ一名の計3人はというと、冒険者ギルドへとやってきていた。サークル・ゲートの情報を仕入れるためである。
ここに来る前にホエールの所に寄ってきていて、そこでサークル・ゲートの情報は一般開示されていることを確認してある。一般開示されている理由は、好奇心からゲートに入ってしまって戻って来られなくなる事態を防ぐため、という余計な事までホエールは教えてくれていた。
「いらっしゃいませ。クエストの受注ですか?」
賑わっているクエストボード――クエストの内容が書かれた申込用紙兼用の紙が貼られているボードのこと――を横目に、相変わらず混雑した窓口に並んで待つこと10分。やっと順番が回ってきたグランスに、受付の女性がそう声をかける。
「いや、ちょっと知りたい情報があってな。サークル・ゲートについての情報を聞きたいんだが」
レックがリザードマンロードから貰ったメダルについても報告する予定だったが、これはホエールの方からギンジロウに伝えておくとのことだった。
「サークル・ゲートですか?少々お待ち下さい」
グランスの言葉に軽く驚いた様子だったが、その辺りは流石と言うべきか、グランスに断るとさっと席を立ち、受付の奥にある、沢山の書類が詰め込まれた棚の前でごそごそと捜し物を始めた。
「お待たせしました」
捜し物はすぐに見つかったらしく、戻ってきた受付の女性はそう言って、手にしていた一冊の薄っぺらい書類をグランスに渡した。
「持ち出しは禁止されています。必要ならば、あちらのテーブルで写して下さい。用が終わったら、列に並ぶ必要はありませんのでこちらまで返しに来て下さい」
そう言って受付の女性は、ホールの片隅に並べられているテーブルを指さした。
ホエールから聞いていたことなので不満もなく、受付に軽く礼を言い、グランス達は指示されたテーブルへと向かった。
「ふむ……思ったより数が少ないのう……」
「そう……ですね……」
グランスが開いたその書類――というより地図を覗き込み、ディアナとミネアがそう漏らす。
地図の最初のページに書かれていたのは、キングダム大陸の簡単な白地図だった。公式に発表されていた大陸の形に、主立った街や湖、山が書き込まれ、その間にサークル・ゲートを示す記号が幾つか記されている。
その数、僅かに30個弱。しかもその半分以上が、
「行き先不明ばかりだな」
というグランスの言葉通り、対となるサークル・ゲートが記されていなかった。
更にページを捲ると、各々のサークル・ゲートの詳しい地図と周辺の様子が記されていた。グランスから地図をふんだくったディアナは、それを見ながらぼやく。
「さっぱり調査が進んでおらぬのう……」
とは言え、それも仕方ないことではある。
そもそも、サークル・ゲートは数日から数週間に一度しか開かない。それを任意のタイミングで開くためには魔力が必要になるが、普通はせいぜい予定より早くゲートを開くことができる程度。
おまけに、ゲートをくぐった先の場所がどこか知るためには、太陽や星の位置を時間とつきあわせて緯度と経度を調べるのがセオリーなのだが、精度の高い時計がない現状ではまともに経度が測定できないのである。周囲を探索して調べるにしても、強力な魔獣が分布している地域だった場合、死人が出かねない。
そんな理由から、魔王がいるとされる中央大陸へつながる手段だとは分かっていても、十分に強い冒険者が育つまでは、サークル・ゲートの探索は無理に進めることはできないのであった。
「しばらくはサークル・ゲートの調査でもやるか?」
「いや。それはそれでつまらぬ。主目的にはしたくないのう」
ディアナはグランスの提案をあっさり却下する。グランスとしても言ってみただけなので、特に不満を見せることもない。代わりに、
「それじゃ、ミネア。写すのは頼んだぞ」
と、洞窟などでの地図係の腕を当てにした台詞を口にした。
「分かりました」
そう答えたミネアに地図を預け手持ち無沙汰になったグランスは、ミネアのそばにディアナを残し、
「ある程度はクエストをこなして稼いでおかないとな」
そう言って、クエストボードを見て回ることにした。
キングダムにおけるクエストには、他の地域と大きく異なる特徴がある。すなわち、護衛・運搬系の依頼の多さである。
