第七章 第一話 ~キングダムにて~
第七章スタートです。
まずは沼地へGo! ではないのでご用心……
街としてのキングダムは、キングダム大陸西部にあり、東西6km、南北2kmの広さを持つレフス湖を取り囲むように造られた街である。最大居住人口は20万とも30万とも言われるが、現在はその数分の一でしかない6万人が住み着いているとされる。それでも、キングダム大陸ではずば抜けて多い人口なのだが。
さて、キングダムの特徴はその人口規模の大きさだけではない。予め大陸最大の都市として用意されていたという経歴から、プレイヤーによって造られた他の街にはない設備もある。
例えば、公立図書館。現実、仮想現実問わず、古今東西のあらゆる書籍が収められており、ここで見つからない情報は、紙に印刷できないものと機密情報だけとさえ言われていた。
あるいは周辺に広がる肥沃な農地エリア。目下、キングダム大陸全体で消費される食料の実に半分が、キングダム周辺で生産されていると言えば、その規模も分かるだろう。ちなみに、食料の残り半分のうち、3割は肉類として狩りによって供給されているため、キングダム以外の地域で農業として生産されている食料は全体の2割に過ぎないとされる。
あるいは、無駄に充実した生産設備。鍛冶や細工、裁縫や木工、その他諸々の思いつく限りの生産設備が、キングダムには充実している。3つの街区ごとに1カ所の割合で設置されたそれらの生産設備は、未だにプレイヤーが作り上げた如何なる街のそれにも追随を許さない。ただ、一部、未だに使い方が分からないために、思いっきり埃を被っている設備も存在しているのだが。
あるいはキングダムを取り囲む巨大な城壁。高さ12m、厚さも5mというその城壁は、地上から迫り来るあらゆる外敵を寄せ付けないとされる。
そして、『魔王降臨』の後に初めて発見されたキングダム地下通路。元々噂で囁かれることはあったが、その存在を確認し、公に知らしめたのは蒼い月というクランだとされる。
その広さは実にキングダム全域に広がっており、階層も8層目まで到達した今も、底に到達した気配がないほどに深い。一方でエネミーは一切確認されておらず、この間まで、何を考えて運営がこのような地下を作り上げたのか、一部で議論の的となっていた。
その謎が――一部だけのようだが――明らかになったのが、4ヶ月ほど前のこと。水の精霊王がいる場所へと繋がっていることが明らかになったのだ。
ただ、水の精霊王を見たのは発見者達――というか、発見者ただ一人だと言われている。
それでもその言葉が信じられている理由の1つが、発見した冒険者が蒼い月のメンバーで、軍の幹部でもあるホエールと友好関係にあることが挙げられる。
そして理由はもう1つあった。そしてその理由故に、水の精霊王がいてもおかしくない、くらいには皆が思っているのである。
「それではー、これより第五次精霊王調査隊、出発する!エネミーなどは出ないが、真っ暗な地下だ!くれぐれもはぐれることのないよう、注意してついてきてくれたまえ!」
元々は人気のない裏道だった場所で、冒険者ギルドの職員が声を張り上げる。
彼の目の前には、50人もの冒険者や兵士が集まっていて、彼の言葉に「おおー!」と沸きあがっていた。
ただ、その雰囲気のどこかに、空元気が見受けられるような気がするのは、誰の気のせいでもないだろう。
ここに集まった冒険者達は皆、水の精霊王がいるという洞窟を目指し、可能ならば水の精霊王を会うことを目的としている。そんな心躍りそうな目的を持った集団にしては妙に人数が少ない理由。それは、引率ずる冒険者ギルドの手に負えないからとか言う理由ではない。
「しっかし、水竜とか……マジで出てくるのか?」
「言われるようにしてれば、攻撃されたりはしないらしいぜ」
「そんなの心配するだけ無駄よ無駄。どーせ、あんた達じゃそこまで行けないって」
調査隊に参加する者を募るにあたり、蒼い月のレックとリリーから提供された情報は一通り公開されている。そしてその中には、彼らの雑談から察せられるように、水竜との遭遇の話も含まれていた。
一応、攻撃してこないと聞かされているとは言え、キングダムの水竜の凄まじさは『魔王降臨』以前にネット上に出回っていた動画で、皆よく知っている。そんな相手の前に、命をかけて立てと言われてその通りに出来る人間がどれだけいるのか。
要するに、人数が少ない理由というのは、水竜と聞いてびびってしまう者が多いからなのである。逆に言えば、今ここに集まった者たちはかなり図太い――もとい、勇気ある者たちだと言えるだろう。
「俺こそが2番手に!」
