第六章 閑話 ~手を組む者たち~
ペルの北東にあるラッパ。
切り立った谷間の両岸に張り付くように作られたこのプレイヤータウンは、一般プレイヤーに放棄されて久しい。少なくとも、大陸会議には、このプレイヤータウンに人はいないゴーストタウンだと認識されている。
そんな街だが、今ではリヴォルドと名乗る集団が密かに住み着いていた。いや、住み着いていた、と過去形で表現するのがある意味正しいだろう。というのも、今ここにいるのはリヴォルドだけではなかったからだ。
「どうだ?少しは慣れたか?」
「悪くはないな。だが、消耗品の為だけにペルまで買いに行かなくてはならないのだけは不満だ」
その家の主人は、夕方に家を訪ねてきた男にそう答えた。
「まあ、人目を憚らずに済む方が大きいだろう。そこら中に一般人が彷徨いていた時なんか、ちょっと物を運ぶだけで一苦労だったんだからな」
そう、訪ねてきた男は明るい茶色の瞳を細め、どこか懐かしそうに言った。
「……それで、オージオ。用件は何だ。世間話をしに来たわけでもあるまい?」
家の主人がそう言うと、訪ねてきた男――オージオは、「ああ」と頷いた。
「うちの聖女様が集合をかけてるのさ。お宅らといろいろ情報やら方針やらのすりあわせをしときたいらしい」
「なるほどな。とは言え、巣作りに忙しくて出てこない連中もいるかも知れないぞ?」
家の主人が言った巣作りとは、単なる例えである。家の主人を含めた何人かは、最近このラッパに来たばかりで、まだ各々が確保した家の整理が終わっていないのだった。その家の整理を巣作りと彼は例えたのである。
主人の言葉を聞いたオージオは、首を振った。
「全員が集まる必要は無いだろう。互いのメンバーの自己紹介も済んでるしな。今日はアステスのサブマスターであるカリウス。お宅が来てくれたら、それで問題はないはずさ」
「それはそうだろうが、後から説明し直すのも手間だな。長老は声をかければ来てくれるだろうし、他にも一人か二人は連れて行こう」
そんな主人――カリウスの返答に、オージオは満足そうに頷くと、
「なら、今夜、教会に来てくれ。頼んだぞ」
そう言い残して出て行った。
それを見送りながら、カリウスは自らの灰色の髪を一本引き抜くと、フッと息で飛ばし、
「ケネスと長老くらいには声をかけるか。シューゲルもいたらいいが」
そう言って自らも立ち上がり、家を出て行った。
そして、夜。
オージオの言った教会の建物に、9人の男女が集まっていた。
ちなみに崖をくり抜いて作られているこの教会は、元々集会場としても機能していたらしく、何人かで集まって話し合いをするには手頃な広さと構造となっていた。
「まあ、こんな所か」
思ったよりも集まったと言うべきか、集まらなかったと言うべきか。机を挟んで分かれて座っているリヴォルドのメンバーとアステスのメンバーの顔を見ながらそう言ったのは、リヴォルドのヨハンである。
台詞と一緒に青い髪を掻き毟っていたその仕草を見て、
「オヤジ」
とボソリと呟いたのは、リヴォルド側の席に座っている、腰まで伸びたストレートな銀色の髪が美しい、文字通りの美少女だった。その青い瞳に感情の色が見られないのは、人形よりも美しい彼女の容姿に相応しいと言うべきか否か。
そんな少女の言葉に傷ついた様子もなく、ヨハンは言葉を続ける。既に慣れているのかも知れない。
「オヤジでも何でもいいさ。それより早速情報の交換といこうじゃないか」
と、最近ここに来たカリウス達へと視線を遣った。
「ほっほっほ。最近の若いもんは気が早いのう」
そう肩を揺らして笑ったのは、アステス側の白髪の老人だった。長く伸ばした白い髭をいじっているその老人に、
「はっはっは。見た目ほど若くはないけどな」
ヨハンは堂々とそう返す。実際、アバターの外見こそ若いが、ヨハンの実年齢は既に40歳を過ぎていたりする。
「ほっほっほ。そうなのか。まあ、ワシも見た目ほど若くはないのじゃがのう」
