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ジ・アナザー  作者: sularis
第六章 絡む思惑
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第六章 第九話 ~ペル、出立~

 ケルンが巨大イノシシの群れの襲撃を受けてから27日後。

 レック達はペルの城門に立っていた。


 イノシシの襲撃からちょうど2週間後に、ペルからの支援隊がケルンに到着し、あらかじめ連絡を受けていたワッペン達商隊メンバーとレック達は、その翌日にケルンを発ったのである。

「じゃあ、縁があればまた護衛を頼むよ」

 ケルンに着いて間もなく、レック達はそう言うワッペン達と別れた。その後、適当な宿に部屋を取って旅の疲れを癒したのだが……今度はペルで5日間の足止めを喰らっていた。

 というのも、巨大イノシシとの戦闘などで、またしても随分と武器が痛んでいたためである。レックのグレートソードに至っては、微妙に歪んでしまって鞘に入らなくなっており、直接アイテムボックスに放り込んでいたという有様であった。要するに、足止めの理由はその修理である。


「結局、2ヶ月以上も経っちまったな」

「いやいや。まだキングダムには戻らぬのじゃぞ」

 城門から外の様子を見ながらしみじみ言うクライストに、ディアナがそう言う。


 というのも、ペル周辺にはあと1つ、魔術の祭壇があるからだった。

 位置としては、ペルからほぼ真東に直線距離で50kmほど。その盆地の中央にある湿地帯に、火炎系攻撃魔術の祭壇があるという。

 この盆地、ペルからの距離は50kmほどだが、実際に徒歩で向かうと片道4日近くかかるらしい。何故なら、途中に無数の切り立った崖を抱える険しい山があり、それを迂回しなくてはならないからだ。

 だが、レック達のテンションは高い。何しろ、初めての攻撃魔術なのである。上がるなと言う方が無理だった。

 ちなみに、眠りの魔術の祭壇よりペルから近いのに後回しになった理由は、火炎系攻撃魔術の祭壇がある湿地の危険度が、眠りの魔術の祭壇があった洞窟のそれよりも上だからである。使える手札を増やしてから向かうべきだというグランスの意見に、誰も反対しなかったのだった。


「順調にいけば十日ほどで戻れるよね」

「湿地で問題が起きなければな」

 レックの言葉にグランスがそう返す。

「リザードマン、だっけ?」


 そう、件の湿地にはリザードマンと呼ばれるエネミーが生息しているとされる。

 リザードマンは名前の通り、直立二足歩行し、人間と同じように発達した手を持っているトカゲである。その身体は人間よりも幾分大きく、全身を覆う爬虫類ならではの鱗は、生半可な剣など受け付けないほどに強靱だという。

 知能もかなり高く、武器を造り、それを使う程度の能力があるとされる。勿論、集団行動もお手の物だ。


「足場さえ悪くなければ、旦那やわいやレックの武器なら、通じると思うで」

「というか、通じなかったら逃げるしかないだろう」

 マージンの言葉に、グランスが苦笑し、

「まあ、最初に1~2匹だけ倒してみて、その結果次第だな」

 と付け加えた。

「……ところで、ワッペン達はまだ?」

「そろそろ来る……と思いますけど……」

 ミネアがレックにそう答える。


 数日ほどで戻ってくるとは言え、ペルを離れるにあたって、ワッペン達が見送ってくれることになっていた。というのも、明日にはワッペン達はキングダムへ戻る手筈になっているので、次に会えるのはいつになるか分からないからだ。


「来たみたいだよ~」

 リリーにそう言われ、仲間達がペルの中心へと視線を向けると、道の向こうに確かにそれらしき人影が見える。

「……ぞろぞろ来たな」

「まあ、折角だしな」

 呆れたように言ったクライストにグランスがそう返す。

「こんにちわ。見送りに来たよ」

「また、厄介なところに行くらしいな」

 暫くしてレック達の所に着いたワッペン達は、そう声をかけてきた。

「曲がりなりにも冒険者だからな」

「当然だ。安全なところでだけ活動する様な者は、冒険者とは呼べない」

 グランスの言葉に、満足そうにロックがそう答える。

「本当は、キングダムへの帰りの護衛もお願いしたかったんだけどね」

 ワッペンは残念そうに言うが、ペルに戻ってくる途中に既に伝えられていたことである。引き留めようとはしなかった。

「確か、東の山を越えた所の湿地に行くんだっけ?」

「そうだな」

「何があるのか訊いてもいいかな?」

 ワッペンにそう言われ、グランスは首を振った。冒険者ギルドから攻撃系魔術の祭壇の場所は幾つか教えてもらっているが、いずれも口止めされているのである。


 魔術はそれだけで大きな力である。冒険者ギルドは幾つもの祭壇の位置を把握しているが、その効果から推測される危険度や習得率を元に、公開する祭壇を制限していた。

 例えば、治癒魔術などは有用性の割に悪用しづらいため、積極的に公開されている。身体強化の魔術は悪用しやすいが、一方で習得率が比較的高く、悪用されても対抗しやすい。一方で、冒険者の生存率を大きく改善できるため、これも積極的に公開されていた。

 反対に眠りの魔術は、悪用しやすいくせに対抗手段が乏しい。その為、ある程度信用のおける冒険者にしか場所情報が公開されていない。攻撃魔術なども、似たような状況であった。


