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ジ・アナザー  作者: sularis
第六章 絡む思惑
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第六章 第六話 ~眠りの祭壇~

 奇跡的――と言っても良いだろう――にリリーを助け出した(?)レック達は、気絶したままのリリーとマージンを連れ、元来た道を地面が乾いているところまで引き返し、休息を取っていた。

 レックに対して小一時間続いたグランスとディアナの説教も、つい先ほど終わり、やっと解放されたレックは疲れた顔ではあるがリリーの横に張り付いている。

「早く目覚めて欲しいものだが……どのくらいかかると思う?」

「リリーは分かりません。マージンは怪我も治しましたし、起こせば起きると思います」

 ミネアの返事を聞き、グランスはマージンだけでも起こすことに決めた。ただ、念のため、

「確かに怪我は治ってるんだな?」

 と、ミネアとクライストに確認を取る。

 それに対してミネアとクライストが首肯するのを確認し、グランスはマージンの頬をペしペし叩きながら、

「マージン。起きろ」

 と起こしにかかった。

「……ぎゃあぁぁぁぁ!!」

 すると、マージンが悲鳴を上げながら飛び起きる。そして、そのまま首をキョロキョロさせて周囲の様子を見回し、やっと胸をなで下ろした。

「いや~……壁に思いっきり叩き付けられる夢を見たで。なんや、全身の骨がボキボキ言っとったけど、夢やったか~」

「「「………………」」」

 思わず空気が凍る。にこやかなのはホッとした様子で笑っているマージンだけだった。

 マージンに大怪我を負わせた本人に至っては、身体まで固まっている。

 しかし、いつまでも固まらせておく訳にはいかないと、ディアナがレックを肘で小突いた。

「……分かってるよ!」

 小声でディアナに文句を言いながら、マージンへと向き直るレック。

 そんなレックの様子に気づき、向き直ってきたマージンに対し、レックは恐る恐る口を開いた。

「マージン……ごめん。それ、夢じゃなくてさっきホントにあったことなんだ……」

 そう言って、頭を思いっきり下げつつ、きょとんとしているマージンに事情を説明していく。

「……あー。つまりなんや。あれ、夢とちゃうかったと」

 レックの説明を聞き終え、他の仲間達にも確認を取るべく、視線を順番に遣っていくマージン。

 その視線を受け、他の仲間達も痛ましげな表情で順番に頷いて肯定していく。

「正直、放っといたら死にかねねぇ怪我だったぜ……」

 治療に当たったクライストのそんな台詞を聞くに至って、マージンはとうとうブルブルと震え始めた。

「……今度から、レックに命綱預けるのは、断固拒否させてもらうわ」

 その言葉を聞いたレックが、更に小さく縮こまったのだが……マージンとしては当然の台詞であった。

 そんな流れを変えようと、

「しかし、リリーはいつ起きるんだろうな?」

 とクライストが言う。

「あー……。わいが見つけた時にはもう意識あらへんかったな」

「……よく見つけられたのう」

「まあ、運もあるんやろうけど……精霊がなんかしたんかも知れへんな」

 感心したように言ったディアナに、マージンはそう自分の推測を述べた。そこに根拠など無いが、リリーが無事だったことには変わりがない。誰もその辺りは気にしなかった。

 代わりに先ほどの水の柱を思い出し、

「にしても、さっきのは凄かったな。あれが精霊の力ってやつか?」

 感心したようにグランスが言う。

「ですよね……。今思えば、笑っちゃうくらい凄かったです」

「笑いが出るかどうかは兎に角……凄まじかったのう。攻撃魔術を見たことがあるが、それに勝るとも劣らぬものじゃった」

 ミネアとディアナも頷きながら、口々に凄いという。

 だが、それ以上は会話が続かない。

 何しろ、そうなるまでがいろいろ大変だったのだ。リリーが意識を取り戻せば、笑いながら話せる事かも知れない。だが、リリーが気を失った状態のままでは、一歩間違えば微妙に不謹慎な会話になりそうだった。

 そんな会話が途切れた空間で、これ以上微妙な空気が続いても敵わないと、グランスが口を開く。

「とりあえず、そろそろ食事にしようか。それが終わったら、ミネアはリリーが起きないかどうか試してみてくれ。できれば、ここで一夜を過ごすには少し避けたいからな」

 気を失ったリリーとマージンを休ませるために、単に地面が乾いた場所を探して陣取った今の場所は、行き止まりでも何でもなく、通路の途中だった。なので、通路の両側からのエネミーを警戒しなければならないし、最悪挟み撃ちなんて事態もあり得る。

