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ジ・アナザー  作者: sularis
第六章 絡む思惑
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第六章 第四話 ~祭壇を目指して~

 グランスが冒険者ギルドで聞いてきた情報によれば、眠りの魔術の祭壇はケルンから更に北西に50kmの山中にある洞窟。更にそのまた中にあるらしい。身体強化の魔術の祭壇があった場所も洞窟と言えば洞窟だったが、あれはどちらかというと祠に近い。


「まあ、そう言うわけで、ここの奥に目指す祭壇があるわけだ」

 ケルンを発った二日後の昼前。その洞窟を前にして、グランスは仲間達にそう言った。

 レック達が今いるのは、針葉樹林に覆われた斜面の一角である。そんな斜面の中腹に、周囲を鬱蒼と茂った下草に覆われた洞窟の入り口がぽっかりと開いていた。幅は3m、高さは2.5mほどだろう。

「暗いのう」

 入り口から奥を覗き込み、ディアナが言うと、

「洞窟なんてどこもそんなもんだろ。地下迷宮(ダンジヨン)なら兎に角」

 とクライスト。

 尤も、ダンジョンでも暗いところは暗いのだが、それは今は関係ないことである。

「中の地図は……確か無かったよね」

「残念ながらな。自然の洞窟に近い構造だから、何層目とかの区別もない。かなり奥の方だという話しかないな」

 改めてレックに確認され、グランスはそう答えた。

 どういうところであっても、地図があるか無いかで探索の難易度は大きく変わる。地上に比べて洞窟は空間が限られているだけマシなのか、真っ暗で方向感覚を失いやすい分大変なのか。どちらなのかは分からないが、それなりに苦労しそうなのは確実だった。

「まあ、帰りにも二日かかるとして、十日もあれば何とかなるだろう。いくら何でも、キングダムの地下みたいに広くはないという話だ」

「あんなに広かったら、アウトやな」

 水の精霊王こそ見つかったものの、未だにその全容が明らかになっていないキングダムの地下通路を思い出しながら、マージンがそう零した。

「ってか、あそこは広すぎるだろ。地下何階まであるんだよ」

「わいに訊かれても分からんわ。仕事で見る機会があったのは、今思えば上の方だけやったわけやしな」

「一番下まで潜ったグループで8層目くらいまでいったらしいな」

 グランスがそう補足する。

 ちなみに、水の精霊王の所に繋がっていたサークル・ゲートが意外と浅い4層目にあったことを考えると、あの深さはまだ何かありそうだと言われていた。

 ただ、今ここでするにはあまり身のない話である。

 そんな訳で、

「まあ、そろそろ食事にせぬか?これから暫く闇の中じゃ。入る前に食事を摂っておくべきじゃろう」

 というディアナの意見は、全員に受け入れられたのだった。

 そして、洞窟に入る前の最後の昼食があっさり終わると、いよいよ洞窟に入ることになる。

「ランタンの準備はいいな?」

 そうグランスに確認され、

「持ちました」

「あたしも持ったよ~」

「わいも持ったで。この通り」

 ミネア、リリー、マージンがそう答える。ミネアはマッピングも担当している。

 ちなみにランタンを持つのはこの三人だけで、残り4人はランタンの代わりに武器を構えて進むことになっていた。

 この役割分担は、洞窟の中で戦えるかどうかで決まっていた。ミネアの弓は遠くが見えない闇の中では使いづらいし、リリーはそもそも身体強化が使えないため戦闘ではあまり役に立たない。マージンは武器が大きすぎて振り回せないだろうという理由である。

 ちなみにグランスは巨大な戦斧の代わりに、ペルでマージンが新調したディフェンダーと腕に固定するラウンドシールドを装備しているので、戦闘組である。

 ランタン組も、他の仲間の武器の準備も出来ていることを確認すると、グランスは、

「では行くぞ」

 そう言って先頭を切って洞窟に入っていく。その後ろを仲間達もぞろぞろとついて洞窟に足を踏み入れていった。

「思ったより暖かいですね……」

 暫くして、そう言ったのはミネアである。

 この辺りはキングダムよりだいぶ北である上に、そこそこ標高もあるせいかやや寒かった。四季が再現されているなら、「そのうち冬がくるんちゃうか?」というマージンの言葉通り、あと2~3ヶ月で途轍もなく寒くなるのだろう。