大陸の流通の拠点であると同時に生産の拠点でもあるキングダムは、様々な物をキングダム大陸の各地へと運び出している。逆に運び込まれてくる素材も相当な量であり、それらの輸送に関わる依頼がずば抜けて多いのである。
始まりの街だったということもあり、キングダム周辺には討伐対象とするべきエネミーが少ないと言うことも、その一因となっている。
「やはり護衛や輸送が多いか」
クエストボードに貼り付けられた依頼用紙を眺めながら、グランスはつぶやいた。
だが、その手の依頼は受けるつもりはない。というのも、護衛や輸送はどこかへ行くついでなら良いのだが、しばらくキングダムに居座るつもりだからである。レックが新しい武器をマージンに作ってもらおうとしていることもあり、一週間は滞在する予定になっていた。
ちなみに、採集系の依頼も基本的に受けるつもりはない。というのも、近場での採集なら良いのだが、残っているような採集系クエストでは、だいたい離れた場所まで行かないと手に入らないような物が求められていることが多いからである。
グランスはしばらくクエストボードとにらめっこをしていたものの、結局手頃なクエストを見つけることはできなかった。幸い、当分は困らないだけの資金はまだ残っているので、無理にクエストを探すことは止めて、ミネアたちのところへと戻ることにした。
「ふむ。良いところに戻ってきたのう」
グランスが戻ってくるのを見ていたディアナがそう言う。グランス自身が思っていたより長い時間、クエストボードを見ていたようで、ちょうどミネアがサークル・ゲートの地図を写し終わるところだった。
「それで、何か良いクエストはあったのかのう?」
そんなディアナの問いかけにグランスは首を振って答えた。
「マージンの修理や新しい武器の製作にどのくらいかかるかが分かれば、1つか2つくらいはあるかもな。地下通路の探索で良いなら、常時募集が出ているんだが」
そう言って、グランスは未だに全容が解明されていない地下通路へと思いを馳せる。
何とか9層目まで探索の手が伸びているらしいが、如何せん、あまりにも何もないので最近は仕事としての人気も緊急性も低下してきたようで、探索ペースもかなり落ちていた。
そんなホエールからの情報を思い出しながら、
「やるか?」
とグランスが訊くと、
「いや。遠慮しておきたいのう」
グランスと一緒にホエールの話を聞いていたディアナも、首を振るのだった。
「と言うわけで、明日からどうするか。訓練以外で良い案はないか?」
その夜。宿に戻ってきたレック達は、マージン以外スカスカの予定をどうするか話し合っていた。
「僕は体力測定があるけど……」
「それ、半日もかからへんで。まー、具合を確認してもらわなあかんし、何回か呼ぶことになると思うけどな」
やることはあるんだと主張しようとしたレックだったが、やはり暇を持て余しそうである。
ちなみにマージンは、全員の武器・防具の補修や修理、レックやマージン自身の新しい武器の製作などとやることが山積みだった。
一方で仲間達はそれほどやることがあるわけでもなく、マージンの作業が終わるまでの時間をどうやって潰すかが問題になっているわけだった。
「あたしは水の精霊王の所、行ってみたい……かな?契約できるとは思わないけど、何かあるかも知れないから」
真っ先に手を挙げたのはリリーである。これまた半日もかからないことだったりするが、暇よりはマシと言うことで、
「そうだな。全員で行ってみるか」
と即採用された。
しかし、それから先は何も良い案が出ない。挙げ句の果てに、
「図書館で漫画を読む」
などとクライストが言いだして、全員から白い目で見られたりしたほどだった。
「図書館言うたら、ひさしぶりに地下書庫行ってみたいな」
「地下書庫か。あそこの本はさっぱり読めないからな……」
マージンの言葉に、グランスは難しい顔をする。読むことが出来るのなら是非とも行ってみたいのだが、全く読める気がしないのでは……ということである。
尤も、
「暇つぶしにはいいのではないかのう。少なくとも、漫画を読むよりは前向きな気がするがの?」
クライストに白目を送りつつ、ディアナが言えば、