 だが、未だに目をさまさないリリーの状態次第では、あまり移動しない方が良いかもしれない。――今更であるが。

 グランスの台詞はそれを意識してのものだった。

 ミネアが頷くと、まずはディアナとミネアから食事を始める。

「マージンも先に食べて良いぞ」

 とグランスは言ったが、

「いや……ちょいとまだ食欲がな?後で食べるわ」

 先ほどのショックからか、マージンそう言って食べようとはしなかった。

 やがて、ディアナとミネアの簡素という表現も生ぬるい食事が終わり、グランスとクライストが食事を始める。

 ミネアはリリーの看護(?)をレックと交代し、脈を診たり、呼吸を確認したり、軽く治癒魔術をかけてみたり。挙げ句、軽く頬をつねってみる。が、反応がない。

「眠ってると言うより……昏睡状態に近いのかも知れません……」

 心配そうなミネアの様子に、他の仲間達も不安になってくる。

「単に熟睡してるだけ……ならええんやけどな」

「確かに、それなら簡単には目が覚めんのう」

「動かすことは出来そうか?」

 マージンとディアナが話している横から訊いてきたグランスに、

「それは大丈夫だと思います。単に意識がないだけ……なので、しっかり背負っていけば問題ない……と思います」

 とミネアは答えた。

 グランスとクライストが食事を終えると、レックは食欲がないと言うことで、その食事は後回しになった。そして、もう少しマシな場所を探して、一行は移動を開始した。

 未だに意識を取り戻さないリリーはディアナが背負う。グランスとレックは先頭を行き、後衛はクライストとミネア。マージンの骨折は治っているはずだったが、念のためと言うことと、狭い場所で振り回せる武器がないと言うことで、ランタン係となっていた。流石にマージンだけだと暗いので、レックとミネアもランタンは持っていた。

 それから暫くして、適当な行き止まりに潜り込んだ一行は、そこで一夜を過ごすことにし、交互に見張りに立ちながら、眠りを取ったのだった。



「ん……」

 一夜が明けた(はずの)頃、リリーはやっと目を覚ました。

「あ……」

「おお。ようやく起きたようじゃの」

 近くで聞こえてきた仲間達の声になんだか安心し、もう一眠りを決め込もうとする。が、

「無事に起きたのか」

「これで安心……ですね」

 仲間達のはしゃぐような声が五月蠅い。トドメが、

「ん。やっと起きたんか。随分寝坊したもんやな」

 というマージンの声に、思わず目を見開いた。

 そのリリーの瞳に最初に飛び込んできたのは、涙すら浮かべそうなレックの顔と、ホッとしたようなディアナの顔だった。他の仲間達の顔は、暗すぎてよく見えない。

「どうじゃ?今いる場所は分かるかの?」

 ディアナが何故かそんなことを訊いてくるので、リリーはとりあえず、寝る前のことを思い出そうとする。

(確か、眠りの祭壇を探して洞窟に入って……)

 地面の固さや僅かな明かりで見える周囲の様子から、まずはそこまで思い出す。

(何日も洞窟の中にいて……)

 そこからがなかなか思い出せないので、まずは思い出せた分だけリリーは口にした。

「眠りの祭壇を探して、洞窟に潜ってる途中……だよね?」

「ふむ。それだけかのう?」

 そう言ったディアナも、その隣にやってきていたミネアも、再び心配そうな顔になっている。

 そんな顔を見せられたリリーは、何やら不安になってきて、一生懸命、眠る前のことを思い出そうとするが……

(ってゆ~か、あたし、いつ眠ったんだっけ?)

 一昨日までの寝た記憶はあるが、昨日は寝た記憶がない。

 それで軽く混乱しかけたリリーの耳に、

「起きたばっかやと、すぐには思い出せんやろ。ちゃんと目が覚める前に、何か食べさせた方がええんちゃうか?」

「それもそうだな。二人とも、先にリリーに食事をさせてやってくれ。話はそれからでも良いだろう」

 と、マージンとグランスの声が聞こえてきた。それでリリーは少し落ち着きを取り戻す。

「それもそうですね。でも、その前に……リリー。痛いところとか、変なところ、ありませんか?」

「地面に寝てたから、背中とかちょっと痛いけど……それくらいかな?」

 そんなリリーの答えを聞いて、ミネアは満足そうに頷いた。

「じゃあ、まずは食事にしましょう」

 そう言って、アイテムボックスから携帯食料を取り出そうとしたミネアの腕をリリーは掴んで止めた。

「それより……昨日何があったの?」

 自身の記憶といい、仲間達の様子といい、どうにも気になる。が、

 ぐうぅぅ~~……

 突如洞窟の中に鳴り響いた音に、リリーは赤面せざるを得なかった。

「何があったかはちゃんと話す。先に何か食べろ」

 笑いをかみ殺しながらグランスにそう言われ、リリーは俯いたままミネアから食料を受け取る。ついでに、ちらりとマージンに視線を遣って、ますます赤くなる。

(聞かれた!絶対聞かれた!!!)