そう言った老人だったが、見た目はどう見ても80歳を超えているように見える。それで実年齢より若いというと……いや、考えない方が良いだろう。
「まあ、見た目なんてどうでもいい。それより大事なのは、俺達がどうして手を組んだか、だろう?」
「如何にもその通りじゃな。じゃが、だからと言って、無条件で手の内を明かすなど、愚か者のすることじゃわな」
「だが、ある程度までは無条件で情報を互いに提供する。それが手を組む条件だったよな」
「ほっほっほ。ある程度ということは、ほとんど無しでもよいということじゃ。違うかの?」
「逆に言えば、ほとんど全部でも良いってことだな」
そう言って、互いに睨み合うヨハンと老人。
だが、周りは落ち着いたものだ。というのも、火花すら散りそうだった二人の睨み合いはすぐに終わる。それを知っていたからだ。
実際、どちらからともなく、フッと力を抜き、すぐに睨み合いは終わった。
「まあ、遊ぶのはこれくらいにしておくかのう」
「全くだ。さっさと話を進めるとしよう」
実際、互いに今更腹の探り合いや無駄な交渉をするつもりはないのだ。その手のことは、こうして手を組む前に存分に済ませている。今のは単に、老人側のちょっとしたいたずらに、ヨハンが付き合っただけの事だった。
「さて、後はカリウスに任せるかのう」
老人が名前を呼ぶと、呼ばれたカリウスに視線が集まった。
「ケネスがそっちの代表じゃないのか?」
ヨハンがそう言いながらアステス側の席の1つを占めている黒髪の男に目を遣ると、ケネスと呼ばれたその男は首を振りながら言った。
「俺は話し合いは好きじゃない。カリウスに任せてた」
「そう言うことだ。元々、おまえ達との連携も俺が言い出したことだしな」
ケネスの言葉の後を継ぎ、カリウスがそう肯定する。
「そう言うことなら、構わないか」
ヨハンはそう言うと、気を取り直してカリウスに向き直った。
「さて、まずはこちらの情報を幾つか出そうか」
そうして話し合いが始まった。
最初は互いに相手も知っていそうな情報からやり取りが始まる。クランチャットの異常や、水の精霊王の解放。
なんだかんだ言っても、まだまだ互いを十分信用できているとは言い難い所があるためか、最初は腹の探り合いになっているのだ。
だが、いつまでもそんなことをしていても埒はあかない。
「流石にこれはそっちは知らないはずだな」
ヨハンがそう言うと、少々飽きが来ていたカリウス達アステス側の顔が興味深げなものになった。
「水の精霊王を解放したクランの名は、流石に知らないだろう?」
「ほう……」
流石にこの話には関心があるらしい。身を乗り出してきたカリウス達の様子に少しばかり満足しながら、ヨハンは言葉を続けた。
「この情報は大陸会議があまり公にはしたくないみたいでな。ただ、そんな実績を上げたそのクランを支援しようとは考えたらしい。それで、傘下組織にはその功績は伏せたままで名前だけ教えて、便宜を図るように伝えたわけだ」
「つまり、そこから情報を手に入れたわけだな?」
「そう言うことだ。まあ、遅かれ早かれ広まるだろうが、一足先に知ることが出来たわけだ」
そう聞くと、カリウス達アステス組は些か気を削がれたらしく、元通り腰を下ろし直した。
「まあ、折角じゃ。そのクランの名前くらいは聞いておくべきじゃろう」
老人の言葉にカリウス達が頷き、ヨハンに先を促してくる。
「蒼い月。それがそのクランの名前だそうだ」
そうしてもう1つ。
「彼らはキングダムから北へ向かったらしい。つまり、場合によるとこの辺りにいるかも知れないな」
それを聞いてざわめくアステスの面々を見ながら、ヨハンは満足そうににやりと笑った。
そのざわめきが収まる頃、それまでリヴォルド側の席で静観していた女性が口を開いた。ウェーブがかかった白金の髪を背中に流した彼女はフラン。仲間以外からも聖女と呼ばれることのある、リヴォルドのサブマスターである。
「精霊王が如何なるものか。それを確認することは我々全員にとって、重大な意味を持つことは確かです。いずれ、分かる範囲の情報は大陸会議から公表もあるでしょう」