 だが、洞窟の中は意外と寒くなかった。

「地下は温度が安定しとるからな」

 どや顔でマージンが説明するが、

「仮想現実で現実世界の話が当てはまるとは限らないだろう……」

 というグランスの言葉にハッと気がついて、撃沈していた。

 ただ、グランスも全面否定しなかったのは、最近のジ・アナザーは最早現実世界と区別がつかなくなりつつあるからだった。実際、マージンが言ったとおりかも知れないのである。

 一方で、

「寒さを感じないのは風が吹かないのはあるじゃろうな」

 というディアナには、皆素直に頷くことが出来た。

「にしても、暗いね~……」

 リリーは寒さよりも暗さの方が気になるようだ。

「キングダムの地下はまだ足下がしっかりしていたが……ここはつらいな」

 大きめの石を避けながら、グランスがそう言った。

 洞窟の中もそこそこ広いものの、足下に気をつけないと突き出した石だの岩だのに躓いて転ぶのは間違いない。おかげで、一行の歩くペースはかなり遅い。

「こんなんじゃから、洞窟探検は人気がないんじゃな」

 小さくない石を蹴ってしまったらしいディアナが、顔を顰めながら言うが……その表情も仲間達には見えていない。


 ちなみに、ジ・アナザーでは光も妙にリアリティーに凝っていて、光源がない地下は基本的に完全な闇に閉ざされている。地下でなくても、各地に点在する遺跡の中には窓の類が全くない物もあり、やはりその内部は闇に閉ざされていた。

 光の球を武器や装備の一部に灯したり、頭上に浮かべる魔法もあるとされているが、その使い手は極めて少ない。暗視の魔術も存在するが、やはりこちらも使い手は限られている。

 結果として、闇に閉ざされた空間を探索する時にはランタンの類が欠かせないのだが、それでは光量が不十分だったり、そもそも片手が塞がってしまう。そのため、闇に閉ざされた洞窟やダンジョン、遺跡の類はやや敬遠される傾向があった。『魔王降臨』以降は特に、である。

 尤も、洞窟に限って言えば、敬遠されるのは光だけの問題ではないのだが。


「しばらくはエネミーも出ないはずだし、ランタンを増やすか?」

 冒険者ギルドの情報を思い出しながら、グランスがそう提案すると、

「だな。最悪、マージン達に2つずつ持たせればいいしな。レック、出してくれ」

 クライストはそう言いながら、歩く倉庫からランタンを受け取り、明かりをつけた。

「私も持っておくかのう」

 と、ディアナもランタンを受け取って、明かりをつけると、流石にだいぶ明るさが増す。

 とは言え、ランタンの光量などやはり知れている。

「マシにはなったが……レック、俺にもくれ」

 とグランスもランタンを受け取り、最後にレック自身もランタンを持ったので、結局全員が片手にランタンを持つことになった。

「流石にこれなら……足下も見えるね」

 ホッとしたようにレックが言うと、

「ああ。随分歩きやすくなった」

「じゃのう」

 と、ランタンを持っていなかった仲間達も同意する。

「腰にぶら下げるタイプのランタンとかあれば、便利そうだけどな」

 クライストの台詞に仲間達が名案だと言ったが、

「腰、火傷したければ作るで?」

 とマージン。

「それもそうか……」

 微妙に意気消沈するクライスト。

 だが、ガラスで覆われているとは言え、言われてみると火を身体に密着させることにはかなり抵抗があった。

 一方で、クライストの案を却下したマージンはというと、

「まあ……断熱をどうにかして、いざという時に火が身体に燃え移らないようにしたら……」

 一行の先頭を歩きながら、ぶつぶつ言っていた。

 それを聞いた仲間達は、作ってみるならクライストを虐めなければいいのにとか思う。だが、妙なタイミングとは言え、やる気になったらしいマージンの邪魔をするつもりはないので、何も言わない。

