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ジ・アナザー  作者: sularis
第七章 仮想現実
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第七章 閑話 ~シャックレールにて~

 森に囲まれた小さな街、シャックレール。

 地理的にはナスカスとユフォルの間にあるのだが、いずれの街とも数十kmは離れている上に、シャックレール周辺には森しかないため、人の行き来からは完全に外れてしまっている。

 人が来ないと周囲のエネミーの討伐も為されない。そのせいか、最近は周囲に広がる森に住んでいるエネミーの数も増え、ますます人が近寄らなくなると言う悪循環に捕らわれた街となっていた。


 さて、『魔王降臨』の後に見捨てたこの街に住み着いているのが、レイゲンフォルテと名乗る集団である。構成人数50人以上という、クランとしてみてもそこそこの規模を誇る。

 尤も、いくら小さな街といえども、最盛期には1000人以上が住んでいた街に50人かそこらがいるだけでは、人が住んでいない建物の方が多いわけで。

 ドガアァァァァァァン……

 そんな人が住んでいない建物の1つから、突如として爆音と共にもうもうと煙が吹き出した。

「なんだなんだ!?」

 近くの建物には人がいたようで、男が一人、飛び出してきた。その視線の先には、まだモクモクと立ち上る煙がある。

「またクラウスか……」

 煙が吹き出ている建物が仲間が研究所代わりに使っている建物であることを確認すると、男はため息を吐いて元の建物へと戻っていった。

 一方、爆発現場となった建物では。

「げほっげほっげほっ……」

 白衣らしき物を着た男――クラウスが盛大に()せていた。白衣らしき、と形容したのは、大量の粉塵に覆われた服の色など分かりっこないからである。

 頭の上から足の先まで粉塵に覆われたクラウスが咽せる度に、その身体につもった粉塵が再び宙に舞い、それを吸い込んだ男がまた咽せる。

 そんなキリのない無限ループを終わらせたのは、室内に吹いた一陣の風だった。

 室内を席巻した風は、クラウスからもテーブルからもテーブルの上に無数に置かれた怪しげな器具からも粉塵を巻き上げ、爆発の前から開け放たれていた――おかげでガラスは割れていない――窓の外へと運んでいった。

「また、実験に失敗したの?」

 そう言いながら颯爽と入ってきたのは、明るい灰色の髪を後ろで束ねた少女――セリスだった。勿論、美少女と形容するのが相応しい外見であるが、実年齢は――言うまでもあるまい。

 セリスは藍色の瞳で室内を一瞥するや、軽く手を振った。それとともに再び風が巻き起こり、室内に残っていた粉塵を今度こそ根こそぎ窓の外へと追い出した。

「けほっ……こほっ……失敗ではない。成功だよ」

 クラウスはまだ多少咳き込みながらも、だいぶマシになったらしく、セリスにそう答えた。

「……成功、ねぇ。どう見ても失敗の後にしか見えないんだけど?」

 先ほどの大量の粉塵を思い出し、セリスは顔を顰める。

「それは見解の相違というものだよ。少なくとも、僕にとってはこれは成功だと言っていい」

 そんなクラウスの言葉に、セリスはお手上げだと言いたげに軽く両手を上げた。

「それより、換気のために来てくれた訳じゃないだろう?」

「そうね。試作品が出来たから持ってきたのよ」

 そう言うとセリスはアイテムボックスから望遠鏡のような物を取り出した。望遠鏡のような物、と形容したのは、望遠鏡には邪魔になりそうなパーツが幾つか付いていたからである。

「おお!」

 それを見たクラウスは目を輝かせると、テーブルの上の器具を片手でぐいっと押し退けて無理矢理場所を空けると、セリスからひったくるようにして望遠鏡のような物を受け取った。

「ちょっと!苦労したんだからね!?壊さないでよ!?」

「待ちに待った品だ。間違えても壊すわけがない!」

 興奮気味にそれを調べていたクラウスだが、すぐに首を捻り始める。

「倍率調整用のダイヤルはどれかな?」

「あるわけないでしょ、そんなもの」

 セリスの即答に、クラウスは明らかにショックを受けた様子だったが、それでもすぐに復活する。

「試作品では仕方ないか。それで、倍率はどこまで行ける?」

「せいぜい20倍ってところね。やっぱり、高い精度でレンズを磨けないと、無理があるわ」

「20か……もっとどうにかならないのかね?」

 思っていた以上に低い倍率に、クラウスはそう訊ねたが、

「道具がないと無理ね。メトロポリスにならあるのかも知れないけど」

「メトロポリスか……どうなっているのだろうね?」

「さあ?まだあちらまでは手が届いていないもの。分かるわけないじゃない」

 勿論、行こうと思えば行ける。だが、状況が思った以上に悪かった場合を考えると、大陸会議が手を伸ばした後についていくのもいいだろうという意見が、レイゲンフォルテの主流を占めていた。目下、それに表だって反対する者はいない。