その言葉に、今は余計な茶々を入れる場面ではないと感じたのか、集まった者たちは真面目に耳を傾ける。
「でも、出来れば発見したという彼らから直接話を聞きたいとは思いませんか?」
微笑みながらフランがそう言うと、その場にいた者たちは思い思いに頷いたのだった。
さて、多少時期を遡るが、リヴォルドとアステスの密かな連携とは別に、やはり同じように手を組もうとしている集団が他にも存在していた。
場所はキングダムの一角。ダイナマイツサンダーやらなんやら、治安の改善を阻んでいた勢力がいなくなって半年以上も経つと、環状のキングダムの中央を走る大通りに限れば、治安も安定し、人通りもそれなりに増えてきていた。
だが、それでもまだまだ裏道は人通りも少なく、一般プレイヤーの目も行き届かない。そんな裏道に面する建物には、表だっては動けない、あるいは目立ちたくない連中が住み着くものである。そんなプレイヤー達の人数は、大陸会議の推測では千人前後はいるはずだということになっていた。
そんな裏道の1つ。道が細い割に、道を挟んで並ぶ建物がいずれもそこそこの高さがあるため、微妙に薄暗い。外ですらこんな様なのだ。道を挟んで並ぶ建物の屋内ともなれば、推して知るべしである。運営が何を考えてこんな建物を用意したのかは、諸説紛々であったが、今やそんなことを気にする者は一人もいない。
さて、話が逸れたが、そんな暗い屋内を好む人種も確かに存在する。実際、そんな建物の1つに、ローブを纏った何人かの人影が入っていったところだった。
夕方になっているせいか、昼までも薄暗いその室内は、既にランプ無しではまともに物を見ることも出来ない暗さになっていた。実際、幾つものランプが天井から吊され、煌々と明かりを放っている。
「待たせたか?」
入ってきた人影の1つが男の声でそう訊くと、
「待ちはした。君たちで最後だ。とは言え、予定の時刻になる前に着いたのだ。問題はない」
既に室内にいた男の一人がそう答える。こちらもローブを纏っており、どんな外見をした男なのか、さっぱり分からない。
室内には今入ってきた者たちを含め、ローブを身に纏った者ばかり、20人近くが集まっていた。住居用ではなく店舗用――客が来るとは思えない立地だが――のスペースなのか、これだけの人数が集まっても、この空間にはまだ余裕があった。
ただ、椅子やテーブルもそれなりの数があるにもかかわらず、誰一人として座っていないのは何故だろうか。
尤も、今入ってきたばかりの者たちはその事に何の疑問も持っていないようだった。そのまま、まだ空いていた室内の一角を集団のまま占拠する。よく見ると、最初から室内にいた者たちも2つのグループに分かれているように見える。
最後に入ってきた者たちが落ち着いたのを見ると、妙な緊迫感を含んだ空気の中、先ほど口を開いた一人が再び口を開いた。
「顔を合わせる……というのも妙な話だが、その表現で良いだろう。こうしてまとまった人数で顔を合わせるのは、これが初めてになるな」
「顔を隠して顔を合わせるか。笑えない冗談だ。が、まだお互いを信用した記憶もない以上、当然だろう」
別のローブ姿がそう答えたが、そこには皮肉も何も含まれてはいない。ただ、淡々と事実を述べただけといった感じである。
「だが、それでも、我らシュレーベ、そして君たちナイトガウン、ペトーテロ。こうしてここに集ったのは、ある程度の協力関係を築くことに、多少なりとも意義を見いだしたからだろう?」
最初のローブ姿は、最初から室内にいたローブの集団を順番に見回し、最後に遅れて入ってきた集団に目を遣った。
「そうだな。それは否定しない」
ナイトガウンと呼ばれた集団の一人がそう答え、
「背中に注意せねばならない協力関係というのも、あれだがな」
とペトーテロと呼ばれた集団の一人もそう口にした。
「ククッ……それだけ分かっていれば、十分だろう。我々が相容れることなど、本来ありはしないのだ。ただ、利害が一致する。それだけの理由で、この関係を申し出たのだから」
