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ジ・アナザー  作者: sularis
第一章 魔王降臨と閉じ込められたプレイヤー達
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第一章 第五話 ~フォレスト・ツリー~

 ジ・アナザーに閉じ込められてからの初めての夜。

 レック達はギルド「フォレスト・ツリー」のサーカス支部――つまりは、サーカスの町役場にやってきていた。勿論、今後のことを話し合うためである。

 まだほとんどの人間がショックから立ち直ってはおらず、それはフォレスト・ツリーでも同様ではあった。しかし、サーカスの管理を任されている幹部達はそうも行かなかった。ただ、皮肉なことにやるべき事があることで、他のプレイヤー達よりも早く立ち直ろうとしていた。


 ちなみに、話し合い自体は紛糾するかと思われたものの、割とすんなりと進んだ。

 外部から救出が来ると主張する者達も、このまま閉じ込められるのだと主張する者達も、何かをしていた方が気が紛れるということには異論がなかった。プレイヤーの人数が減ってしまったことも事実として受け止められた。万が一への備えをしていても、助けが来たときに無駄になるだけで、損することはないのである。

 魔王が攻めてくる可能性については多少異論が出たものの、あれを見た後では「考慮しなくていい」とは誰も言い出せず、対策を考えることになった。

 ただ、状況を整理し、今後どうするかということについては、フォレスト・ツリーの本部と連絡を取りながらになってしまったため、なかなか話が進行せず、話し合いが終わったのは夜も更けてからのことだった。

 そして決まったのは、


 1.治安維持を最優先とする

 2.様子を見ながら一週間後を目処にサーカスを放棄する

 3.移動先はフォレスト・ツリーの本部があるナスカスとする

 4.その時のための準備を着々と行う

 5.外部からの襲撃に備え、警戒を怠らない


 という5つの項目であった。

 治安維持に関しては、グランスからシステム保護が機能していない事実を教えられたフォレスト・ツリーが(本部を含めて)だいぶ慌てた後に、最優先事項として合意が為された。具体的には女性だけで行動しないとか、二人一組で見回りを行うとかの対策付きである。

 その他の事も詳細が詰められたが、グランスとディアナを除いた蒼い月のメンバーはほとんど聞き役に徹していた。


「いや、思った以上に大事(おおごと)です」

 話し合いが終わった後、蒼い月のメンバーの所に、フォレスト・ツリーのスティーヴンと名乗ったメンバーがやってきていた。名前の通り、金髪の白人をモデルにしたアバターだ。瞳は黒かったが。

「サーカスにいる全プレイヤーを別の町に移動……というより避難っぽいですけど、させるわけですからね。正直、人手はいくらあっても足りません」

 愚痴でも言いに来たのだろうかとレック達が思っていると、

「そんなんですからね。蒼い月の力を借りることが出来て、大助かりですよ。ほんと、ありがとうございます」

 と、頭を下げられた。さすがにプレイヤータウンをまとめているギルドのメンバーだけあって、人当たりがいい性格らしい。

「いや、こちらとしてもフォレスト・ツリーと行動を共に出来るなら、助かることの方が多い。礼を言われるほどのことでもない」

 代表して答えるグランス。それに、スティーヴンは笑顔で、

「それでも助かるのは事実です。

 にしても、うちですらまだ混乱が続いているのに、全メンバーが既に落ち着きを取り戻してるというのはすごいですね。うらやましい限りです」

 そこで一度言葉を切り、話題を変えてきた。

「にしても、確かに強制的に落とされたのは、日本人以外が多いようですね」

 グランスからの報告の後、フォレスト・ツリーのメンバーがサーカスに残っているプレイヤーの国籍を確認して回っていた。同時に、フォレスト・ツリーが管理しているサーカス以外の町でも確認が行われていた。

 スティーヴンの今の言葉は、その結果を受けてのものである。

「何故、日本人ばかりが閉じ込められたのか……そのことについて、何かお心当たりはありますか?」

「いや。こちらでも少し話し合ってみたが、全く見当もつかないな。正直、フォレスト・ツリーの情報に期待していたんだが」

「そうですか。お役に立てなくて残念です。まあ、日本人ばかり閉じ込められた理由は兎に角、そのおかげで幸か不幸か、我々のギルドは機能不全に陥らずに済んだわけですが」

 と、スティーヴンはグランスに苦笑して見せた。しかし、

「日本人ギルド以外は、機能不全に陥っているのだろうな」

 グランスは苦しい表情になった。スティーヴンも苦笑いを止め、

「そうでしょうね。その影響がどう出てくるか。プレイヤータウンの大半は、日本人ギルド以外が管理していますからね」


 プレイヤータウンとは、ジ・アナザーでは一般的な町である。というか、プレイヤータウンではない町はほとんど無い。

 プレイヤータウンは、プレイヤーが土地を開墾し、建物を建て、町としてのルールの整備とサービスの提供までも行っている。銀行などのサービスや町の管理にはイデア社から提供されたアイテムが利用されているが、事実上、ほぼ全ての活動がプレイヤーの手に委ねられている。