 とりあえず、全員がランタンを持ち、足下がはっきり見えるようになったことで、レック達が洞窟の中を進む速度は確実に速くなっていた。

 だが、それも長くは続かない。

「……待った」

 低く抑えられたレックの声に、全員の足が止まる。

「どうかしたか?」

 やはり声を抑え、グランスがそう訊いたが、レックは答えずにひたすらに耳を澄ませている。

 やがて、

「やっぱり、何かこっちに向かって来てる」

 レックの言葉に仲間達に緊張が走る。

 闇の中での戦闘経験がレック達にないわけではない。が、やってみたらあまりに面倒だったので、一度しかやっていない。それも随分前のことである。

「ランタンはリリーたちに渡せ。俺とレックが前衛。クライストはランタン組の護衛を頼む。ディアナは好きに動け」

 グランスが手早く指示を出し、レック達はそれに従って動き始める。

 レックとグランスが前衛に立ち、その左右にランタンを持ったマージンとミネアが立つ。クライストはレックとグランスの後ろで、マージンとミネアのどっちがエネミーに襲われてもすぐに対処できるように待機である。跳弾はしないだろうが、銃は使わない。最後にミネアとリリーが構えて、迎撃態勢が整った。

 やがて、レック以外の仲間達の耳にも、その足音が聞こえてきた。

 それと同時に、ミネアとリリーの顔が盛大に引きつる。クライストとディアナも顰めっ面になっていた。

「やっぱ、虫かよ!」

 接敵が確定したからか、クライストがイヤそうに叫んだ。

 闇の向こうからガサゴソという足音が幾つも聞こえてくる。

 そして、

「うひゃっ!!」

「「きゃああああ!!!」」

 いきなり伸びてきた細いしなやかな棒に顔を撫でられたレックが変な声を上げ、ミネアとリリーが揃って悲鳴を上げる。

 一方、同じように伸びてきたその棒を、グランスは容赦なくディフェンダーで切り落とした。

 直後、グランスが左手でしっかり構えていた盾に、巨大な黒い物体が凄まじい勢いで激突し、大きな音を立てた。

「カマドウマやな」

 身体強化のおかげで辛うじて踏みとどまったグランスと、その前に着地したそれを見ながら、マージンがのほほんと言う。

 そう、グランスの盾に激突してきたのは体長1mはあろうかという巨大なカマドウマだった。その触角の片方は途中迄しかない。というか、グランスが切り落としたばかりである。

 無論、それを見て恐慌を来す者もいる。

「きゃあぁぁぁぁ!!!」

「いやあぁぁぁぁぁ!!!」

 叫びまくっているのはミネアとリリー。この手のものに耐性がありそうなディアナですら、顔が引きつっているのだ。二人には刺激が強すぎたようである。

 尤も、グランスとレックはそれどころではない。

 最初のカマドウマが大顎を開けて再びグランスに襲いかかってくる後ろから、もう一匹の巨大カマドウマが飛び出してきていた。

 レックはカマドウマの片方の前足を盾で振り払い、もう一方の前足をロングソードで切り落とす。その際、とてもじゃないが生き物に斬りつけたとは思えないような金属音が鳴り響く。

 その音を聞いてマージンが悲鳴を上げる。

「もっと上手に斬らんと、剣が壊れるで!?」

 実際、今の一撃でロングソードは少しばかり刃こぼれしてしまっていたのだが、レックは気づいていなかった。というか、それどころではなかった。

 左肩の上にカマドウマの頭が乗っかっていて、大顎がガチガチ言っているのである。

 流石に背筋に寒気が走り、レックは慌てて顎の下からロングソードを突き刺し、そのまま地面に叩き付ける。

 その隣ではグランスが盾でカマドウマを地面に押さえつけ、外骨格の隙間からその首にディフェンダーを突き刺し、トドメをさしていた。

 幸い、カマドウマは二匹だけだったようで、新手が襲ってくる気配はなかった。が、流石に虫である。頭や首を貫かれても、まだ大顎がガチガチ言っているわ、足も無秩序ながらじたばたと暴れている。