どうやら、ここに集まった3つの集団は、本来随分と仲が悪いらしい。
「そうだな。逆に言えば、利害が一致する間くらいは、互いを害する心配はないわけだが」
「その利害の一致がいつ失われるかなど、分かったものでもないだろうが」
「これは一枚取られたか」
言葉だけ聞くと、和やかな感じもするが、実際にはかなりぎすぎすした空気が流れている。気の弱い人間なら、ここにいるだけで胃に穴を開けることが出来るだろう。
尤も、こんな状態では、折角無理をして集まった目的が果たせない。
「さて、心温まるいがみ合いだか交流だかは、それくらいにしてもらおうか。ここに集まった目的は、当面の目的の共有。そして、得られた成果の分け前。最後に、合同チームを決定することだ」
シュレーベの男がそう言うと、ぎすぎすした雑談はすぐになりを潜めた。流石にこの場に集まった者たちの中に、本来の目的を忘れるような人間はいないようである。
「目的、か。そんなものは分かりきったことだろう?イデア社が作り上げたこの世界を徹底的に調べる。そこまでは共通した目的の筈だ。そこから先は知らないがな」
そう言ったのはナイトガウンの男である。続けて、ペトーテロの男が口を開く。
「如何にも。この世界をどのように作り上げたのか。この世界の法則は如何なるものなのか。はたまた、イデア社がこのようなモノを作り上げた目的は何なのか。それを知らねばならん」
「ならば、それでいい。確認をしただけだ。問題は得られたものの分け前だ。情報の類なら、互いに全て開示し共有するのが理想だが……」
シュレーベの男はそこで言葉を切った。そんな理想論が通用する顔ぶれではないと知っていたからだ。利益が無い限り他人のためには動かない。むしろ、出し抜くべし。そんな連中ばかりなのだ。
実際、
「到底出来るとは思えないな」
「如何にも。不可能なことを要求するものではない」
即座に他のグループからそんなツッコミが入る。シュレーベの男本人も首肯し、
「そうだな、期待するだけ無駄だ。だが、互いに気が向いた分くらいの情報は共有しても良いだろう」
そう言いながら、どいつも気なんて向かないだろうがなとシュレーベの男は考えていた。
尤も、互いを利用するために意図的に情報を共有するケースはあり得るし、どうにも行き詰まった場合には知恵を出し合うこともあるだろう。相手を出し抜く勢力争いも重要だが、それにかまけて実を得損なう事を良しとはしないはずだった。それだけでも、手を組む価値は少しだがある。
他にも、手を組まなければ今後の活動の中で早々に互いに敵対し、殺し合う可能性があった。無論、手を組んだからとてその可能性がゼロになるわけではないが、多少は減るだろう。
ただ、そうは言っても互いに信用できないのは変わらない。
そこで持ち出されたのが、合同チームの結成だった。各集団から1~2名ずつ出し、チームを1~2つ作るというものだ。
合同チームで行われた調査・研究については、いちいち隠し事の可能性を――ゼロではないが――疑う手間が省ける。互いの信頼感ゼロ故に出てきた提案と言える。
「さて、後は合同チームのメンバーだな。とりあえず、出すのは何人か、そこから確認しようか。ちなみに、我々からは二人を予定している」
シュレーベの男がそう言うと、
「我々も二人だ」
「同じく」
と、ナイトガウンとペトーテロからも声が上がる。
「ならば、2チーム作ることが出来るということだな」
シュレーベの男はそう言ったが、まだそうするかどうかは断言しない。
ナイトガウンとペトーテロに声をかけたという立場上、まとめ役をこなしているが、それ以上のことをするつもりは――今のところは――ない。迂闊に決定権を握ろうとすれば、折角組んだ手があっさりばらけかねない。のみならず、この場で殺し合いに発展する可能性も否定できなかった。
尤も、3人のチームを2つ作るかどうか断言しなかったのは、それだけが理由ではない。チームを増やすメリットと、チームが少人数になるデメリット。どっちが大きいのか判断しかねたというのもある。