「おまえじゃ無理だ。代わりに俺が行ってやるよ!」
エネミーとの戦闘はないと聞かされているために軽装の冒険者達は、互いにそんな言葉を掛け合いながら、歩き出した冒険者ギルドの職員の後について、ランタン片手に地下通路へと足を踏み入れていく。余談ではあるが、彼らの後ろにももう一人、ギルドの職員がついていた。
そして、暗闇の中を歩くこと30分。
彼らはサークル・ゲートへの道が隠されていた部屋へと辿り着いていた。
部屋にはランプが持ち込まれ、弱々しいながらも室内を照らし出している。そのランプに照らし出されている中に、4人の警備兵達の姿があった。
「見張り、ご苦労様です」
「そちらこそ、引率大変ですね」
重要な場所と言うことで、意味があるかどうかは別としておかれている警備兵達。その彼らと引率の冒険者ギルド職員との間で、いつも通りの挨拶が交わされる。
「今日は50人と聞いてますが……」
「ええ。そのはずです」
警備兵に人数を訊かれ、念のために手分けして冒険者の人数を数え始めるギルド職員。
「……48,49,50……っと」
「確かにいますね。では、どうぞ。今日は一人くらい湖まで着けるといいですね」
予め報告されていた人数がいることを確かめた警備兵は、そう言って隠し通路へ調査隊一行を誘った。
いよいよサークル・ゲートへと続く隠し通路に足を踏み入れる段になり、再びざわつき始める調査隊一行。サークル・ゲートはすぐにそんな彼らの目の前に現れた。
「これがサークル・ゲートか……初めて見たぜ」
「見たことはあるけど、光ってるのは初めてだな」
「ここのサークル・ゲートはマジでずっと光ってるんだな」
冒険者達の口から、目にしたサークル・ゲートに対する感想が漏れる。
「あー!静かに!静かに!」
ギルドの職員が大声を張り上げ、ざわつく冒険者達の注目を集めた。
「流石に一度に全員で押しかけるには、あっちは些か狭い!ってことで、予め説明しておいたとおり、これから数人ずつに別れてゲートをくぐってもらう!」
そう言って、職員は今回の参加者達の顔を見回す。サークル・ゲートから放たれる光で、今いる空間は冒険者達の顔を見るには十分明るかった。
特に説明を理解できていない者がいないようだと見て取ると、職員は説明を続けた。
「チーム分けと順番は予め上で決めておいたとおりだ!あちらには、そこにいるエンが一緒に行って、こっちに戻ってくるタイミングを指示する!」
職員がそう言って集団の最後尾をついてきていた同僚を指すと、参加者達の視線がエンと呼ばれた彼に集中し……すぐに元の職員へと戻っていった。
その視線を受けたわけでもないだろうが、最初の職員が説明を続ける。
「既に説明はしてあるが、あちらでは気分を悪くする者が後を絶たない!それでも無理に進むと、倒れて動けなくなることすらある!そうなっても助けに行くことは出来ないからな!予め腰にロープを巻き付け、倒れた場合にはそれを引っ張って回収することになるが……」
そこで一度言葉を切り、意地悪そうにニヤリと笑う。
「ぶっちゃけ、皮膚を地面で擦るわ、その辺中の岩に身体をぶつけるわだからな?かなり痛いことになる!痛い目を見たくないやつは、気分が悪くなったらすぐに引き返せ!」
尤も、そんな脅し程度でびびるような輩は、そもそもここに来ていない。
全員が平然と頷く様を見て、しかし職員はがっかりした様子もなかった。これで5回目になるが、いつもこんな感じなのである。
「では最後の確認だ!準備は良いな!?」
「「「おおーー!!」」」
洞窟が揺れる……にはほど遠いながらも、集まった冒険者達のかけ声が狭い空間に響き渡る。
そうして、職員の誘導に従って数名ずつに分かれた冒険者達が、サークル・ゲートへと順番に入っていく。
そうして残されたのは、二番手以降の冒険者達である。
「……まだか~?」
「まだだ。ってか、最初の連中が入っていってまだ一分も経ってないだろうが」
待ちきれないのか早くも上がる催促の声に、こちらに残ったギルド職員が呆れたように答える。
「今までの例だと早くても2~3分。遅けりゃ5~6分はかかるってところだ。残念ながら、すぐに順番は回ってくるだろうから大人しくしてろ」
あちらで先に進むことが出来ればもっと時間がかかるのだろうが、残念ながら今のところ、それほど奥まで進めていなかった。誰も彼もが途中で気分が悪くなり、先に進めなくなっているのだ。今までに一番進めた冒険者ですら、かなりの無理をして地底湖の湖面の弱々しい反射を辛うじて視認した程度である。
そんな状況なので、最初の頃はついてきていた冒険者ギルドマスターのギンジロウ――初回で挑戦して撃沈済み――も、前回からはとうとう来なくなっていた。