 そんな様子をまじまじと見ている趣味は誰にもない。

「……さっさと先に進もうぜ」

「同感じゃな」

 クライストとディアナがそう言いだしたのを切っ掛けに、レック達はそそくさとその場を後にしたのだった。帰りに通る前に、他のカマドウマが死体を片付けてくれていることを期待しながら。

 それからはマージンが先頭に立ち、そのすぐ後ろを武器を構えたレックとグランスがついていくという隊形で、洞窟の中を歩いて行った。

 さっきのように、エネミーから近づいてくれば音で分かるが、待ち伏せされた時にはランタンを片付けて……などという暇はないのだ。全員がランタンを持つのは諦めざるを得なかった。

 実際、それから何度もエネミーに襲われた。

 巨大なカマドウマは勿論、50cmほどもある巨大なゲジゲジでは流石に男性陣も全員の顔が引きつっていた。幸い、カマドウマと違ってジャンプなどせず、ひたすら走ってくるだけだったので、その柔らかい頭上に剣を振り下ろせば簡単に倒せたが、それを倒した後には、

「もう、虫、見たくないよ~」

 と泣き出したリリーに、ミネアが抱きついて一緒に泣いていた。

 ちなみに、その日、他に遭遇したエネミーを紹介しておくと、蛇、ネズミ、コウモリだった。



 その日の夜――と言っても、洞窟の中は最初から真っ暗な上にマージンの時計はいつの間にか壊れたとかで時間も分からないのだが――、運良く見つけた洞窟の行き止まりの1つで、レック達は簡単な食事を摂った後、眠ることにした。

「明日もこの調子か……思いやられるな」

 ランタンの僅かな明かりに照らされながらそう言ったのは、グランスである。

「もう……ここのエネミーは沢山です……」

 こちらはミネア。その顔はすっかりやつれてしまっている。

 一人だけだと何かあっても対応しきれないかも知れないため、二人一組で見張りとして起きていることになっていた。

 他の5人は既に寝袋――というより、防水性の巨大な毛布――にくるまり、寝息を立てている。時折、「あうう……」とか誰かがうなされているのは、今日襲ってきたエネミーに、夢でも襲われているのだろう。

 女性が嫌いそうなタイプのエネミーばかりああも続けば、しかも闇の中から飛び出してくるとなれば、夢で見てもおかしくない。

「まあ……耐えるしかないな……」

 うなされているリリーを見ながら、グランスはそう零す。

 遭遇するであろうエネミーの種類はある程度予想がついていたため、女性陣だけどこかの街で待機してもらう案も正直あった。だが、クランチャットがあるとは言え、あまりに距離を開けて別々に行動する不安の方が大きく、結局女性陣もついてきたのである。

 いっそのこと、眠りの魔術の実用性を考えると覚えなくても良いのではないかとグランスは考えたのだが、ディアナやマージンが是非とも覚えたいと主張した。他の仲間達はそれに押し切られた感が否めない。