「ロイドさんに頂いた辞書も……ありますしね。時間があるなら、解読に取り組んでみるのも……良いかもしれませんね」
とミネアも賛意を示し、
「なら、とりあえずやってみるか」
と言うことになったのだった。
翌日。
「う~ん、これくらいがちょうど良いかな?」
共用鍛冶場の片隅に設けられたスペースで、模擬剣の1つを振り回しながらレックがそう感想を述べると、
「……化け物地味てんなぁ」
横で見ていたマージンがそうぽつりと漏らした。
何しろ、レックが振り回していた模擬剣は刀身だけで長さ2mもあり、幅も最もあるところで50cm、厚みも10cmちかくもあるような代物である。その重量は100kgどころか実に200kgすら越えている。とてもではないが、身体強化無くしては、扱うどころか持ち運ぶことすら出来ない代物だった。
ちなみに、周りで見ていた職人達――自前の設備を持ってない者たちは共用鍛冶場によく出入りしている――が目を丸くしていたりする。実際の重量を知らなくても、その非常識な大きさだけで想像するには十分なのである。
身体強化の魔術が使えるなら不可能ではないと知っているので、いちいち訊いてきたりする者はいないが、それでも驚くな見るなと言う方が無理なのだろう。
そんな周囲の視線を気にすることなく、レックはマージンの元へと戻った。
「そうは言うけど、マージンも扱えるでしょ、これ」
「そこまで軽々とはいかんわ」
レックの言葉に、マージンは軽く首を振った。
「まあ、それでええなら、かなり頑丈なんが作れそうやな。……斬ると言うより叩き潰すになりそうやけど」
いっその事、すぐ痛んでしまうようなら刃も丸めておこうかと考えるマージンだったりする。
「それじゃ、それは持ってきてな。全部溶かして材料に戻さなあかんし」
「ん。了解」
身体強化を発動中のレックが片手で巨剣を持ち上げると、再び周囲がざわついた。
「何日くらいで出来るかな?」
溶鉱炉に戻り、昨日マージンが作ったばかりの模擬剣を片っ端から放り込みながら、レックはそう訊いた。
「そうやなぁ……ここまで大きいと強度の問題もあるしな。本番は兎に角、何回か試作してみんと分からんところもあるし、早くて一週間。多分、もーちょいかかるやろな」
溶けて出てくる鉄を見ながら、マージンが答える。
「……結構かかるね」
「図書館の方に調べ物に行くかも知れん。そうなったら、もっとかかるやろうな」
様にはなってきたものの、所詮は素人の付け焼き刃。知識不足経験不足なのだとマージンは付け加える。
「まあ、念のため何本か作っといた方がええかもしれんな」
マージンのその言葉にレックも頷きながら、適度に冷えてきた鉄をインゴットに切り分け、マージンが借りている鍛冶台へと運ぶのを手伝うのだった。
一方、残りの仲間達5人はというと、リリーの付き添いで地下通路に潜っていた。
が、
「この先はギルドの許可がなければ通せないよ」
と、サークル・ゲートへ続く通路がある小部屋の入り口で、見張りに立っていた二人組の兵士に立ち入りを拒まれていた。
「こんなことなら、ホエールかギンジロウに話をしておくべきだったな」
少し戻ったところでグランスがそう零す。
「発見者だって名乗れば良いんじゃないの?」
「証拠がなければ信じて貰えないじゃろうな」
「「…………」」
リリーの意見はディアナにあっさり潰され、静寂が落ちた。
「……ま、一度戻るしかねぇってことだな」
とは言え、ギンジロウにしろホエールにしろ、話を付けて戻ってくるには2~3時間はかかる。
「……明日出直すか」
ゲンナリした顔でグランスが言うと、仲間達も同じくゲンナリとして頷くのだった。
翌日からレック達は予定通りの行動を開始した。
まず、マージンであるが、本格的な作業を始める前に製法などの資料を漁りたいとかで、公立図書館へと入り浸った。
ディアナとクライストは地下書庫で、ルーン文字で書かれた書物の解読である。たまにマージンが遊びに来るが、こちらは未だに何を書いてあるか分からない本ばかりだった。
「もっと奥に行けたら、何かあるかも知れへんな」
とは、様子を見に来たマージンの言である。
一方、残るリリーたちはギンジロウに話を通した所、ギンジロウ本人が同行することになった。勿論、興味本位である。
