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ジ・アナザー  作者: sularis
第一章 魔王降臨と閉じ込められたプレイヤー達
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第一章 第六話 ~避難当日の朝~

 世界が軋み、プレイヤーがジ・アナザーに閉じ込められてから間もなく一週間が過ぎようとしていた。

 サーカスの町においては、大きな町への避難準備が着々と進められ、閉じ込められ呆然としていたプレイヤー達も、その仕事に巻き込まれていくうちに、何とか元気を取り戻しつつあった。ただ、町を管理しているフォレスト・ツリーの指示とはいえ、強制切断されたプレイヤーの家や商店の荷物を漁るのは、多くのプレイヤーにとって少なからぬ抵抗があったようだったが。


 そして、この一週間の間に、閉じ込められたプレイヤー達は様々な事実を知ることとなっていた。


 身近とは言い難いところでは、無数のギルドの崩壊。それに伴う混乱である。一週間前の話し合いの後、スティーヴンがレック達に話した懸念が現実となりつつあった。幸い、フォレスト・ツリーが管理していた町ではそのような事態に陥ることは無かったが、メンバーが各地にいるような中~大規模ギルドのギルドメッセージを通じて、各地の混乱の様子は伝わってきていた。

 特に、公認管理ギルドの機能不全によって、各町の銀行サービスが停止していることと、治安が悪化し始めていることは無視できなかった。サーカスのような小さな町を放棄するのは、それによってプレイヤータウンの管理・運営資格とそのノウハウを持つフォレスト・ツリーの余力を確保し、より大きな町の管理のサポートに振り分けるためでもあった。


 また、ジ・アナザーに閉じ込められたプレイヤーの大半――目下8割程度と見られている――が日本人プレイヤーであることも確定した事実となりつつあった。その理由については未だ分からないままであったものの、残された日本人以外のプレイヤーは少数派となり、圧倒的多数派である日本人プレイヤーと円滑なコミュニケーションを行うために、急遽日本語を学ぶ必要に駈られていた。英語が事実上の公用語として使われていたとはいえ、日本人コミュニティーはそれなりの規模を持っていたため、英語を話せなくても困らない――つまり、英語を話せない日本人プレイヤーが大多数を占めていたためである。

 そのため、クライストやマージン、ディアナのように英語と日本語の両方が扱えるプレイヤーが臨時教師となり、残された外人プレイヤーに最低限の日本語を教える教室が、フォレスト・ツリーの主催で連日開かれていた。


 そして身近なところでは……

「はぁ……まさか、これを使うことになるなんて思ってもなかったなぁ……」

 と、朝っぱらから、レックは今出てきたばかりの小さな部屋――中央に白い陶器が設置されているいわゆるトイレ――を振り返って、しみじみとため息をついた。

「全くだ」

 順番を待っていたクライストが、しみじみと同意しながらトイレに入っていった。

 ちなみに女性陣は、こんなことならトイレが2つあるところをギルドハウスとして借りれば良かった、と時々ぼやいているらしい。


 プレイヤー達が知った身近な事実の1つめ。それは、普通に排泄の必要があるということだ。リアルでは食べたものは当然排泄されるべきであるが、ゲームの中では必要ないはずの行為であった。

 ちなみに、最初に便意を感じたというマージンは、何も疑うこともなくトイレにすたすたと入っていき、スッキリした顔で出てきた。その様子があまりに自然だったので、トイレが必要になったという驚愕すべき事実に蒼い月のメンバーが気づいたのは、世界が軋んだ翌日の、それも夕方になってからである。


「今日もパンか」

 習慣として手を洗ったレックは、鼻をひくつかせた。香ばしいパンの焼ける匂いが廊下にまで漂ってきている。

 もっとも、食事の前に寝床を片付けなくてはならない。


 睡眠が必要なこともプレイヤー達を些か驚かせた。正確には、ジ・アナザーの中で寝ることで、眠気が取れたことに対する驚きだったのかも知れない。加えて、ジ・アナザーでの睡眠はリアルで8時間ではなく、ジ・アナザーで8時間寝れば足りるということもプレイヤーを驚かせた。

 リアルの脳も休めていたとしてもジ・アナザーでは半分の時間しか休めていないはずなのにと、ディアナは首をかしげていたが、理屈など分かるはずもないので蒼い月の他のメンバーはスルーすることに決めた。寝たら眠気と疲れが取れる。それでいい。


 寝床といっても、未だに野宿用の毛布を広げただけの物しかなかったので、片付けるのはすぐに終わった。ついでに、他のメンバーが寝ていた毛布も片付けてから、レックは食堂代わりの部屋へと向かった。

「おはよう」

「おはよ~」

「おはようございます」

 食堂に入ると、既に来ていたメンバーと挨拶を交わす。


 元々ジ・アナザーでの食事はお腹が空いたときに食べるものであり、ログアウトしているときには空腹が進行することもなかった。なので、閉じ込められる前までは仲間同士といえ集まって食事をすることはなかったのだが、僅か数日で、メンバー全員で集まって食事をする習慣が付いていた。