 ため息を吐きながら、せめてミネアの不安や嫌悪を和らげようと、グランスはミネアの肩をしっかりと抱き寄せるのだった。



 翌日も似たようなものであった。ただ、2~3時間に一度エネミーと遭遇するかどうかという頻度の低さだけが救いである。

 一方で、明らかな変化もあった。

「なんか、じめじめしてるな」

 そう言ったのはマージンのすぐ後ろを歩くグランスである。

「それでさっきから気持ち悪いのじゃな」

 気温が低いのでちゃんと服を着ているのだが、それが湿気でまとわりついていたと言うことなのだろう。

 納得したようにディアナが相槌を打つ。

「袖くらいは捲っときたいとこだけどな……」

 そう言いながら、実際に袖を捲ってみたクライストは、

「ちょっと寒いな」

 そう顔を顰めた。だが、袖を下ろす気はないらしい。寒さよりも不快感の方が勝ったようだ。

 それを見ていた仲間達も、次々と袖を捲り、

「耐えられないことはないな」

 と袖を捲ったままにしたのが、グランス、マージンである。

 レックと女性陣は結局袖を元通り下ろしてしまった。

「にしても、水もないのに何でこんなに湿気てんだ?」

「まともに考えれば、どこかに水があると言うことなんだろう」

 クライストにグランスがそう答える。だが、どこにあるのかは訊かれても答えられなかった。

 ちなみに、この日もまだ、目的とする祭壇は見つからなかった。高くなってきていた湿度が、大人しくしていれば感じない程度だったのはまだ救いだったと言える。



 更に翌日。

 日の光が差さないまっ暗な地下に潜って三日目ともなると、レック達は随分と……そう、やさぐれていた。人間、仮想現実でも日の光を浴びないと、心身ともによろしくないようである。

「一人で地下に潜ってたら、間違いなく発狂してたな」

「だね。というか、二日目で引き返してたよ」

「……引き返すという言葉にこの上ない魅力を感じるんだが」

「一気にやらずに、何回かに分けて探索するべきだったかもね」

「そうだな……」

 一行の先頭では、マージンを挟んでグランスとレックがそんな会話をしている。そのせいか、マージンの眉間に皺が寄っているのだが……地面を見て歩いている二人は気づかない。尤も、マージンの顔を見たところで、ランタンの明かり程度ではその表情まで見て取るのは難しいだろうが。

 その後ろをついてくる仲間4人はそもそも会話すらしていなかった。ミネアはマッピングに精を出しているのでまだ良いのだが、クライストとリリーは精神的に少々参ってきているのである。

 ディアナはケロリとしているのだが、仲間達の様子が分かるだけに、無闇と話しかけずに大人しくしているのだった。

 この日も昨日と同じようなペースでエネミーに襲われ、それを撃退していく。

 そして、腹時計が昼を知らせ、交代で見張りをしながら、暗い中でもそもそと簡素な食事を摂る。

「……今日中に祭壇が見つからなければ、明日、一度外に出るか」

 仲間達が食事を摂っている様子を見ながら、グランスはぽつりとそう言った。仲間達が限界を迎える前に、一度外の空気を吸っておくべきだと考えたのだ。

「そうだな!そうしようぜ!」

「あたしも賛成~!」

 グランスの台詞を聞いて、元気になる仲間達。

 いつまで地下にいなければ行けないのか分からないというのも、レック達の精神を追い詰める要因となっていたのだ。また洞窟に入ってこなくてはならないとは言え、明日地上に出て日の光を浴びられるとなると、一気に気分が高揚するのも当然だった。

「ミネア、ここからならどれくらいで入口まで戻れる?」

 グランスに訊かれ、ミネアは食事の間はしまっていた地図を取り出し、リリーにランタンを持ってもらって、洞窟の構造を確認する。

「半日……くらいだと思います」

 距離はそんなにないのだが、足場が悪くて速く歩けない――せいぜい時速1~2km――ことを考えれば、それくらいだろうとミネアは判断する。

「そうか」

 そう言って、グランスは少し考え込む素振りを見せ、

「よし。まずは行き止まりを確認しよう。すぐに見つかるようなら、そのまま一度外に出る。すぐに見つからないなら、もう1つか2つ行き止まりを確認して、そこで休む。そして、明日外に出る。それでいいか?」