 しかしながら、新しい町を作り、管理・運営していくためには巨額の資金と多くの人手が必要となる。また、責任と良識が求められるため、プレイヤータウンの管理主体は、それなりの規模を誇り、かつ、イデア社に公認されたギルドに限られていた。

 スティーヴン達フォレスト・ツリーのメンバーの懸念は、公認ギルドの機能不全、あるいは消滅によって、機能しなくなるプレイヤータウンが続出するのではないか、ということだった。


「最悪、我々フォレスト・ツリーで他の町の管理も担当できればいいのですが、我々の規模ではそれほど多くの町を支えていくことは不可能ですし……」

 そこで、スティーヴンは話し合いも終わったのに、深刻な話で客を足止めしていたことに気づいたらしい。

「ああ、すいません。つい、余計な時間を頂いてしまいました。

 では、今夜はゆっくりお休みください。明日からは忙しくなりますからね」

 そう挨拶すると、スティーブンは部屋から出て行った。

 それを見送った後、レック達もギルドハウスに戻ることにした。ベッドもソファも無く、まともな寝具は野宿用の毛布くらいしかない状況で、ちゃんと寝れるかどうかは別として。



 明かりが消え、起きていたプレイヤー達も寝静まった町役場。

 ジ・アナザーで寝るということを想定していなかったのは、フォレスト・ツリーも同じであった。眠くなったらログアウトして、リアルで睡眠を取る。それが普通だったからだ。ただ、クッションやらソファやらは幾つもあったので、蒼い月のメンバーのように固い床の上で雑魚寝をするのだけは避けられた。

 そんな中、寝床の確保が遅れてしまったスティーヴンは、ソファは諦め、何とか確保した2つのクッションの上に寝そべっていた。

(今日は本当に大変だった……)

 明日からのことを思うと、不安で押しつぶされそうな気もする。しかし、幸いなことに、見かけだけでも立ち直っている仲間も何人かいて、彼らとこの後のことを話すことで、だいぶ気は紛れた。

(そう言えば、蒼い月の人達、ずいぶん落ち着いていたな)

 ふと、さっきまで話をしていた彼らのことを思い出した。ギルド代表のグランスを始め、全員が表情に不安を浮かべることもなく、フォレスト・ツリーが中心となっての話し合いに参加していた。

(うらやましいな……)

 蒼い月も、それなりに混乱しかけたことまでは、思いは至らない。

 眠気に襲われつつあるためか、しばし思考が停止する。

 スティーヴンが寝床に選んだ部屋には、他にも何人かのメンバーが雑魚寝をしていた。窓から差し込んだ月明かりが彼らの影を暗い室内に浮かび上がらせている。

 その様子を見ながら、いつしか、スティーヴンは今日起きた出来事を追想し始めていた。



 その時、スティーヴンはいつも通りに、役場で仲間達と談笑していた。

 正直、ジ・アナザーに来てまで事務仕事……というのはあんまり喜ばしいことではない。ましてや、主に受付係として拘束されている時間は長くても、やるべき事がほとんど無いというのは、かなりいただけない。

 幸い、フォレスト・ツリーは幾つもの町を管理しているだけあって、大抵のギルドメンバーが抱えるその不満にはそれなりに対処していた。

 つまりは、やたらサイクルが短いシフト制である。フォレスト・ツリーには、大規模ギルドほどではなくとも、かなりの数のメンバーが所属していたため、二日に一度、一時間ほど役場に拘束されるだけで済んでいる。実際には、拘束されている(誰も仕事と言わない)メンバーの話し相手になったりするので、それ以上の時間を役場で過ごすことが多いのだが。

 スティーヴンは少し前に自分の担当時間が終了し、次の担当や他の仲間達も交えて、アップデートについて楽しく話していたのだった。

 そして、世界が軋んだ。


 夕方でもないのに急速に辺りが暗くなり、フォレスト・ツリーのメンバー達も「アップデートのイベントか!」と急いで外に飛び出した。見ると、周囲の建物からも次々とプレイヤーが飛び出してくる。

 そして、通りがいつもと違う喧噪に包まれる中、

「空だ!」

 誰かの声で空を見上げると、太陽を隠していた雲だったはずの何かは巨大な顔になっていた。

 皆が固唾を呑んで見上げる中、それは口を開いた。


『我が魂の牢獄に囚われし儚き者どもよ……』

 そのあまりにも低く禍々しい声に皆の背筋に寒気が走った。

『我は魔王。魔王ディヴァズクード』

 空をほぼ全て覆いつくすその影は自らを魔王と名乗り、

『汝らは全て我に捧げられし生け贄なれば……』

 プレイヤーを生贄と呼んだ。

『いずれ我が前に来ることになろう』

 誰も言葉を発さない。

『我が僕共に刈り取られたささやかなる前菜としてか……』

 皆が魔王に呑まれ、威圧されていた。

『あるいは自ら我が前に辿り着いた主菜としてか……』

 魔王の言葉は続く。

『……1つ、良いことを教えてやろう』

 それはイベントのヒントなのか、

『我が牢獄より出ることを望むならば』

 誰もが聞き逃すまいと耳を澄まし、

『我を見事討ち果たしてみせるが良い』

 しかし魔王はセオリー通りの台詞を残し

『さすれば、牢獄の扉は開け放たれよう』

 それを最後に影も声も消え去った。


 傍目に見ていれば、ありきたりの演出とも言えたのかも知れない。だが、ジ・アナザー始まって以来の大きなイベントに、魔王の影が消えた後もしばらくの間、その場に居合わせたプレイヤー達は興奮が冷めない……そのはずだった。