「今日はいつ頃出る予定?」

「馬車に積み込んだ荷物の確認した後、そのまま出発だな」

 レックの質問にコーヒーをすすりながらグランスが答えた。

「そっか。とうとうここ、離れるのね」

 リリーのパンを囓りながらの台詞に、みんな、少しばかり感慨を隠せない。

「拠点を移すのは今までもありましたけど、この感じは変わりませんよね。はい、レックさんもどうぞ」

「あ、ありがと」

 空いていた席に座ったレックは、ミネアからパンと一緒に受け取ったコーヒーを一口飲んで、頭をしゃっきりさせる。

「とは言え、馬車の護衛をしながらってのは初めてだからな。気は抜くなよ」

「そうやなー。守りながら戦うってのは、ちと緊張するな」

 テーブルの上に突っ伏していたマージンがぼやく。ちなみに、ディアナは朝に弱かったらしく、もそもそパンを囓っているだけで、目はまだ覚めきっていないようだった。

「にしても、いつまで経っても助けが来ないね」

「そうだね」

「そうやな」

「そうですね」

 リリーが呟き、仲間達が相づちを打つのも日課となりつつあった。もっとも、この日課はどういう意味であれ長続きしないだろうと、ディアナは言っていた。


 既に諦めムードも漂いつつあるが、閉じ込められた直後に期待されていたリアルでの第三者による救出は、ジ・アナザーで一週間、すなわちリアルで三日以上が過ぎた今でも、その気配すらなかった。

 サーカスに滞在しているプレイヤー達はもちろんのこと、他の町でも救出されて姿が消えたプレイヤーは一人も確認できていない。だからこそ、みんな、より真面目に、ジ・アナザーで生活していくことに向き合おうとしていたのかも知れない。


 ただ、多くのプレイヤーが、考えておかねばならないはずの、ある事実に目を瞑ってはいた。


「ん~」

 テーブルに突っ伏したままのマージンがなにやら呻き始めた。

「まーた、何呻いてんだ?」

 食堂に入ってきたクライストが、ミネアからパンとコーヒーを受け取って、空いていた最後の席に座る。

「いや~……そろそろ真面目に向き合っておいたほうがええ事実があるんよね」

 もっそりと身体を起こし、そんなことを言い出すマージン。

「向き合っておいた方がいい事実?」

「そや。多分、気づいてる人も多い思うけど、今更言い出せないってヤツや。ま、知らへんなら知らへんままでも問題は無いと思うんやけどねぇ……」

 その口調から、出来れば言いたくない、そんな気持ちが伝わってくる。しかし、その口調で却って周りは気になっただけだった。

「どんな事実?」

 と、聞いてくるメンバーに、

「あー、多分リスクはないと思うんやけどね」

 とマージンは予防線を張るかのような前置きをした。

「ただ、ほぼ確実に余計な混乱は招くと思うんや。だから話したないんやけどね」

 なにやら非常に言葉の切れが悪い。

「やけど、いつかは誰かが気づくことやしな。それが最低のタイミングやったりすると、また面倒なことになるしな」

 はあぁ~、とため息をつき、更にもう一回ため息をついて、

「リアルのわいら、食事しとらへんと思うんや」

 誰もが考えていなかった、しかし言われてみればそうなってることは間違いない事実。

「普通ならそれって、餓死するんやけどなー」

 リアルの肉体の死。その可能性に、その場にいた全員の頭が一瞬動きを止める。そのことを考えていたグランスも、そうでなかった他のメンバーも。ただ、ディアナだけはやっと目が覚めてきたところで頭が回っていなかったらしく、話しについて来ていない様子だった。

「まあ、餓死しない可能性もあるけどな」

 マージンの次の台詞でやっと何人かが息をつく。

「例えば?」

「助けが来んのは誰にもBPが停止できへんだけで、身体の方は病院に運び込まれて栄養点滴受けとるとかな」

 クライストの問いに、マージンはそう答えた。

 未だにジ・アナザーから助け出されない=リアルの肉体が放置されている、という先入観を、いつの間にか持っていたレック達には新鮮な考え方だった。

「確かに、それならつじつまは合うな」

 と、腕を組んでグランス。そこに何か思いついたようにリリーが手を挙げて、

「病院ならBPの摘出とかできるんじゃない?」

 その言葉に、レックとミネアが顔を輝かせたが、

「理論的には不可能ではないがな。現実的ではない」

 とグランスが答えた。

「なんで?」

「BPの回路は脳の神経回路網に直接接続されている。神経を傷つけずに、それを外科的な手法で外すのは不可能に近い。通常ならBPに管理コマンドを送れば、BP自身が回路を回収するんだが、今の状態ではそれも期待できない」

 なにやら妙に詳しく説明するグランス。

「旦那、どこでそんな知識を手に入れたんや」

 呆れ返るマージンに、

「雑学だ」

 グランスは短く返した。

 それにマージンは苦笑する。また凹みかけて他のメンバーも、それで何となく笑い出す。

 しかし、誰も気づかなかった。マージンが気づきながらも隠していたもう1つの可能性には。


 グランスが説明したように、BPの摘出はBPが正常に機能していない限り、極めて困難である。しかし、仮想世界からプレイヤーを解放するだけならば、実のところ、手がないわけでもない。

 BPの制御ボックスを手術により外部に露出させ、物理的に解体する。そうすればBPは否が応にも機能停止し、ジ・アナザーに閉じ込められたプレイヤーはとりあえず現実世界に復帰できるのである。

 つまり、ジ・アナザーからプレイヤーを救出することは可能であり、実際に試されていてもおかしくないにも関わらず、未だに救出されたプレイヤーがいるという話はないのであった。


 そこから考えられる可能性。それに触れる必要がなかったことにマージンが安堵していたことには、誰も気づかなかった。

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