だからこそ、断言せずに様子を見る。
しばし、その場に静寂が落ちるが、やがてナイトガウンの男が口を開いた。
「我々が決める必要は無いだろう。チームを組むことになる6人に決めさせればよい」
「如何にも。論理的な提案だ」
すぐにペトーテロの男も賛意を示す。
シュレーベの男もそれも1つの手だと納得し、頷いた。
「ならば、チームに参加する者達に後は任せ、我々は戻るとしよう。我々がいては、邪魔になるだろうからな」
「如何にも。後は彼らに任せるべきだ」
「では、連絡は当面は彼らを通じて行う。それでよいかな?」
シュレーベの男が最後にそう確認すると、ナイトガウンとペトーテロの者たちも微かに頷いた。
「では」
誰かが放ったその言葉と共に、部屋に集まっていた者たちがぞろぞろと動き出し、やがて各集団から二人ずつの合計6人だけがその部屋に残された。
残された6人は、他の者たちが出て行った後も暫く様子を窺っていた。互いの様子もであるが、それ以上に、出て行った者たちが近くに潜んで耳を澄ませたりしていないか。それを確かめていた。
暫くすると、ペオーテロから残った一人が建物の出入り口まで行って、外の様子を窺い始める。さらには扉から顔を出して、周囲の路上を確認する念の入れようである。
ちなみに、この行動を取ったのは一人だけではなかった。シュレーベとナイトガウンから残った者たちからも、一人ずつが同じように外の様子を確認したのだった。
「どうやら、残っているのは俺達だけのようだな」
最初にそう口を開いたのは、ナイトガウンの者だった。声からして男のようである。
「なら、そろそろこのローブを脱いでもいいのかしら?いい加減、邪魔だもの」
そう言ったのはシュレーベの者だった。明らかに女性と分かるその声に、先ほどのナイトガウンの男の目が、好色そうにローブのフードの下で光る。
「……ヨッシュ、止めておけ」
そう言ったのはヨッシュと呼ばれた最初の男と同じ、ナイトガウンから残った者だった。声からしてやはり男だろう。
仲間に窘められ、ヨッシュの目から好色そうな気配がすっと消える。
一方、その矛先が向いていたはずのシュレーベの女は、そんなことは一切気にしていない様子だった。それどころか、がばっとフードを背中にはね除け、隠されていた美貌をランプの光に晒す。濃い紫色の髪がバッと広がり、一瞬男達の目を惹いた。
「ほら。あなたたちもさっさとフードを脱ぎなさいよ。これから暫く行動を共にするのだもの。顔と名前くらいは知っておきたいじゃない?」
そんな女の言葉に促され、他の者たちも次々とフードを脱いでいく。
次々と晒される素顔。ただ、結局女性は最初にフードを取り去った紫色の髪の女だけだった。
「ふーん。思ったより、地味顔が多いわね。もっと美形なアバターを使ってるのが多いと思ってたけど」
全員の顔を一通りチェックし、女はそんなことを言う。実際、ジ・アナザーでは現実のプレイヤー本人より美形に作られたアバターが大多数であることを考えれば、この場に残った5人の男達の顔は――ハンサムでないという意味で――十分地味と言えるものだった。
尤も、そんな女の言葉に気を悪くした者は一人もいない。そうあれと決めて、こんな顔にしているのである。今更気にすることはなかった。
「ま、いいわ。それより、さっさと自己紹介済ませましょ。私はバーバラ。それで、そこの天然パーマのがマーレン」
女――バーバラがそう名乗り、ついでに少しパーマがかかった黒髪の男も紹介する。紹介された男――マーレンは、軽く会釈をすると、
「マーレンだ。そこのバーバラ共々、シュレーベに参加している」
と改めて名乗り直す。よろしく、などとは言わないのは、やはりと言ったところか。
次に名乗ったのは明るい茶色の髪と瞳を持った、中肉中背の男だった。
「なら次は俺達だな。俺はオイゲン。そっちの無口なのがフラッシュ。共にペトーテロからの傘下だ」
そう、金髪碧眼の男を指しながら名乗る。