 スティーヴンが最初に気づいた異変の兆候は、

「あいつら、どこいった?」

 という、仲間を、友達を捜す声。

「そういや、魔王が出る前に何か姿が消えてたな」

「あっちのテーブルにいた連中、まとめて消えてたぜ」

 消えたプレイヤーが沢山いるらしい。ただ、その時点ではアップデートに伴う不具合でも起きたのだろうと、それ自体は大して問題視されなかった。

 しかし、事態は速やかに悪化した。

 致命的なことに気づいたのは、イベント見物に来ていたプレイヤー。見物が終わり、とりあえずログアウトしようとして、

「あれ?ログアウトできない」

 そんなバカなとその友達と思しきプレイヤー達が何人か、端末を取り出し、

「嘘!?」

「マジか!?」

 その騒ぎに気づいたプレイヤー達も次々と自分の端末を確認し、一気に騒ぎは拡大した。

 スティーヴン達フォレスト・ツリーのメンバーも例外ではなかった。

 端末からログアウトコマンドが消えていることを確認した彼らは、騒ぎに巻き込まれる前に、急いで役場の建物の中に戻った。そして、焦る気持ちを抑えつけながら、冷静に何が起きているのか把握しようと試みた。


 しかし、実際にはそんな暇はなかった。

 プレイヤータウンを管理する町役場といっても、所詮プレイヤーの手によるものであり、公認ギルドといってもイデア社との関係は管理に必要なアイテムとそれを使用する権限を付与されているだけである。しかし、混乱を起こしたプレイヤー達が、「公認ギルド」なんだし、とりあえず何か事情を知っているに違いないと殺到してきた。

 普段はガラガラ、誰もいない役場の受付は事情説明を求めるプレイヤー達でごった返し、怒号と罵声が溢れた。役場にいたフォレスト・ツリーのメンバー総出でプレイヤー達を宥め、自分たちも運営側ではなくユーザ側でしかないことを必死に説明した。暴動に発展しなかったのが不思議なくらいの混乱だった。まあ、さすがに石ころが幾つか飛んできたが。

 ただ、混乱が収束したのは、スティーヴン達の努力のおかげではなかった。端末からログアウト以外のコマンドも幾つか消えていること、特に外部との連絡手段が失われていることが確認され、イデア社により計画的に引き起こされた事態であると認識された、つまりどうにもならないというあきらめが広がったためである。

 そこからは、混乱の質が変わっていった。興奮から不安や絶望に。

 イベントを心待ちにしていたプレイヤー達は、建物の床に、通りの地面に、その辺中に力なくへたり込み、座り込んでいた。

 一部のプレイヤー達は仲間達と、どうなってるんだ、助けは来るのか、と不安におののく顔でぼそぼそと話し合っていた。無論、誰も答えを持っていないので、結論が出るはずもなく、それはただ、気を紛らわせるための会話でしかなかった。


 スティーヴン達も役場の応接室でソファに腰掛け、ああでもないこうでもないと話し合っていた。ギルドメッセージは機能していたので、本部とも連絡を取ってみたが、あっちでも同じような状況に陥っているらしかった。とりあえず夜まで待って、メンバーが落ち着きを取り戻したら、ギルドメッセージを使って話し合いをするということになった。

 そんな折、来客を告げるベルが鳴った。

 一瞬、また混乱したプレイヤーがやってきたのかと身構えたスティーヴン達だったが、来客は意外なことに既に落ち着きを取り戻しているらしい。ベルが礼儀正しく鳴るのみで、誰かが乗り込んでくる気配もない。

「ちょっと見てくる」

 一人が立ち上がり、受付へと歩いて行った。そして間もなく何か話し合う声が聞こえてきた。

 興味を引かれた仲間達が覗きに行くと、最近この町に移ってきた――確か蒼い月というギルドのメンバーの男が、受付に来ていた。ただ、ちょうど話が終わったところだったらしい。仲間を待たせているからとすぐに帰って行ってしまった。

 しかし、

「夜の話し合いに来ないか、と声をかけてみたけど、前向きな反応だったな」

 と、応対した仲間が言っていた通りに、彼らはフォレスト・ツリーの夜の話し合いに参加し、そしてしばらくは一緒に行動してくれることになった。



 それが今日の出来事。

(明日からどうなるのだろう)

 そんな不安と共に、スティーヴンの意識は闇に飲まれていった。

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