「マジで先の方まで進めるのな……」
サークル・ゲートをくぐった先で、レックとリリーがあっさりと湖の方へと歩いて行くのを見たギンジロウは、感心したようにそう漏らした。
「俺はすぐそこでアウトだがな」
少ししか進めないグランスがそう言うと、
「俺はもうちょっと進めたけど……ミネアさんはどうだった?」
「わたしは……50mくらいは進めます……」
ギンジロウに訊かれ、ミネアはグランスの後ろからそう答えた。
「50mか。どういう基準かは知らないけど、優秀だよな」
その言葉に、ふとミネアが呟く。
「魔力の量で進める距離が決まってるかも知れないって……教えてませんでしたっけ?」
「……あ」
「そんな話は聞いてないぞ?」
馬鹿みたいに固まるグランスと、彼を睨むギンジロウ。
「確かに言っていなかったな」
グランスはうっかりしていたと頬をポリポリ掻く。
「とりあえず、説明して貰おうか」
その言葉に、確証は無いし検証も出来ないんだがと前置きをした上で、グランスは説明を始めるのだった。
そんなことが後ろで起きているとは露知らず。レックとリリーは湖へと辿り着いていた。
「それじゃ、僕はここで待つから」
飛び石の手前でレックが立ち止まる。
レックはまだ、あの水竜ともう一度対峙するだけの勇気は持てていなかった。今でも、微妙に足が震えているのだが――それを何とか隠し通しているだけ、マシだと言えるだろう。
「う~。あたし一人なんだ……仕方ないかもしんないけど……」
水竜に襲われないと分かっているとは言え、水竜から浴びせかけられたあの威圧感を思い出せば、リリーとしても出来れば一人で対峙する羽目にはなりたくない。当然、一人で行けと言われれば不満たらたらである。それはレックが雀の涙ほども役に立たなかったとしても、であった。
尤も、
「でも、僕が一緒じゃなければ僕を追い返さなくていいから、水竜が出てこないかも知れないよ?」
というレックの(かなり後ろ向きな)説得には頷かざるを得なかった。
尤も、それでも不安なリリーの気持ちを推し量れる仲間もいないわけではなく。
「ん?」
リリーはチャットの着信を告げた個人端末を懐から取り出す。
『ミネア:リリー、頑張って下さい』
その一言に何となく勇気が湧いてくるような気がするリリー。もう少し勇気を貰おうとその文字を見ていると、
『ミネア:ほら、マージンも何か言ってあげて下さい』
「!!?」
いきなりのことに、逆にパニックに陥りかけるリリー。しかし、その視線はしっかりと端末の上に固定されていた。
だから、
『マージン:ん?あー、湖に着いたんか。水竜は大丈夫やろ。頑張ってきいや』
『ディアナ:なんか、気持ちがこもっておらんのう……』
『マージン:って、しばかんでもええやん!?』
「……むっ」
チャットの内容からどうやらマージンとディアナが何故か一緒にいるらしいと察し、パニックから一転、リリーの機嫌が悪くなり始める。
『クライスト:ま、この二人は気にすんな。ディアナがマージンをからかうのはいつものことだ』
そうフォローが入るも、リリーの機嫌を回復させる役には全く立たなかった。
ちなみに、リリーのすぐ側ではレックもチャットを見ていたのだが――勿論、気の利いたフォローが出来るわけもなく。
「ふんっ!」
リリーはそう鼻を鳴らすと、ずかずかと飛び石を渡り始めたのだった。水竜への畏れが消えたわけでもないが、それ以上に機嫌が悪かったのである。
幸い、レックの言ったように水竜が出てくることはなく、リリーはあっさりと湖の中央の島へと辿り着いた。
「……もう、マージンの馬鹿っ」
ディアナといえども、マージンが女性と二人っきりでいるというのがリリーには面白くない。尤も、何故そう感じるのかとでも言われない限り、リリーが自身の感情を自覚することは当分なさそうだったが。
それはさておき。
機嫌の悪かったリリーであるが、流石に精霊の筺のところまで来ても機嫌が悪いまま、ということはなかった。周囲の厳かな雰囲気に引きずられ、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。
(多分、精霊王とはまだ契約できないよね?)