 穴があったら入りたい、とはこのことである。

 とりあえず、これ以上虫が鳴く前にとリリーは急いで食べ物を口に詰め込んだのだった。

 そして、リリーの食事が終わり、一行はランタンを囲むように輪を作っていた。リリーから話を聞くためである……が、

「昨日何があったの?」

 と、本人がまだ思い出せていない様子。

「ちょっと待て」

 と言って、グランス、ミネア、ディアナがごそごそと話し合う。

 リリーにとって忘れたままの方が良い記憶なら、下手に突かない方が良いかもしれない。しかし、リリーが関心を持ってしまっている以上、隠すのも手遅れかも知れない。

「何?内緒話?」

 正面でいきなり始まったそれに機嫌が悪くなりかけたリリーだったが、

「まあ、いろいろあるんや。いろいろな」

 とマージンに宥められ、大人しくなる。

 レックがリリーのことを心配そうに見ているが、これにはリリーは気づいていない。

(不憫じゃのう)

 と、内緒話の途中ながらも、リリーの声に視線を遣ったディアナは思った。

 ちなみに、クライストは見張りをしているので、内緒話には不参加である。

 グランス達の相談はすぐに終わった。

 最悪、マージン辺りにリリーのメンタルケアを任せることにして、説明しようという結論である。リリーの機嫌の問題もあるが、下手なタイミングで思い出されるよりは、今思い出してもらっておいた方が、フォローしやすいだろうという判断だった。