 と、自分の考えを口にした。

「すぐに戻んないんだ?」

「ここだと中途半端じゃしな。無駄を減らしたいのじゃろう」

 不満そうなリリーを、ディアナがそう宥めた。

 他の仲間達は、そのディアナの言葉を聞いて納得したのか、それで良いとグランスに頷いた。

 やがて食事も終わり、再び一行は前進を再開する。

 暫くして、それに最初に気づいたのはマージンだった。

「なんや。地面が濡れとるな」

 ランタンの明かりを反射する水の存在を見つけ、そう言う。

「……本当だな」

 そう言って、グランスはしゃがみ込み、それに指で触れてみる。

「……水攻めとかないよね?」

 冒険活劇映画でよくある状況を想像したのか、レックが恐る恐る仲間達に確認する。

「そう言うトラップがあるとは聞いてないな」

 グランスは冷静に否定し、周囲を見回した。そして、

「壁も濡れてるな……どこから来た水だ?」

「浸みだしとるんやろな。地上に湖とかあらへんはずやから、地面に染み込んだ雨水あたりやろ」

 首を傾げるグランスに、マージンがそう推測を説明する。

 確かにこの辺りは山の斜面で、地上に湖だの池だの川だのは存在していない。グランスはその事を思い出し、

「確かにな」

 マージンの推測を支持した。

 それを見て、レックの言葉で不安になっていた仲間達もやっと安心した様子になる。

「そうは言っても、水で足下が滑りやすくなっているはずだ。気をつけて進むぞ」

 グランスの言葉で、一行は再び歩き始めた。

 やがて、洞窟は下り坂になり、濡れた石や岩を踏んで滑らないように注意しながらのため、一行の進むペースは更に落ちる。

「なんか、地面を水が流れてないか?」

 途中、クライストがそんなことを言い出した。

「大した量ではないが……流れておるのう」

 ディアナが足を止め、ランタンを地面に近づけて確認する。

 一行の足下には、確かに地面の表面を舐めるように僅かに水が流れていた。

「冒険者ギルドで、こんな所は通ったとか言ってたか?」

「いや、聞いてないな」

 クライストに確認され、グランスも頭を捻りながらそう答える。

「要するに、この道は外れかもってこと~?」

「そういうことじゃな」

 リリーに言葉を、ディアナがそう肯定する。

「となると……諦めて戻るって選択肢が出てくるわけだが、どうする?」

 クライストの言葉に、いつも通り仲間達の視線はグランスに集まったが、

「いや。念のため進もう。後から実はここでした、では笑えない」

 グランスはそう即断した。

 そして、再び歩き始める一行。

 やがて、一行の足下を流れる水の量が、徐々に増えてくる。だが、それはほんの僅かだったこともあり、

「やっぱ、おかしいぜ?これはもう、報告し忘れるレベルじゃないだろ」

 クライストがそう声を上げたのは、実に30分以上歩いてからのことだった。

「確かにこれは……戻るべきかも知れんな」

 足を止め、流石にグランスもそう言った。

 気がつけば、地面を流れる水は結構な量になっており、歩くたびにピチャピチャと水音が立っていた。その水は最早靴底を濡らすに留まらず、跳ねた水がレック達の足首を濡らすに至っている。

「これほどの量の水が流れるような道の事を、伝え忘れるかどうかと言われると……流石に無さそうじゃのう」

 とディアナが言い、

「冷たい……です」

「ってゆ~か、靴の中もちょっと水が入ってるよ?」

 ミネアとリリーはそう不満を口にする。

「明らかに変だしな。戻るとするか」

 そうグランスが決定を口にした時だった。

「いや、なんか前の方に光が見える気がするんやけど……」

 グランスと一緒に先頭にいたマージンが、洞窟の先の方を指さしてそう言った。

「……確かになんか明るいね」

 レックもそう同意する。

 これを聞いた仲間達も前方へと目を凝らし、

「ホントだ。何か光ってる!」

「じゃのう。何かあるということじゃな」

 そう、マージンとレックの言葉通りであることを確認した。

「ふむ。折角だし、あの光の正体くらいは確かめるか」

 グランスは前言をあっさり撤回し、そう提案した。

 さっきまでの話の流れでは、その光の正体が祭壇だとは考えられない。だが、もしかしたらという期待がないと言えば嘘になる。

 仲間達もグランスの提案に乗り、

「行ってみようぜ」

「さんせ~!」

 足取りも軽く、しかし警戒を怠ることなく、光目指して歩き出した。

 そして数分後。

「地底湖、か」

「じゃな」

「まただね」

「まただよね」

 一行の目の前には、闇の中に広がる地底湖があった。

 空間としてはキングダムのそれとは比べるべくも無いほどに狭い。

 天井は低く、水面からの高さは高いところでも2mほど。低いところに至っては、水面ギリギリである。左右の広さや奥行きは分からないが、天井の低さから見て大した広さではないと思われた。