オイゲンに紹介されたその男は、妙に存在感が薄い。軽く会釈はしたが、口を開こうとはしなかった。
残るはナイトガウンの二人だけである。
順番が来たのを察したか、先ほどヨッシュと呼ばれた男を止めた、黒髪黒目の男が口を開く。
「俺はシニストリ。言うまでもないだろうが、ナイトガウンの所属だ」
シニストリがそう名乗ると、もう一人の青い髪を刈り上げた坊主頭が、
「ヨッシュだ」
と短く名乗った。
「オイゲン、フラッシュ、シニストリにヨッシュ、ね。これからよろしく、とは言わないけど、お互い足は引っ張らないようにしましょ」
バーバラがそう言うと、他の者たちも、
「そうだな。共倒れは御免被る」
と、同意する。
「で、早速だけど、目的とかどう動くかとか決めましょ。あと、一応でもまとめ役もいるわね」
ちゃきちゃきと話を進めたいのか、バーバラはそう言う。
他の者たちも、話をさっさと進めることには異存はない。だが、1つだけ確認しておきたいことは出来ていた。
「バーバラと言ったな。あんたがまとめるつもりなのか?」
オイゲンが低い声でそう確認すると、バーバラは首を振った。
「勝手に決めるつもりはないわ。やれと言われたらやるけどね」
その言葉で、場を覆いかけていた緊張がフッと緩んだ。
「……まあ、いい。話し合う時には進行役がいた方が都合が良いのも確かだ。そこまでなら任せることに俺は異存はない」
オイゲンがそう言うと、
「俺も話し合いの司会まではやる気はないな。やってくれるなら、喜んで任せよう」
とシニストリが賛意を示し、しかしそれだけでは終わらず、言葉を続ける。
「だが、行動の指示まで他人から受けたくはない。……必要なら従うが」
そこで一度言葉を切り、
「まだ、そこまでおまえ達を信用してはいない」
と、シュレーベとペトーテロの面々を見回しながら言った。
これに対し、マーレンが口を開く。
「当然だな。まあ、当面は誰かが指揮を執らなくてはならないような事はしなければいい。暫くすれば、一時の指揮を預けられる程度の信用は、産まれるかも知れないしな」
何とも、先行き不安な台詞であるが、他の面々も同じ意見だったらしい。オイゲンが、
「それしかないだろうな」
と首肯すると、
「妥当なラインだろう」
「それでいい」
とナイトガウンの二人も同意した。
「ああ、話し合いの進行役はバーバラと言ったな。あんたでいい」
思い出したようにオイゲンが付け加える。
「そうだな。……ただ、目的の下手な誘導はやめておいた方が良いぞ」
「分かってるわよ。そんなことしても、どうせ誰も従わないでしょ?無駄なことはしないわ」
シニストリの言葉に、バーバラは呆れたようにそう返す。尤も、その顔には不敵な笑みが浮かんでいたのだが。
だが、その返事にシニストリは満足したらしい。
「分かってるならいい」
と素直に引っ込んだ。
「ま、私が司会を務めることは問題なさそうね。じゃ、さっさと今後のこと、決めちゃいましょ」
「まずは、チームの分け方だが……」
「当面無理だろう。最低でも互いの癖が分かるまでは、まとまっておきたいが」
マーレンの言葉に、シニストリがそう返す。オイゲンも、
「全くだ。俺もしばらくは全員で動けばいいと思うぞ」
と同意する。
ヨッシュも頷いて賛意を示し、マーレンもそれで反対する気はないらしい。
「私も異存ないわ。なら、それでいいわね」
とバーバラが話をまとめかけたところで、オイゲンが思い出したように隣に話しかける。
「……フラッシュも問題ないな?」
それでやっと他の者たちも、もう一人いたことを思い出した。
「そいつの存在感のなさ、何なんだ?」
「知っていたところで、教える義理はないな」
警戒感を滲ませたマーレンの問いかけに、オイゲンはそうとだけ答える。そして、場に走る緊張。
だが、
「マーレン。互いに隠し事があるのがここの前提じゃない。いちいち突っかかってたらキリがないわよ」
というバーバラの言葉で、その緊張は霧散した。
「そっちもいいわね?」