「昨日、地底湖を見つけたのは覚えてますか?」

 説明を任されたミネアの言葉に、リリーはそう言えば、と思い出し、頷いた。

「そこで水の中から触手が現れて襲われたんですけど……」

 そこでリリーはあっさりと全てを思い出し、真っ青になった。

「!!大丈夫ですか!?」

 慌ててミネアがリリーの背中をさする。グランスとディアナにせっつかれたマージンも、リリーの頭を撫でる。

「もう大丈夫やで。あれは死んだんや。もう、襲ってこおへん。来ても仲間もおるからな。余裕で撃退できるで!」

 そんな至れり尽くせりのフォローの結果、リリーはすぐに落ち着きを取り戻した。というより、頭を撫でるマージンの手の感触に、別の意味で混乱したと言う方が正しい。

「あうっ、あのっ、そのっ、大丈夫!だから!」

 リリーがそう慌てふためいても、ミネアはまだその背中をさすっていたが、マージンは「そうか?」とあっさり引き下がった。

 その事を微妙に残念に思いながらも、リリーはもう触手のことを思い出しても、あまり怖くはならなかった。

 その様子を見ていたレックが面白く無さそうな顔になっていたが……これは本人を含め、誰も気づかない。ディアナも流石に見逃していた。

「えっと、うん。……全部思い出したよ」

 背中をさすってくれるミネアの手の感触に安心感を覚えつつ、リリーは水中に引きずり込まれてからのことを思い出していた。

「でも、途中からしか覚えてないよ?」

 とリリーが言うと、

「まあ、いきなりのことで混乱したのじゃろう。やむを得まいよ」

「だな。覚えている範囲で良いから教えてくれないか」

 とディアナとグランスが言った。

「まあ……それなら」

 とリリーは話し始める。途中、背中をさすってくれていたミネアの手をしっかりと確保し、握りしめるのも忘れない。マージンの手を確保する勇気はちょっと無かった。

 そして、ミネアによる補足を受けながら――マージンが助けに行って、レックが馬鹿力でマージンに怪我を負わせた下りは省略された――、リリーが一通り説明を終えた後。

「そーいや、確かになんか光っとったな」

「え?マージンも見たの?」

 マージンの言葉に、リリーは驚いた。

「ん。まあ、何か光っとったのだけな」

 マージンがそう答えると、

「待て待て。なんの話じゃ?」

 とディアナが割り込んできた。が、

「そう言う話やな。つか、それ以上は訊かれても答えられへんで」

 マージンはつれなくそう答えた。

 それに不満そうなディアナだったが、グランスに止められる。

「ディアナ、その話は後で良いだろう。まずはリリーの話をまとめるぞ」

 グランスはそう言うと、リリーに視線を向けた。

「まず、水の精霊を使って、あの触手を全滅させた。何故、精霊が急に言うことを聞いてくれたのかは、分からない。そう言うことだな?」

「うん。そーだよ」

 リリーが頷くと、グランスも僅かに頷き、確認を続ける。

「その後、意識を失って、目を覚ましたのがさっき、だな?」

「たぶん」

「後は、マージンも見たという光か……」

「そーだよ」

 グランスによる確認はあっさり終わった。凄く大変でいろいろあった気もするが、言葉にするとあっさりしたものでしかないのは不思議なところである。

「にしても、上では水の柱が出来てたんだね~……あたしもちょっと見てみたかったかも」

 グランスの確認が終わったと見たのか、自分の説明の途中にミネアがしてくれた話を思い出し、リリーはそう言う。

「あー、あれは凄かったよな。あん時はそれどころじゃ無かったけどな」

「やな。魔術の怖さをばっちり見せてもらったで」

 見張りをしながらのクライストと、マージンがその時の感想を改めて口にし、

「で、今も水の精霊使えんのか?」

「そやな。それは気になるな」

 とリリーに訊いてきた。

「うむ。それは私も気になるところじゃな。どうじゃ?」

 ディアナも便乗。

 リリーが気がつくと、他の仲間達も全員、興味津々でリリーを見つめていた。

「あーと……ちょっと待って」

 リリーはそう言うと、何となく目を閉じる。そして、あの時の感覚を思い出しながら、精霊に話しかけてみる。

 ……が、

「ん~?」

 首を捻る。

「……んん~?」

「……ダメみたいやな」

 一向に何も起きる様子がないことに、マージンがそう零した。

「え?いや、ちょっと待って!すぐ出来るから!」

 リリーはそう慌てたが、やはり精霊が答えてくれる様子がない。いつの間にかリリーの正面に用意されていた水入りコップにも、何も起きない。

「鍛冶場の馬鹿力……みたいなもんか」

「かもしれんのう」

 マージンに続いて、クライストとディアナが諦める。グランスもいつの間にか視線が逸れていた。

「私は信じてますから……」

「僕も信じてるよ!」

 そう言いながら、最後までミネアとレックが残っていたが……結局、精霊はまたもやリリーの言うことを聞かなくなっていた。



 そして、その日の午後。

「ん~!やっぱ、外はいいな!」

「やな。ああも光がないと、気が滅入るわ」

 レック達は久しぶりに洞窟の外に出ていた。

 太陽の光はほとんどが洞窟の周囲の針葉樹林に遮られている。それでも、洞窟の中に比べれば千倍も万倍も明るい光は、鬱々とした気持ちを吹き飛ばしてくれた。

「今の時間は分かるか?」

 グランスは大きく身体を伸ばした後、早速仲間達にそう訊いた。

「太陽の向きから見て……午後も結構遅い時間だと思います」

 木漏れ日を見ながら、ミネアがそう答える。

「暗くなるまで、あんまり時間無い?」

「そう……ですね。1~2時間で薄暗くなってくると思います」

 ミネアからそう聞いて、レックの肩が微妙に落ちたが、

「まあ、今日はこのまま野営だ。明日の朝日も拝めるさ」

 というグランスの言葉で、元に戻ったようである。

 一方で、凹んだままの仲間もいた。

「はぁ~……なんでだろ」

 結局、洞窟を出てくるまで、一度も水の精霊の使役に成功しなかったリリーである。

「何か条件でもあるのかも知れぬのう……もう一度、地底湖に行ってみるかの?」

 ディアナがそう提案したが、リリーよりも、それを耳に挟んだグランスが先に、

「行ってもいいが……祭壇が先だ。見つけるのが遅れると、期限までに街に戻れなくなるからな」

 そう釘を刺した。

「まあ……そうするべきじゃろうな」

 何故かリリーよりも不満そうに、ディアナがそう言った。

 それから、久しぶりに広い外ということで、グランス達は思い思いに武器を振り回し、簡単な鍛錬を行う。その後、数日着っぱなしだった服を着替えたり、女性陣は久しぶりに濡らした布で身体を拭いたりして、夜を迎えた。