「そちらはいいか。で、話を戻すが、もっとマシにするための道具を作ることは出来ないのかね?」

 望遠鏡のような物を掲げながらクラウスが言うと、セリスは首を振った。

「顕微鏡なんていう一品物(いつぴんもの)を作るためだけの道具なんて、ほいほい作れないもの。作る理由も知らないまま、みんなに迷惑はかけられないわよ」

 どうやら、望遠鏡のような物体は顕微鏡だったらしい。

「まあ、仕方ないか。20倍の倍率ならギリギリ目的は果たせるはずだ」

 セリスの返事を聞いたクラウスはそう言うと、顕微鏡をテーブルの上に置き、代わりに細い木の棒を手に取った。そして、訝しげにセリスが見ている前でそれを自らの口に突っ込み、頬の裏を一掻き二掻きする。

 それが済むと、棒の先に付いた自らの唾液を顕微鏡の先に付けられた針の先に擦り付ける。そして、顕微鏡を持ってガラスが吹き飛んだ窓の側へと歩いて行った。

「ふむ……むぅ……」

 早速顕微鏡を覗き込みながら、唸り始めるクラウス。光の加減が良くないのか、そのままうろうろ歩き始める。

 端から見ていると怪しいことこの上ないのだが、この上司が怪しい動きをすることなど珍しくも何ともないので、セリスは冷たい視線を送るのみである。

 そして、クラウスがうろうろすること数分。

「おお!!」

 クラウスは突如として大声を上げ、バッと後ろを振り返る。が、

「む。セリスめ。戻ってしまったか」

 そこには誰もいなかった。

 尤も、これもいつものことなので、クラウスは気分を悪くすることもない。そのままテーブルへと戻ると、顕微鏡をそっと置き、一冊のノートをアイテムボックスから取り出した。

「これで、このチェック項目もYES、と。そうそう、先ほどの実験の分もチェックを付けておかなくては」

 そう言いながらぱらぱらとページを捲る。先ほどの実験のページはかなり細かいチェック項目が並んでいたので、1つ1つ丁寧にチェックを付けていった。

「ふむ……これで予定していた実験の6割が終了したか。顕微鏡でもう少し観察しなくてはならないものもあるが……この倍率では幾つかは無理だろうな」

 クラウスはそう言いながら、最終的に2割か3割程度できないのだろうなと考える。そして、ノートをアイテムボックスに放り込み、目を閉じ――ようとして、眠気に襲われたので渋々目を開ける。

 そうして大きく息を吐く。

「さて。得られた結果は全て仮説を支持しているわけだが……まだまだ足りないか」

 今までに得られた結果を全て思い起こしながら、それぞれの結果からどこまで言えるか。それを確認する。


 クラウスがジ・アナザーに興味を持ったのは、異様なまでに現実を再現していたからである。どこまで再現されているのか。どうやって再現しているのか。何故に再現しているのか。そう言ったことを『魔王降臨』以前からずっと調べ続けていた。

 ただ、今はやっていることが少し変わってきている。

 水の精霊王が解放されたあの時に、自分がずっと思い違いをしていたのではないかという疑念に駆られたのである。そう感じた理由は何とも説明できないが、兎に角そう感じたのである。

 そして、新しく幾つかの仮説を立て、それらの検証に邁進しているのであった。


(そう言えば、昨日マルコが帰ってきたと言っていたな。あいつにも少しやって貰うことがあるな)

 深緑の髪をした仲間の顔を思い出しながら、クラウスは椅子から立ち上がった。レイゲンフォルテの仲間の中で、マルコにしか出来ない実験があるのだ。

 出来れば誰か人を使ってマルコを呼びに遣りたいところなのだが、今のレイゲンフォルテの人数では、そんなことのために人手を割く余裕はない。

「クランチャットも気軽には使えないしな」

 当たり障りのない内容なら使うこともあるが、クランチャットは未だにブラックボックスが多く、イデア社に監視されている可能性が否めない。なので、できれば使わずに済ませるというのがレイゲンフォルテの中での暗黙の了解だった。