そう思いながらも、ふとリリーは別のことに気がついた。
「勝手に出てくる……のかな?」
だが、既に精霊の筺の前に立っているにも関わらず、水の精霊王が出てくる気配はない。
「えっと……とりあえず……」
暫く待ってみても何も起きないことを確認し、リリーは前と同じように精霊の筺に手を乗せて、念じてみることにした。
しかし、
「何にも起きない……」
待てど暮らせど何も起きない。
精霊の筺の周りを回ってみても、何もない。
正直、どうしたらいいのか分からない。
リリーは暫く悩んだ挙げ句、個人端末を取り出し、クランチャットで仲間に訊いてみることにした。
『リリー:精霊王が出てこないんだけど』
待つこと暫し。
『クライスト:留守にしてるんじゃねぇのか?』
『ミネア:それはちょっと……』
『クライスト:ってか、ディアナ!それは痛えよ!』
『ディアナ:時と場所を選ばぬ冗談は好まぬ』
『マージン:あー、今度はクライストが被害に遭うたんか。南無南無』
『クライスト:死んでねぇよ!?』
そのチャットの内容に、リリーは首を傾げた。確か、マージンとディアナが一緒にいるのではなかったかと。
しかし、今のチャットの内容では、クライストとディアナが一緒にいて、マージンはそこにいないらしい。
その事を察し、リリーは何となくホッとしていた。
尤も、その間にもチャットは流れている。
『レック:それより、精霊王が出てこない理由じゃない?』
『グランス:単純に考えれば、条件を満たしていないと言うことなのだろうな』
そこで一度チャットが途切れる。どうやら、グランスの言った条件について、みんな考えているようだ。
『マージン:レベルが足りない、みたいな感じか?』
『ディアナ:ふむ。この場合は、精霊王を扱える力量を付けるまでは出てこんということかのう?』
『グランス:だったら、今日は何しても無駄と言うことになるな』
『マージン:ま、そんなら今日は諦めて、またキングダムに来た時言うことやな』
リリーとしてはそれが嫌だから仲間達に相談したのである。しかし、そもそもここまで来られない仲間達に、それ以上を期待するのが間違っているとも言える。
『リリー:なら、今日は帰った方が良いのかな?』
ため息を吐きながらそう打ち込んだリリーのメッセージに、仲間達が肯定の返事を返してきたのはすぐのことだった。
その翌日からは、軍の練習場を借りての訓練を除けば、レック達はキングダムを散策したり、公立図書館の地下書庫でルーン文字の本の解読に精を出したりしていた。たまに鍛冶仕事に疲れたマージンが図書館にやってくる以外は、平和そのものの毎日が過ぎていく。
そして、十日とちょっとが過ぎた頃。
レックはマージンに呼び出され、共用鍛冶場についてきていた。
「こんな感じになったんやけどな」
そう言ってマージンが新しい剣――最早巨剣と呼ぶのが相応しいそれをレックに引き渡す。
刀身の長さは2m。柄の長さも含めると2m30cmにも達する無骨なデザインのそれは、レック本人よりかなり大きい。
「ここまで行くと、普段はアイテムボックスに詰め込んどくしかあらへんやろな」
「だね。前も思ったけど、これは持ち歩けないよね……」
背中に斜めに掛けたとしても、柄の部分が肩どころか頭より上に相当飛び出してしまう。そんな様子を想像し、レックも頷くしかなかった。
「その代わり、強度は折り紙付きやで。こないだの蛇の鱗くらいなら問題なく粉砕できる筈や」
「……斬るじゃなくて?」
「粉砕やな」
それは最早、剣じゃなくてメイスではないかとレックは思ったが、確かにあの硬さの物を綺麗に斬れと言われて、斬れる自信はどこにもない。かといって、どうすればうまく斬れるかなど、ホエールですら知らなかった以上、そう言ったことを教えて貰える相手もいそうになかった。