 この日は久しぶりにディアナが腕を振るい、簡素ながらも調理された夕食に、レック達は舌鼓を打った。そして、洞窟の入り口に寝袋を広げ、久しぶりにすがすがしい外気の中での一夜を過ごした。



 翌朝。

 携帯食料で手っ取り早く朝食を済ませると、レック達は再び洞窟へと入った。途中の分岐を幾つか素通りし、まだ探索が終わっていない通路に着いたのは、体感で昼を過ぎた頃だった。

「あとどのくらいあるんじゃろうな」

 昼食を終え、再び歩き出して間もなく、ディアナがそう零した。それに対する仲間達の反応はと言うと、

「どうでしょう……もう、半分以上探索できたと思いたいところですけど……」

「あんま、期待しない方がいいかもな」

「天然洞窟を模倣しとるなら……あー、やっぱなしで」

 順番に、ミネア、クライスト、マージンである。

「余計な事は考えない方がいい気もするが……俺も半分は終わっていることを期待したいところだな」

「だよね。外で一晩過ごしただけでまた洞窟の中って……やっぱり、ちょっと気が滅入るよ」

 と、グランスと、最近良いとこなしのレック。リリーも、

「あたしはもー限界……」

 そう、だれていた。

「それほど奥ではないらしいが……片っ端から調べ直さなくてはならないのが、やはり問題だな」

 グランスの声にも、早くも疲れの色が滲んでいる。一晩洞窟の外で過ごしはしたものの、ただでさえ気の滅入る探索の先の見えないのである。早々に気疲れしてもおかしくはなかった。

 そんな感じで、たまに雑談を交えつつ、エネミーも駆逐しながら、一行は探索を進めていった。

 そして、2つの行き止まりを確認し、3つめの通路を進んでいた時のことである。

「何か、また光ってるよ」

 グランス、マージンと並んで先頭を歩いていたレックがそう言いだした。

「本当か?」

「どれどれ……」

 レックの言葉を確認するべく、身体強化を発動させ、強化された視力で闇の向こうを見透かそうとするグランスとマージン。

「確かに。当たりだと良いんだがな」

「全くだ。けど、期待しない方がいいんだろうな」

 そうぼやいたクライストの言葉に、仲間達が苦笑する。

「まあ、さっさと行くぞ。行かないという選択肢はないからな」

 グランスの言葉に、レック達は止まっていた足を再び動かし始める。

 そして数分後。一行の願いが通じたのか、

「今度は当たりだったね」

「ああ。やれやれだ」

 彼らの目の前には、見慣れた――と言うほど数を見てはいないが――石造りの魔術の祭壇があった。

 祭壇のある部屋――と言っていいだろう――は、地面こそ平らに均されているものの、周囲の壁や天井は天然そのままである。それらが、祭壇から放たれる弱い光に照らし出されている様は、

「鍾乳洞であれば、綺麗じゃったろうに」

「……残念ですね」

 というディアナとミネアの感想で分かるように、まあ、無味乾燥な光景だった。

「じゃ、さっさと済ませようや」

「そうだな。まずは女性陣からやってくれ。その次はマージンとレック。最後に俺とクライストだ」

 マージンの言葉に相槌を打ちながら、グランスが指示を出す。それに沿って、まずはディアナとミネアが祭壇に手を置き、目を閉じる。リリーも無駄だとは分かっているが、祭壇に手を乗せている。