 研究所代わりに使っている建物を出たクラウスは、マルコが住処にしている家へと足を運び、しかし、お目当ての人物は見つけられなかった。残念ながら留守だったのである。

「……戻ってくるまで待つか」

 いくら小さい街とは言え、一人の人間を捜して歩き回るには少し広い。入れ違いになる可能性も高い。

 ならば、メモを残していっても良いのだが、時間だけは腐るほどあることだしと、クラウスは休憩を兼ねて、マルコが帰ってくるまで家に入って待つことにした。こういうことはよくあることなので、レイゲンフォルテでは建物の入り口には鍵をかけないようにしているのである。

 ずかずかと居間にまで入り込み、小さなソファを見つけて占領……しようとして、念のために埃を払う。マルコは掃除好きでもないので、時折とんでもない量の埃が溜まっていることがあるのである。

 幸い、ソファにはほとんど埃は溜まっていなかったようで、安心してクラウスはソファに身体を埋めた。

 それと同時に、昨日から半ば徹夜で実験に勤しんでいた反動が来たのか、一気に眠気に襲われる。家主が帰ってくれば、気づいて起こしてくれるだろうと、クラウスはあっさり意識を手放した。



「おい。クラウス、起きろ」

 肩を揺さぶられ、クラウスは目を開け、

「マルコか」

 見慣れた深緑の瞳が目に飛び込んできて、自分を起こした仲間の名前をそう口にする。

「マルコか、じゃない。よく寝ているからと放っておけば、全く。いつまで寝る気だ」

 深緑の髪と瞳を持つ青年マルコの言葉にクラウスが視線を窓の外へと遣れば、既に日も落ちてしまったらしい。

「夜か……僕はどのくらい寝ていたのかな?」

「さあな。だが、日が落ちてから結構経つぞ」

 確かに、外の暗さは日が落ちて間もないと言うには、あまりにも暗かった。

「そうか。昨日の徹夜の分が来たのかな」

 思った以上に寝てしまったことにクラウスは自分でも呆れながら、軽く伸びをする。

 マルコはそんなクラウスの正面のソファに腰を下ろし、

「それで、何の用だ」

 と言った。

「ああ、理解が早くて助かる」

「当たり前だ。用もないのにおまえが巣穴から出てくるもんか。大体、家にすら帰ってないだろう」

 呆れたようにマルコが言う。

 実際、レイゲンフォルテの研究部門のNo.2であるクラウスの引き籠もりっぷりは仲間内でも有名だった。外に出るのが嫌なのではなく用がないから外に出ない、という理由は果たしてマシなのかどうか。

 そんなクラウスが他の仲間の家にいるということは、それだけで何か用事があったのだろうと予想できるのだ。

 ちなみに、巣穴とはクラウスが研究所代わりに使っている建物の別称である。最近は割り当てられた家にすら帰っていないので、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。