などと考えていると、
「ちなみに、これが今まで使うとったグレートソードな」
修理が終わったらしいグレートソードも帰ってきた。
「もうこっちは使わないと思うけど……」
「武器が壊れて戦えませんでした、じゃ済まんこともあるやろうからな。予備ででもええから持っとき」
そう言われて、それもそうかとレックはグレートソードもアイテムボックスに放り込んだ。
「ちなみに、これはわいの新しい剣な」
その言葉に見ると、マージンが見たことのない剣を持っていた。長さはツーハンドソードと大差ないが、刀身の幅と厚みが明らかに増している。無骨さはレックの巨剣と大差ない。
「ツーハンドソードは止めたの?」
「まー……わいのも強度不足になっとったからな。それに、別にツーハンドソードも今まで通り使うで?」
新しい剣は普段はレックに預けておいて、必要な時だけツーハンドソードと交換して使うつもりらしい。実際、マージンは自分の新しい剣も、レックに預かっておいてくれと押し付けてきた。
「さて、これで旨い酒が呑めそうやな」
既に他の仲間達の武器の修理や補修を終えていたマージンは、そんなことを言いながら、借りていた鍛冶台周辺を片付け始めていた。だが、そこに妙な言葉を聞き取り、レックは首を傾げる。
「酒?そんなのあったっけ?」
「ふっふ~ん。最近、酒場が出来て、そこで提供されとるらしいんや。……みんなには内緒にしとったんは、先越されたらなんや悔しいからな」
自慢げにそう話すマージンに、レックは軽くため息を吐いたのだった。
その夜。
「「「「かんぱ~い!」」」」
キングダムの裏道沿いに最近出来た酒場で、上機嫌な声が響き渡る。
この酒場は最近キングダムに開店した幾つかの酒場の1つで、知る人ぞ知る店でもある。さほど広いとは言えない店内には幾つものテーブルが並べられているが、そのうちの1つが空いているのは知名度の低さが理由だろう。
室内は幾つもの燭台で赤々と照らし出されており、暗さなど微塵も感じさせない。ホールの奥にはカウンターがあり、そこでは客の注文を受け、僅か数名の店員の手によって次々と簡単な料理が作られていた。
ゴクゴクと何かを飲み干す音が乾杯の音頭に続く。
「いや~、マージンも人が悪いぜ!こんな情報を出し惜しみしてたなんてよ!」
「そうじゃのう。こういう重要な情報は、手に入れたらすぐにでも教えて貰わねば困るのう」
「教えとったら、先に来て呑んどったやろが」
「ふむ。それもそうじゃのう」
「まあ、酔えなくともこの味と雰囲気があるだけでもいいものだ。……もっと早く教えて欲しかったのは否定できんがな」
どうせ仮想現実では酔えないだろうと、酒好きの4人組はどんどん杯を重ねていく。
一方、
「何が美味しいんだろ……」
「わたしは飲まないので……分かりません」
「ちょっと味見してみよっかな?」
そんな4人を見ながら、そう話しているのが酒を飲まない3人だった。尤も、味見程度はしたことのあるレックに対し、リリーは未成年だったと言うことで味見すらしたことが無く、興味津々であった。
そんなリリーの様子に気づいたマージンが、
「ん?飲んでみたいんか?」
そう言って、リリーに自分のグラスをポンと渡す。
ここが現実世界なら、流石に拙いだろうと止めるのだが、ここは仮想現実。問題もないだろうと誰もマージンとリリーを止めたりはしなかった。
「なんてゆ~か……変な味もするけど、甘いね~」
「あれこれ混ぜたカクテルやからな。ってか、今のとこ、カクテル以外は不味くて飲めへんらしいけどな」
ちびちびと飲み始めたリリーに、マージンがそう講釈を垂れていると、
「道理でメニューが少ないわけじゃな」
「ウイスキーとか日本酒とかも欲しいが……当分は無理か」