 今回、いつものように光が現れたのは、ディアナとミネアだった。リリーは光すら現れない。

「今日は……何にも起きなかった?」

 暫くして目を開けたリリーは、残念そうではあったが、予想できていたことでもあるので、それほど落ち込んではいない様子だった。

 引き続き、レックとマージンが祭壇に手を乗せ、目を閉じる。

 今度反応したのはマージンのみ。

「まあ……レックは十分役に立っとるし、あれもこれも覚えられたら、わいらの立つ瀬がないわな」

 肩を落としているレックにマージンがそう声をかけると、仲間達も頷いた。

「じゃな。今のままでも十分、私たちの最大戦力なのじゃ。気に病むのは嫌みというものじゃ」

「ディアナ……それ、あたしに対する嫌み?」

 ディアナのフォローは、別の方向に流れ弾として飛んでいったらしい。レックの代わりにリリーの機嫌が低下していた。

「む……マージン、選手交代じゃ!」

「え?何故に!?」

 いきなりディアナからリリーを押し付けられたマージンが驚いているが、リリーはと言うと元々それほどディアナを追求するつもりもなかったのか、既に矛先を収めていた。

 仲間達がそうはしゃいでいる間に、グランスとクライストも祭壇に手を置き、眠りの魔術の習得を試みていた。

 が、

「……さっぱりだな」

「俺もだ。まあ、がち殴りには使えねぇけどな」

 二人とも外れのようで、言葉とは裏腹に、いかにも残念そうだった。

「まあ、あれだ。これで目標は達成だ。今日はここで一夜を明かすにしても、ギリギリにならなくて良かったな」

 グランスの言葉に、仲間達もとりあえず頷く。まだ、ワッペンやロック達と約束した期日まで、一週間以上ある。多少のことがあったとしても、十分間に合うはずだった。

 さて、グランスの言葉で休む準備は整えたものの、時間はまだ夕方程度なのだろう。レック達には眠気など全く無く、明日の予定について話し合うことになった。

 ということで、

「リリーとわいが見た地底湖の光、調べにいくんか?」

 最初に出てきたのがそれである。

「そうだな。次にここに来れるかどうかも怪しいことを考えれば、気になるものはちゃんと調べておきたいところだが……」

 マージンの言葉にグランスは視線をリリーに遣った。

「……むぅ。水の精霊はさっぱりだよ」

 その視線の意図を察したのか、リリーがそう膨れる。

「ということだ。触手の大元を倒したとは言え、丸一日以上経っている。新しいのが湧いていてもおかしくない」

「その場合、リリーの助けが欲しいわけじゃな」

 ディアナの言葉にグランスは頷いた。

 一昨日の触手の猛攻は、防ぐだけでやっとだった。復活などされていたら、調べるも何も無い。湖岸にいるうちから襲いかかってくれればいいが、水に入った後に襲われたら……リリーと契約した水の精霊の力なくしては、退けることすら覚束ないだろう。

「それを抜きにしても、リリーの精霊が使えなくなっている理由を少しは調べておきたい。あそこだから使えたのか、それとも別の理由でまた使えなくなっているのか」

「それもそうじゃな。地底湖でならまた使えるというなら、逆に言えば地底湖でなくては使えぬ理由があると言うことじゃしな」

「ないしは、あそこでは何らかの条件が満たされていて、その結果たまたま使えたか、だろうな」

「でも、危なくないかな?」

 ディアナとグランスの話に、そう言ってレックが割り込んだ。

「危険がゼロとはいかぬじゃろうな」

 ディアナはあっさりそう認める。

「それって……」

「しかし、今後を考えれば、あの威力を使えるようになっておいた方がいい。違うか?」

 ディアナに反論しようとしたレックだったが、グランスにそう言葉を遮られてしまった。そして、グランスの言葉も正しいと分かるだけに、それ以上反対できなくなってしまうが、納得できたわけでもない。

 だからこそ、せめて何とか反抗しようと口を開きかけたが、

「ま、何かあったら俺達が守ればいい話だろ」

 クライストに先を越されてしまった。

「まあ……そうだけど……」

 それでも、まだレックの不安は払拭できなかった。一昨日、リリーが触手に引きずり込まれた事のショックが、まだ抜けきっていないのだ。

 そんなレックの視線をちらちら受けていたことに気づいていたのかいないのか、リリーが口を開く。

「あたしは、もう一度行ってみたい。なんで、また精霊が答えてくれなくなったのか、知りたいもん」

 これでレック達の明日の予定は決まった。レックも、いくら心配であっても、リリー本人の意志を無視する気にはなれなかったらしい。

 こうして明日の予定も決まったところで、少し早いが無理にでも寝ようと言うことになった。

 ちなみに、これ幸いとディアナが早速眠りの魔術を試したところ、何故かレックとリリーは全く効果が得られず、代わりにグランス、クライストが撃沈された。調子に乗ったディアナはそのまま全員に試そうとしていたが、何かあった時に目が覚めないと困るとマージンに説得され、断念したのは余談だろう。



 翌日。朝食を済ませた一行は、再び地底湖へと来ていた。

 まずはリリーが精霊の力を使えるかどうか確認し、使えるようなら、リリーとマージンだけが見たという光の正体を探る。そんな予定になっている。

 ちなみに、

「そう言えば、どうしてマージンしか光を見てないの?」

 と、とうとうリリーが気がついてしまい、マージンがリリーを迎えに行ったことをミネアが説明し、それを聞いたリリーが真っ赤っかになって、それを見ていたレックが妙に凹むという一幕があったが、余談だろう。