(番狂わせでも起こって欲しいところだけどな……期待はしない方が良いだろうな)
今回集まった冒険者達の顔を見ながら、ギルド職員はそんなことを考える。
そして、実際その通りになっていっていた。
第一陣は4分、第二陣は3分、第三陣は少し長く時間がかかって5分。そんな感じで、ある意味順調に順番が回っていく。
「くそっ!何なんだよあれは!」
戻ってきたばかりの冒険者がそうツバを吐く。
予め聞いていたとは言え、サークル・ゲートをくぐった先での圧迫感は彼の想像を軽く超えるものだったらしい。
「そんなに凄かったのか?」
「凄いとかそんなもんじゃねえよ!っつか、あれを越えて行ったとかいう連中は神経がおかしいんじゃねえか!?」
あまりの剣幕に驚いて訊ねた一人の男に、帰ってきたばかりの冒険者はそう喚く。
順番を待っている冒険者達は、そんな彼の様子を見て内心嘲ったりしているのかも知れないが、無駄に荒れている人間をつついて揉めたりしたくもないらしい。苦笑こそすれ、余計な一言を吐く者はいなかった。
喚いている男も、他の冒険者達に当たり散らすほど子供ではないらしく、その様子を見ていたギルド職員は内心ホッとしていたりする。
荒れる気持ちは分かるが揉め事は困る。暴れ出した冒険者の一人や二人、力尽くで抑え込む自信はあるが、やはり面倒なのは否定出来ないからだ。
尤も、暴れ出さないからと言って、わめき散らすのを放っておく訳にもいかない。
「まあまあ。落ち着けって」
そう言って、未だ愚痴を喚いている男を宥めにかかるのだった。
そして、いよいよ最後のグループがサークル・ゲートに入る時がやってきた。
ここまでの結果は、全滅と評価するのがよいだろう。結局、誰一人として湖を視認することすら出来なかったのだから。ただ、自力で戻って来れないほど無理をした者がいなかっただけマシだったとは言える。
「それじゃ、行ってくるよ」
案内役――というより、お目付役のエンと共に最終チームがサークル・ゲートをくぐっていった。
既に死屍累々となった部屋を見回しながら、こちらに残った職員の男は、
(そろそろ帰り支度をしておくか)
などと考えていた。
一方、サークル・ゲートをくぐった最後の集団はというと。
「……なんてことないじゃないか」
軽薄そうな冒険者がホッとしたようにそう言ったが、
「サークル・ゲートの中はね。出てみたら分かるよ」
職員のエンにそう言われ、早速サークル・ゲートから一歩踏み出し、その顔が驚愕に捕らわれた。
「これがそうなのか……」
そう言いつつ、まだ余裕があるらしい。
「ああ。先に進む前に、このロープを身体にしっかり巻き付けておいてくれよ」
命綱とも言えるロープを忘れて先に進もうとしていた彼に、エンは慌てて声をかけた。
全員が無事にロープを身体に巻き付け、しっかりと結んだ後、今度こそ奥にあるはずの地底湖を目指し、全員がゆっくりと歩き出した。
そんな彼らの様子を見守っていたエンは「おやっ?」と思った。最後にサークル・ゲートから出て行った二人の男の様子に、違和感を感じたのだ。
「……??」
首を傾げるが、何がどうおかしかったのか、いまいちはっきりしない。
何より、そんなことを考える前にやるべき事が出来ていた。どうやら最初に踏み出した冒険者があっさり限界を迎えたらしく、真っ青な顔をしてふらふらと戻ってきているのだ。
その彼に慌てて駆け寄り、サークル・ゲートの中へと連れ帰るうちに、エンは先ほど感じた違和感のことをあっさり忘れていた。
「……どう思う?」
「やはり、普通はここまでこれるだけの魔力すらないと言うことだろう?」
ほとんどの冒険者達があえなく脱落し、一人また一人とサークル・ゲートへと戻っていくのを見送った二人の男達が、そう話していた。
「正直、俺達もきついがな。……だが、手っ取り早く大陸会議の目を惹くには、もう少し進む必要があるな」
そう言ったのは、ブロンドの顎髭を紐で軽く束ねた男だった。名前はクレメンス。そう、ペトーテロのメンバーである。
「分かってる。何というか、そう。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だったか?日本には言い諺もあったものだな」
そう答えた男もペトーテロのメンバーである。くすんだオレンジ色の髪は果たして派手なのか地味なのか。こちらの名前はフランクという。
「どこまで進むかが問題だが……」
「折角ここまで来たわけだしな。水竜には会いたくないが……島の様子くらいは遠目に見ておくべきだろう」