何やら顔を赤くしたディアナとグランスが残念がっている。
「ちょ!息が酒臭いよ!?」
思わず二人から距離を取るレック。
「ん?そうか?」
「そんなことはないがのう」
ディアナが首を傾げるが、そもそも自分の息の臭さなど自覚できるものではない。勿論、同じような臭いであれば、他人の息でも臭いかどうかなどそうそう分からない。
が、
「レックの言うとおり……臭います……」
ミネアまで言われると、流石にグランスが撃沈した。
尤も、他3名は気にした様子はない。むしろ、撃沈したグランスの様子を見て陽気に笑っている。
その傍らでは、いつの間にかマージンの横の席を確保したリリーがうっすらと顔を赤くしながら、マージンが注文していたカクテルを代わりにちびちび飲んでいたりする。
「楽しそうなのはいいんですけど……はぁ……」
飲み始めて10分も経たないうちに混沌とし始めた場の様子に、ミネアがため息を吐いた。
「……なんか、飲まないでここにいるのが場違いに思えてきたんだけど」
「出来れば、飲まないでしらふでいて欲しい……です」
妙にテンションが上がっている仲間達を見ながら、一口もカクテルを口にしていない二人はそうぼそぼそと話す。ちなみに、二人とも口は寂しいのか、カクテルと一緒に頼んだ料理をちまちまつまんでいたりする。
そんな二人が見ている先で、いつの間にか寝息を立てていたグランスを除く4人の酒飲み達は、次々とカクテルを空けていっていた。料理はその合間にちらほらつまむ程度である。
既に彼らの会話は意味不明なものとなりつつあった。いつの間にか移動していたディアナが、隣のリリーにあれこれ耳打ちしてはリリーに頭をぽかぽかと殴られている。その横ではマージンなどはひたすら笑っているだけだったりするし、クライストは暗い顔になってぶつぶつ言ったかと思うと、次の瞬間にはマージンに絡んでいたりする。
そんな酒飲み達の様子を見ながら、ミネアとレックは大きなため息を吐くのだった。
やがて、酒飲み達が飲みつぶれ、テーブルの上に突っ伏していびきをかき始めると、酒場の店主が毛布を持ってきてくれた。
「ありがとう……ございます……」
「いや、気にするなって。久しぶりの酒の味ってことで、酔いつぶれるまで飲む連中が多くてな。こっちも慣れてるのさ」
そう言って店主が指さす先では、あっちのテーブルでもこっちのテーブルでも、グランス達と同じようにテーブルの上で突っ伏したり、床の上でひっくり返って眠っている客達がごろごろしていた。
「ま、そんなわけだ。今日はここに泊まっていきな。寝心地は保証できないけどな」
店主はそう言うと、人数分の毛布を置いていった。しばらく見ていると、奥とこっちを往復して、酔いつぶれている客達に順番に毛布を掛けていく。苦笑しながらも手際よく進めていくその様は、確かに手慣れているのだと感じられるものがあった。
「まさか、ジ・アナザーでこんな場面を見るなんて……思っても見ませんでした」
「だよね~。これで酒臭くなかったら、もうちょっと楽しかったのかな」
不本意ながら床の上で毛布にくるまりつつ、ミネアとレックはそう話す。
「そうですね。でも……みんな楽しそうで何よりです。ちょっと、飲み過ぎだと思いますけど」
「ちょっと?」
レックがそう聞き返すと、ミネアは苦笑した。
「ちょっとじゃ……ありませんね。リリーまでこんなに酔うまで飲んで……明日はお説教……かもしれませんね」
そう言うと、ミネアはレックの返事を待つことなく、お休みなさいと目を閉じた。酒場に置かれた振り子時計では、既に時刻は深夜0時をまわっていた。眠いのも仕方ない。
一方、レックはミネアの台詞に妙な違和感を感じていた。だが、その違和感の正体を掴もうとするも、レック自身も強い睡魔に捕らわれ、そして瞼が落ちたのだった。