 そんなレックだったが、グランスと並んでリリーの護衛役を務めると言うことで、今はしっかり気合いが入っていた。

 手順としては、まずマージンがツーハンドソードの先を水中に入れて様子を見る。それで何も無ければ、次はディアナが水面に触れてみる。やはりそれでも何も起きなければ、リリーが水面に近づいて、場合によっては手を入れて、精霊の力を使えるかどうか試してみる、という事になっていた。

「じゃ、行くで」

 そう言って、マージンがそろそろと水面にツーハンドソードの先端を沈ませていく。身体強化は既に発動済みで、何かあれば全力で後ろに下がるつもりでいる。

 ディアナ、ミネアはリリーと一緒に後ろからその様子を息をのみながら見守っている。

 グランス、レック、クライストは、マージンに何かあった場合にすぐ対処できるように、各々の武器を構え、マージンのツーハンドソードに何か異常が起きないか、真剣に見守っていた。

 が。

「……何も起きへんな」

 数分後、あまりに何も起きないので、ツーハンドソードで水面をチャプチャプしてみたり、かき回してみていたマージンが、そう呟く。

「いないか、警戒しているか、プレイヤーが直接水に触れないとダメなのか……まだ、結論は出せないがな」

 そう言いながらも、グランスは次の指示を出す。

「ディアナ、頼んだぞ」

「うむ。……ロープは放さぬように頼むぞ」

 命綱よろしく、腰にロープをしっかり巻き付け、ディアナが水面に近寄る。ロープのもう片方の端は、レックとマージンがしっかりと掴み、万が一に備えていた。――ミネアも治癒魔術の準備は万端である。

 しかし、これも結論から言うと、何事も起きなかった。

「復活しないタイプのエネミーなのかも知れんのう」

 数分後、そう言ったディアナは、流石にどこかホッとしたような様子だった。

 そして、

「じゃ、次はあたしね」

 いよいよリリーの番である。ちなみに、命綱代わりのロープはしっかりと腰に巻き付けられている。

「……だいじょぶかな?」

 そう言うリリーの腰が引けているのは、一昨昨日のことを考えれば無理もないだろう。しかし、それでもリリーは一歩ずつ地底湖に近づき、そっと湖面に触れた。

 それを緊張と共に見守る仲間達。

 リリーが湖面に触れて暫し。

「……何も起きぬな」

「ああ」

 どこかホッとしながらも、仲間達は緊張を解くことはない。リリーの命綱の端を預けられているレックとマージンも、改めてロープを自らの腕にしっかり巻き付け、握り直していた。

「じゃ……精霊に命じて……みるね」

 リリーも何も起きないことを確認し、軽く深呼吸すると、そう言って目を閉じた。

(動け……動け……動け……)

 脳裏で水が小さく渦巻くイメージを描きながら、ひたすらそう、精霊に話しかける。

 それを続けること……数分。

 リリーの表情は、どこか泣きそうに歪んでいた。

「ダメっぽいな」

 クライストがぽつりと呟いた。

「地底湖でなら条件が満たされる……その仮定が間違っておったのじゃろうな」

 ディアナもがっかりしたようにそう言う。

「……とりあえず、一度退くか」

 やはりどこか失望を隠せない声音で、グランスがそう指示を出した。が、

「あとちょっと!もうちょっとだけ待って!」

 リリーは熱心にそう訴える。

 正直、グランスとしてはこれ以上続けても無駄だと思っていたが、流石に口に出すのは憚られる。

 とは言え、いつまでも時間を費やすわけにも行かない。触手がいなかったとしても、後ろから他のエネミーが襲ってくる危険まで無くなったわけではないのだ。

「あと5分。それで一度退くぞ」

 グランスの指示に、無言で頷くリリー。

 しかし、何も起きないまま、時間だけが確実に流れていく。

 一分。

 二分。

 そして、三分。

 あまりに何も起きる気配がないことに、仲間達の間にも諦めの空気が支配的になり始めた頃、

「ん~。押してダメなら引いてみろって言うやろ?リリーはさっき命じるとか言うとったけど、そこを引いてみて、お願いしてみたらどうや?」

 マージンがそんな提案を出してきた。

 それを聞いたリリーがハッとしたように、命綱を持ってくれているマージンを振り返る。

 しかし、そこには首を傾げたマージンがいるだけだった。

(お願い……願う……そー言えば、頭の中で声がして……そんなこと言ってた……?)

 再び湖面と向き合いながら、リリーは水中で触手に絡みつかれていた時のことを、朧気ながらもよりはっきりと思い出していた。

 あの声は、精霊に願え。そう言っていたのだ。

(願う……だから……こうかな……?)