イデア社の目を警戒し、未だに仲間達と別行動を取っている二人だったが、監視網をくぐり抜けやすい方法での定期連絡は取っていた。そこから受けた命令が、「冒険者として名を上げろ」というものである。
人目につかないように、影でこそこそ動き回っていた彼らだったのだが、やはり動きづらいことは否めない。ただ、一般プレイヤーやイデア社に知られたくないことがあるからそうしていただけで、表舞台に立ったとしても、脇をしっかり締めておけば問題ないのである。
にもかかわらず今まで表舞台に立とうとしなかったのは、ずっと歴史の影に潜んできた彼ら自身の習慣に寄るところが大きい。そうでなくとも、とてもではないが人様に知られるわけにはいかない趣味志向の持ち主も仲間にいる。
だが、『魔王降臨』から一年以上が経ち、密やかな活動では限界が見えてきた部分も確かにあった。いや、最早行き詰まりつつあったと言ってもいい。
そんな事情の果てに、クレメンスとフランクの二人が冒険者として表舞台に立つことになったのである。
「そうだな。だが、あまり進むと目立ちすぎるぞ」
「簡単なことさ」
クレメンスはそう言うと、自らの身体に巻き付けられたロープを解き、フランクに持たせた。
「なるほどな」
サークル・ゲートで待っている者たちは、既にクレメンス達の姿を見ることは出来ていない。代わりに、二人が引っ張っているロープの長さでどこまで進んだか判断するのだ。それさえ解いてしまえば、どこまで進んだか知られることはない。
「じゃあ、俺が様子を見てくる。おまえは倒れたなどと思われない程度に、ゆっくり進んできてくれ」
クレメンスはそう言うと、何事か短い呪文を唱えた。その効果が何だったのかは、見た目では分からない。だが、彼らが感じていた圧迫感を緩和するものだったらしく、ホッとしたような顔になると、そのままフランクを置いて洞窟を先へと進み始めた。
「……帰ってこないな」
「倒れてるんじゃないのか?」
冒険者の言葉に、エンは首を振った。
「見ろ。ロープはゆっくりとだがまだ引っ張られている。つまり、二人ともまだ歩いているということだ」
「マジか?」
エンの言葉を聞き、サークル・ゲートまで帰ってきて休んでいた冒険者達も起き上がり、未だゆっくりと洞窟の向こうへ引っ張られ続けている2本のローブを目にした。
「生きてるのか?」
驚愕を声に貼り付けたまま、冒険者の一人が誰にともなくそう訊ねる。
「これはそういうことなんだろう。……距離としては、もう湖が見える付近にいてもおかしくないな」
そのエンの答えに、サークル・ゲートのこちら側にいた者たちの期待が一気に高まる。
例え自分の目で確認できなかったとしても、視認できるだけの場所に到達した者がいる。その話を直接聞けるとなるなら、テンションも高くなろうというものだった。
そして、そんな彼らの期待は10分と経たないうちに叶えられる。
彼らが耳にしたのは、湖の真ん中に島らしき物があることは何とか確認した――そういう話だった。それだけで、湖を目にすることが出来なかった者たちのテンションもうなぎ登りに上がったのである。
だが、湖を見たという二人以外は知らない。
彼らの報告が実は虚実綯い交ぜであったことを。
実際には彼らの片割れは湖の畔にまで赴いたことを。
そして、いくらかの水を用意していた小瓶に入れて持って帰ってきていたことを。
さらには飛び石を確認し、1つめにまでは足をかけていたことを。
それでも尚、気分を害し、体調を崩すことなど無かったことを。
誰も知らない。
クレメンスとフランクという当人達以外は。
しかし、それでも蒼い月でも二人しか辿り着けなかったという場所に到達できた二人の名前は、冒険者ギルドの中で一躍有名になったのである。
尤も、クレメンスとフランク、当人達にしてみれば、いまいち物足りない成果だった。
数日後、自分たちの噂を確認したクレメンス達は、宿屋の一室でひそひそと話し合っていた。盗み聞きされたくない話をしているというやつである。
「強いエネミーの討伐実績を積むなりした方が良いな。信頼とかも手に入れておきたいもんだ」
クレメンスの言葉にフランクが頷く。
「名声だけじゃ、おおっぴらに出来ない話がぞくぞくやってくることは無いだろうしな」
「急がば回れってやつだな。まあ、しばらくは冒険者らしく旅でもするか」
そうして、ここにまた名の売れた冒険者パーティが誕生する。
尤も、彼らが腹に抱えている何かなど、誰も知ることはない。知った者はおそらく、生きて帰ることはないだろうから。ただ、誰にとっても幸いなのは、本人達はそれを極力隠すつもりでいること、なのだろう。