ついでにバーバラは、剣呑な空気を放っていたナイトガウンの二人にも視線を遣って、牽制する。
「……ああ」
ヨッシュが頷き、シニストリもそれに続く。
それを確認したバーバラは、フラッシュに視線を戻し、
「で、改めて確認するけど、当分は全員で一緒に動く。フラッシュも異論無いわね?」
「……」
無言のまま頷くフラッシュ。
(……これじゃ、いちいち全員の同意を取るのも大変だわ)
などと考えていたバーバラだったが、そこにオイゲンから助け船が出た。
「フラッシュはこう見えても話はちゃんと聞いている。黙っていれば反対じゃないと思ってくれて構わないぞ」
「つまり、いちいち確認取らなくても大丈夫ってことかしら?」
「そんなところだ」
オイゲンのその言葉を聞き、内心少し楽になったと喜ぶバーバラ。
だが、
(でも、いることすら忘れそうなあの存在感のなさは……要注意ね)
と、フラッシュへの警戒を強めることは忘れていなかった。
尤も、そんなことはおくびにも出さない。他の者たちも似たようなことを考えているはずだったが、やはりポーカーフェイスを決め込んでいた。
「ま、それならいいわ。じゃ、当面の目標だけど……精霊王の話は知ってるわよね?」
そう言ってバーバラは一同を見回す。勿論、無反応。期待通りである。
「ここにいる全員が言われてると思うけど、まずはそれの調査と言うことでどうかしら?大陸会議の方で、調査メンバーを募集していたはずだから、それに便乗すれば、いろいろ動きやすくなると思うのだけど」
「余計なトラブルを引き起こさずに、堂々と踏み込める点では評価できるな」
そう言ったのはオイゲン。
既に、精霊王のいる空間へ繋がるサークル・ゲートは、大陸会議がしっかりと押さえてしまっていた。故に、ここにいる6人が属するいずれの集団も、調査に踏み込めていなかった。
勿論、彼らが本気で強行突破を謀れば、出来ないことはない。だが、下手に刺激して警戒されたり、本格的に追われるようなことになれば、一般プレイヤー相手といえども、数が数である。勝ち目はない。
ただ、大陸会議の方では冒険者や軍の兵士から有志を募り、精霊王の調査を行おうとしている。それに紛れ込むことが出来れば、堂々と踏み込めるという算段だった。それを今までしてこなかったのは、単にシュレーベが持ち出してきた協力関係の構築を見極めてから、と足踏みしていたからである。
ただ、この案にも問題がないわけではなかった。それを指摘したのがシニストリである。
「目立ってしまう可能性は無いのか?」
「……否定は出来ないな。第一次調査隊は、30人ほどで踏み込んで、全員が途中で撤退したという話だからな。そこで奥までずけずけ入ることが出来れば……」
「良かれ悪かれ、目立つのは避けられないな」
マーレンの言葉を、オイゲンが引き継いだ。
「でも、考えようによってはいいかもしれないわよ?」
バーバラがそう言うと、他の者たちから奇異な視線が集まった。何言ってるんだ、こいつ、という感じである。
それを気にすることなく、バーバラは自分の考えを説明する。
「どっちにしても、いろいろ調べていく上でどこかで目立つのは避けられないわ。なら、さっさと目立ってしまって、むしろ知名度を上げておいた方が動きやすくなる可能性もあるでしょ。それになにより、イデア社の目を誤魔化せるわよ?だって、まさか私たちが堂々と目立つところで活躍するなんて、想像もしないでしょうから」
それを聞いて、言われてみればと考え込む一同。ただ、全く異論がないわけでもない。
「だが、それでは逆に密かに動くのがつらくなるだろう」
「それは否定できないわね」
マーレンの言葉に、バーバラはあっさりと頷いた。
とは言え、今、バーバラが挙げたメリットは、十分に検討の余地があるものだった。
各々が暫く考え込んだ後、
「……調査隊に参加する者とそうでない者に分けてみるか。そうすれば、3人は目立たずに済むだろう」
とりあえず、そんなシニストリの提案に乗ってみることになったのだった。