 リリーは先ほどまでとは、精霊への呼びかけ方を変える。

 動け、という命令形から、動いて、という願いへと。

 その効果はすぐに現れた。リリーの胸の中にいる精霊が満足そうに動き出す感触があったのだ。

 それに少し遅れて、仲間達がざわめき出す。

「む」

「おお……」

「水面が……」

 リリーがゆっくりと目を開けると、そこにはイメージ通りにゆっくりと渦を巻く水面があった。

「成功だな!」

 珍しく興奮しているのか、グランスが大きな声を出す。

「なんか、こないだのよりちゃっちいけど、ちゃんと動いてるな」

 とは湖面を覗き込んでいるクライスト。

「やったね、リリー!」

 これは命綱係と言うことで、湖面は見えていないはずのレック。我が事のように喜んでいた。

 勿論、ついに精霊の力を使うことに成功したリリー自身の喜び具合も半端なものではない。

 しかし、そんな喜びに水を差す仲間もいたりする。

「して、これで触手は倒せるのかのう?」

「「「…………」」」

 ディアナの言葉に、黙り込む仲間達。その視線はリリーへと向かい、無言のうちにもっと強くできないのかと問いかける。

「えっと……やってみる」

 リリーは完全に緩みきっていた顔を引き締め、再び精霊へと声をかける。

(動いて……)

 同時に、より大きく早い渦をイメージし、精霊にこうして欲しいと伝える。

 が、どうにもあの時のような感触が得られない。挙げ句、

「さっぱりじゃのう?」

 ディアナのそんな声に目を開けてみると、先ほどまでと大して変わらない大きさの渦があるだけだった。

「……これ以上は無理、か?」

 グランスが戸惑いを隠せないまま、リリーにそう訊いてくる。

 リリーとしても、この間と比べて全然ダメなのはよく分かっているので、

「もう一度やってみる」

 そう答え、再び精霊に話しかけてみるが……結果は変わらなかった。

 数分後。

 何度も繰り返した結果、集中力を使い切ったリリーは注意散漫になっていた。そのせいか、渦もまともに作れなくなり、自然と挑戦も終了することとなった。

 そして、地底湖から十分離れたところまで戻り、一行は休息を取る。

「一応成果はあったが……光の正体を確かめるのは諦めた方が良さそうだな」

 と、グランス。

「ゴメン……あの時みたいなのはどーすればいーのか、分かんない……」

 水の精霊の力を使うことに成功して興奮半分、しかし何故か小さな渦を作るのが精一杯でがっかり半分のリリーである。

「今は無理でも……練習すればきっと……いけますよ」

「そうそう。リリーなら行けるよ!」

 そうリリーを慰めるのはミネアとレックである。だが、

「でも、今できないと、光の正体とか分かんないし……」

 あまり効果はない。

 尤も、グランスはあまり気にしていないようでもあった。

「もっと強くなってから、また来ればいいだけだ。最悪、冒険者ギルドに報告すれば、あちらの方で調査隊を作って調べてくれるかもしれん」

「そうだぜ。何でもかんでも俺達がやる必要はねぇからな」

 クライストもそうフォローする。

「クライストの言うことも一理あるな。たまにはええ事言うやんか」

「待て、マージン。どういう事だ!」

 余計な一言を付け加えたマージンを追い回すクライスト。

 尤も、さして遠くにも行けないので、マージンはあっという間にクライストに捕まり、おでこにちょっとした制裁を喰らっていたのだが。

 だが、そんな仲間達のフォローの甲斐もあって、リリーはそれなりに元気を取り戻していた。

「うん。みんな、ありがと」

 リリーがボソッと口にしたお礼の言葉は、離れていた仲間達には聞こえなかった。だが、リリーが元気になったことは分かったらしい。

「なら、リリーたちが見たという光は今回はお預けだ。機会があれば調べに来よう。それでいいな?」

 グランスのその言葉に仲間達は一斉に頷く。

 そうして、暫くして休憩を終えた一行は、地上を目指して歩き出した。


 その途中、リリーはあることを思い出していた。

(触手に絡まれてた時に聞こえてきたあの声……)

 その声のことは今更でもあるし、仲間達には言っていない。だが、その声のあることが気になっていた。

 ただ、あんな時の事でもある。

(……うん、きっと気のせいよね?)

「…………の声に似ていたなんて」

 思わず呟いたリリーの声は、微かなもので、リリー本人の耳にすら届くことなく、闇の中に消えていった。

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