 そんな事情を察しているのかいないのか。ワッペンもロックもそれ以上追求はしてこなかった。

「まあ、無事に目的を果たして帰ってこれることを祈っているよ」

「そうだな。そっちも、気をつけて商売を続けてくれよ」

 そんな挨拶を一通り交わし、いよいよグランス達は歩き出した。

 いちいち振り返ったりはしない。徒歩でそんなことをしていたらキリがないのである。

「馬に乗って行きたかったよ~」

 リリーがぼやくが、湿地では馬は足を取られて使えない。おまけに周辺にはリザードマン以外のエネミーも多いので、周辺に置いておくわけにもいかない。で、いつも通り徒歩であった。

「馬以外で騎乗できるのが、もっと条件緩けりゃな」


 クライストが言うように、実のところ、馬以外にも騎乗できるクリーチャーやエネミーはいないでもない。ただ、馬と違って、手に入れにくい上に扱いが非常に難しく、一部の冒険者以外には縁がないのだ。それに加えて、蒼い月の場合、7人分確保しなくてはならないという問題も存在する。

 先日、ケルンの宿で話し合った時も、そんな条件の厳しさから誰もまともに検討しなかったほどである。


「やけど、縁があったら乗ってみたい気はするわな。グリフォンとかワイバーンとか」

「それは否定しねぇけどな」

 マージンの言葉にクライストは苦笑する。別にクライストも乗りたくないわけではないのだ。むしろ、機会があれば是非とも乗ってみたい。

「どうしてもやることがなくなるか、何かのついでで良ければ、一度捕まえに行ってみるか」

 その後に続く、移動手段には使えないが、という言葉をグランスは飲み込んだ。

 だが、仲間達は概ね乗り気だった。

「それもいいかも知れんのう。……期待せぬ方が良いのじゃろうがの」

「でも、一度くらいは乗ってみたいね」

「だよね~」

 ディアナの言葉に、レックとリリーも同意する。

「何かの魔術とか、アイテムとか必要やったら、アウトやな」

 マージンもそう言いつつ、見た感じ、乗り気であった。尤も、言葉の内容自体は当然の意見であった。

「その時はその時じゃが……」

 そう言うディアナからの視線を感じたのか、

「残念ながら、その辺りは一切分からん。『魔王降臨』前は乗っていた連中は情報出さなかったし、今となっては本人達がいないからな」

 グランスが首を振りながらそう言った。

 一行はそんなことを話しながら、ペルを出て間もなく街道を外れ、東へと進路を取る。

 だが、エネミーに対しては警戒しているが、それ以上の警戒をしていなかったからだろう。

 彼らを尾行する二人組がいることには全く気づいていなかった。


「……素性不明」

 青い瞳を瞬かせながら、銀色の髪を腰まで伸ばした幼さの残る美少女がそう呟く。

「不明と言うより……確証がないの方が正しいと思うけどね」

 緑色の瞳に、遥か先を進むレック達を写し、青年がそう答える。

「この辺を彷徨いている日本人の冒険者集団と言ったら、彼ら以外にはいないみたいだしね。多分、間違いはないと思うんだけど……」

 そう言いつつ、まだ断言できるだけの自信を青年は持っていないらしい。語尾を濁す。

 ケルンで彼らの姿を確認してから、多少無理をして近づいてみたりして、彼らが日本語を話していることまでは確認していた。装備からして、冒険者であることも間違いない。ケルンに現れた巨大イノシシをきっちり倒しているし、弱くもないらしい。

 だが、彼らのパーティ、あるいはクランの名前が分からない。読唇術まで駆使して、一部のメンバーの名前は知ることが出来たが、誰一人としてクランの名前を口にしなかったのだから、どうにもならない。

「とりあえず、フランからの指示は、方針が決まるまで見失わないように尾行することだから、ついていかないといけないんだけどね」

「せっつく」

 今朝もクランチャットで連絡を取ったのだが、その時もまだ、彼らに対する行動の方針が決まっていなかった。

 案としては、彼らを攫って情報を力尽くで聞き出すものから、彼らを仲間として引きずり込むものまでいろいろある。

 だが、ある案を出せばアステスが反対するし、別の案ではリヴォルドが賛成しかねるといった具合で、なかなか方針が決まらなかった。

 尤も、彼らがそこまで使える情報を持ってるとは考えにくい事や、そもそもまだ蒼い月だと確認できていないので、しばらくは気づかれないように後をつけるようにというのが、青年とエセスが受け取っている命令である。

「……焦れったい」

「エセス。我慢だよ、我慢」

 青年にとっては幸いなことに、エセスは口ほどにはまだイライラしていなかった。だが、仲間達の方針も決まらず、面白くもない尾行をずっと続けていれば、そのうち何かしでかしそうでもある。そんな妹分の性格を、青年はよく知っていた。

 だから、口ではエセスを形だけ宥めながら、頭の片隅ではエセスが退屈だけはしませんように、と祈っていたりする。

「ああ、見失いそうだね」

 ふと気がつくと、前方を行く彼らとの距離が少々開きすぎていた。他に人がいないような場所なので、彼らに見つかると誤魔化しきる自信はない。なので、近すぎず、遠すぎずの距離を保ちながら彼らの後ろをついていくのだが……

「木も岩もなくなると、大変そうだなぁ……」

 彼らの目的地である湿地。そこでは身体を隠す場所が多いとは期待できず、

「いっそ、見つかる」

 早々に思い切りの良い事をおっしゃっているエセスにも頭が痛い。

 慣れていない人間なら、三日ほどで胃に穴が開くのだろうとか考えながら、

「エセス。それは指示があるまでダメだよ」

 と妹分の行動を抑え込み、彼らの姿が見えるギリギリの距離をついていくのだった。

 その心中では、

(思い切っちゃった方が楽な気がすることまでは、否定出来ないね) などと、気が長いとはとても言えないエセスに、理解を示していたりしていた。

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