「で、何の用だ?」

「ああ。ある魔術を使ってもらいたくてね」

「ある魔術?連中に見つかるようなもんじゃないだろうな?」

 眉を顰めるマルコに、クラウスは笑顔で首を振る。

「そんな大層なものじゃない。僕の頼みというのは、ちょっとした魔術を使ってその結果を教えて欲しい。それだけだよ」

「変な頼みだな。最近はまってるという仮説とやらに、関係があるのか?」

 昨日、シャックレールに戻ってきたばかりのマルコであるが、クラウスがここ2~3ヶ月その検証にはまっているという仮説とやらの話は既に聞いていた。

「勿論だとも。ただ、それを使えるのが誰もいなくてね。帰ってくるのを待っていたのさ」

「なるほどな。ちなみに、今じゃなくてもいいのか?」

「最近使ったことがあるなら、その時のことを説明してくれても構わないが……使ったことはないはずだね」

 マルコの言葉の裏を理解し、クラウスがそう答えると、

「使ったことがないと断言できるとなると……いや、いい。聞いた方が早いな」

 予想を立てようとしてマルコは止めた。どうせすぐにクラウスの口から正解が出てくるのである。

「使ってみて欲しいのは、探知系だよ。それも生命探知」

「生命探知?確かに使ったことはないが……あれは機能しないと言っていただろう?」

 クラウスの口から出てきた要求に、マルコは首を傾げた。

 何しろ、クラウス本人から理論上使えないと説明されたことがある魔術なのである。その説明に納得していたマルコは、その説明と矛盾する要求に首を傾げたのであった。

「状況が変わったのだよ。僕が今持っている仮説が正しいのであれば、ちゃんとその役目を果たすはずだよ」

「……いずれ、その仮説とやらは説明するんだろうな?」

「勿論。ほぼ間違いないと確信したら、説明する。いや、説明しなくてはならない」

 そのクラウスの言い回しに、マルコは違和感を感じた。いつものような偉そうな口調の中に、焦りか何かを感じた気がしたのだ。

 だが、クラウスの表情にはそんな色は一切浮かんでおらず、やはり気のせいかと思ったのだった。

「まあ、いい。使えるかどうかだけ答えればいいのか?」

「そうだね。範囲は狭くて良いから、出来れば反応が確認できたかどうか迄」

 マルコは軽く頷くと、ソファに腰掛けたまま詠唱を始めた。指で軽く印を切り、空中に浮かび上がった小さな紋様を片手で握りしめるとそれで終わりである。本来、索敵などに使う魔術であるため、発動に要する時間が極めて短いのだった。

「……反応があるな」

 軽い驚きを示すマルコ本人とは対照的に、

「やはりそうか」

 予想していたのだろう。クラウスは全く驚いていなかった。

「説明は……訊くだけ無駄か」

 そうクラウスに訊きかけて、先ほどの会話から、しばらくは何も答えないだろうとマルコは思い出した。逆に、必要ならクラウスは折を見て自分から話す。そう知っていたので、敢えて聞く必要もない。

「そうだね。悪いけど、間違っていた時の事を考えると、まだ話すことは出来ないな」

 クラウスはそう言うと、既にその頭の中は次に行うべき実験について考え始めていた。

(アルコールや麻薬の類……が必要だけど、麻薬は流石に仲間で試せないな。アルコールが欲しいところか)

 そう考えるも、レイゲンフォルテではそんな物を作っていない。

「マルコ、もう1つの頼みがあるんだけど、よいかな?」

 その言葉に、これで解放されたと言わんばかりにソファから立ち上がったマルコが、顔を顰めた。

「なんだ?」

「次に街に行った時でいいから、発酵食品に分類される食べ物を手に入れてきて欲しい。ちょっとアルコールを抽出してお酒を造ってみたくてね」

「酒かよ……」

 呆れながらもどこか非難するようなマルコの視線にも、クラウスは動じることはない。

「たまには気分転換も必要だと思わないかね?」

 そう、にこやかに返すと、

「仕方ないな……。うまくできたら、俺にも寄越せよ?」

 マルコもそう応じたのだった。


 マルコと別れたクラウスは、たまには自分に割り当てられた家へと帰ることにした。

「まずは換気をしないと駄目だろうな」

 鍵こそかけてはいないが、窓もドアも原則閉まっているはずの家を思い出しながら、クラウスはぼやく。

 一瞬、やはり家に帰るのは止めて研究所に帰ろうかとも思ったが、たまには家に帰ってベッドでゆっくり寝るのも良いだろうと思い直す――尤も、寝る人がいないベッドなど冷たく冷え切っているかも知れないが。

 まあ、ソファすらない研究所では床の上でゴロ寝することも多いことを考えると、多少冷たいくらいなら問題ない。

(むしろ、蜘蛛が巣を張ってたりしないだろうな?)

 以前は家の中には決して入ってこなかった蜘蛛などの虫たちであるが、最近は油断するといつの間にか入ってきている。

 顔の上に落ちてきたゲジゲジに起こして貰った仲間の話に、他の仲間達が大笑いしていた事を思い出す。尤も、笑った仲間達のうち何人かは、その後似たような経験をしたらしい。

 他にも食事のスープにハエが飛び込んだとか、ゴキブリが落ちてきたとか、遭遇したくない悲劇が結構起きている。幸い、クラウスはまだそんな経験をしたことはなかったが――しないに越したことはない。

 侵入防止用の結界を窓などに張るのも手だが、張り続けるには相応の魔力を消費するし、何より精神の集中が途切れたらそれだけで消えてしまう代物では役に立たない。

 セリス辺りが熱心に研究していたはずだが、今のところ良い結果は出せていなかった。

(……まあ、気が向いたら手伝ってやろうか)

 そんなことを考えながら、クラウスはふと空を見上げた。

 夜空には星が瞬き、流れ星すらたまに流れていく。

(この世界はどこまで広がってるのだろうね)

 先ほどはセリスを手伝ってやろうかと思っていたのに、そのことなど綺麗に忘れ、ふとそんなことを思う。そして、今の仮説の検証が済んだら、次は空の果てでも探してみようかとクラウスは思うのだった。

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