 ちなみに、その程度の様子とはいえ分かったのは、ここの地底湖の天井にもヒカリゴケが群生し、光を放っていたからである。ついでに言うと、その光こそがさっき見えた明かりの正体でもあった。

「流石にこれで外れ確定じゃな」

 幅1mほどしかない湖岸に立ち、ディアナがそう言うと、

「いくらなんでも、この先にあるってなら、途中、地底湖の横を通る……くらいの情報はあるよな」

「全くだ。見事に外れだな」

 クライストとグランスが頷く。

 一方、キングダムの地底湖を見ることが出来なかった一人であるミネアは、地底湖に手を入れて、水をすくっていた。

「冷たくて……気持ちいいですね」

 靴が濡れるのは不快でも、手で水をすくうのはありらしい。

「飲めるんかな?」

 そう言って、水をすくって口に運んだのはマージンである。

 ちなみに、レックはこの地底湖にも何かいるんじゃないかと、その二人の後ろから警戒していたが、何も起きる様子がないのを見て力を抜いていた。が、ミネアやマージンのように、水に手を入れる気にはならなかった。無理もない。正直、あの時のことを思い出すと、まだ膝が震えるのである。

 リリーもレックと似たようなものだと思いきや、いつの間にかマージンの隣で一緒に水をすくって口に含んでいたりする。

「この水、美味しいね~」

 そう言って何度か水を口に運んだ後は、洞窟の湿気でべとついていた手や腕にも少し水をかけて洗おうとし、流石に他の仲間達も飲んでみるかも知れない水で、それはまずいと思い当たったらしい。諦めて立ち上がろうとした時のことだった。

「ひゃっ!?」

 突如、水中から伸びてきた一本の触手が、リリーの右腕に巻き付いた。

 中途半端な姿勢だったリリーにそれに抗う術はなく、大きな水音と共に、リリーはあっさりと水に引きずり込まれた。

「リリー!!!」

「なんだ!これ!?」

 それで異常事態に気づき、リリーを追いかけようとした仲間達にも次々と襲いかかる触手の群れ。

 グランスはミネアの前にかばうように立ち、ディフェンダーで触手に斬りつけるが、弾力性のある触手はうまく斬れない。

 クライストは触手をうまく両手で弾いているが、あくまでも弾かれただけの触手にすぐさま襲いかかられ、身動きが取れなくなっていた。

 ディアナは槍で何とか対処しようとしているが、明らかに圧されており、徐々に後退している有様である。

 マージンは巨大すぎるツーハンドソードを振り回すことが出来ず、クライストと同じように素手で触手の相手をしているが、いつの間にか一本捕まえて、逆に湖岸に引きずり上げようと引っ張っている。が、触手はびよ~んと伸びるだけで、その先にあるはずの本体が水面に出てくる気配はない。

 そしてレックはと言うと、身体強化に物を言わせ、凄まじい速さでロングソードを振り回している。流石にこれくらいの速さになると、触手を斬り飛ばすとまではいかなくとも、触手に明らかにダメージを与えられており、一番多い数の触手がレックには襲いかかっていた。

 ただ、言えていることが1つある。

「くそっ!リリーが引きずり込まれた!」

「大丈夫なのか!?誰が助けに!」

「私は無理じゃ!むしろ、こっちのほうが危ない!」

「僕もっ!触手がっ……多すぎて無理!!!」

 そう。誰も水中に引きずり込まれたリリーを助けに行く余裕がないのである。

 仲間を見捨てる訳にもいかない。目の前で死なれる――どころか、暗い洞窟の中訳も分からないまま仲間を失おうとしているのだ。

 だが、隙を見せれば逆に自分たちまで触手に捕まって水中に引きずり込まれかねない。

 ほんの数十秒前までのどこかのんびりした空気からは予想も出来ないほどの窮地に、レック達は立たされてしまっていた。

「くそおおぉぉぉぉ!!!」

 誰かが、そう叫んだ。

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